絶望を祓う希望
華蓮のピンチに愛奈が頑張る!
構え、備え、躱す。
「なんだ~? 逃げるだけか~? なぁ、藤林よぉおおおお!」
「…………っ!」
嘲笑が鼓膜を振動させ頭に響く……それに神経を逆撫でされようが、ひたすら繰り返す。
力任せに振り回され、局所的な暴風となる【聖剣】を紙一重で、時にギリギリ避け切れず、体のいたる場所に薄い朱の線を刻みながら埃に塗れて、それでも躱し続ける。
そして避けた先で再び構え……相手の殺意に備える。
幾度も繰り返す攻防に辟易したのか、それとも傷だらけになった獲物――華蓮を眺めて悦に入りたかったのか、捕食者――剛田は構えた華蓮をしげしげと眺め、恍惚と吐き捨てた。
「いいねぇ~、これこそあるべき正しい姿って奴じゃねぇか」
その言葉を怪訝そうに反芻しながら、華蓮は構えを微動だに崩さなかった。ただし、それは気を抜いていないと言うより必要以上に体を動かせないのが主な理由だった。
ほんの少し、体幹が傾くだけで打たれた右の脇腹が痛みで軋む。その所為で右腕は全く振れず……常時、脇腹を押さえる位置に固定されていた。
残された左手で愛刀の柄尻を持ち上段の構えを維持していたが、この構え自体にも殆ど意味は無い。ただ馴染んだ剣道の構えを取った方が体を動かし易い事と、片手でできる構えでこれが一番しっくりしたというだけである。
眼前に在る死の脅威を前に一切気が抜けない状況で、余計な思考と知りながらそれでも華蓮は後悔を噛み締めずには居られない。時間稼ぎを念頭に置きながら迂闊に攻めに転じた己の愚挙もそうだが、それ以上に……、
――こんな事なら……私も大剣にしとけば良かったわよ。
遥か以前の武具選択を誤ったと後悔せずに居られなかった。
華蓮が現在手にしている獲物はミスリル製の長刀と銘打ってはいても、日本刀のように反りがある訳ではない直刀である。使い方は湾刀の斬り裂く動作よりも直剣の叩き斬る動作に等しく、真剣を用いた剣術の修練を積んだ経験のある華蓮にとっては違和感が拭い切れない代物だ。
何故にこのような武器を使用しているかというと、そもそも帝国には刀身を反らせる技術が無い為に妥協せざるを得なかった経緯がある。
それでもせめて間合いと重さだけはしっくりくるようにと調整した結果で今のような形に落ち着いた訳だが、それなりに使用感に馴染んでいたのでまぁ良いかとも思っていたのだが、今になってそんな半端なこだわりドブにでも捨てておけば良かったと心底思った華蓮だった。
何せ現状使い勝手もクソも無い……そもそも攻撃を当てた所で斬れはしないのだから。と言うより厳密には当たりもしない……剛田の【聖鎧】が持つ結界の所為で剛田本人に斬撃が届かない。
斬り裂こうが叩き斬ろうがどうでも良い、元より攻撃しても効果が無いのだ。ならばいっそ盾代わりにでもできれば良かったのだが……こんな細い刀身では例えミスリル製だろうと、あの鉄板のようなゴツイ【聖剣】を受け止めれば砕けるだろうと容易に想像できた。
結果として多少のこだわりを反映した愛刀は、攻めにも守りにも使えない、ただ気勢を保つだけの構えに必要な飾り……その程度の意味しか持たない代物に成り下がってしまっていた。
大体、実際に人を斬った経験がある訳でもないのに、何を機能やら型にこだわっていたのか。そんなもんより諸々の実用性を優先して大きく頑丈な剣にしておけば今頃盾代わりぐらいの使い道はあったのに!
