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黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
第一章 ギャレリア帝国編
28/62

決着……か~ら~の――

 竜宮流古武術。


 アキトの祖父である秋道が師範を務める古流武術の流派である。古武術と聞けば如何せんマイナーなイメージとなるが、その実態は自衛隊や警察から武術指南を依頼される、業界では知らぬ者が居ないくらいの武勇を轟かせる名門だったりする。


 今更だが、アキトと親しいぶっ飛び県警本部長の源一は秋道の直弟子である。他にも源一のように社会的地位を持つ者達が直弟子、もしくは門下生として竜宮流と深い縁にあり、そういった伝手で毎年警察、自衛隊だけでなく一般企業からも、新人研修として若手の指導を任せられる信頼と実績を誇るのが竜宮流なのだ。


 そんな現代の武家とも言える家の嫡男として転生したアキトが、竜宮流を学ぶのは当然の成り行きだった。


 きっかけは些細な事……物心がついたアキトに秋道が戯れに手解きをした所、アキトはそれを見事に模倣してみせたのだ。前世で長年闘争を経験していたアキトだからこその芸当である。当然、秋道は仰天した。


 並の相手ならただのジジバカで済ませられただろうが、秋道は文句無しの達人であった故にそれだけで済まなかった。祖父は孫の武才を瞬時に見極めたのだった。


 当然、他の家族からは猛反対された。皆が竜宮流が遊びでもなければエクササイズでもない事を知っていたからだ。しかしそれも道場でイキイキと修練に励むアキトを見て沈黙した。明らかに遊びでは済まないレベルで技を繰り出すアキトを見て両親は勿論、最も反対していた祖母――春子すら納得せざるを得なかったのだ。


 何より、瞳をキラキラと輝かせて修練に励むアキトを見て誰もが止めさせる選択肢を放棄してしまった。前世の記憶と人格を引き継いだ所為で、幼児であるのに子どもらしい面を一切見せてくれなかったアキトが初めてそれらしい姿を見せてくれたのだから。


 事実、アキトは竜宮流の修練が楽しくて仕方が無かった。竜族とは戦士の一族であり、騎士道や武士道に近い誇りを重んじる武の種族故に、アキトにとって竜宮流の修練は無心で打ち込む価値があるものだったからだ。特にアキトを惹きつけたのが魔法を全く用いない戦闘術という点だ。


 魔法の使用が前提となる【スフィア】での闘争でも、前世のアキトは生来の特性から殆ど魔法を使わなかった。よって【地球】の武術を習得する事は一度敗北した自身を鍛え直すにもうってつけであった。


 そしてそれは至極正解だった事がたった今証明された。


 現在、アキトの眼前で腹に風穴を開けて蹲る仇敵――天使の有様がその証拠。ただ予想以上に効果的であった事実にアキトすら驚いていた。こうなってみると、想定外に竜人の姿に変異した事は幸運だったとも言える。完全な竜になるより人型で居た方がやはり竜宮流は使い易いのだから。


 そうして決定打を先制したアキトは当然の如く手を緩めなどしない。追い打ちを掛けるように天使の背面に回ると続けて鉤爪を一閃……天使の羽を引き裂いた。


 どうやらまだ生きているらしい天使が呻く。アキトの追撃はそれでも収まらず、引き裂かれた羽をその手で一枚ずつ鷲掴むと右足で天使のやや面積が狭まった背中を踏みつけ、力の限り二枚の羽根を引き千切った。


