イロープ一家3
荷物の整理は終わった。デュモルからの巾着は指摘されれば、結婚前に友人からもらった物だと言うつもりだったが、なにも言われなかった。見た目があまりに平凡すぎたのは、都合が良かったかもしれない。
久しぶりに台所に立つが、実家と比較できないほど広い空間に、チェールはため息を吐く。
使用人たちは次の仕事探しを始めたり、とっとと館を出て行ったりし、食事の用意をしてくれる者がいない。夫は料理なんてしたことがない、もちろん娘も。そうなると飢えないためには、自分が料理を作るしかない。
包丁を持つなんて、何年ぶりだろう。
こんな生活が嫌でイロープとの結婚を夢見て、豪華な家で使用人に囲まれ、暮らせるようになったのに。結局、逆戻り。
しかも無駄に広い台所で、どこになにがあるのか分からない。調味料探しから始まり、大量の調味料を味見しながら閃く。
(金持ちの家の調味料だから、品質は高級よね。ちょっと塩とか持って行こうかしら。瓶だって幾つもあるし、一本くらい消えても気づかれないわよね)
ポケットに隠し持った巾着へ、しゃがみこんだ時、幾つか調味料を放る。
(まだ痛んでいない肉や野菜もあるわね。高級肉だし、これも少しくらい……。しばらくはこんなお肉、食べられないかもしれないし)
こちらも切り分けながら、巾着に入れる。
一応監視されているが、死角はいくらでもある。
(台所に金目のものなんてないから、監視も甘くなるわね)
思わぬ戦利品だと、ほくほくした気になるが、完成した料理を運ぶと、その思いは一気に消えた。
「えー、今日もまた、こんな料理なの?」
舌の肥えたリコラが、料理を目にした途端、不満を口にする。
これまでは料理人がコースを用意してくれていたが、自分にそんな料理は作れないし、作りたくもない。調理器具の油を落とすのが、どれだけ大変なのか苦労を知らないから、リコラは簡単に文句ばかり言える。
リコラやイロープは、片付けもしない。食器洗いもしない。これまで身の回りのことは、全て使用人が行ってくれていた。それが当たり前の二人を、これから矯正する必要がでてきた。
デュモルが使用人も用意してくれていたら、楽なのだが……。
正直、あまり期待していない。
残った日を家事に費やしているのに、手伝わない家族から文句だけを言われ、鬱憤(うっぷん)が溜まる。娘は可愛いが、さすがにイライラする思いが止まらない。
幸いなことは、使用人たちは自分のことで精一杯なので、嫌がらせをしてこないことだ。
もし雇われ続けていたら、去るまでの間、どんな目に合っていたのか分からない。
屋敷の掃除は、必要最低限しか行わない。どうせあと数日で去るのだ。ネッシュの手に渡れば、新しく雇われた使用人が掃除するだろう。
「あなた、リコラ。これからどういう生活になるのか分からないのよ? 全部の家事を私に押しつけるつもり?」
食器を片付けず席を立つ二人へ向け、腰に手を当て、目を吊り上げて告げる。二人はきょとんとした顔になると、顔を見合わせる。
「そういうのは、使用人に任せれば良いだろう? 今はここの使用人たちは、それどころではないだけだ」
イロープの返事に頭が痛くなる。
「使用人がいないかもしれないのよ? そうすれば、自分たちでなにもかもをするのよ!」
「え? 着替えも? お風呂も?」
「お風呂ならここ数日、貴女の魔法でお湯を沸かしているでしょう? あれが毎日続くのよ」
「えー、そんなの面倒」
口をとがらせ、ぷいっ。と顔を横に向けるリコラは両腕を組み、不機嫌を隠そうとしない。
「パパかママが魔石を使って、準備すれば良いじゃない。あたしにやらせるなら、ちゃんとお金を払ってよね」
魔法を使う時は、支払いを求めるように教えてきたが、今は裏目に出ている。なぜ家族の生活に必要なことなのに、お金を払わなくてはならない。
「今だってママに髪の毛を梳いてもらっているけれど、全然綺麗にならないし。なんかママ、雑なんだよね」
「だったら自分で櫛を通しなさい! もうママはやりませんからね!」
貴族社会の贅沢な生活しか知らない二人。使用人がいて当たり前だと思っているが、そんな訳はない。使用人を雇う金をどう手に入れるつもりなのか。
デュモルが無償で人を寄越すはずがない。そうだ、彼の用意した人間を受け入れたら、後々なにを要求されるか分かったものではない。それならば、使用人を用意されない方が良いかもしれないと、考えが変わってくる。それでもやはり家事から逃れたいので、使用人を望んでしまう。
生活費の確保は、リコラの魔法を頼る予定だが、当分は国王に目をつけられたからと、裕福な層は依頼をしてこないだろう。デュモルがお金を用意してくれたから少しは余裕あるが、この二人の金銭感覚では、すぐに尽きてしまう。
これまで、自分の言う通りにしていれば大丈夫。そう言って夫を躾けたが、失敗した。自分で考えて行動するということが、欠落した人間になってしまった。領主代理の仕事も全てネッシュに押しつけていたし、働くという発想も失われた。
リーンが去った後、イロープには引っ越し先が確保できたことを伝えた。
「家は見つかったわ。ラコルが魔法を使えるようになったのは、幼馴染の彼が協力してくれたからなの。実はラコルの先生を紹介してくれたのも、彼よ」
「そ、そうだったのか……」
デュモルについて、なにか言いたそうにしているが、なにも言わない。言いたいことがあれば、言えば良いのに。
(煮え切らない男)
自分からは動かない、頼りない。言うことを聞かせるには最高だが、こういう時は困る。
豪華な屋敷で好きな人と、愛する娘と共に暮らして……。
幸せだったのに。
今は反抗的な娘に、人任せばかりの夫。同じ人たちとの生活なのに、環境が変われば、また不幸せへ逆戻り。
ただ幸せになりたかったのに、なぜこんなことになったのだろう。
転居先に期待するしかない。数日の我慢だと思うことにするが、もしこれが続くなら、どうすれば良いのだろう。チェールは今日、何度目か分からないため息を吐いた。