そんなまさしく”後悔先に立たず”に陥ってダンマリな華蓮に、返す言葉も無いのだろうと勝手に勘違いをした剛田が非常に機嫌良く饒舌になる。
「ずっとこうあるべきだったんだよ……日本に居た時からよぉ、オメェなんかにいいようにされる事が間違いだったんだからなぁ!」
「……勝手に道理を決めつけないで貰えるかしら。今は兎も角、以前のアンタが弱かったのは単純に私より修練を積んでなかっただけ……つまり自業自得でしょうが」
「うるせぇっ! 女の分際で偉そうにオレに意見してんじゃねぇよ! 女なんてただ抱かれるしか取り柄がねぇくせに……その中でも抱きてぇとすら思えねぇ貧弱な体のテメェがオレに楯突く事自体が世の摂理に反してんだよ‼」
「恐ろしい暴論垂れてくれるわね。アンタの女性に対する認識を一から叩きのめしたい気分だけど……今は取り敢えず、『女として見てくれなくてありがとう』と言っておくわ。不思議ね……守とかに言われたら問答無用で制裁してるだろうに……アンタに言われると却って清々しいわ」
ケダモノに”女”扱いされた所で嬉しくもなんともない……寧ろ侮蔑された方が自分に誇りが持てそうだと言ってみせる華蓮。その言動から彼女が剛田をどれだけ嫌悪しているかがよく分かる。
普段ならここまで皮肉られれば激昂する剛田だが、今回に限ってご機嫌なままだ。それだけ優越感に浸って余裕なのがよく分かる。
「減らず口だと分かってれば腹も立たねぇもんだな、でもいい加減命乞いでもしてくれねぇと飽きちまいそうだ。今度はちょっと強めに攻めるぜ、あっさり死んでくれるなよ」
「随分余裕ね。仕留められる内に仕留めた方が良いんじゃない? ”窮鼠猫を嚙む”って言うし」
「鼠に噛まれたくらいじゃどうもしねぇし。……卑怯とか抜かすなよ、そもそも神器を使えるだけの力がオレにあったからこその結果だからな」
業腹ではあるが、それに関しては同意せざるを得ない華蓮だった。まさしくチート性能を誇る神器だが、ミントがアレハンドロらしい何者かと舌戦を交わした際の言葉を信じるなら起動させるだけで相応の魔力を必要にするのだと察しがつく。
華蓮が一回の練り上げで生成できる魔力量が800なのに対して剛田のそれは2500……その差は三倍以上だ。基礎能力は兎も角、魔力量だけなら華蓮はそれこそスフィア人の精鋭騎士と大差が無く、彼らが神器を使えないと仮定するならきっと華蓮には神器を起動させる事は不可能だろう。
最初は思わず『反則』と言ってしまったが、今は単純に力量差と華蓮は受け入れていた。そして、だからこそ立ち回りに一考を加えたのだ。
「オラァアアアアアアっ‼」
雄叫びと共に剛田は【聖剣】で前面広範囲を薙ぎ払う。それをギリギリで見極めて華蓮は屈伸運動と前転受身で回避。痛む脇腹に表情を歪めつつ、確実に安全圏に退避しながら二撃目に備え、剛田が後方へ振り向き様に放った振り下ろしを横っ飛びで躱した。
宣言通り、より激しさを増した剣風に晒された華蓮が必死で理不尽に抗う。しかし必死ではあるも、狙い通りの展開に華蓮は内心ほくそ笑んでいた。
――このままもう少し、まだまだ保たせられるわね。
まともにやれば勝てる見込みなど全く無い。だが相手を打ちのめすだけが勝利条件ではないのだと華蓮はよく分かっていた。
華蓮を殺す気でいる剛田と違って、華蓮にとっての勝利とは愛奈、ミントと共に脱出する事なのだ。そしてその為に華蓮がすべき仕事は剛田をこの場に留める事だった。今もなお脱出を妨げる結界を無力化しようと奮闘している愛奈達を信じて。