 今度こそ呻くだけで済まずに喚きながらのたうつ天使。それを眺めながら天使の羽根を放り捨てるアキトはそれはそれは冷淡に吐き捨てた。


『これで好き勝手に飛び回れないだろ。フェアに地上戦と行こうじゃねぇか』


 最早外道である。先程友人達からエセ変身ヒーロー扱いされていたが、そんなものでは済まない……完全に悪役だった。


 アキト自身、悪辣である自覚はあるので、巻き込みたくないのと同時にこれを見せたくなかった故に皆から遠ざかった側面も否定しない。


「……この……! 野蛮極まりない……汚らわしい低俗な黒トカゲ風情がぁああああああああ‼」


 苦悶に歪む天使からのお返事を頂戴した。当初の形だけの丁寧さは既に微塵も存在しない。それに対してアキトも言われた通りだと思う。しかしだからと言って行儀良く見目良く戦うつもりなど毛頭無かった。何せ今アキトの目の前に居るのは前世で一族同胞を滅ぼした怨敵なのだ。


 それは正に誇りを掛けた闘争などではなく一方的な虐殺だった。如何にアキトが誇りを重んじる戦士とは言え、ここまでされた相手……しかもその不条理ぶりをついさっき見せられた後でもある相手を高潔な態度で扱うなど、生まれ変わっても不可能だ。


『ほざいてんじゃねぇよ。虫程の誇りもねぇ、文字通り血も涙も無い小雀風情が……自分を知れ』


 故に滅ぼす。士として扱う価値も無い……所か、あれだけの傷を付けても血が一滴も流れていない事に加えて、腹の穴からは内臓の類も全く見受けられない。最早生物かどうかすら定かでない存在をただの害敵として屠る。それのみにアキトの意識は定められていた。


 天使が起き上がるのを待たずにアキトは距離を詰める。それに反応した天使は崩れた体勢で苦し紛れに【聖剣】を振るうも、それをアキトは容易に掴み取った。片手での白刃取り……それが両者の力量差を如実に語る。


「…………何故!?」


 微動だにしない【聖剣】に力を込め天使が吼える。力の差を受け入れられないのか、それとも別の想定外に対しての不満か。それを完全に読み切ったアキトが語る。


『テメェらの竜封じのカラクリは今の俺に通用しねぇよ。完全な竜じゃねぇからな』

「……‼」


 天使は言葉を失った。ここに至ってようやく天使は自身の不覚を悟る。天使がこれまでアキトに対して傲岸不遜に当たっていた理由は元もあるが、二〇〇年前の聖戦に起因する部分が大きい。


 二〇〇年前……竜族は女神アーリアの放った天使の軍勢にほぼ一方的に蹂躙されている。当時の【スフィア】にて竜族は最強の種族だったにも関わらず、まともに抵抗できなかったのは何故か?


 それはそれだけ天使が強く、また物量が圧倒的だった事もあるが、それ以上に竜族が持てる力を十分に発揮できなかった点が多くの割合を占めている。


 当時、竜族は女神によって魔力の殆どを封じられていたからだ。


 竜族の鱗や外殻は物理耐性、魔法耐性の両面に於いて強固な耐久性を誇る。しかしそれは竜族が持つ強大な魔力を礎にしており、魔力を封じられた状態ではその守りも著しく弱体化してしまう。


 その上で物量で劣る状況だと言うのに広域を殲滅する魔法の類が一切使えず、竜達は守りに不安を抱えた状態で天使達に肉弾戦を挑まなければならなかったのだ。端から見ればただの玉砕である。


 それでも女神に屈せず散って逝った事実から、どれだけ竜族が誇り高かったかがよく分かるだろう。そして力を尽くせず命を終えた事がどれだけ無念であったかも……。


 だからこそ天使はアキトを蔑んだ。争った所で無力に這いつくばるしかできないと高を括っていた……しかし、それは既に過去の事であった。今のアキトに遥か昔の縛りは通用しない。


 魔法適正が総じて低いアキトではあるが、魔法に関して造詣が深くない訳ではない。だからこそ知っていた……特定の種族の力を大きく削ぐ封印とは、大規模且つ緻密に構成されており少しの想定外も許容されないという不文律を。


