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黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
第一章 ギャレリア帝国編
12/62

皇女殿下のお願い

 アキトと華蓮の関係を表すなら、それは知人以上友人未満となるだろう。何とも微妙な関係である。


 それなりな付き合いはあった。プライベートで会う事は無くとも、学校で会えば普通に日常会話ができる間柄ではあった。と言うより、アキトが弄って華蓮がツッコむやり取りを見れば、周囲からは寧ろ気心知れた仲に見えていたのかもしれない。


 しかし実の所、二人の付き合いは相当に希薄だったと言わざるを得ない。二人が話す時は常に傍らに誰かが居た。それは賢司と守であったり、愛奈と美矢だったり、良好な関係でなければ剛田もそうだった。


 アキトが華蓮抜きで守や賢司と一緒に居る事は多々あった。守とは悪ふざけをする悪友として、賢司とは言うまでも無く共犯者として。逆に華蓮もアキト抜きで愛奈や美矢と女子同士で交流を持っていた。だと言うに、アキトと華蓮だけは二人だけで組み合った事が全く無かった。


 だからだろう……華蓮は表面上のアキトしか知らない。他人を怒らせないように程良く弄り、笑いを誘いながら誰とでも和やかに接する――誰ともトラブルを起こさないよう振る舞っている(・・・・・・・)アキトが華蓮にとってのアキトだった。


 故に【スフィア】に渡ってから何かと目的の為に自重をしなくなったアキトが華蓮の目には異様に見えた。自分が知らない内に次々と情報を収集するアキトも、華蓮が知る中で最高峰の頭脳を持つ賢司と対等に知恵を交わし合うアキトも、人が死んだ事実に淡々とした態度を崩さないアキトも全てが異様だった。


 これが他の面子なら話は違っただろう。愛奈と美矢は元からアキトの本質をよく知っている。伊達に十年近く一緒に居る訳ではない。賢司は察しの良さと共犯者としてアキトと手を取り合った経験から既に違和感すら感じていない。守に関しては華蓮とのやり取りで分かる通り、持ち前の割り切りの良さで最初に芽生えた違和感はとっくに空の彼方だ。


 しかし華蓮はそうはいかなかった。生来の生真面目さと正義感から、どこか得体の知れない、もしくは隠し事をしている(ように華蓮には見える)アキトに疑念を抱いてしまったのだ。そして華蓮自身も自覚していないが、右も左も分からない異世界に飛ばされた不安がそれを後押しし、明確な不信感を持つに至っていた。


 アキトが前以て、華蓮からある程度の信頼を得ていれば話は大きく変わった筈だ。しかし残念ながら【地球】に居た頃のアキトに対する華蓮の評価は割と低い……主に剛田関連で。


「……えっ、いや、あの……華蓮? なしてアキッちが信用できない方向にシフトしたん?」


 ただ、そんな華蓮の胸中を察するなどできない守にしてみれば、いきなり華蓮がアキト不信に陥った風にしか見えない為に、思わず半端に訛って聞き返すのも仕方無い。


 そして華蓮の側から言えば、守とは言え親友が察してくれないとなると、もどかしさからつい口調が強くなってしまうのも仕方無いのだ。


「何でって……明らかにおかしいでしょ! あの竜宮よ、いつも人を弄ってからかって、あんたと悪ノリして私にしばかれて、挙句に剛田に好き勝手絡まれてる竜宮が、何で自由に城の外を見回ったり、よりによってあの賢司と一緒にあれこれ考えるポジションに納まってるのよ!? それをあんたは不思議に思わないの!?」

「……華蓮ってばアキッちの事、思いの外あんまりな評価してたのね。……うん、それだけ聞くと確かに違和感だらけだけど、実際に俺っちも違和感はあったけど……」


 本心ではかなり低めな評価をアキトに下していた剣姫様。その事実に守は内心アキトに対して涙を流しそうな同情心を抱いた。そんな守の表情から少々バツの悪くなった華蓮はフォローがてら言い直す。


