二〇〇年ぶりの聖戦再開
前半がコメディ、後半が戦闘シーンとなります。
後方で皆が魂のツッコミを迸らせていたが、当のアキトはそれ所ではなかった。あれだけ格好をつけて守る宣言をした後で実に締まらない有様だが、それだけアキトの受けた衝撃は計り知れないものだったのだ。
結論から言うと、アキトは竜に変身するつもりでいたのだ。
【地球】に居た頃から部分的に竜化する事はできていたし、【スフィア】に渡り魔力が増大してからはそれが更に強力になっている。今まで腕だけを部分竜化するのにも余り魔力を使っていなかったので、全力で魔力を解放すれば完全に竜化できると考えていた。
しかし実際はこの通り……人型のままで全身が竜化するという想定外中の想定外な現象が起きる始末。
アキトの心情では、ウルト〇マンになるつもりが仮〇ライダーになってしまった感じだ。巨大怪獣を前にして、まさかの巨大化ならず……絵に描いたような大ピンチである。強いて慰めを言うなら天使は決して巨大化などしないが。
そういう問題ではないのだよと、アキトは勝手に誰に対してか分からない弁明を暗唱すると、何も言わずに右手を差し出した。その相手は美矢だ。
そして美矢は何も言わずに手鏡を差し出した。幼馴染ツーカー再び……何で分かったとか何処から手鏡なんて出したとかは流す。因みにその光景に一番驚いたのは愛奈だった……同じく幼馴染なのに。
愛奈を筆頭に戸惑う友人達を置き去りにして、アキトはマジマジと改めて自身の姿を確認した。
まぁ……何という事でしょう……、
一七〇センチメートル半ば程だった身長は剛田に匹敵する一九〇センチメートルオーバーの長身に、重ねて体格は逞しくも剛田のように威圧的に膨れた筋肉ではなく、膂力と俊敏性を見事に両立したかのように引き締まったアスリート体形……盛り上がる筋肉の稜線と二の腕に浮かぶ血管が目を引く。
その全身を光沢を放つ漆黒の鱗で覆いつつ、肩、胸、腰、前腕、脛に同じく漆黒の外殻を纏った姿の何と禍々しい事。
そして何と言ってもその面構え……全体的に外殻で覆われており、特に額の鋭角的な外殻が印象的だ。左右両端から後頭部に向けて先端を尖らせた形状は竜の角を思わせて、まさしく竜人という表現をしっくりさせる要因となっている。
その下には真紅の眼を光らせ、更に下の頸部は牙を模した外殻を上下で噛み合わせた造形で、そこが妙に無機物的なアクセントとなって見る者の意識を引き寄せる。
因みに噛み合わせた部分の隙間から空気がシュコーシュコーしているので呼吸に支障は無い。口の感触が無いので内部がどうなっているかはアキトにも謎だ。
しかしこうして見れば、そういう装飾の全身甲冑を纏った騎士に見えなくも……ない訳がなかった。
幾ら何でも全体的な造形が有機的と言うか生々し過ぎる。どこからどう見ても人の形をした魔獣と言った方が納得できた。だって両手だけじゃなく両足にも五本の鉤爪が付いてるし。
それこそマスクドバイク乗りに於ける、機械的な奴とか戦士的な奴とも違う……生物的な外観をした結構珍しい奴だ。具体例を挙げると、古いものならア〇トに出て来たギル〇とアナ〇ーアギト。最近ならア〇ゾンズ辺りだろうか?