なれば無理をして攻勢に出る必要など無く、こうして守りに徹して時間を稼げば良い。最初に下手を打って手痛い代償を支払う羽目にはなったが、それが却って選択肢を絞り華蓮の頭を冴えさせてくれた。
怪我の所為で回避に支障が出ていたが、その必死さが寧ろ剛田を調子づかせてくれているのでそれも怪我の功名という奴である。
相変わらず思った通りに動いてくれるケダモノの剛剣によって削られようと、このままなら当分は動き続けられると華蓮は傷だらけの体に鞭を打ちつつ、明確な自信と共に愛奈達の成果を待ち……、
「無駄な足掻きですね。そして太我……そんなものにいつまで付き合っているつもりですか?」
前触れ無く響く、聞きたくなかった無機質な声色に盛大に冷や汗を噴き出した。声の方角へ視線を転じれば、そこにはできれば二度とお目に掛かりたくなかった人物が悠然と歩を進めているのが映った。
「アレハン……ドロ? もう拘束から抜け出したの」
「あれしきで此の身を封じたつもりだったのですか? 度し難く愚かですね」
慄く華蓮に冷淡且つ傲慢に言い放つ教皇(仮)。
見ればアレハンドロ(仮)の無駄に煌びやかな法衣は全く痛んでいない。ミントが施した氷の束縛にこれっぽっちも堪えていないようだった。
アレハンドロは続けて剛田に向き直ると、華蓮にしたのと同様に冷淡な口調で彼を窘める。心なしか幾分か咎めの語気を含ませて。
「太我……貴方には外の警戒を頼んでいた筈ですが、何故にこんな場所でこのような児戯に興じているのです?」
「別に……大した理由なんかねぇよ。強いて言うなら、目的の一つがそこに在ったからだ」
「……勝手を許す為に力を授けた訳ではないのですが」
「うっせぇ! 最後に上手く行きゃ文句ねぇだろがっ! 大体そっちが最初にしくじってんじゃねぇか! 標的に逃げられてんじゃねぇよっ!」
目の前のやり取りで凡その経緯を華蓮は察した。元よりミントから神器は教会が管理していると聞かされていたので、予想通りと言えば予想通りではあった。
「剛田……アンタ、教会と関わってるなら連中の……と言うよりそこの”誰かさん”が何企んでるのか知ってるんじゃないの?」
「はぁ? 知らねえよ詳しい事情なんか。オレはオレで、向こうは向こうで都合が合ったから手を組んだだけだしよ。オレとしては竜宮を殺せる機会を用意してくれるなら他の事にはこだわらねぇから」
いきなりなアキトを殺す宣言に両者に何があったかを知らない華蓮は少々戸惑うも、上機嫌な剛田はお構い無しに発言を継続する。
「どうせテメェらを助けに来るだろうから外で待ってたんだけどよ、時間が掛かるだろうって話なんで空いた時間についででテメェとも白黒つけても問題無――」
「太我……それ以上は口は閉じなさい。敵に余計な情報を与える必要などありません」
調子づく剛田を諌める教皇に華蓮が内心舌打ちを打つ。丁度良く諸々の事情を懇切丁寧に説明させようとしていたのに……流石にそこまで都合良くは行かない現実に歯噛みせずには居られない……と思っていたらそこの所はケダモノクオリティが華蓮に助力してくれた。
「どうせ殺すんだから良いだろうが。大体何で神子柴だけ先に攫うなんてめんどい手順踏んでんだよ? どっちにしろあんたらは転移組で竜宮と藤林以外の連中全員が欲しいんだろうが。だったら全員纏めて拉致っちまえば良かったんだよ、そうすりゃオレが暇を持て余す事も無かったんだからな」
得体の知れない存在だろうと御し切れないのが剛田というケダモノの真骨頂……お陰で華蓮でもある程度の推察が立てられる情報が得られた。
