戻ってくる人形
「捨てた人形が戻ってきたんだ。え? 別に不思議はないさ。犬や猫だって飼い主の家に戻ってくるのだから。ただ、もう2つ先の山まで捨てにいくのは正直面倒だ」
「おーい、アニマ……ん? どうした?」
店の奥まで入ってみて、俺はアニマがなぜか難しい顔をしていることに気付いた。
「ああ。タイラー。いいところに来たわね」
俺の姿を確認すると、途端に嬉しそうにするアニマ。なんだか嫌な予感がした。
「……なんだよ、いつもは面倒くさそうにするくせに」
「まぁ、いいじゃない。それより、これ、見てよ」
「あ? なんだよ、これ」
アニマが指さしたのは、机の上にある人形だった。
金色の髪に、青い瞳の女の子の人形だ。一見可愛らしいが、なんというか……どこか不気味に感じる。
「……なんだよ。この人形」
「これ、呪殺の人形よ」
「はぁ? 呪殺? 危ねぇなぁ……」
「ああ。大丈夫。もう呪いは解いてあるから。ただ……」
「ただ?」
すると、アニマは俺のことを見てニンマリと微笑んだ。
「そうだ。タイラー。アナタ、お金の心配をしないで賭け事をしたくない?」
「はぁ? いきなりなんだよ?」
「だから、私がお金を上げるって言っているの。もちろん、タダじゃないわよ。この人形をどこかに捨ててきてくれたら、それ相応の報酬を約束するわ」
それを訊いて俺は、人形を掴み、外へ飛び出した。
呪いだかなんだか知らないが、アニマが金をくれるとうのなら、素直にもらっておくべきである。
俺はそのまま走り、店の近くを流れる川までやってきた。
「恨みはないが……あばよ!」
そして、そのまま川に人形を投げ捨てた。簡単である。
俺は意気揚々としてアニマの店へ戻る。
「ああ。おかえりなさい」
「おお、捨ててきたぞ。さぁ、金をくれ」
「……はぁ? 何を言っているの? 捨ててないじゃない」
と、アニマの言う通り、机の上には人形が何事もなかったかのように座っている。
「……はぁ? な、なんで?」
「ちゃんと捨ててこないと、お金はあげないわよ」
アニマはそのまま、店の奥に引っ込んでしまった。俺は仕方なくもう一度人形を掴み、そのまま同じように川に投げ込んだ。
それを俺は十回程繰り返した。しかし、確実に捨ててきたと思っても、人形は何事もなかったかのように机の上に存在していたのである。
「……ふざけんじゃねぇ! クソぉ……よし! わかった、処分だ! お前なんか燃やしてやる!」
俺は店の外にでると、人形に火を付けた。あっという間に人形に引火すると、そのまま燃え尽きてしまった。
「はっはっは! 今度こそおしまいだ!」
俺はそう言いながら店の奥に戻る。
無論、人形は何事もなかったかのように机の上に座っていた。
「……アニマぁ!」
俺が叫ぶと、驚いた様子でアニマは俺の方にやってきた。
「な……何? そんなに叫んで」
「コイツ……魔宝具だろ?」
俺がそう聞くと、アニマは苦笑いして頷いた。
「……コイツは、無敵なのか?」
「うーん……所有者が捨てようが燃やそうが、呪殺するっていう凶悪な魔宝具だったみたいだから。無理ならいいのよ。捨てなくて」
「……うるせぇ! いいか! ちゃんと捨てたら……金! 俺に渡すんだぞ!」
俺はそれから、とにかく人形を捨てまくった。山へ、海へ……しかし、いくら捨てても人形は元の通り、机の上に座っていた。
「……ふざけんじゃねぇ!」
俺は人形に向かってそう叫んだ。無表情のまま人形は何も返さない。
「くそぉ……お前なんか……こうしてやる!」
俺は何も考えずに宙へ向かって人形を放り投げた。
すると、なぜか人形はそのまま落ちてこなかった。
「……あれ?」
俺は気になってアニマの店の奥に行ってみる。
「お」
机の上に人形はなかった。俺はどうやら勝利したらしい。
「よっしゃぁ! アニマ! 見ろ!」
と、店の奥からやってきたアニマに俺は誇らしげにそう言った。
「あら。すごいわね。じゃあ、お金、約束通り上げるわ」
「え……マジでくれるのか?」
「ええ。まぁ、たぶん、アナタ、お家に帰ったら驚くことになると思うから……」
「はぁ? なんじゃそりゃ?」
含みのある言い方をしながら、アニマは俺に金を渡してきた。
俺はせっかくもらった金を、見事に賭場で総て消滅させた。
しかし、あの忌々しい人形も消滅したのだから、良しとしよう……そう思って俺は自宅に帰った。
「……え?」
帰った俺は目を疑った。
俺の自宅の机の上には、あの金髪碧眼の女の子の人形が座っていたのだから……