 今のアキトは魂魄こそ竜のままだが、その肉体は異世界の人間である。異なる世界の異種族の成分を含む今のアキトには過去の竜封じは効果が無いのだ。


 だからこそ、二〇〇年前は通用した【聖剣】の一撃は尽くアキトの黒鱗の前に無力化された。全盛期と比べて弱体化しているアキトであったが、実は持てる力を十全に発揮できる今の方が、力の大半を封じられていた聖戦時より強かったりする。


 それを前提とした上で、立ち向かうのは当時と遜色無い力量の天使が一体だけ……勝負は始まった時に決していた。


 その事実を懇切丁寧に語り終えたアキトは改めて天使を睨んだ。真紅の眼が金眼を射抜く。


『二〇〇年前、あんだけ派手に敗けて何の勝算も無く挑むと思ったか? 甘いんだよ』


 吐き捨てた言葉と共に鉤爪に力が籠る。強度で勝る竜爪が【聖剣】の刃に食い込み、刀身に亀裂が走った。【聖鎧】を失っている上に丸腰になれば、天使の勝機は完全に潰えるだろう。いっそこのまま止めを刺せばアキトの悲願は一部達成される。


 しかしアキトはそれをしなかった。何故か?


 決して嬲るつもりも無ければ敵を見くびっている訳でもない。確実を期すなら即殺するべきと分かってはいる。なら何故それをしないのか?


 アキトは誰より先を見据えているからだ。今ここでこの天使一体を始末する事が目的ならすぐにでも屠っている。だがアキトの目的は天使の軍勢と、その先に居る女神アーリアを討つ事である。だからこそ情報が欲しい。


 蛇の生殺しのように追い詰めているのは相手に切り札を切らせる為であった。アキトは天使と違い、どれだけ優勢だろうと敵を過小評価しない。自身の力が有効だと確約が得られたなら、後は相手の全力が自分に通用するのかを確かめておかねばならなかった。


 ある意味、危険な綱渡りではあるが、それが最善だとアキトの戦士としての本能が確信している。そして敵は……そんなアキトの想定通りに手の内を晒した。


「我……盟約に従い、神器に宿りし真名を紡ぐ者也。……神器解放”アスカロト”‼」


 聞き慣れない詠唱の後、アキトが掴む【聖剣】が眩く光ったと思えば……次の瞬間【聖剣】はニ十本以上に分裂し、天使の周囲を取り囲むように飛翔していた。咄嗟に距離を取るアキト。その目は屈辱に染まった天使の顔を見据えている。


「……アーリア様、お許しを……。まさかこのような下衆に、神器の御力を晒してしまうなど……」


 まるで懺悔をするように天使は天を仰ぎ涙を流した。いきなりな事態に思わずアキトは物理的に精神的に距離を取る(ドン引く)


『おい……いきなり泣いてんじゃねぇよ、戸惑うだろうが。それよか神器が増えてんだけど、どういう仕組みだ? 奥の手っぽいけど剛田はそんな事してなかったぞ』

「…………これは神器【聖剣アスカロト】の真の姿。神器とはアーリア様が、我ら天使の為に御自らの力の一部を武具として具現化した……言わばアーリア様の一部。たかが人の子が真に神器を扱うなどあって堪るか」

『ほう、しかし随分と不満そうじゃないか。俺を倒す為の必勝の策なんだろ?』


 その言葉に過剰な反応を示した天使から表情が消えた。最初の頃に見た無機質なものではない――感情の上限を振り切った為に激情を形にできていないような無表情で天使はアキトに詰め寄る。


「貴様のような薄汚いトカゲに……アーリア様の一部とは言え御身を晒してしまった此の身の屈辱が理解できるか? あの御方を穢してしまった此の身の罪が理解できるか?」


 天使から怒気を伴った魔力が吹き荒れた。同時に腹部に開いた風穴がみるみる塞がっていく。翼までは元に戻っていないが恐ろしい再生力だ。


 それだけ本気だと伝わるのは伝わるが、知るかとアキトは腹の底で思った。追い詰められて勝手に晒したんだろうがと膝詰めで説教したい。しかし結構良い話を聞けたとアキトは内心ほくそ笑む。


