48、第三の花婿介添人③
ハワード卿は流行のスーツを着こなした銀髪の青年に、剣を向けた。
「……何故、です?」
青褪めた顔で後ずさる彼に冷たい眼差しを向けたハワード卿は、ただこう告げた。
「覚悟しろ、逃げ場はない」
* *
聖騎士団本部・資料室長モニカ・フィッシャーから「騒動屋」に関する資料を受け取ったハワード卿は、さっそく執務室で、 アーセン氏、シェーン、リューと作戦を立てた。
「……しかし、リューはそれで良いのですか?」
シェーンが気遣うようにリューを見た。けれどもリューの方は案外平気そうだった。
「囮役、大いに結構ですよ。例えばもしメグさんにそういうことをさせようというのでしたら猛反対するところですがね」
美少女と言っても充分通じる顔で不敵に笑った彼は、囮役に必要な物を取ってくる、と駆け足で寮の自分の部屋に戻っていった。
「彼のクローゼットには、今回の囮役に必要な衣装が入っているのですか?」
アーセン氏に問われ、ハワード卿は答えた。
「ええ。守護者であるリューは、浄化のために歌って舞う際、時と場所に合わせた衣装を纏うので、今回の作戦にうってつけの物もあります」
リューの浄化の力はメグ、ダイアナに比べて少し弱いが、衣装によって効果を増幅させることが出来るのだ。
「ところで、彼の浄化の歌と舞はどのようなものなのでしょう?」
アーセン氏に問われたハワード卿は、特に隠すことでもないのであっさり答えた。
「大金帝国が興るよりもずっと昔から伝わる、真剣を用いた剣舞――『竜殺しの舞』です」
「それなら、攫われる心配もありませんね」
アーセン氏が感心したように言った。
* *
家庭でのささやかな祝い事、賑やかな祭り、華やかな催し。騒動の種を売りつけて、それらを台無しにするのが「騒動屋」にとってこの上ない楽しみだ。
そのためには、彼らはどのような骨折りも惜しまない。ある時はわざわざゴブリンの卵塊を集めて宝石と偽って売り、気性が荒いケルピーの隙を突いて攫って来たケルピーの幼生を縁起物のタツノオトシゴだと偽って売る。二十年かけて魔物の姿をした自動人形を作り上げ、珍しい見せ物を探している男に売りつけもすれば、貴重な材料を集めて堕胎薬を調合し、子の誕生を楽しみにしている夫婦に気持ちを落ち着ける薬湯と偽って売りつけもする。
稼いだ金で大量の酒を買い込み、誰かの不幸を肴にする時、彼らは、何者にもなれない空虚で弱い自分たちを、大した存在だと錯覚出来るのだ。
彼らは犬型妖精と野干との間に生まれた三匹の兄弟だが、どちらの種族からも爪弾きにされていた。母である犬型妖精にとっては、繁殖期特有の「気の迷い」で産んでしまった、ひ弱く、主への忠誠心もない失敗作。父である野干にとっては、「もののはずみ」で生まれてしまった醜い子どもたちだった。
邪険にされながらも、犬型妖精にはない小狡さと野干にはない頑丈さを武器に何とか生き延びた彼らは、すっかり卑屈で邪悪な妖精になっていた。
「道士に見つかるなんて、お前はとんだグズで頓馬だよ」
騒動屋の長男が、そう次男を嘲った。
「問題ねぇよ。道士に見つかったところで、俺たちをどうこう出来る訳がねぇ」
次男はそう言ったが、長男は鼻を鳴らした。
「どうだかな。お前が他の兄弟二匹みてぇに死んでも構わねぇが、俺たちまで巻き添えにすんじゃねぇぞ」
彼らは元々五匹の兄弟だったが、最も弱い者と最も愚かな者が先に死んだ。彼らは単独で生きるよりも便利だから共にいるだけで、足手まといになる兄弟を見捨てることに躊躇いはないのだ。
「こいつには『教育』が必要だよな」
三男は次男に強く体当たりすると、その尾を咬んだ。その鋭い歯が深く食い込んだ部分から血が滲み、その苦痛に次男が思わず声を上げると、三男は満足げに口を離した。
「新しい獲物を探さなきゃな。とびっきり幸せそうな奴らを踏み躙ってやらなきゃ気が済まねぇ」