「まぁ、ちょっと言い過ぎた感は否めないけど、要はどんだけ情報を集めていようが、あれこれ動き回っていようが、本出があの頼りないの代名詞な竜宮なのよ。正直……竜宮自身も何か胡散臭いけど、提供される情報の信憑性をもう少し疑うべきじゃない?」


 アキトに対する疑念は置いておいて、彼からもたらされた情報がどれだけ信頼できるか慎重に考えるべきでないかというのが華蓮の主張だった。よくよく考えれば、今後の予定を決定しかねない重要な情報は全てアキトが仕入れて来たのだから、アキト自身を信頼できないのならそれは賢明な判断だろう。


 それでも守は「しかし」と華蓮を諭す。


「なぁ華蓮、華蓮は賢司の事は誰より信頼できるよな?」

「……? いきなり何よ、そりゃあ……誰より信頼してるわよ」


 守の事も信用しているが、”頼り”になるという意味で賢司が最たるのは華蓮の偽り無き真実だ。それは守としても同様で、「ならば」と守は言を続ける。


「その賢司が信頼してるって点で、アキッちを信用する事はできない? 俺っちはそうしてんだけど」


 頭が異常に回る賢司は状況の見通しは勿論、人を見る目も抜群に優れている。根が真っ直ぐな華蓮は当然として、色魔扱いされながら陰では女子に好評な守と親友をしている点でもそれはよく分かるだろう。


 賢司はどんなに外面が善かろうと性根が汚れた人間とは決して付き合わない。並の心の仮面ではイケメン君のレーダーアイは誤魔化せないのだ。


 そんな賢司がアキトには明らかに心を開いている事実が信用できる根拠だと守は華蓮に訴える。しかしそれでも華蓮は納得しなかった。それ所か、守が予想だにしない問いを返球した。


「賢司が騙されてるって可能性は無いの?」


 張られた結界内の時間が止まった気がした。言うまでも無く”断界”にそんな効果は存在しない。唐突に訪れる沈黙のみの時間が過ぎ、華蓮が「何か変な事でも言ったかしら?」とそわそわ首を傾げ始めた時……沈黙もまた唐突に破られた。


「…………ぶっ! っはーはははははははっは! あははっはっははは、ひーひーひっ……!」


 守の爆笑によって。やや堪えて噴き出してか~ら~の爆笑と見事な連絡変化だった。突然の反応に華蓮は驚きの余り数メートル後退るも、守の笑い声は止まらない。


「あははははははは、はっはっはっは~~、っくっふふふはーはははははは、あ、やべ、腹がよじれる、腹筋攣りそう」


 別に笑わせたかった訳ではなく、単純に笑われたという事実をようやく認識した華蓮は羞恥で耳まで真っ赤に染めると、でっぷりした腹を抱えて地面を転げ回っている守を優しく抱え起こし……、


「ふぅー、シッ!」

「ベブラっ!」


 痙攣しそうに口角を持ち上げながらキョトンとする守の三日月――顎の側面にある急所――に体を一回転させてからの見事なバックハンドブローを叩き込んだ。頭部を真横に跳ね飛ばされた守はそのままバレエダンサーも拍手を送りそうな芸術的なスピンを決め、結界に叩き付けられた後に地面にビタンした。それでも結界は継続中だった……素晴らしい強度だと思う。


「あんたってホント……人が真剣に心配してる事案を何でそこまで笑い飛ばす事ができるのよ!?」

「がっごふ! し、真剣? いや、俺っちはてっきりギャグかと――」

「んな訳あるか‼」


 よろめきながらも何とか立ち上がった守は、猫が威嚇するが如くフシャーしている華蓮を不器用に宥めつつ、根本的な勘違いを指摘した。


「いやだってさ……騙されるって誰が? 賢司が? よりにもよってあの賢司が? 有り得ねぇっしょ。あいつは騙す側に回る事はあっても絶対騙される側になんか回んねぇよ。十中八九所か十中十で相手を言い負かす達人だぜ。寧ろあいつを騙せる奴が居たら俺っち見てみたいぜ、悪魔と化かし合っても賢司なら余裕で勝つよきっと」


 ここまで失礼な物言いで人を褒める者が【地球】と【スフィア】合わせてどれだけ居るだろうか?