寧ろ悪役の怪人だろうという自己評価は即座に黙殺した。流石に虚し過ぎる。
そんなどうでも良いようで割と真剣な考察をブツブツ行っていたアキトに、同じくアキトをより客観的に観察していた面々から各々の結論が述べられた。
「う~ん、アギ〇に出て来た〇ルスと〇ナザーアギト? アマ〇ンズやったら何やろ? アル〇ァ? それともシグ〇?」
『オーケー、俺と同じ想像してくれてどうもありがとうだコノヤロー。そんな例えされても嬉しくねぇよ』
声帯が存在しない為か、会話は精神ではなくそのまま周囲に伝搬するタイプの”念話”で行うようだ。それで十分感情は伝わるようで、美矢にエセ変身ヒーロー扱いされたアキトはげんなりと異議を申し立てた。
「それよりシ〇じゃねぇ? 足の形とか普通に生物っぽいし」
『昭和シリーズまで遡ってんじゃねぇよバカヤロー! 何歳だテメェ!? ってかいい加減に仮面〇イダーから離れろ!』
流石は守、サブカルチャーの知識幅では他の追随を許さない。しかもよりにもよって〇ンって……シリーズ屈指のゲテモノに例えられて堪らずアキトは吼えた。
こうして見ると、少し前に【地球】にて空手部の先輩連中を戦隊ヒーローネタで弄り倒した事の報いではとも考えられた。まさか異世界転移した先で過去の行いがブーメランして来るとは、予想の斜め上にも程があるだろう。それと、ネタを知っているアキト自身は何歳だとツッコミ返してはいけない。
「いや、いっそヒーローじゃなくて普通に怪人で良くない? どう見ても悪役でしょ」
『さらりと抉ってんじゃねぇよコンチクショー! 飲み込んだのに……思っても飲み込んだのにっ! 言われんでも自分で「そうかも」とか思ったわ‼』
最後に賢司から痛烈に止めを刺され、叫びながら四つん這いで崩れ落ちるアキト。そのダメージは相当に深い。きっと【スフィア】に帰って来てから一番の攻撃(口撃)だったと考えられる。
その証拠に、アキトがこうも乱れるのは相当にレアな出来事だと言わんばかりに愛奈と華蓮、そして少々復活できたミントとセレナが戸惑っているのだから。特に愛奈は【地球】に居た頃もひっくるめて珍しい状況に、どうアキトをフォローすべきかアワアワしている。
そんな愛奈を気遣いと、重ねて幼馴染二人の無礼の穴埋めをすべく華蓮がアキトに優しく語り掛けた。
「あの……その……大丈夫よ竜宮。賢司と守はああ言ってるけど、私にはエセ変身ヒーローには見えてないから。どちらかと言うと……ほら、ファンタジーによく出て来るリザ-ドマンとか――」
『言うなぁああああああああああああああああ‼』
「ふぁあああいっ!?」
言い切る前にガバァっと上体を起こしたアキトが力の限り怒号を飛ばす。それに驚く華蓮は思わず飛び上がりながら可愛い悲鳴を上げた。
アキトは天に向かって吼える姿勢で静止している。いきなりな事態に時が止まる中、状況が掴めずに固まる華蓮に愛奈が実状を述べた。
「あのね華蓮ちゃん、アキを慰めようとしてくれたのは分かるけど……その例えは一番の悪手なの」
「えっ? 何で?」
「アキってば、リザードマンとかドラゴニュートとか……ゲームに出て来る所謂トカゲ系の亜人種が滅茶苦茶嫌いなのよ」
「「「……何で?」」」
最後の『何で?』は華蓮だけでなく、賢司と守も一緒にハモる。美矢は愛奈同様に事実を知っているので「あ~~」と遠い目で天を仰いでいた。理由を知っている二人は別に深い事情が無い――つまり下らないと知っている故に伝えるべきか盛大に迷う。
まぁネタばらすなら、嫌う理由は生理的に受け付けないという……アキトの完全な独断と偏見なのだから仕方が無かった。
順を追って話そう。アキトは現代高校生としてそれなりにサブカルチャーに傾倒しており、日本のクリエイター達が生み出すゲームやアニメといった創作の世界は純粋に素晴らしいとある種の敬意を抱いている。
アキトは転生して初めて【地球】のような世界が在る事を知った。なのに地球人は見た事も無いのにフィクションの世界に【スフィア】のような世界を見事に再現していたのだ。
それは【スフィア】出身のアキトが感嘆する程に綿密に作り込まれており、もしや自分以外に転生者が居て、その者がクリエイターになったのではと真剣に考えた事もある。
その中でドワーフなりエルフなりと自分が知らないような架空の異種族まで創造する彼らのイマジネーションをアキトは素直に称賛できると思っていたのだ。そう……幼少期に戯れにしていたテレビゲームで”あれ”を見るまでは。
それは敵キャラだったのか味方キャラだったのか今では思い出せないが、受けた衝撃は今でも忘れられない。液晶画面に映った二足歩行で尻尾を持ち、牙が並んだ巨大な口でどういう理屈か人語を話す、想像を絶するクリーチャー……リザードマンを!