「探しに行こうぜ。アーケイディアなんてどうだ。『聖騎士団』とかいう御大層な名前を名乗っている連中に吠え面かかせてやれば、胸がすくだろうぜ」
* *
人間に化けた三匹の「騒動屋」は、アーケイディアで新たな獲物を物色していたのだが、とある教会の前で、一組の男女が結婚式を挙げているのを見かけた。
花婿も絵に描いたように美しかったが、何より三匹の目を奪ったのは、花嫁の美貌だった。
教会のドアから出て来た花嫁の、漆黒の髪、けぶるような長い睫毛、切れ長の目、黒い宝石のような瞳、桜桃に似た唇、羊脂玉の肌――。
三匹は揃って喉を鳴らした。身が総毛立つほどの美女とは、目の前の女のことを言うのではないか。美貌自慢の生粋の野干どもでさえ、あの女に比べれば下品で獣臭い「紛い物」だと思えた。
「あれは、良い『商品』になるぞ……」
「あれほどの別嬪、『商品』にするには勿体なくねぇか?」
「攫ってから決めれば良いだろ、そんなことは」
三匹はそう囁き合いながら、もう一度その結婚式の様子を観察した。よく見れば、主役の二人には介添人もなく、参列者もなく、花嫁衣装はさほど高価なものではないし、花婿の衣装は借り着なのか、少しダブついていた。色男には金と力がないものと相場が決まっているが、それに加えて周囲の反対を押し切って結婚を強行したのではなかろうか。――ならば、好都合だ。
三匹は教会の中に足を踏み入れた。彼らは花嫁の美貌にすっかり目が眩んでいたのだ。だから、罠だと気付く前に、まず三男が仕留められていた。他ならぬ獲物の、つまり花嫁の手によって。
「如何ですか、私の六花剣の斬れ味は?」
妖艶に微笑む花嫁の声は、若い男のものだった。そこで長男と次男は自分たちが罠に嵌まったのだと気付いたのだ。
彼らは小さな旋風となって逃げ出した。
「逃がしませんよ。――火焔狐」
燃え盛る霊狐が二匹に飛び掛かり、焼き尽くそうとした。ところが、「騒動屋」たちは焦げ一つ付けずに姿を晦ました。犬型妖精の血を引く彼らは、炎に対する耐性が強かったのだ。
「……逃げられてしまいました」
花嫁衣装に身を包み、悔しげに唇を噛むリュー・イーの肩を、花婿姿のシェーンが叩いた。
「大丈夫ですよ、あの者らは教会の敷地から脱出することは出来ません。ハワード卿たちと合流しましょう」
だが、教会の方を振り向いたシェーンは、整った眉を顰めた。白い大理石の教会が、溶けた原色の飴さながら、ぐにゃりと歪んだ毒々しい色の建物に変わったからだ。
「妖精の幻惑魔法ですか。……不味いですね」
シェーンが最も危惧したのは、聖騎士団長ハワード・ブライアン・キャンベル卿に魅了は全く効かないが、妖精の幻惑魔法はそこそこ効いてしまうということだった。
「早く、ハワード卿と合流しなければ!」
シェーンが右手の人差し指で両瞼を撫でると、すぐに正常な視界が戻ってきた。けれども、二人はハワード卿の元に辿り着くまでに手こずることとなった。
卵塊から強制孵化させた大量のゴブリンや、嗅覚を麻痺させる煙玉など、「騒動屋」の悪あがきは一つ一つは児戯に等しかった。しかしそれが一度に、しかも火気厳禁の木造の教会の中でとなると……。
「見習いですらなかった頃に、破魔の力だけで大量発生したゴブリンを消し飛ばした先輩の偉大さを思い知らされました」
破魔の力を込めた剣で百匹目のゴブリンを斬り捨てたリューが、肩で息をしながらそう言った。
一方、ハワード卿とアーセン氏は礼拝室で、「騒動屋」が逃げ込んで来るのを待っていた。
異種族間の交配が愛情と信頼に基づくとは限らない、その実例が「騒動屋」の親たちでした。
ハワード卿は妖精の加護を受けているのに妖精の魔法への耐性が弱いのではなく、妖精への耐性が弱いので妖精たちから加護を受けています。妖精たちにとってはハワード卿は「可哀想可愛い枠」なのです。