 デリカシーが一つまみも含まれない賛辞に華蓮は思わず反論……する事ができなかった、どうしても!


 寧ろ「確かに……!」と腹の底から納得してしまう剣姫様。この場に賢司が居たなら「君ら僕を何だと思ってるの?」とそれはそれは盛大に項垂れる事間違い無しだ。


「……うん、訂正と謝罪をするわ。確かに賢司が騙されるなんて有り得ないわね」


 ここに居ないイケメン君の幻影がお空の向こうで人知れず泣いたような気がした。


「それでもよ、騙されはしなくても……賢司すら把握できない事実って時点で私にとっては信用できないわよ。それを竜宮なんかが把握してるのも怪しいし、それに最近の賢司ってばちょっと詰め込み過ぎてる感じだし、余裕が無くて竜宮の裏付けができてないのかもしれないし――」


 華蓮にしてみれば、アキトが賢司以上に情報通である事が何より納得し難いのだ。加えて前述の不信感から、アキトの言う事を鵜呑みにして事を進める現状に不安を抱えている。


「さっきも言ったけど、帝国を出る事自体は賛成なのよ。急ぐ理由も理解できるけど、可能なら早く【地球】に帰りたいけど、目の前の問題を……帝国の横暴を解決してからの方が余計なリスクを回避できるかもって考え方もできるじゃない」


 脱出を急いでいるのは生贄すら厭わない帝国の現体制を危惧しての判断であり、ならば真っ先にそれを改善すれば無理をして急ぐ必要は無いと華蓮は語る。多分に善意を伴った感情論が根源にある主張ではあるが、ある程度の説得力があるのも事実だった。


 これを賢司が聞けばもしかすると考え直すかもしれない。寧ろ結構な高確率で方針転換を提案するだろう。そう守も推測していた。


 それと同時に華蓮の案が抱えるリスクも容易に想定できた。まず前提として帝国が態度を改める可能性は極めて低い事、仮に可能としてそれにどれだけ時間が掛かるか想像もつかない事だ。まさか年単位でこの世界に留まるのは勘弁願いたい上に、その間に脱出の機会がある場合それを逃す事にもなりかねない。


 それでも華蓮はやろうとするだろうし、華蓮が引かなければ賢司はついて行くだろう。守としては非常に頭が痛かった。厄介事に進んで首を突っ込むことを嫌い、避けれる面倒は避けて通るのが守の信条である。そんな守にとってはアキトの信用度に関係無く、とっとと帝国からおさらばしたいのが本音なのだ。


 ただ華蓮が感情的になっているだけなら――現状でも感情成分多めだが――説得は難しくないというのに、ここまで考え込んでいる華蓮相手では守には荷が重かった。どうしたものかと一時思案する守……思いついた案を提案してみた。


「それなら華蓮、愛奈ちゃんか美矢ちゃんと話してみれば良いんじゃね?」

「……? 何でここに来て神子柴さんと鷹村さんが出て来るの?」

「うん、諸々思う所があるにしても……つまりは華蓮ってアキッちが信用できないから物申したいって感じなんだろ?」

「それだけじゃないけど、そう言えばそうね」

「それなら、明らかに賢司以上にアキッちを信頼してる二人にアキッちの事を聞けば良いじゃん」

「竜宮の事を……?」

「そうそう。……あっ、愛奈ちゃんは情報伏せてるから実質美矢ちゃんにだな。ほら、美矢ちゃんならアキッちの本質を知ってるだろうし、現にアキッちの今の状態を見ても全然動じてないじゃん。それに確実に賢司以上にアキッちを信頼してるだろうから、その理由を聞くだけでもスッキリすんじゃね?」