 神器は女神の一部であり、それを晒す事は天使にしかできないと。そしてそれを天使共は激しく嫌うと。中々の重要機密っぽいネタを脳内メモに書き写し、アキトは潮時かと纏めに入る事を決意した。


『だったら俺を消せば帳消しになるぞ。かかって来い……その駄女神の御利益たっぷりななまくらが通用すると思うなら、やってみるがいいさ』


 見え見えの挑発行為ではあるが効果は抜群だった。最早言が尽きたのか、天使は何も言わずに大量に増殖した【聖剣】を一斉にアキトに突き付ける。


「刻み裂かれて、消え失せるが良い」


 告死の宣言と同時にアキトめがけて【聖剣】の群が飛来する。アキトは構えたままの体勢を崩さずに横方向に転身すると、速攻で踏み込み天使との距離を詰める。


 しかし回避したと思われたのは一瞬。【聖剣】の群は上空へと進路を変えると、アキトの直上より広範囲に剣の雨を降らせた。


 間合いを詰め切る直前に再び回避に専念するアキト。一撃一撃が即死に至る凶刃の豪雨を紙一重で……そして同時に体幹を僅かにも乱れさせずに避け続ける。全てを避け切った時にはアキトの周囲半径二十メートルは【聖剣】が突き刺さった大地となっていた。


 ほんの一時静止する戦場で、これで終わりと思える程にアキトの勘は鈍っていない。そもそも明らかに当初より剣の本数が増えている訳で、これで打ち止めと思える輩が居たらそいつは戦士に向いていない。案の定、地面に打ち込まれた【聖剣】全てが分裂するように爆ぜ、四方八方に向けて新たに生まれた【聖剣】達が刃を散らせた。


 まるでサボテンが弾けて針をばら撒くように……という例えは正しいだろうか? アキトはそんな光景を見た事も無いが、そうとしか言えない状況でやや不意を打たれた所為で回避よりも防御に努める。


 最初に二本の【聖剣】を両椀の外殻部で弾き返すも反動で仰け反り、そのまま敢えてバク転の要領で振り上げた両脛の外殻で更に数本を打ち上げた。


 若干の余裕ができた故にアキトは回避行動に移行。空中に飛び上がると身を翻して迫る剣の弾幕を擦り抜け、避け切れない分は両手足の鉤爪で薙ぎ払った。


 そうして視界が散らされた時間は二秒に満たなかったが、それは十分過ぎる意識の空白となったようだ。気付いた時にはアキトは先程まで補足していた天使の姿を見失っていた。


 未だ体は宙に浮いたままで自由は利かない。地に足が着くのはコンマ何秒後か、その後の最適な回避行動は如何にすべきかと高速で思案する中で、それらは一瞬で脳内から追い出された。


 首筋――延髄付近を不快感が這うよう錯覚すると、着地するより先に後方へと向き直った。そこでアキトの目に映ったのは両手に【聖剣】を持ち振り被った天使の姿。右手に持った【聖剣】を右袈裟斬り、左手に持った【聖剣】を右逆袈裟斬りに入る構えで迫る。


 完全に不意を突いたつもりが予想以上に早くアキトが反応した為に、その表情はやや引き攣っていた。長年蓄積されたアキトの戦闘経験が思考を置き去りに体を反応させた結果であった。


 しかしそれでも完全には間に合わず、交差するように振り抜かれた二本の【聖剣】の内一本は防げたが、もう一本は叶わずアキトの右の二の腕を引き裂いた。振り抜いた方向に赤い血飛沫が舞う。


 互いに宙で交錯し、ほぼ同時に着地すると両者は向かい合った。


 アキトの腕から流れる血が地面に染みを作る。外殻なら兎も角、流石に鱗の部分では【聖剣】を止められないようだ。その様子に、天使は再会してから……ではなく、二〇〇年前の聖戦時から初めて笑みを浮かべた。