その後も事ある毎に――新しいアニメや漫画を見る度に――登場する怪異にアキトは激しく嫌悪の念を積み重ねていった。時に”奴”は翼を生やしてドラゴニュートなどと名前を変えていたが、その設定は往々にして竜の眷属、もしくは竜の子孫というものだったのだ。
ふざけるなっ! と何度胸中で怒声を上げたか分かったものではない。他でもない前世が竜であるアキトにはとても容認できない設定だった。敬意や称賛が砕け散ったのは言うまでも無い。
他の日本人なら別に大した問題ではなかっただろう。しかしアキトにとっては竜の姿を模した人型の存在とは激しく生理的悪寒を引き起こす輩なのだ。実は天使共が【地球】に来てまで嫌がらせをしているのではと邪推したのは一度や二度では済まない。
そんな背景を知った上で話を現在に戻すと、現状のアキト……件のリザードマンに限りなく近いお姿だったりするのだ。全身を鱗で覆って、竜を模したような人型の存在。これで尻尾と口があれば完璧と誰もが言いそうである。
『ちげぇし、尻尾も口もねぇし! だから絶対違う! 俺は間違ってもリザードマンでもドラゴニュートでもない……断じてない‼』
そう、取り敢えず尻尾は無い。そして口も……あくまで牙を模した外殻をマスクにしているだけで、これは口ではない。生の牙が並んだ生々しい口が無いのだから自分は違う。さり気にこれらはアキトの最終防衛戦であり拠り所なのであった。絶対にあんなものと同列に語られたくなかった。
などとアキト自身は脳内で黙々と自己弁護をしているつもりだったが、悲しきかな”念話”で周囲に駄々洩れであった。周囲の皆の視線が冷たい寄りで非常に生温かい。
そんな状況に終焉を迎えさせようと口を開いたのは意外にも天使だった。
「…………寸劇は終わりましたか?」
いつの間にか【聖鎧】と同じく白銀に染まった【聖剣】を回収していた天使。感情的でない筈だが、どこか呆れているように見えるのは気の所為だろうか?
幾ら何でも無視が通用する相手でもないので、アキトが半ば無理矢理に立ち直って返答を返す。
『やってくれるじゃねぇか。まさかここまで追い込まれるとは思ってなかったぜ』
「……………………」
『いや、「貴方が勝手に追い込まれたのと、更に追い込んだのは此の身ではなく貴方の連れでしょうが」ってツッコミが欲しいんだが』
「付き合ってられません」
ついボケてみれば普通にスルーされた。ユーモアを期待する方が筋違いだろうが少しは擦り寄って欲しい所だ。と思ったのも束の間、天使はすぐにいつもの無感情な雰囲気を纏いアキトを蔑んだ。
「しかしそうなりたい気持ちは分かります。大口を叩いた割に随分と貧相な姿を晒してくれましたね。全盛期には遠く及ばないその気配……寸劇には付き合えませんが大いに同情してあげましょう」
『言ってくれるね。前世じゃ万近い軍勢に挑んでその何割かは屠った覚えがあるんだが、一対一ならこれで塩梅良いんじゃないか?』
「つくづく暗弱な。上位天使である此の身をあのような下級天使共と同列に見るとは。本当……救いようが無い程に分を弁えていないのですね」
『お前ら天使の階級なんて知らんし』
ついでに言えば、外見の差異など微々たるものだったので見分けもつかない。
少々和やかだった先程までとは一変。空気が張り詰めていくのをその場の全員が感じ取れていた。とっくに人外の領域に踏み込んでいる竜人と天使の両者が放つ魔力によって、まるで空間そのものが悲鳴を上げるように軋む。