 言われて華蓮は腕を組みながら守に背を向けると、本日に於いて守と話し始めてから初の思案を行なった。会話の最中に思案に耽るのは肯定的な態度になる時の華蓮の癖だ。否定的な時は間を置かずに反論が飛んでくる。


 殆ど思いつきで放った提案は思いの外深く華蓮に響いたらしい。先程までの納得し難い表情と比べて、前向きな検討をしている顔つきになった華蓮を見て守は胸を撫で下ろした。それと同時に”断界”の発動限界が近づいていることに気付く。


 華蓮に結界解除を伝えようとするも、熟考している所を邪魔したくない守は無言で解除を履行した。その所為だろう……華蓮は近付く気配に反応する事ができなかった。そして……、


「隙ありぃいいいいいいっ!」

「キャアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 気配の主に宣言と共に背中に飛び付かれ、脇下より挿入された両の掌で胸部を鷲掴みにされた。


「うむ、思ったより平らじゃな。危うく掴み損ねる所だったのじゃ」


 何とも余計な感想を添えて。お陰様で華蓮の羞恥ゲージは一転……激怒ゲージとなって一気に振り切れた。そのまま元凶と思われる(・・・・)対象を粛清すべく剣姫様は怒号を放った。


「いっぺん死になさい、この色魔ぽっちゃりキューピッドぉおおおおおおっ‼」

「ちょっ、違う! 華蓮、俺っちじゃな――ぐぼぉっはぉおおおお!」


 鋭く振り抜かれた華蓮の右スマッシュは的確に守の左頬を捉え、哀れ勘違い(・・・)で粛清された守は錐揉みしながら綺麗な弧を描いて、練兵場の端でたむろしている兵士の集団に突っ込んだ。……物凄くよく飛んだ。


 直後に兵士達から「うぉおおっ」と驚愕の叫び声が上がる。先程まで”断界”で気配が遮断されていた場所から突然人が飛んで来たのだから当然だ。


 そしてそれが守だと分かるや「なっ! 守殿、何があったのです!?」とか「いかん! 瞳孔が開いている、ぽっちゃりキューピッドお気を確かに!」とか「死ぬなぁキューピッドっ! あんたが死んだら誰が俺達の恋愛相談をしてくれるんだぁあああ!」などと熱い雄叫びが木霊した。守さん……異世界で漢達に慕われているようで何よりである。


 そんな蒸さ苦しい青春の一コマを眺めながら、残心を続ける華蓮はようやく「おや?」っとどこかおかしい事実に疑問符を掲げた。


「見事に飛んだな……其方が剣士であるのが疑わしくなってきたぞ」


 疑問は背後から投げられた言葉で確信に変わる。華蓮は振り向き、声の主へ非難の声を上げる。


「……ってスカリー! あなた何でここに居るのよ!?」


 そこに居たのはスカリーと呼ばれる少女――スカーレット・セシリー・ギャレリア皇女殿下であった。


 一四〇センチメートル程の小柄な体躯で、慎ましく膨らんだ胸を存分に張る姿は大いに微笑ましい光景ではある。しかし腰まで伸びたフワフワ緋色な姫カットの奥に見える両眼には強い光が宿っており、そこから放たれる存在感は皇族として何ら陰りを見せていない。


「暇じゃから遊びに来たのじゃ」


 ただし華蓮の質問に対する返答で殆ど台無しとなってしまった。年齢は確か十五歳だった筈で、その発言と同年代の平均より小柄な体躯も相まって寸前まで纏っていた皇族オーラは空しく霧散する。代わりに滅茶苦茶フワフワしたほっこり感が侵食してきた。


