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第一話 はじめまして

 終業式の後の教室は賑やかすぎて落ち着かない。


「あー! 通知表やっべえ!」

「帰りにカラオケ行こうよ!」

「俺、明日からバイトだぜ!」


 などと、浮かれてそわそわしている連中ばかりで、この日は好きになれない。


 クラス中がざわついた雰囲気の中、俺は机に頬杖をついてボーッと窓の外を見ていた。

 外は癪にさわるくらいの快晴で、強い日差しが街路樹の影を切り絵のように地面に落としている。


「コウタは夏休みは何をするの?」


 後ろから突然声をかけられて、飛び上がった。

 振り向くと、佐伯ほのかが立っている。

 ショートカットの黒髪が首筋に軽く触れていて、メガネの奥の目は昔と変わらず好奇心に満ちている。

 いつも強気で、俺を振り回している奴だ。絵の話になると急に早口で饒舌になる、いわゆるオタクだな。


 中学のとき、美術部の部長だったほのかは、部員だった俺の絵によく『こうしたらもっとよくなるじゃん!』って勝手に手を入れてきたっけ。あれも今では遠い昔のように感じる。


「んー、家で勉強かな。それに夏期講習」

「そっかー、国立大学目指しているんだっけ」

「そう、高2の夏休み。うちの親父はこの夏休みを絶対無駄にできない時期だと思っているらしい」

「ふーん……」

 ほのかは、何気ない風を装って窓の外を見た。

 それから、ほんの一瞬だけ間をおいて、目線は教室の床へと落ちていく。

 やがて意を決したように俺を見ると口を開いた。


「……絵、描かないの?」


「親父に禁止されてる……社会で働くのに絵などなんの役にも立たないって言われていて……」

「そっかぁ……」

 ほのかの瞳が残念そうに伏せられた気がした。


 視線が心にチクリと刺さる。


「でも、まああれだ。気分転換にスケッチくらいは描くかもしれないな」

 取り繕った言葉だった。伝わってしまったかもしれない、と思うと少し気まずくなる。

「うん、コウタは絵を続けないともったいないよ」

 ほのかはまっすぐ俺の目を見て微笑んだ。俺は何か心を見透かされたような気がして、目を逸らした。

 そっとほのかの目を見返した瞬間。


「ほのかー! おまたせー!」


 急に大きな声がしたので、心臓が止まるかと思った。教室のドアを見ると、ほのかの友達がこっちを見て手を振っていた。

「うん、今行くー!」

 ほのかは自分の鞄を持って「じゃ! 良い夏休みを!」と言うと、さっと教室から出て行ってしまった。


 気がつくと、教室にはもう俺ひとりしかいなかった。誰もいなくなった瞬間に、外の蝉の声が一際大きくなった気がする。

 急に寂しくなり、俺も家へ帰る事にした。


 玄関に来ると、開け放たれた戸口の向こうには、ぎらつく夏の光が広がっている。

 外の景色は強い光に洗われ、影さえも色を帯びて揺れていた。戸口の額縁に切り取られたそれは、モネの絵画のように見えた。


 靴を履き替えようとしていた時、隣でドカッと大きな音がした。

 見ると、サッカー部の安西が俺の隣のロッカーを開け、真っ黒に日焼けした腕で荷物を乱暴にバッグに詰め込んでいた。


「おう、潮見。まだ残ってたのか。珍しいな」

「なんとなくな。ほのかと話していたんだ」

「おー、あの美術部の子な。そういや潮見って絵描いていたよな」

「昔な。今は親父に言われて夏期講習三昧だよ」

「あー、そっち系な。そんな勉強漬けな潮見にいいもん見せてやるよ」

 安西はポケットからスマホを出すと、どこかの動画を開いて俺に突き出してきた。

「さっき見たこの動画、感動したんだけど。開発中の最新AI家事アンドロイド。マジでやべえな」


 動画の中では、ベッドに寝ている爺さんにアンドロイドがご飯を作って食べさせている。その姿はアンドロイドというより、アルミとプラスチックで出来たデッサン人形が動いているようだった。