「ふ……ふふふ、思い知ったか? これぞ神器の力、アーリア様の威光、我ら天使の格というものだ。所詮竜族が我らと渡り合おうなど、この世の摂理に反しているのだよ」


 静かに、それでいて愉悦に浸るように嘲る様は既に神々しさとは無縁の俗物のそれである。元から天使の振る舞いに対して嫌悪を抱えるアキトが殊更に忌避したいと思える程に醜い。


『……はぁ~』


 アキトは無意識に溜息を吐く。何も無ければ自然と流せる行為であったが、今の天使は気が高ぶっている影響か目ざとくそれを指摘した。


「不愉快な……それは何に対しての溜息だ? 貴様に此の身を冒涜するだけの価値があるのか?」


 口調や雰囲気が変わったお陰で傲慢さも三割増しと言った所だが、アキトの返答がそれらを見事に吹き飛ばした。


『……溜息の一つや二つ吐きたくもなるわ。二〇〇年前は人を淡々と斬り刻んで平然と【聖剣】を突き付けてきた相手が、今やこんな掠り傷一本付けた程度で勝ち誇るんだからな。こんな低俗な輩に一度とは言え土を付けられたと思うと情けない』

「…………言ってくれる。ならば今度こそ原形を留められない程に刻んでみせよう。二〇〇年前と同様、血の海に沈むが良い」


 戦場となっている樹海の一部は既に見る影も無い荒野といったレベルで何も無い。地面も焼き、抉られ酷い有様だった。その一角に立つアキトと天使を無数に増殖した【聖剣アスカロト】が整然と囲み、まるでアキトを捕らえた鳥籠のようだ。


 天使が右手に携えた一振りをアキトに突き出せば、それに呼応するように全ての【聖剣】がアキトに切っ先を向ける。また幾らかは天使の周囲を土星の輪のように周回していた。


 これで最後だと言わんばかりに、天使は無言の宣告をアキトに対して放つ。周囲を取り囲む【聖剣】が一斉にアキトへと飛来した。


 天使の目には前傾に構え地を蹴りこちらへ飛び出したアキトが見えていたが、すぐに【聖剣アスカロト】が地を抉って発生した大量の土煙によって見えなくなる。それだけで天使は自身の勝利を確信した。


 したのだが……それもすぐに聞こえてくる音によって疑念に変わる。地面を抉る破砕音に混じって聞こえてくるのは肉を刻む生々しい音ではなく、何か金属を破砕するような澄んだ音。天使は必死に否定しようとするが、現実は天使が最も望まぬ形を眼前に具象化した。


 目に映ったのは群がる【聖剣】の弾幕を一つ残らず両椀で薙ぎ払いながら進むアキトの姿だった。飛来する【聖剣アスカロト】は一つとしてアキトの体に届いていない。例え肉眼で確認できても信じ難い光景だった。


 よく見ればアキトの振るう両の鉤爪が黒い影のような帯を引いているのが分かった。それは靄のように鉤爪の周りを揺らめき不思議と目を惹きつける。


 何かしらの付与効果があるのは明白で、その証拠に薙ぎ払われる【聖剣】達はまるで薄氷を割るように、もしくは熱したナイフでバターを切るように容易く滅せられている。天使が不可思議な黒影に思考を割いたのはほんの数秒程度であったが、それが最終的に敗北を決定付ける隙となった。


 天使の硬直を見逃さずアキトは数瞬の合間を縫って天使に肉薄した。咄嗟に天使は周囲に展開する【聖剣】で迎撃を試みるが一手遅く、全てを排除された上で放たれたアキトの右の鉤爪が天使の胸に抉り込まれる。