 そんな光景に思わず頬が緩みそうになるのを必死に堪えて華蓮はスカーレットを窘める。


「いやいや暇だからって……あなた自分の立場分かってる? 皇女なのよ、偉いのよ、そして乙女なのよ。暇だからって男所帯な場所をおいそれと訪れちゃ駄目でしょ」


 真面目さ故に割と固めな貞操観念をお持ちの剣姫様。皇女として、女子としての慎みを腰に手を当ててコンコンとスカーレットに教授するも……、


「いやいやいやいや、そのセリフ……そっくりそのままお返しするのじゃ。華蓮よ、女の身で男兵士に混じって訓練に励む其方が言って良いセリフじゃなかろう」


 見事に斬り返された。ぐぅの音も出ない剣姫様……見た目が準幼女な少女に言い負かされるお姉さんな図が実にシュールである。


「そもそも華蓮が最近あんまり妾と遊んでくれぬのが悪いのじゃ。騎士団の連中も寂しがっておるのじゃぞ。こんな漢臭い所よりあっちの方が其方には合っておろうに」


 スカーレットの言う騎士団とは彼女の近衛騎士団である”緋鳳騎士団”の事だ。皇族は一人一人が専属の近衛騎士団を有しており、あのガーランドも”金獅子騎士団”なる近衛騎士団を有している。華蓮はスカーレットだけでなく緋鳳騎士団の面々とも面識があった。


 両者の出会いは華蓮が某脳筋騎士団を半壊させた時まで遡る。簡略に語るなら、強い女子がいるらしいので自前の騎士団に勧誘しようと動いたアクティブ皇女様の方から華蓮に接触し、それ以降何かと交流が続いて今に至っている。


 第三者視点で見れば仲の良い姉妹に見えそうな剣姫様と皇女様。そんな華やかな組み合わせに近付く場違いな影が約一名。


「……ふっがっかっ…………、か~れ~ん~」


 足元をガクガク揺らしながら、両手でついた杖をカクカク揺らせながら、膨れた腹をブルンブルン揺さぶりながらスカーレット以上で華蓮未満な背丈で横幅は二人の合計以上の男子――守が帰還を果たした。


 撃ち抜かれて見事に腫れ上がった頬を見て「潰れたパンみたいじゃ」と皇女様が失礼を仰ったがスルーする。


「い、幾ら何でもあんまりだじぇ。やらかじたんならまだじも、濡れ衣でブッ飛ばされるなんて不条理過ぎるっじょ」


 半死半生でほうほうな体で、頬が腫れている所為で怪しい呂律で、涙目ジト目を向けながら抗議する守さん……さしもの華蓮も申し訳無さそうに謝罪する。


「うぅ~、流石にやらかしたわね、守……ごめんなさ――」

「大体何が『キャアア』だよ? 揉まれて叫ぶ程膨らんでねぇじゃん。幾ら俺っちでもぞんなもんの為にリスクは冒さねぇっづぅの」


 謝罪を言い切る前に華蓮のこめかみにそれはそれはめっきりくっきりと青筋が刻まれた。リスクは冒さないと言いながら、何故この場面で余計な失言を躊躇無くブッ放せるのか……ミスターデリカシーゼロは異世界七不思議に名を残しそうだ。


「もっぺん逝きなさい、このデリカシーゼロぉおおおおおおっ‼」


 咆哮一閃、神速の踏み込みから華蓮の左ショートアッパーが空を裂く。しかしミスターデリカシーゼロはさっきまでの体たらくはどうしたとツッコまれるレベルの機敏さでそれをガードした。


「ふっ甘いぜ華蓮! ここまでされたら嫌でも動きに慣れルパゴブッ!?」


 残念ながら甘いのは守だった。アッパーはガードするのではなくスウェーで回避するべきだったのだ。左ショートアッパーに気を取られた隙に、死角から強襲する必殺のチョッピングライトが守のテンプルに叩き込まれた。