「この動きさ! 人間並みに動いていると思わない?」

 よく見ると、確かに無駄のない動きをしている。

「……そんな動画、どこで拾ってきたんだよ」

「いや、たまたまおすすめに出てきたんだよ。で、タイトル見たら――『潮見技研』って書いてあったんだ。お前の親父の会社じゃないか?」


「うち……の会社?」


 一瞬、背中がゾクリとした。


「……こんなの作ってたのか、知らなかった。」

「お前は、親父さんの会社が何やってるのか知らないのか?」

「親父は自分のことを話さないから……」

「そうかぁ。もしかしたら、このアンドロイドの詳しい情報が聞けるかなと思ったんだが」

「なに、興味あるの?」

「いや、弟がさ……ずっと寝たきりなんだ。もし、こういうのが家にいたらいいなって、ちょっと思っただけ」

「なるほど、そうか」

 安西はわざわざ俺を待っていたのだと、察しがついた。確か、安西は高校を卒業したら大学には行かずに就職すると聞いている。込み入った事情があるのかもしれない。


「そうだな、親父に聞いてみる。何か分かったら教えるよ」


「恩に着るよ!」


 そう言うと、安西はニカッと笑った。日焼けした顔に白い歯が覗いて、健康的な好青年ってこういう奴のことを言うのだろうと思わせた。


 駅前で安西と別れたまでは良かったが、家に帰る気がせず、本屋に入って科学雑誌を手に取ってみた。


『最新AI特集! 機械技術とAI』という記事の中に、動画で見た親父の会社のアンドロイドが載っていた。


『心の代替に近づいたAI、介護から家庭まで——潮見技研の挑戦』


「人間らしさをどこまで再現できるか?」という問いに対し、潮見技研は介護家事分野におけるAIアンドロイドで注目を集めている。単なる命令実行ではなく、会話や表情、仕草を通して人に寄り添う存在としての完成度を目指しているという。

 あえて人間にしかできない部分を残す設計思想も興味深い。潮見技研の潮見透氏は『AIは人間の代替ではなく、人間と共にある存在』と語る。


一方で、政府は急速に進化する汎用AIのリスクに備え、「汎用人工知能安全保障法(通称:AI法)」を制定。異常行動を示したAIの回収・消去を義務付けるこの法律は、違反AIの即刻消去処分は厳しすぎるのではないかと未だ議論の的だ。――


「いやいやいや、あんた人に寄り添ったりしないじゃないか」


 思わず、記事の親父に突っ込んでしまった。


 「共にある存在、ね……」


 俺には、そんな風に人と寄り添ってくれる存在がいたことがあっただろうか。母ちゃんはもういないしな。

 高校入試の時、合格発表の結果を話したら『そうか』の一言で片付けた親父が人の共存を語るなんて、なにかの冗談だろ。

 本を棚に戻すと、再び陽炎に揺らぐ街並みへ歩き出した。


 家に帰りドアを開けるが、誰もいない。

 まず、リビングに行って仏壇に手を合わせた。仏壇の中で母ちゃんの遺影がこちらを向いて微笑んでいる。


 そういえば、俺が絵を描き始めたのは、子供の頃に母ちゃんが「コウタは絵の才能があるね!」って褒めてくれたのが嬉しかったからだ。母ちゃん以外では美術部のほのかが俺の絵を認めてくれていた。……いや、認めてたかあいつ?


 通知表を仏壇に置き、報告する。


「成績は悪くはないぜ!」


 母ちゃんは、俺が小学生の時に病気で亡くなった。

 それからだ、親父が仕事に打ち込み始めたのは。技術系の会社を退職して、潮見技研という会社を立ち上げた。

 日曜日も仕事でたまにしかいないし、夜に帰ってこない日も多い。親父は仕事で母ちゃんの事を忘れようとしていたのかもしれないな。もしかしたら、忘れたのは俺のことかもしれないが。


 ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。インターホンに出ると、親父の会社の吉川さんがモニターの向こうに居た。


 吉川さんは親父の会社の設立時からのメンバーで、小さい頃の俺ともよく遊んでくれた、馴染みになっている技術者だ。


 玄関を開けると、数人の社員が大型冷蔵庫のように大きなダンボール箱をトラックから下ろしていた。


「よっ!元気か?」


 作業服姿の吉川さんが、俺の顔を見るなり聞いてきた。

「元気ですけど、……この荷物はなんですか?」

「あれ?お父さんから聞いてないの?」

 意外そうな顔をして聞いてきた。

「ええ、何も……」

 内心、苛立ちと寂しさが入り混じった気持ちがこみ上げてきた。こんな重要な話、なぜ親父は俺に伝えないのだろう。

「全く……あの人は……」

 吉川さんは親父より年上で、親父に意見できる貴重な人材のひとりだ。


「ニュースや動画で見たかもしれないけど、うちで作った介護アンドロイド。あれを預かって欲しいんだ」

「ええ!あれを?なんで?」

 つい、タメ口で聞き返してしまう。

 突然すぎて頭が追いつかない。家にアンドロイドなんて、そんなSFみたいなことがうちで起こるのか?