『全員、可能な限りここから離れろ。巻き添えにしない自信が無い』
選別無しで伝搬していたものとは違い、アキトから発せられたのは身内にだけ届く”念話”による警告。直後に事が進展したのは文字通り一瞬だった。
無音でアキトは宙に浮遊する天使に肉薄した。誰かが気付いた時にはそうなっていた。遅れて踏み込んだ地面が破砕される轟音が響く。つまりは音を置き去りにする瞬速を以てアキトは天使にその爪を突き出した。
「くっ――‼」
天使の呻き声が聞こえたのも一瞬。辛うじて【聖剣】で受け止めた天使だったが受け止め切るには至らず、そのまま天井を突き破りアキトと共に空の彼方へと姿を消した。
天井の穴から降り注ぐ陽光に粉塵舞う屋内が照らされる中、残された者達は皆が認知の許容値が振り切れたように呆然としていた。最初に再起動を果たしたのは……賢司だ。
「あ……え……っと、よし! 皆早くここから出よう。華蓮、ミントさんとセレナさんに手を貸してあげて。守は結界の準備を。来た道を戻るから」
再起動からフル回転で頭を回す賢司の指示が他の面子の意識を現実に帰還させる。華蓮は回復しつつも未だにダメージを抱えるセレナとミントを抱き起こし、守は入口に向かうと外の様子を伺い危険が無い事を報告した。
「近くに魔獣は居ねぇ、すぐに行けるぜ。……っと、教会の結界が壊れてるな、アキッちが天井と一緒に派手に突き破ったから」
「だったら尚の事急ぎましょう。外から魔獣が入ってくるかもしれないし、セレナさん、ミントさん」
「すいません華蓮殿。ガーランドの関与へ至る物証はこの神器で良いでしょうし、これ以上は確かに危険所の話では済みませんしね。……ミント」
「……そうねぇ~、でも待ってぇ~……せめてアル小父様の亡骸だけでもぉ~――」
普段通りの口調でも、悲しみを堪えている事がありありと伝わる。それでも決してミントは止まる事無く、優先事項を違える事無く動く。ただアレハンドロの遺体を放置する事だけは容認し切れない。
それを察した華蓮が無言で頷くと、動かないアレハンドロを背負って運び出した。それを見てミントも無言で微笑みを返す。そのミントはまだまともに動けない為に、比較的軽傷なセレナの肩を借りていた。
全ての準備が整った所で、それに気付いたのは美矢だった。視線を向ければそこには相変わらず呆けている愛奈が居た。
「愛奈、いつまでも放心しとらんで早くお暇せんと――」
行動を促そうとしたが、途中でそれに気付いた美矢は目を剥き絶句した。
「……はぁ……はぁ……、うっく……」
「愛奈っ!?」
直後に座り込む愛奈に美矢は急いで駆け寄りその体を支えた。そして気付く、尋常ではない発熱を起こしている愛奈の状態に。
――そんな……何で、こんな時に‼
言葉すら吐き出す余裕の無い愛奈が内心で歯噛みする。よりによってこのタイミングで発作が起きるなど、しかも体の熱に蝕まれ急激に意識が沈んでいくのを実感できる……これまでで一番の発作だった。
「ちょ、そんな、愛奈‼ ケンちゃん! レンレン!」
「……? 鷹村さん、どうし――。……っ!? 神子柴さん!?」
「賢司? ……愛奈!? どうしたの!?」
美矢に呼ばれた賢司と華蓮が気付き駆け寄って来る。朦朧とする意識の中で、三人の呼ぶ声が朧気にしか聞こえない愛奈は、既に力を失い体を自力で支えられなくなっていた。
視界もぼやけてくる中、沈む寸前の意識に変に明瞭に呼び掛ける声が聞こえた。
『ごめんなさいね、急だけど、こうでもしない機会を逃しちゃうから』
――誰なの?