「がっぐ……ごぶ」


 貫かれてはいない、胸の内側を掴み取るような状態でアキトは天使を拘束していた。勝負はついたと言っても過言ではない状況で、それでも天使は得心がいかないと口を開く。


「がふっ……化け……物か、貴様は!? 一体……何をすれば、ああも容易く……神器を……破壊できる!?」

『テメェと違って切り札を分かり易く晒す程馬鹿じゃねぇよ。ただ言わせて貰うなら、どれだけ無尽蔵に神器を増殖させられても、テメェが精密操作できる【聖剣】は精々三十本程度だって事はすぐ分かったよ』

「……っ!? 何を――」

『残りはできて放つ方向を指定して高速で射出するまで……だろ? それが分かっていれば位置とタイミング、それと速度さえ把握できれば対処は簡単だ。あれじゃ何百、何千発撃っても俺には届かねぇよ』

「ふざけ……、何故それに――」

『見れば分かる。テメェの敗因を敢えて挙げるとすれば、俺を舐め過ぎだ』


 恐ろしいのは竜としての能力ではなく、アキトの類稀な戦闘技能である。それを適切に扱っていれば結果はもう少し変わったかもしれない。最後にその事実を前に項垂れる天使だったが、陰に潜めた顔を再び愉悦に歪んだ笑みで彩るとアキトの右腕を両腕で掴み、アキトをその場に拘束した。


 細身でも十分に人外な膂力を以てすれば、深手を負った身でもアキトを封じる事は可能だった。


『……!? テメェっ!』

「ははははははははっ! 此の身を舐めているのは貴様もだろう!? このまま串刺しにしてくれる‼」


 そう言うと宙に残った【聖剣】の群が纏めてアキトに殺到する。身動きができず、片腕を封じられた状態では如何にアキトでも対処は不可能だ。勝利が確定した矢先に絶体絶命――。


『残念だが……一手遅かったな』


 と思われたが、アキトが呟いたその言葉の後、寸前に迫った【聖剣】は一本残らずささくれ霧散し、虚空へと消えていった。天使がその光景に愕然とする。言葉にもならない。


『種明かししてやるよ』


 そう言ってアキトはある一点を指差した。そこには未だ空中に待機している【聖剣】が幾らか残っていたが、その内の一本の様子がおかしい。何か黒い靄が張り付いて……否、黒い炎に焼かれていた。それは所々を焼かれている状態からすぐに全体に燃え広がり、さして時間を置かずに【聖剣】一本を焼き尽くした。


 それを皮切りに残る全ての【聖剣アスカロト】が消滅した。その様子を天使は最後まで黙って見届けるしかなかった。


『あれが本体だったんだろ?』

「……っ‼」


 何故それを!? と言葉にできずに目を剥く天使。ネタバレするなら、増殖した【聖剣アスカロト】は全てが正真正銘本物と言える存在ではあったが、それは本体と呼べる一本が自身の複製を実体化させる魔法を常時発動していたのが真実なのだ。


 実体化している間は複製体も本体と遜色無いのだが、本体を損なえば当然他の複製体は実体を維持できず消失してしまう。【聖剣アスカロト】の唯一絶対の弱点であった。無論、本体の位置は巧妙に隠蔽されていて、それを見抜けたのにはあるカラクリがあったのだが、アキトにそこまで話す気は無い。


『見抜けた理由はトップシークレット。テメェが知る必要は無い。まぁ、人に身では神器の力を引き出す事は叶わないそうだが、幾ら天使でも女神様の力を十全に扱う事は不可能だったって事だな。皮肉なもんだ』


 止めの皮肉に天使は愕然から完全に放心する。アキトを拘束していた両手は脱力したのかだらりと下方に投げ出されていた。もう言いたい事は何もあるまい……それを察してアキトはこの戦闘を締める事にした。


「……ぐ、がぁあああああああああああああっ!?」


 アキトの右手で胸を抉られ、そこを支点に宙づり状態の天使は、痙攣したように身体を引き攣らせると苦悶の叫び声を上げた。直後に体の至る箇所から【聖剣アスカロト】の本体を焼いた黒い炎が噴き上がる。


