自重何それおいしいの?
アキトの真意とは?
「ちょっ、逃がしたって……あれはこっちの判断で敢えて見逃したのよ! 殺さずに撃退できるならそれはそれでありでしょ!?」
「せや! せやのにアキやんが勝手に手ぇ出したんやん! それで減点て……何でわざわざ捕まえる必要があったん!?」
華蓮、美矢の順で抗議の嵐が吹き荒れた。女子二人の剣幕に並の男子ならタジタジになるシチュエーションだが、アキトにとっては想定通りの反応な為にリアクションは極めて淡々としたものだった。
「まぁまぁ落ち着け。そこら辺もちゃんと説明するから。……端的に言うなら、そもそも殺さずに撃退っていう発想がズレてんだよ。あれは絶対に捕まえなきゃいけなかった、逃がしちゃいけなかったんだ。それを理解してないから大きく減点したんだよ」
アキトの説明に取り敢えず黙って聞き入った華蓮と美矢だったが、肝心の逃がしてはいけない理由が分からないので仏頂面のまま揃って首を傾げた。
考えさせる為に暫くそれを放置するアキト。
中々発言しないので仕方無く答えを提示しようとした時、様子を見兼ねた賢司が口を挟む。
「……逃げた敵は増援を呼ぶか、こちらにとって不利な情報を周囲に拡散する恐れがある。行先の街に被害者を装ってこっちが盗賊だと予め流布するとかね。それ以外なら対策を練られて再度襲撃されるとか……考えるだけでも良い事なんて一つも無いね」
「正解。流石だな」
ほぼ一〇〇点な解答を出した賢司にアキトから拍手が送られた。思い返せば盗賊の残党が逃げようとした時に最も強く呼び止めたのが賢司だった。最初からこの事を理解していた故の行動で、アキトの評価を潔く受け止められたのもこの為である。
その言葉に華蓮と美矢の目から鱗が落ちた。因みにだが、愛奈の目からも鱗が落ちている。愛奈が静かだったのは賢司のように察していたのではなく、ただアキトの評価に素直だっただけ。守はいつも通りに傍観者スタイルだった。
「これ決して大袈裟な話じゃなく【スフィア】では普通に起こり得るからな。特に冤罪擦り付けるなんてああいう小規模な盗賊団の常套手段だ。街で信用がある大規模な商会のキャラバンとかだったら兎も角、俺らみたいな余所者パーティじゃ被害を訴えても相手にして貰えねぇから」
特に盗賊が公的な身分証明を有していた場合に話が拗れ易い。実は先程の盗賊団の何名かがハンターズギルドや傭兵ギルドの身分証明書を所持しており、あのまま逃がせばアキト達がこの先の街で犯罪者の濡れ衣を着せられていたかもしれなかったのだ。
「まぁケースバイケースだし、必ずそうなる訳じゃないけど、基本盗賊行為は死罪もしくは良くて犯罪奴隷行きだ。襲われたら何もせずに逃げるか、返り討ちにして皆殺しにするのが当たり前。稀な場合に何人かを街の憲兵に突き出す事もあるが、さっき言ったリスクを顧みて殆どやられてねぇよ」
その殆どやられていない少数の生け捕りも、捕虜を監視できる程の大規模パーティならと言う前提が付き、だから全員を生け捕るという発想がそもそも有り得ないのだとアキトは語る。あくまで今回は訓練の一環として皆に任せたので、アキトもそれに倣ったまでであった。
ここまで言われると華蓮も美矢も何も言える事が無い。言われた全員がしゅーんとした空気を纏って項垂れた。……が、少々腑に落ちない点に思い至ったのか、守がアキトに問う。
「でもアキッち、これまでも盗賊を相手にした事何度かあったぜ。そう言えばアキッちが相手にした奴らは全員死んでるけど、俺っちらが相手した奴らは生かしてたよな? あれは良かったのか?」
その発言に華蓮と美矢だけでなく、愛奈も「そう言えば……」と共感を示した。偶然かもしれないが、さっき言われた事態には一度も陥っていない。やはり少々大袈裟なのではとアキトに再確認をすれば、
「あぁ、そりゃ俺が後でこっそり皆殺しにしてたからだ」
「「「「くぷっふ‼」」」」
何でもないように軽く衝撃的なカミングアウトが飛び出し、全員――賢司以外――が解読不能な呻き声を吐き出した。そして言語という概念が一時的に消失したお空の下で、いち早く再起動を果たしたのは華蓮だった。
「あ……あんたって、最近大人しい……訳でもなかったけど、比較的それなりな振る舞いだと思ったら裏でそんな事を……」
「さ……流石アキッち、俺っちらにできない事を平然とやってのける。でもそこにシビれはするけど憧れねぇ……」
よろめきながら頭を抱え、弱々しく漏らす華蓮に哀愁が漂う。そこに珍しく守が同調……辛うじてネタに走ってみるがそこにいつものキレは無い。
