↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/31

イロープ一家3

 荷物の整理は終わった。デュモルからの巾着は指摘されれば、結婚前に友人からもらった物だと言うつもりだったが、なにも言われなかった。見た目があまりに平凡すぎたのは、都合が良かったかもしれない。

 久しぶりに台所に立つが、実家と比較できないほど広い空間に、チェールはため息を吐く。

 使用人たちは次の仕事探しを始めたり、とっとと館を出て行ったりし、食事の用意をしてくれる者がいない。夫は料理なんてしたことがない、もちろん娘も。そうなると飢えないためには、自分が料理を作るしかない。


 包丁を持つなんて、何年ぶりだろう。

 こんな生活が嫌でイロープとの結婚を夢見て、豪華な家で使用人に囲まれ、暮らせるようになったのに。結局、逆戻り。

 しかも無駄に広い台所で、どこになにがあるのか分からない。調味料探しから始まり、大量の調味料を味見しながら閃く。


(金持ちの家の調味料だから、品質は高級よね。ちょっと塩とか持って行こうかしら。瓶だって幾つもあるし、一本くらい消えても気づかれないわよね)


 ポケットに隠し持った巾着へ、しゃがみこんだ時、幾つか調味料を放る。


(まだ痛んでいない肉や野菜もあるわね。高級肉だし、これも少しくらい……。しばらくはこんなお肉、食べられないかもしれないし)


 こちらも切り分けながら、巾着に入れる。

 一応監視されているが、死角はいくらでもある。


(台所に金目のものなんてないから、監視も甘くなるわね)


 思わぬ戦利品だと、ほくほくした気になるが、完成した料理を運ぶと、その思いは一気に消えた。


「えー、今日もまた、こんな料理なの?」


 舌の肥えたリコラが、料理を目にした途端、不満を口にする。

 これまでは料理人がコースを用意してくれていたが、自分にそんな料理は作れないし、作りたくもない。調理器具の油を落とすのが、どれだけ大変なのか苦労を知らないから、リコラは簡単に文句ばかり言える。

 リコラやイロープは、片付けもしない。食器洗いもしない。これまで身の回りのことは、全て使用人が行ってくれていた。それが当たり前の二人を、これから矯正する必要がでてきた。

 デュモルが使用人も用意してくれていたら、楽なのだが……。


 正直、あまり期待していない。


 残った日を家事に費やしているのに、手伝わない家族から文句だけを言われ、鬱憤(うっぷん)(うっぷん)が溜まる。娘は可愛いが、さすがにイライラする思いが止まらない。

 幸いなことは、使用人たちは自分のことで精一杯なので、嫌がらせをしてこないことだ。

 もし雇われ続けていたら、去るまでの間、どんな目に合っていたのか分からない。

 屋敷の掃除は、必要最低限しか行わない。どうせあと数日で去るのだ。ネッシュの手に渡れば、新しく雇われた使用人が掃除するだろう。


「あなた、リコラ。これからどういう生活になるのか分からないのよ? 全部の家事を私に押しつけるつもり?」


 食器を片付けず席を立つ二人へ向け、腰に手を当て、目を吊り上げて告げる。二人はきょとんとした顔になると、顔を見合わせる。


「そういうのは、使用人に任せれば良いだろう? 今はここの使用人たちは、それどころではないだけだ」


 イロープの返事に頭が痛くなる。


「使用人がいないかもしれないのよ? そうすれば、自分たちでなにもかもをするのよ!」

「え? 着替えも? お風呂も?」

「お風呂ならここ数日、貴女の魔法でお湯を沸かしているでしょう? あれが毎日続くのよ」

「えー、そんなの面倒」


 口をとがらせ、ぷいっ。と顔を横に向けるリコラは両腕を組み、不機嫌を隠そうとしない。


「パパかママが魔石を使って、準備すれば良いじゃない。あたしにやらせるなら、ちゃんとお金を払ってよね」


 魔法を使う時は、支払いを求めるように教えてきたが、今は裏目に出ている。なぜ家族の生活に必要なことなのに、お金を払わなくてはならない。


「今だってママに髪の毛を梳(す)いてもらっているけれど、全然綺麗にならないし。なんかママ、雑なんだよね」

「だったら自分で櫛を通しなさい! もうママはやりませんからね!」


 貴族社会の贅沢な生活しか知らない二人。使用人がいて当たり前だと思っているが、そんな訳はない。使用人を雇う金をどう手に入れるつもりなのか。

 デュモルが無償で人を寄越すはずがない。そうだ、彼の用意した人間を受け入れたら、後々なにを要求されるか分かったものではない。それならば、使用人を用意されない方が良いかもしれないと、考えが変わってくる。それでもやはり家事から逃れたいので、使用人を望んでしまう。


 生活費の確保は、リコラの魔法を頼る予定だが、当分は国王に目をつけられたからと、裕福な層は依頼をしてこないだろう。デュモルがお金を用意してくれたから少しは余裕あるが、この二人の金銭感覚では、すぐに尽きてしまう。

 これまで、自分の言う通りにしていれば大丈夫。そう言って夫を躾けたが、失敗した。自分で考えて行動するということが、欠落した人間になってしまった。領主代理の仕事も全てネッシュに押しつけていたし、働くという発想も失われた。

 リーンが去った後、イロープには引っ越し先が確保できたことを伝えた。


「家は見つかったわ。ラコルが魔法を使えるようになったのは、幼馴染の彼が協力してくれたからなの。実はラコルの先生を紹介してくれたのも、彼よ」

「そ、そうだったのか……」


 デュモルについて、なにか言いたそうにしているが、なにも言わない。言いたいことがあれば、言えば良いのに。


(煮え切らない男)


 自分からは動かない、頼りない。言うことを聞かせるには最高だが、こういう時は困る。

 豪華な屋敷で好きな人と、愛する娘と共に暮らして……。

 幸せだったのに。

 今は反抗的な娘に、人任せばかりの夫。同じ人たちとの生活なのに、環境が変われば、また不幸せへ逆戻り。

 ただ幸せになりたかったのに、なぜこんなことになったのだろう。

 転居先に期待するしかない。数日の我慢だと思うことにするが、もしこれが続くなら、どうすれば良いのだろう。チェールは今日、何度目か分からないため息を吐いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。