『最後の手向けだ。普通に魔法が使えない俺が、魔力を使って顕在させられる唯一の事象を拝ませてやるよ。前世の聖戦時は開戦当初からテメェらに魔力を封じられてたからな、お見せするのはこれが初だ』


 竜族の中でも類似するものが一つとして存在しなかった、唯一黒竜であるアキトだけに使えた黒き炎……アキトはそのまま”黒炎”と呼んでいる。


 実は【聖剣アスカロト】の複製体を尽く薙ぎ払えたのはこれのお陰であった。鉤爪に纏わせた”黒炎”で神器の触れた部位を局所的に焼き切っていたのだ。僅かな量を纏うだけでそれだけの威力を叩き出すその効果は凄まじいの一言。


 具体的な効果はアキトが指定したものを焼き尽くすまで消えない炎の生成であり、アキトが認識できるならほぼ何でも焼く事ができる。それは生物も無機物も問わず、先の例に倣うなら神器だろうと例外ではない。そして……魂魄だろうと。


「これ……はっ!? 貴様、此の身の霊体を――」


 天使の胸に抉り込まれたアキトの右手が掴むものが天使の霊体だった。己の存在そのものと言える魂魄と魔力の複合体を握られ天使は逃げられない。


『霊体が本体なんだろう? 肉体を焼いた所で逃げられるのは目に見えてる。まぁ前世の俺なら霊体なんて得体が知れないと認識できなかっただろうが、転生した影響で霊体が何たるかは身を以て理解したからな。一欠片も残さず消してやるよ』

「貴……様っ! 此の身は天使であるぞ! 女神アーリア様の眷属たる此の身を……‼ 貴様には一欠片の信仰心も無いのか!?」

『……前世で死ぬ直前に言った筈だ。俺は二度と神には祈らんとな。それに間違ってもテメェらに捧げる信仰なんぞ持ち合わせちゃいねぇよ』

「くっ……こんな……天使である……此の身が――」

『一度死んだ身で最後に言わせて貰う。……テメェは在るかどうかも分からん冥界なんぞには逝かせん……どこに逝く事も無く、誰からも祝福されず、只々無に帰すがいい。それが俺がテメェに下す……審判だ』


 その宣告を最後に、”黒炎”は天使の全てを呑み込んだ。まだ器となる肉体は燃え続けていたが、それより先に中に潜む実体無き存在が断末魔を上げるのをアキトははっきりと耳にした。


 確信を得てから抜け殻となった肉体を地面に捨て去る。この時、二〇〇年越しの聖戦……その一端が終焉を迎えた。しかし感慨に浸るでもなくアキトは視線を遠く離れた古教会――聖地に向ける。


 そこには未だに複数の見知った気配が留まっていた。そしてそれらに加えて、恐ろしく懐かしい気配が近くに潜んでいる。戦闘時には気にしないように努めて放置していたが、それもそろそろ限界である。


『……んで? 人が逃がした身内を留めて……一体お前は何をしてんだ? レイア?』

「……あはははぁ、まぁ落ち着いてアカツキ。話す事が沢山あり過ぎて……話す順番を整理しなきゃいけないのよ」

『俺も聞きたい事が山のようにあるがまず先に……何で愛奈の体で居るんだよ!?』

「まぁまぁ、これにも深い深~い理由があるのよ。だからまずは皆の所に戻りましょ。ちゃんと守りは固めて来たから全員無事よ」


 何故か大切な幼馴染に憑依して唐突に現れた懐かしき駄天使の存在に、雪辱を一部晴らした余韻を噛み締める間も無くアキトは嬉しいような腹立たしいような、複雑な感情を抱えて仲間達の元へ凱旋した。

 エピローグ的な話を二、三話続けて一章を終えたいと思っています。


 一区切りまでもう少しお付き合いください。


 読んでくださっている方、心よりありがとうございます。


 次回は来週土曜日に投稿予定です。

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