ギャレリア帝国での経験から自重の枷をほっぽり出しているアキト。旅の途中でこういった空気になるのは幾度目だろうか? 当のアキトは最近馴染んだ空気に苦笑いながら、一応は弁明してみた。
「いやさ、割と放置できない状況だったりしたんだぞ。案の定、本隊みたいな連中が寝込みを襲おうと画策してたりさ。必要最低限の後始末だって」
言っても皆のドン引いた反応は相変わらず。後悔も反省も無いが、ここまで真っ白い視線の集中砲火を浴びると流石のアキトも困惑してしまう。
だが敢えて言う。アキトのここまでの所業を知ってドン引く程度で済ませられる皆も決して常識人ではない。至極一般的な感性を持つ日本人ならアキトを忌避してもおかしくはないのだ。
アキトもそれが分かっているので自分を取り繕うとはしない。まぁ「お前らも大概だろ」などと言おうものなら華蓮辺りが憤慨しそうなので絶対に言わないが。
会話に静寂という名の間ができると、それに耐え難かったのか、それともただ単に”その事”が引っ掛かっていたのか、愛奈が最初に静寂を破った。
「ねぇ城島君……さっきから何か変にリアクションが薄いんだけど、ひょっとしてアキの凶行に気付いてた?」
「愛奈さん……凶行て」
愛奈の問い掛けに、賢司ではなくアキトが凄くショックを受けている。天使っ娘のナチュラルな毒に元黒竜のグラスハート(自称)は盛大に軋んだ。それは放置して華蓮と守の関心は賢司の動向に固定されている。まさか自分達が全く気付けていなかったアキトの行いを聡い親友は如何にして看破したのかと。
「気付いてたと言うか……僕も同行してたからね」
そして本日二回目の衝撃的カミングアウトに愛奈、華蓮、守は言葉を失った。あまりの衝撃に空気が凍りつく。そんな状況で当の賢司は妙に可愛らしく小首を傾げた。
「……? 背後霊でも目撃したような驚愕の表情で見つめてどうしたの?」
「例えが分かりづれぇっ! いや、ある意味生々しい……って、賢司お前……まさかアキッちに触発されて初体験を――」
ここで言う”初体験”とは殺しの初体験の事を言い、親友が違う意味で大人になったのではと守が恐る恐る掘り下げるとアキトからフォロー。
「心配すんな守。賢司に殺人の片棒は担がせてねぇよ」
その言葉に守は心からホッとした。
「あ、マジで。それなら別に――」
「俺が殺す前の盗賊を、ちょっと危ねぇ魔法の実験体にしてただけだから」
そして続いた現実に守は轟沈した。すぐに華蓮が崩れ落ちた守を抱き止める。非常にレアな光景だった。親友達の胸中を他所に、イケメン君と元黒竜は当時を振り返ってケラケラしていた。
「いやぁ、考えたは良いけど一般人に試すのは憚られる代物だったから助かったよ。死ぬ事が確定してる輩なら遠慮しなくて良いから」
「廃人みたいになってたよな。俺としては大人しくしてた方が後始末が楽で良かったけど……ちょっとエゲツ無さ過ぎじゃね?」
「君の容赦の無さ程じゃないね」
和気あいあいと語り合う二人を見て守君の涙腺が決壊した。華蓮さんの目からは光が消えた。アキトと賢司はそんな二人を怪訝そうに眺めて、
「「どうした?」」
同時に純粋な疑問符を掲げた。その結果、
「……『どうした?』じゃ、ねぇわぁああああああああっ‼」
華蓮から怒号が轟いた。
その後暫く、華蓮に轟轟と説教を受けながらひたすら頭を下げつつ、それでも進みを止めないアキトと賢司の姿が在った。
その間に守はキラキラした瞳で空を眺めながら「アハハっ、おおきーい! 彗星かなぁ?」と精神崩壊した新人類みたいな事を呟いていた。因みに今は昼間だ、星は見えない。
そして護衛は大丈夫かとは誰もツッコまなかった。
「ぐふ……ぐふふ、アキやんとケンちゃんが夜に二人で初体験……ぐふふふふ、尊い」
「……美矢ちゃんバレたらBANされちゃうよ」
残された美矢は御者をしながら常人とは違う部分がツボに入って腐った妄想に耽り、愛奈はそんな親友の行く末を案じつつ旅の行程は消化されていく。
数時間の後、
「……色々試して加減はバッチリだから、壊れないギリギリまで追い込めるよ」
「よし、やれ」
「いやぁあああああああああああああああ‼」
言わんこっちゃなく、アキトと賢司によってBANされた美矢の断末魔が山中に響いた。
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日付の変わった深夜の山中。
アキトは一人、焚火が消えないよう管理しながら敷物を敷いた地面に腰を下ろして物思いに耽っていた。