まず、アキト達が救援に向かっているという朗報――まぁお互いの位置感知ができるよう手を打っていたのでそれは心配していなかったが、それが確定しただけでも安堵が段違いだ。実はそれを華蓮が可愛がっているアクティブ皇女が妨害していたとは流石に気付けていないが。
次に教会の狙いはアキトと華蓮を除く転移組全員の身柄を確保する事。この時点で愛奈のみを欲しているガーランドとは敵対関係であると証明された。
確証はそのまま安心へと繋がる。懸念が解消された事で華蓮の中で士気が高まるのを感じたのか、アレハンドロは華蓮を一瞥した後に剛田へ苦言を吐いた。
「貴方の所為で彼女は余計な希望を抱いてしまったようですよ。敵に対して手心を加える必要など微塵も無いと言わねば分かりませんか? それと、手間を掛ける必要性は丁寧に説明した筈ですが……能力以外は本当にザルですね」
「あぁっ! こっちはついでにテメェらの不手際のフォローしてやってんだ! 神子柴を逃がしたテメェにそこまで言われる筋合いねぇぞっ!」
「それこそ心外ですね、誰も逃がしてなどいませんよ」
「はぁ? それはどういう――」
疑問を投げ掛けたのは剛田であったが、最後の宣言は剛田でなく華蓮に向けて放たれた。訝しみつつも嫌な予感がよぎる華蓮の意識に、その解が現実として突き付けられた。
「あ……あぁ……そんな」
希望を抱いた場から、絶望へと下るよう悲痛な呟きを華蓮は零した。
アレハンドロの後方から、聖騎士達が神官服を纏った二人の女性を拘束して連れて来た。一人は白い装いを桃色の装飾で飾り、殴られたのか頬を腫らした少女と、もう一人は白と水色に加えて赤――自身の鮮血で染まった神官服を纏い、意識を失った若い女性――愛奈とミントだった。
「愛奈っ! ミントさんっ!」
「……ゴメン、華蓮ちゃん。しくじっちゃった」
殆ど悲鳴を上げるように二人の名を叫ぶ華蓮、それに対して申し訳無さそうに沈痛な面持ちで謝罪する愛奈……腫れた左頬が痛々しい。ミントからの反応は無い、それ所か止血もままならないのか足元に血が滴り続けている。
その光景から何とも筋違いな抗議を上げる獣が一匹。
「おいコラ教皇! 人の獲物をキズモノにしてんじゃねぇよ! そんな腫れた顔じゃ楽しむもんも楽しめねぇだろうが!」
怨敵を見る目で華蓮は剛田を睨みつけた。この状況で言うセリフではないだろうと眼力で訴える。しかし当の剛田は華蓮を見向きもせずにアレハンドロを睨みつけている。
「心配せずとも、この程度の傷は容易に治癒できます。このように」
弁明というより何を些事で喚いていると言わんばかりの尊大な口調で言えば、アレハンドロは手を患部にかざしただけで愛奈の顔の腫れを治療した。その光景に絶句する華蓮と驚愕する愛奈。詠唱はおろか術名を口にもせずに、しかもほぼ一瞬で治癒して見せたのだ。チートヒーラーな愛奈を超える腕前だった。
それならば一緒にと愛奈が嘆願する。
「それならあたしよりミントさんを……! このままじゃ死んじゃう」
しかしアレハンドロはそれを冷徹に却下した。
「お断りします。それの処遇は既に死と決められています。何より勘違いしては困りますね、貴女を癒したのは善意でなくこちらの都合によるものです。それを分からずに望みを口にするなど……分際を弁えなさい」
余りの言い分にショックを隠し切れない愛奈に視線すら向けずに言い捨てる。気遣う素振り皆無な態度から必要としてはいても配慮は一切しないと言外に示しす。傲慢の極みとしか言えなかった。更にその矛先は華蓮にも向けられる。
「貴女もいい加減に分不相応な希望に縋るのはお止めなさい、見苦しい。そもそも貴女達の辿る運命はアーリア様によって既に決められているのです。それに抗うなど――」
