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せいなる書

「神の言葉は、私の快楽」


――ある教会の修道女

「よぉ、相変らずしけた面してんなぁ」


 その日の俺、ジョセフ・タイラーは相変わらず暇だった。

 丁度、最近博打やくだらない買い物のせいで金が無くなってきていたのだ。

 そんな俺が金になりそうなものを求めてやって来たのは……

 中古魔宝具販売店『マジック・ジャンク』。

 俺の知り合いがやっている、なんとも胡散臭い店である。


「……何よ。また冷やかしに来たわけ?」


 店の奥から出てきたのは、黒いローブを着た女だった。ローブと同じような黒く長い髪……目の下の泣きぼくろが色っぽさを強調している彼女は、いかにも魔女という感じだ。


「よぉ、アニマ。調子はどうだ?」


 俺はなるべく笑顔を作りながら、そんな魔女に微笑む。

 アニマ・オールドカースルは、正真正銘の魔女……らしい。

 本人がいつもそう言っているだけなので、確かなことはわからないが。


「相変わらずよ……というか、アナタ、またお金、無くなっちゃったの?」


 呆れ顔でそういうアニマ。俺はその通りだと言わんばかりに苦笑いした。


「呆れた……で、まーた、私の店のガラクタを売り払おうって魂胆なわけ?」


「お、さすが『黒炎の妖女』。話が早いねぇ」


「……アナタ、その呼び方、やめなさいって言ったわよね?」


 アニマが睨みつけてきたが、俺は適当に口笛を吹いて誤魔化した。

 大きなため息をつくと共に、アニマは店の奥へ入っていった。

 しばらくしてからアニマは戻ってきた。その手には、なにやら厚い本のようなものを持っている。


「……なんだそれ? 本か?」


 すると、アニマは少し困ったような顔をする。


「これ……さっき、聖女様が売っていったのよ」


「へ? 聖女? おいおい、神に仕える人が、こんな本売っちゃっていいのか?」


 さすがに俺も驚いた。

 その古ぼけた本は、教会で使われている聖典のように見える。

 いわば聖女にとっては職業道具。そんなものを売ってしまっていいのだろうか。


「私にもよくわからないんだけど……この本、ちょっと危ない気がするのよね。聖女様はこの本のこと『せいなる本』って言ってたんだけど……」


「なんでだよ? まぁ、確かにボロボロだが……聖なる本なんだろ? ちょっと貸してみろよ」


 俺はそういってアニマからボロボロの本を受け取った。

 そして、パラパラとページをめくる。

 と、俺はすぐに異変に気付いた。


「……なんだこれ。聖典じゃないぞ?」


「え? そうなの? じゃあ、何?」


 興味津々に訊ねるアニマに対し、俺は、答えに少し困ってしまった。

 不思議そうにアニマは俺を見ている。


「あー……端的に言うとだな。エロ本だ」


「え……エロ本?」


 アニマも目を丸くしていた。俺は読んだ方が早いと思い、アニマにそれを手渡した。


「……ほ、ホントね。いわゆる官能小説、ってやつなのかしら?」


 アニマは最初何事もなかったようにしていたが、なぜか真剣にそれを読み始めた。

 なんだか居心地が悪くなってきたので、俺は思わずそれをとりあげる。


「あ……なんで取り上げるの?」


 不満そうな顔で俺を見るアニマ。


「あ……あのなぁ。俺は金になりそうな品物を探してんの。こんなエロ小説、売っても二束三文だろうが」


 本音を言えば、いきなり目の前でエロ小説を読見始められたから、居心地が悪かっただけである。

 しかし、そこまで話して俺は違和感に気付いた。

 アニマはなぜかぼぉっと俺のことを見ている。


「ど、どうした? お前……なんだよ?」


「あ……アナタ、よく見ると……意外といい男よね?」


 と、妙に色っぽい目つきで、アニマは俺のことを見ていた。


「……は? お、おいおい、急にどうした?」


 アニマはそう言われて頭をブンブンと横に振った。

 それでも、少し興奮した様子だ。しかし、なんとか必死に理性を保ちながらアニマは俺を見る。


「こ……この本……迂闊だったわ……これは……魔宝具よ」


「え? ど、どういうことだ?」


「聖女様の頼みだから適当に受けちゃったけど……私の所に持ってきたのも、魔宝具だったから、というわけね……」


「え……魔宝具!?」


 魔宝具。

 アニマが言うには、要するに魔力を持った不思議な物体……らしい。

 俺も何度かこの店で目にしたことは在る。だが、どれもへんてこな代物ばかりだった。

 そして、今目の前にあるのも、そうしたヘンテコな物共の一つ、ということだった。

 

「……で、これ、どういう魔宝具なんだ?」


「こ、この本には……欲情の呪いがかけられているわ……特にその本の所有者となった女性に対して恐ろしい程に効力を発揮するわ……」


 そう言いながらも、アニマは俺の方に一歩ずつ近寄ってきている。


「え……お、おいおい! 『黒炎の妖女』様ならなんとかできんだろ!?」


「無理……ね。タイラー。お願い……さっさと、その本、売ってきなさい……所有者でなくなれば呪力も弱まるはず……このままじゃ、私……アナタのこと、めちゃくちゃにしちゃいそう……」


 そう言って舌なめずりをするアニマ。

 俺は本能的に危険を感じ、慌てて本を手に取ると、そのまま店を飛び出した。

 全力で走ってから、俺はもう一度本を見てみる。


「……せいなる、って……『聖なる』じゃなくて『性なる』ってことか?」


 あまりにもくだらないと俺自身も思った。

 結局、そのまま、近くの街まで走って、適当にその本を売っぱらった。

 案の定アニマの言ったことは正しく、店に戻ってみると、まるで何事もなかったかのような態度だった。


「……めちゃくちゃに、しないの?」


 俺が面白半分でそういうと、アニマはキッと俺を睨みつけてきた。


「……アナタの身体、骨も残さないほどにめちゃくちゃにしていいっていうなら、してあげるわよ?」


「……ごめんなさい」


 こうして、今日も俺はアニマのどうしようもない魔宝具を売っ払ったのだった。

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