掃除屋の箒
彼が通った後には、塵一つ残らない。
「アニマ~……アニマ?」
俺がやってきたというのに、アニマは店先にいないようだった。
「なんだよ、いないのか? 不用心だな……ま、いないならいないで、勝手に物色させてもらうがね」
俺は適当に店先においてあるものを見た。と、1つ目に付くものがあった。
「……箒?」
店先に立てかけてあるのは、古びた箒だった。
「なんだこれ。ボロい箒だなぁ」
魔女といえば箒、とはいえ……あまりにもボロボロの箒である。
そう言って、思わず手をのばそうとした瞬間だった。
まるで、箒は生きているかのように、いきなりバシンッ、とその柄の部分で俺の手の甲を叩いたのである。
「いてぇっ!? な、なんだぁ!?」
「何よ……せっかく人が寝ていたのに……」
と、店の奥からようやく寝ぼけ眼のアニマが姿を表した。どうやら、単に寝ていただけらしい。
「あ、ああ。おい、なんだ? お前、この箒」
「え? ああ。『掃除屋の箒』ね」
「は? 掃除屋? お前の箒じゃねぇのか?」
「ええ。あまり失礼なことをしない方がいいわよ。掃除されちゃうから」
呑気にそう言いながら大あくびするアニマ。
「え……これも、魔宝具なのか?」
「ええ。この箒はね、ゴミや汚れだけじゃなくて、この世界にはびこる悪やどうしようもない人間なんかも掃除してくれるのよ」
「はぁ? ちょ、ちょっと待てよ。今俺が手の甲を叩かれたのって……」
「まぁ、普段の行いを考えれば、自然と、その箒の行動にも納得がいくわね」
俺は信じられず、もう一度箒を見た。
どこからどう見ても、ただの箒である。
「……って言っても、私もその子のこと、持て余しているのよね。タイラー。上げるわよ」
「はぁ? こんなのもらっても仕方ねぇだろ……わかった。街に売ってくるよ」
すると、俺の言葉を訊いて、アニマは少し眉間に皺を寄せた。
「な、なんだ? 問題、あるのか?」
「いいえ。ないわ。ないけど……まぁ、好きにして頂戴。今日はなんだか眠いの。じゃあね」
アニマはそう言って大きく欠伸をして、再び店の奥に戻ってしまった。
俺は仕方なく、もう一度恐る恐る箒に手を伸ばしてみた。今度は叩かれることもなかった。
「……よし。さっさと売ってこよう」
俺はそう思ってさっそく箒を持ったまま、街へと急いだ。
無論、見た目はただの箒だ。大した値段にもならないことは分かっていた。
ただ、とりあえず貰った魔宝具はとっとと売ってしまう……俺のいつも癖のようになっていたのである。
そして、急いで売った結果……次の日、俺はアニマの前になんとも情けない状態で現れなければいけなかった。
「なるほど。街についた途端、箒が暴れだして、そのまま逃げてしまった、と」
「ああ……おかげで身体中が痛いよ……」
街についた瞬間、箒はいきなり暴れ始め、俺の身体をめちゃくちゃに叩きだしたのだ。俺は思わず箒を手放してしまった。すると、箒はそのままあっという間にどこかに行っててしまったのである。
「そう……やっぱり、こうなっちゃったわね……」
「ん? なんか言ったか?」
「いえ、何も言ってないわ。まぁ、放っておきましょう。悪い魔宝具じゃないから」
「い、いいのかよ? 放っておいて」
「ええ。おそらく、いろんな意味で街が綺麗になるわよ」
妖艶な笑みを讃えて、アニマはそう言った。
アニマの言った通りに、それからしばらく、俺が箒を持っていった街では犯罪率が激減し、ゴロツキ共が箒を持っている婦人を見ると逃げ出すという、奇妙な現象が起きたのだった。