「うっさいわよ、そんな事決められた覚えも無ければ、従ってやる義理だって無いわ。大体……勝手にスフィアに連れて来ておいて、その上言う事聞けだなんて……そっちこそ何様のつもり?」
流石は理不尽に抗う代名詞たる剣姫様だ。例え絶望を味わってもその芯はそう簡単には折れない。それを見て無表情なアレハンドロの顔に僅かな変化があったのは気の所為ではない。それを証明するかのように、アレハンドロは殊更無機質な指示を剛田に下した。
「……殺しなさい太我、その愚者を今すぐに」
「んだぁ~? まだ時間に余裕はあんだろ? 折角だしもうちょっと嬲らせて――」
言の葉の続きを言い切る事は……剛田にはできなかった。何故ならアレハンドロから溢れる形容し難いプレッシャーが空間を侵食したからだ。その所為で、華蓮と愛奈だけでなく傲岸不遜を具現化した剛田でさえ呼吸が停止する程の硬直を強いられた。
それも一瞬の事ではあったが、全員にアレハンドロ――具体的にはその中に宿るナニカの絶対的優位を刻むには十分だったようで、繰り返された命令に剛田は素直に従う他なかった。
「もう一度言います……剛田太我、その身の程を弁えない愚か者を殺しなさい。三度目はありませんよ」
「わ……分かった」
たじろぎながら従う剛田を小物と言う事は誰にもできない。それだけ圧倒的な力をアレハンドロは誇示したのだ。ただそこでも剛田はある意味剛田らしかった。欲望に忠実なケダモノとして。
「そ、その代わりよぉ、この後は流石にご褒美を所望させて貰うぜ。……神子柴と一発ヤラせてくれても構わないだろ?」
「……それくらいなら良いでしょう。我らはこの者を必要とはしてますが、別に純潔である必要は無いですし。ただし、程々にしときなさい、無茶をして壊れられたら困りますので」
受け取った剛田が狂気じみた笑みを浮かべる。それを見た愛奈は血の気が引いた顔を恐怖で飾った。
華蓮はと言うと、剛田の鬼畜過ぎる所業に感情の針が振り切れた。アレハンドロによるプレッシャーの余韻を打ち消す程の激情を以て剛田に迫る。
「この……クソ野郎っ‼」
体の損傷などお構い無しに、神速の踏み込みから上段の片手面を放つ華蓮。パッと見では無防備に見える頭部に一縷の望みを賭けて渾身の一撃を見舞った。
――ガキンっ。
しかし虚しく――案の定とも言える結果しか得られなかった。打ち込まれたミスリル刀は不協和音を響かせ物打からへし折れた……剛田の頭部を覆う【聖鎧】の結界によって。
不意を打たれた剛田であったが、その後の対応は素早い。身を捌き華蓮との間合いを詰めると、やや前傾になった故に晒された華蓮の背中に渾身の肘打ちを落とした。
「ゴフッ!」
当然の如く衝撃を受け止めきれずに、華蓮は思い切り床に叩き付けられる。剛田は追撃で容赦無く足でそのまま踏みつけ、華蓮を更に深く床にめり込ませた。堪らず「あ……がっ」と呻く華蓮に剛田は一応謝罪の体で語り掛けた。ただし、そこにあるのは言葉だけで詫びの気持ちは絶対に含まれていない。
「すまねぇな藤林。もう少し遊んでやりたかったが、雇い主様が御立腹でよ……運が悪かったのと、オレに散々楯突いたツケだと諦めて逝ってくれや」
「………………っ!」
肺が圧迫されて声が出せない華蓮は、せめてもの抵抗の意志を目で示す。憤怒の表情で見上げる華蓮に嘲笑しながら見下ろす剛田……勝敗は決してしまっていた。更なる駄目押しはアレハンドロの口から告げられる。