 衝撃を受け切れずに地面にバウンドして打ち上がる守。スカーレットが「肉玉が打ち上がったのぉ」などとディスっておられるが守にそれを聞く余裕は無い。


 意識が拡張されて時の流れが緩やかになった世界で、頭を下にして地面に落下中な守は何とか開いた瞼で以て華蓮と視界を交錯させる。目は口程に物を言う……ギューンと吊り上がった華蓮の目を見てそれを身を以て守は思い知る。即ち華蓮の言いたい事をそれだけで察した。


 ――これで逝ってらっしゃい。


 瞬間、本来なら上下反転しているのだから頭に血が上る筈なのに、守の血の気は音を立てて引き切った……と言うより守の耳にはリアルに血が引く音が聞こえた事だろう。直後に華蓮は身を捻り、遠心力の乗せた渾身の回転肘打ちを守の鳩尾に打ち込んだ。


「バグバルベラボバッホぉおおおおぉぉぉぉ――――‼」


 解読不能な断末魔をフェードアウトさせながら、守は地面にバウンドを繰り返し最初に飛ばされた練兵場の端に再び突っ込んだ……たむろしている兵士達を弾き飛ばして。スカーレットが「肉玉がストライクじゃ」などと仰るも守にはもう聞こえない。


 代わりに兵士達の「「「「ぽっちゃりキューピッドぉおおおおっ‼」」」」という慟哭が大気を震わせた。


「華蓮よ……其方は何故に剣の道を選んだのじゃ? これだけ見るなら其方には剣など不要であったろうに」


 まるで某財閥の総帥が開催する鉄の拳を競うトーナメントに参加するファイター顔負けな空中コンボを披露した華蓮に、スカーレットは不思議でならんと言いた気な感想を零す。


「ふ~~っ、これが通用するのは何故か守だけなのよ。それより、本当に何しに来たのスカリー? まさか本当に暇なだけでここに来た訳じゃないでしょう?」


 既に守の存在を過去だと言わんばかりに切り捨ててスカーレットに向き直る華蓮はいつも通り容赦が無い。そんな剣姫様の姿を凛と感じてキュンしてしまう婦女子は数多いのだが、皇女様は構わずに返答する。


「ん~~、暇だから会いに来たのも嘘ではないのじゃが、ちょっとお願いがあって訪ねたのじゃ」

「否定しないのね……それよりも、お願い?」


 暇である事を否定しないスカーレットに嘆息しつつ、華蓮は”お願い”というフレーズに首を傾げた。皇女殿下直々に赴くお願いとは何ぞやと。


「うむ、華蓮……其方、いや其方ら御使いの面々に妾の護衛を依頼したいのじゃ」


 ====================


 ――敗けてねぇ、敗けてねぇオレは敗けてねぇ……。


 蹲りただ一心にそれだけを胸中で唱え続ける。しかし無様に這いつくばった自身を振り返り、反論の余地が無い敗北を意識せざるを得ない。


 ――仕方ねぇ、あれは仕方ねぇあんなもんに勝てる訳がねぇ……。


 ならばそもそも勝てる見込みの無い相手だったと思ってしまえば慰め程度の言い訳にはなる。そしてやはりあれは敗北だったのだと否応無く現実が突きつけられる。そして、


 ――敗けてねぇ、敗けてねぇオレは敗けてねぇ……。


 結果ドツボである。この悪循環をあの夜から一体何度繰り返しただろうか。元より最初から回数など数えていない剛田にはそれを気にする余裕など無かった。


 アキトに殺されかけ、そして見逃された夜から数日、剛田は一度も自室から出ずに引き籠りの生活を送っていた。その間に上述した言い訳サイクルを幾度も繰り返し、ストレスが閾値を超えると、


「うわ、っぐっがぁああああああああああああああああああああっ‼」


 このような唸り声を上げて室内で暴れ回り、気持ちがある程度落ち着くと再度蹲って言い訳悪循環を繰り返すというルーチンに陥っていた。手負いの獣と言うより傷心の野良猫のような有様だ。