頭に直接響く何故か懐かしい声に、愛奈は声にならない声で問う。
『説明する間が惜しいわ。でも安心して、アカツキ――貴女の大事なアキト君の為になる事だから』
とてもすぐに信じられる話でない筈なのに、何故かその一言で愛奈は全てを委ねられる気がした。
――そうなんだ……じゃあ、少しだけ任せるね。
そのやり取りを最後に、愛奈の意識は完全に沈んだ。
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飛び出す際に、踏み込みの余波が仲間達に及ばぬよう配慮したアキトだが、それでもかなり強めに飛び上がった故にその勢いは衰えず、未だに天使と鍔迫り合いをしながらの空の散歩に興じていた。
鍔迫り合いと言っても相手の大剣に対してアキトは鉤爪だったが。
体感でそれなりな時間を跳躍中、ようやく体勢を整えた天使がアキトの爪が絡んだ【聖剣】を振り抜く。そのまま下方向に弾き飛ばされるアキトは聖地から幾分か離れた樹海のど真ん中に墜落する事となった。
その衝撃で周囲の木々が薙ぎ倒され、まるであつらえたように開けた場所が形成される。見方によってはミステリーサークル……否、普通にクレーターだ。墜落したのは隕石ではなく竜だが。
濛々と巻き上がる土煙から、アキトは何でもないように軽快に立ち上がった。ダメージは軽微所か全く無い。それを空から見下ろす天使の表情は……僅かではあるが歪んでいた。ほんの少しとは言え初めて見る天使の感情的な一面に、見上げるアキトは地味に感動を覚える。
「……汚らわしい、アーリア様より賜った神器にしがみ付くなど……」
『今更だろ。二〇〇年前にどんだけその剣で俺を刻んだと思ってんだ。触ったくらいでギャーギャー言うな』
天使はアキトの抗議に耳を貸す事無く、再び無表情になると瞬く間にアキトとの距離を零とした。眼前に迫る【聖剣】の刃……それをアキトは左前腕部の外殻で受け止めた。昼間の空の下に眩い火花が散る。
一瞬、再び天使の表情に変化が訪れる。先程は怒りで今回は驚きだろうか……それを目に焼き付けつつもアキトはすぐさま反撃に転じた。右の鉤爪を一閃、しかし天使も素早く空中へ退避し両者は空と地上で向かい合う。
『それ卑怯じゃねぇ? ピュンピュン空を飛び過ぎだろ。こちとら翼までは取り戻せてねぇから飛べねぇんだぞ』
言ってはみたが、もし翼を得られるとしても断固拒否る事は確定だ。そんな事になればただでさえリザードマンモドキな姿がドラゴニュートモドキにクラスアップしてしまう。いや、尻尾さえ無ければ翼くらいは許容範囲か?
などとアキトが割と真剣に内面葛藤していると、天使はアキトの抗議を再び無視し空いた左手を天へと掲げた。直後に殆どタイムラグ無しに出現したのは巨大――ではなく超大な火の玉だった。
天使は左手を振り下ろし、続けて瞬時に某七つの球で龍を呼び出す冒険活劇に登場する主人公が、元気を集めて放つ必殺技のようなサイズの火球をアキトへと叩き付けた。
回避する間も無くアキトは火の玉に呑み込まれる。着弾した火球は暫くその場で原形を保っていたが、天使が【聖剣】を向けると爆発……同時に猛火を四散させ周囲を火の海へと変えた。
爆心地は地面がマグマのように融解し、生物など一瞬で蒸発してもおかしくない超高温で支配されている。勝った――誰もがそう確信する状況で、天使は三度表情を歪ませた。
爆炎が晴れる……のではなく、まるで一転に収束するかのように縮小していく。周りの木々すら焼き尽くす炎を余す事無く取り込む収束点に在るのは、漆黒を纏う竜人――アキトだ。
ただ業火が燃え上がり、樹海の一部を滅して消えた……その結果から何故か一つの存在――アキトだけが逃れている現実に、天使の表情が今度こそ驚愕で固定される。
『転生してみるもんだ……テメェのその面を拝めただけで腹の底からそう思う』
アキトの皮肉じみた本音を反芻する事無く、天使はアキトに二度目の突貫を試みた。斬りかかるのではなく突き、最初の攻撃よりも遥かに速くアキトとの距離を詰めた。しかし言おう……それがとてつもない失策であったと。
例え速かろうと、この短時間で二度も正面からの攻撃を繰り出し、それにアキトが対応できない筈が無かったのだ。想定外の連続にさしもの天使も冷静さを欠落してしまった。
左半身に構えたアキトは体重移動のみで【聖剣】の突きを回避、余りの鋭さに天使には突きがアキトをすり抜けたように錯覚できた。そのままアキトは全体重を左足に乗せ、交差法を以て左拳を天使の腹部へ叩き込んだ。
アキトの左足に集約された自重は地面に伝わり、そのままアキトの直下を放射状に砕け散らせる。そうして踏み込むことで発生した衝撃はアキトの左拳を道標に、天使の体を突き抜けその後方を一直線に薙ぎ倒した。
力の通り道その途中に在った天使は――正確には天使の纏う【聖鎧】は発動する結界ごと無残に破砕され、主である天使はアキト渾身の一撃を存分に味わう事となる。
『ふむ、人の形をしてるのも悪くないな。中々戦い易くて具合が良い』
そんなアキトの満足気な声は天使には聞こえていなかった。
まだまだ戦闘は終わりません。次回で決着させます。
目標で二月中には一章を終える予定です。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
次回は来週土曜日に投稿予定です。