「まだ折れていませんね、救い難い愚かさです。では最後に言っておきましょう。ここに向かっているだろう救援を期待しているなら無駄ですよ。この聖地を覆う結界は術者でなく神器によって維持されています。建物の外側に神器を配置してはいますが、常人に神器の破壊など不可能です。貴女が【聖鎧】を破壊できないのと同じ理屈ですよ」
「なっ!?」
想定外……と言うより信じたくない事実が華蓮に突き付けられる。それに驚愕する華蓮にアレハンドロは構わず宣告を続ける。
「つまり、外からはどうやっても結界を無力化できないのですよ。当然、内側に居る貴女達にも結界をどうこうする事は最初から無理だったのです。出入りするには太我が身に付けている【聖鎧】が必須です……言ったでしょう、無駄な足掻きだと」
その宣告に、とうとう華蓮の目から光が失われた。抗い時を稼げば助けが来るという期待が砕け散った。足越しに華蓮の体から反発力が失われたのを察した剛田が「えげつねぇな」と嘯きながら笑い声を上げる。
その状況にアレハンドロは満足するでもなく、ようやくかと言いたげに只々やれやれと嘆息し剛田に指示する。
「太我、もう抵抗する意思も無いでしょう。楽にしておやりなさ――」
「諦めないでっ‼」
突如として響く盛大な轟音に皆が目を剥いた。剛田も、先程まで目が死んでいた華蓮も、そしてアレハンドロまでも。声の主を誰もが注視した……全員の視線が愛奈に注がれた。
「諦めちゃ駄目、華蓮ちゃん!」
「……愛奈?」
「アキを信じて! アキなら絶対何とかしてくれるから! アキってば、日本に居た頃からどうにもならない状況をいつだって何とかしちゃう天才だったの! この程度の障碍……きっと何でもない風にあっさり突破して来ちゃうに決まってる!」
不安や恐怖が無い訳ではないのだろう、その証拠に表情を引き攣り、小刻みに震え、目尻には涙が溜まっている。しかしそれ以上にこの世で最も信頼する相手への想いが愛奈を奮い立たせていた。
「だから諦めないで、抗って! 死んじゃったら助けたくても助けられないんだよ‼」
「……愛……奈……!」
華蓮の正直な気持ちとして、そこまでアキトを信じる事などできない。しかしそれとは関係無く、華蓮の胸に再び火が灯った。灯したのはアキトへの信頼ではない……愛奈の言葉だ。
アキトは信じられなくても、アキトを信じる愛奈を信じる事はできた。その愛奈が吼えたのだ、恐怖に抗って、懸命に。ならばそれに応えなければ女が廃る!
華蓮の体に力が宿った。それは剛田を跳ね除けるには圧倒的に足りない微々たるものだったが、剛田の心に不快感を植え付けるには十分だったようで、剛田は足に今まで以上に体重を掛けた。しかし今度こそ折れる気がしない華蓮の気迫に押され、その矛先を愛奈に向ける。
「神子柴、吹いてんじゃねぇぞ! 竜宮に何ができるってんだ!? 【地球】に居た頃からオレに散々ボコられてたあいつに……できる訳ねぇだろ!」
「いいえ、できるわ! って言うか『ボコられてた』? 誰が? アキがあなたに? 何それ、アキが敢えて見逃してたんだって、いい加減気付きなさい‼」
鋭い斬り返しに剛田が慄く。今まで病弱で大人しいと思っていた愛奈の意外に強気な態度に流石のケダモノも面食らっている。
大いなる誤解として、愛奈は確かに大人しい部類に入るが決して気弱ではない。寧ろミントを満足させたようにいざという時は気丈に振る舞える芯の強い少女なのだ。そしてどこぞの幼馴染の影響か、そういう時に限って辛辣且つ容赦が無い面も持っている。それがこの場で遺憾無く発揮された。
「それより剛田君……あなたさっきからアキを殺そうって息巻いてるようだけど、アキを弱いと思ってるなら何でそんな【聖鎧】やら【聖剣】で重装備してるの? 本当にアキを弱いと思ってるなら、そのまま襲えば済む話じゃない?」