 一応、教導役に就いている騎士団員が様子を見に来てはいたが、僅かでも部屋の敷居を跨ごうものなら容赦無く剛田に叩き出される始末だった。幾度かそんな事が起きれば誰も剛田を訪ねなくなるのは自明の理というもの。


「ふむ、これはこれは酷い有様だ。太我殿……このような場所に入り浸っては心身に良くない」


 にも関わらず、ノックも省いて躊躇無く入室する人物――教皇アレハンドロ・アルブ・コーネリウスは見事に破壊された家具や荒れた室内を見回して何事でもないように語った。


「入って……くんなぁああああああああああああっ‼」


 それに対して条件反射の如く飛び掛かる剛田。正にケダモノの所業であり、これで既に上級騎士すら退けているのだから一般人では下手をすれば死に至る危険がある。しかし相手が戦闘とは無縁の聖職者であるというのに、剛田の凶行はアレハンドロに届く事は無かった。


「ぐはっ!?」


 それ所か不可視の障壁によって剛田の体は弾き返される。ダメージよりも混乱により剛田は動きを止める。そんな剛田にアレハンドロは聖職者として当然の――それでいて人として妙に不自然な優し気な口調で語り掛けた。


「何、驚く事ではない。不肖とは言え吾輩は教皇の肩書を持っておるのでな、相応の備えを怠っていないというだけだ」


 そう言ってアレハンドロは左腕の袖を捲ると、そこに嵌められた煌びやかな腕輪を披露する。おそらく魔導具だろう、しかし超人的な剛田の一撃を真っ向から弾くなど相当な性能を誇っていると考えられる。アキトか賢司辺りなら……否、他の面子でも(特に美矢が)大いに不審がる代物である。


 残念だが今の剛田にそれを察する事はできない。アレハンドロは状況が把握できずフリーズしたままの剛田に近付くと、


「うむ、その有様を見ると……誰かに敗けでもしたのか?」


 凡そ気遣いなんてものを感じない単刀直入さで剛田の傷口を抉った。当然、瞬時に激昂する剛田だったが、先程の理解不能な力を受けた直後に再度突撃する気概は今の剛田には無い。代わりに盛大な歯軋りを返す。


「図星か、しかし気にするな。そんな敗北は今の……いや、これからの其方にとって些細と言うもおこがましい些事でしかないのだから」

「…………どういう事だ?」


 アレハンドロの思い掛けない言葉に剛田の歯軋りが止まった。その目は多分に濁ってはいるが真っ直ぐに教皇の目を見据えている。それを更に深く真っ直ぐ見返してアレハンドロは応えた。


「其方はまだ本当の力を手にしていない。……自分でも思わぬか? こんなものではない筈と」

「……………………」


 何とも聞こえの良く都合の良い言葉なのに、それを全く疑えない剛田は無言で頷くしかできない。厳しく言い換えるなら疑いたくないのが本心だろう。


「望むなら与えよう。勝ちたいだろう? 次こそは」

「……あぁ、勝ちたい……敗けた事を帳消しにしたい……あいつを、殺したいっ!」

「ならば与えましょう、貴方のその身に相応しい力を……与えられた役目を全うする為の力を」


 ケダモノの目の奥に暗い狂気が宿った。半ば正気を失うように仕向けられた(・・・・・・)事に気付かぬままに。アレハンドロの口調が変わった事にすら気付かずに、剛田はこの日堕ちた。


 何と容易く脆い。しかし、往々にして心の弱さに付け込まれる者とはこういうものなのだろう。過去に自分が他者に対して行った仕打ちを受けて自覚すらできないのが筆舌に尽くし難い程に皮肉であった。

 読んでくださっている方、心よりありがとうございます。


 次回は来週土曜日に投稿予定です。

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