「介護アンドロイドって言っても、料理も掃除もこなすし、会話もできるんだ。ま、実際に見てみれば驚くぞ」

「は、はあ……」

 動画で見たけど、あれはアンドロイドというよりロボットの域を出ていないよな。


「データを取るための試験運用をやるんだけどね、社長に言ったら私の家でやるって訊かなくてね」

「あの親父がですか?」

「何か思うところがあったんじゃないかな。例えば、君に会う機会を増やしたかった、とかさ」

「うーん、サプライズなんてやる人じゃないですしねえ……」


「吉川専務! アンドロイドの設置が終わりました」

 家の中で社員の声がする。

「わかった、見に行く」

 吉川さんに促されて、家に入って絶句した。

 リビングの仏壇の隣に充電用の大きなチェアーが設置されている。

 驚いたのは、そのチェアーに座っていたのが人間の女の子だったからだ。


 潮見技研のロゴの入った水色のポロシャツを着て、ミディアムにカットされた黒髪が少し丸いけど端正な顔にかかったまま眠っている。歳の頃は俺と同じか少し上かもしれない。


「吉川さん、何の冗談ですか?」

「ん?なにが?」

「この人、誰ですか?」

「あ……プッ! あはははははは!」

 吉川さんは、吹き出すと大きな声で笑いだした。俺はムッとして抗議した。

「何がおかしいんですか」

「ごめんごめん、近づいてこの子をよく見て欲しいな」

 近づいてよく見ると、あれ?息をしている気配がない?


「え!……人間…いや、違う……」


「そう、我が潮見技研の誇る、最新鋭アンドロイド『ミズキ』だ」

 背筋がゾクゾクした。

 あの動画のデッサン人形みたいなものを想像していたのに。見た目人間と変わらないものが来るとは思わなかった。

「こんな精巧なものが作れるのに、なぜ動画にはデッサン人形みたいなものを上げているんですか?」

「まあ、あれだ。本気の実力というものは隠しておくものだよ」

「そうなんですか……」

 凄いのはわかったけど、やっぱり母ちゃんの仏壇の隣というのは気になる。

「ところで、なぜ母さんの仏壇の隣なんですか?」


 アンドロイドが女性型のせいなのかは分からないが、まるで母ちゃんの場所に、誰かを座らせたみたいで、嫌だった。


「うん?社長の指示なんだ」

「親父の?」

「ああ、仏壇の横にスペースを確保したから、そこに設置してくれと」

「何を考えているんだろう、あの親父」

「社長には社長の考えがあってのことだと思うが……すまんな俺にもわからないな」

 俺は天井を見上げてため息をついた後、吉川さんに向きなおった。


「吉川さんは何も悪くないですよ、帰ってきたら親父に聞いてみます」

「そう言ってもらえるとありがたいよ」

 吉川さんは頭を掻いて、アンドロイドの横に立つと、改まって咳払いをひとつした。


「三つだけ。気をつけて欲しい事がある」


「はい」


「一つ目は夜の10時から翌朝の6時まで、アンドロイドはこの椅子に座るが、邪魔をしないこと」

「二つ目は翌朝起動した時点で、前日に体験した記憶はメモリー消去されているので気をつけること」

「三つ目は従順だからといって『常識外』のことをさせない事」


「夜は充電するからですか?」


「それもあるが、本社とデータのやりとりをする」

「データ?」

「ああ、その日一日、何を見て聞いて喋ったか、それによってどんな反応をしたか、AIの行動は全て漏らさずデータとして記録されて、本社に送られる」

「親父がなぜ、夏休みの間アンドロイドを置きたがったか、理由が分かりましたよ」

 俺は顔を曇らせて、アンドロイドを見た。

「コウタの監視か? 俺は社長はそのつもりで置いたのではないと思うけどなあ」

「まさか……」

 訝しむ顔で吉川さんを見た。

「うん、そうだな……起動してこの子と話してみるとわかるよ」

「そんなもので親父の本心がわかりますか?」

「キモいと思われるかもしれないが。俺はね、どんなものでもクラフトマンが作ったものには、そいつの思想や性格が必ず反映されていると思っている。この子は、俺と社長が心血を注いで作ったアンドロイドだ。絶対社長の想いが込められている」


「親父の想い、ですか」


 鼻白みながら、気のない返事をした。


「もし、どうしても無理と思ったら、俺に連絡してくれ。その時はすぐに撤去しに来るよ」

 吉川さんは名刺を渡すと俺の目をまっすぐ見た。「そんな事はないけどな」という自信が見て取れた。

 吉川さん達は、プリントアウトしてホチキスで留めただけの説明書を置いて帰ってしまった。Excelで作ったのだろう。この急場凌ぎな感じが試験運用らしいと、変なところで感心してしまった。


 外はすっかり夕陽に染まっている。

 薄暗い部屋で窓からの黄金色の陽を受けて静かに眠るアンドロイドの姿は、フェルメールの絵画のように美しかった。

 説明書には「起動は音声で行う」とあるが、今はとても起動する気になれないので、そのまま自分の部屋に入って勉強を始めた。


 英語の問題集を片付けて、数Ⅲの問題に取り掛かったところで、ドアをノックする音がした。

 もう親父が帰って来たのかと思って「どうぞ」と返事をした。ドアが開くと、そこにはアンドロイドがクリームパスタを乗せたトレーを持って立っていた。


「はじめまして、私はミズキです」


 アンドロイドはミズキと名乗ると、にっこりと微笑んでいた。


 俺の鼓動が跳ね上がった。


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