「そ……それは――」
どもる剛田に一切手加減無く、愛奈は剛田が葬りたい事実に一矢を報いた。
「……言ってあげましょうか、アキに聞いたら有耶無耶にされたんだけど……剛田君、あなた……アキに敗けたんじゃないの? よりによってこの【スフィア】に来てから!?」
「………………っ‼」
沈黙は肯定であった。自身の推測が図星だと確信した愛奈の追撃は激しさを増す。
「やっぱり! だと思ったわよ! 暫く引き籠ってたのもそれが原因でしょ!? それで何? 強い玩具を恵んで貰えてその気になったの? 強くなってアキに勝てるとでも思った!? そんなんでアキに勝てる訳ないでしょ! 甲羅に籠った亀さんみたいで情けない!」
「う、うるせぇええええっ! ひ、人の忘れたい過去を容赦無く抉りやがって……! ボロ雑巾みたいに犯すぞコラぁああああっ!」
「やってみなさいよ! それでもあたしは黙ってなんかやらないわ! 絶対あなたを満足なんかさせてやらないから! それよりヤる時って【聖鎧】脱ぐわよね? 完全に無防備になるわよね!? チャンスだわ、その瞬間にあなたの大事な部分噛み千切ってやるから! それとも鎧着ながらするの? そんな特殊なシチュエーションであなたが感じれるならどうぞご自由に!」
過激な宣告に剛田は顔を羞恥やら怒りやらがごった煮な状態で真っ赤に染め上げる。若干、内股になっているのは愛奈の言を真に受けて戦慄しているからだとは誰にでも分かった。
現状はちょっとした混沌に包まれていた。絶対的に不利な……と言うより絶望的な状況は変わらない筈なのに、何故か愛奈にとって有利な空気ができ上がっていた。それがどうも可笑しくて、華蓮が思わず吹き出してしまった。
「ぷっくくく、ま……愛奈、それ……最高だわ。……ぷふっ! ならいっそ脱いだ【聖鎧】盗っちゃえば? 愛奈なら使えるかもしれないし、そしたらここから逃げれるわよ」
「あはっ、それ良いね! 華蓮ちゃん天才だわ!」
「て……テメェら……! いいぜ、だったら逃げれないように手足ブチ折って動けないようにしてから犯してやる! ついでに歯も全部折って噛み付けないようにしてやるよ!」
「あんたさっき愛奈が怪我させられたら『楽しめない』ってほざいてなかった? それとも実はそういう性癖の持ち主なの? ちょっとドン引くわぁ~」
美少女二人にケラケラ笑い者にされるケダモノの画がシュールだった。堪忍袋の閾値を天元突破した剛田は今度こそ華蓮に止めを刺そうと【聖剣】を振り上げた。しかしそれは些か遅かったようである。
単純に剛田を口で追い詰めていただけで、時間稼ぎという概念はポイしていた愛奈だったが、そんな彼女の行動は結果として救いの運命を手繰り寄せる時間を見事に稼いだのだ。
――ゴゴゴゴゴッギギギ……。
それを証明するかのように、開かない筈の正門が壮大な効果音と共に開かれていく。有り得ない光景に剛田もアレハンドロも絶句していた。それは愛奈と華蓮も半ば同様で、信じた救援が辿り着いた現実に思わず涙を流した。
「おぉ、思った通り開いたぜ」
そこには愛奈の宣言した通り、できる筈が無いと言われた難関を何でもないように突破して来たアキトの姿が在った。
微笑みの天使っ娘の意外に過激な一面でした。
基本的にアキトが守る側ではありますが、ただ守られるだけじゃアキトの幼馴染は務まりません。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
次回は来週土曜日に投稿予定です。