他の皆は就寝中だ。現在は野営の真っ最中、アキトは見張り番として眠らず一晩を過ごす予定である。
弁明するなら、いつも一人で番をしている訳ではない。いつもはパーティの誰かしらと一緒で、短いながら仮眠も取る。その気になれば不眠一ヶ月くらい容易いが、例え竜族でも体調を整える上で睡眠は必要だからだ。
ただ、今回に限っては一人で考えたい事案があったので、いつもより街に辿り着くまでのスパンが長く、野営する期間が延びているのでという建前で全員にぐっすり休むよう言い含めたのだ。
それなのに、アキトの魔力感知に引っ掛かる気配が一つ……みるみるアキトとの距離を埋めて来ていた。敵ではない、よく知った気配だ。
「……眠れないのか?」
振り返ればそこに居るのは……愛奈だった。
「うん、少し寝つきが悪くて」
言うと愛菜はアキトの隣に腰を下ろした。そのまま至近距離で視線を交錯すると自然と雑談が始まった。
「そうか。……美矢の方はぐっすり眠れているか?」
「……”ぐっすり”じゃなくて、”ぐったり”とね。どこぞのお二人さんの所為で」
座高の関係上、肩の辺りから見上げられる形でジト目を向けられたアキトは、反省を促す愛奈の思惑を盛大に裏切って噴き出した。それを見て愛奈は大層ご立腹だ。
「ちょっと笑うとこじゃないよ」
「くくくっ、いやすまんすまん。でもあれは美矢が悪い。別に今更あいつの悪癖がどうこうなるとは思わねぇけど、やらかしたならそれなりにお仕置きしとかねぇと調子に乗るだろ?」
「やり過ぎだってのよ。……もう、城島君も近頃は美矢ちゃんに遠慮が無くなってるし、あなた達が二人揃うと制御できないって華蓮ちゃんも嘆いてたわよ」
言われて流石にアキトが「あぁ~」と苦笑い気味に視線を彷徨わせる。昼間の説教は未だにアキトの中で尾を引いているようだ。
「あぁ~うん、これも今更だけど藤林は怒ると怖いな。偶に関西弁全開で怒鳴る美矢も中々だが、あいつの方が精神に堪えるわ」
「だからやり過ぎなんだって。……もう、最近じゃ華蓮ちゃんと美矢ちゃん交えてアキと城島君の愚痴会開いたら、もう盛り上がる盛り上がる」
「……お前ら本当に仲良くなったな」
ある意味アキトと賢司のお陰であった。
愛奈と美矢は昔からアキトの非常識ぶりに振り回されて来た被害者だ。偶にアキトも被害を――大抵は美矢から――受けるが、やはり迷惑を掛ける方の比率が大きいとアキト自身が自覚している。
そして今までのやり取りでお気付きだろうが、賢司も実はかなりエキセントリックな性質の持ち主だったりする。故に幼少期から華蓮と守もそんな幼馴染に絶句する経験値を稼いでここまで来ているのだ。
その所為か、パーティメンバーで女子会を開くと自ずと各々の幼馴染男子――ただし守を除く――の話題で持ちきりとなる。それは決して恋バナのように甘いものではないが、お陰で女子達の絆はぐっと固くなっていた。
その過程で華蓮は美矢を名前呼びするようになっている。最初は愛奈を名前呼びするようになったからついでにという側面が強かったが、今では前述の女子会を経て名実共に親しくなった結果であった。因みに美矢の”レンレン”呼びは相変わらず。華蓮は何とか普通に呼ばせようとしているが現状は維持されている。
それは兎も角。暫く軽い不平不満を交えた談笑の時が緩く流れると、不意にアキトの視線が遠くを見つめだした。その表情はどこか穏やかで、今までと纏う空気が違う事に愛奈が戸惑う。
「……? アキ?」
「……あぁ、すまん。いや……さ、愛奈も藤林も……当然美矢と守もさ、やり過ぎてる事には色々とリアクションしてるのに、”やってる事”自体には何も言わねぇなと思ってさ」
言うとアキトの穏やかな表情に苦笑い成分が含まれている事に愛奈は気付いた。そんな幼馴染を内面を鮮明に察して、愛奈の表情も笑いながら困惑するという複雑なものとなった。
「……皆……華蓮ちゃんは勿論、美矢ちゃんも立石君も……そして、あたしも……ちゃんと分かってるから」
そしてそんな愛奈の言葉の意味を余す事無く理解しているアキトも、相変わらず穏やかに……同時に困惑したような表情を返すのだった。
相変わらずな元黒竜。そして共犯者なイケメン君でした。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
できるだけ早く次話を投稿します。
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