30、モリーとハワード卿の秋と冬⑤
りとぷす様より頂いたアイデアを参考にした、トロッコを使ったアトラクションが登場します。
りとぷす様、ありがとうございました。
モリーは苦笑した。ポール・ジャクソンに悪気がないのは分かっていても、恋人の前で「ゴブリン殺し」などと呼ばれるのは、あまり嬉しいことではない。
ところが、その辺りの乙女心に疎いポールは、不思議そうに首を傾げた。
「でもあの時は本当に助かったんだよ、モリー。何しろ雑貨屋で買ったゴブリン取りの罠も、ゴブリン駆除の燻蒸剤も全く効かなかったんだからね」
ナンシーもこう言った。
「うちの人の言うとおりよ。あの頃、この町の教会を担当なすってた牧師様は『売り物を食い荒らすくらいならゴブリンとしては大人しい方だ』って、ちっとも取り合ってくださらなかったしさ」
ここでモリーはハワード卿に、当時のことを軽く説明した。
ジャクソン精肉店に現れたゴブリンは、三十年前にクレバリー屋敷の惨劇を引き起こしたゴブリンや、先日モリーとハワード卿が寝台列車で遭遇した、食堂車の蓄音機に悪質な呪いをかけようとしたゴブリンと比べればまだ大人しい方ではあった。だが、その数が尋常ではなかったのだ。
聖騎士団では「屋内で一匹のゴブリンを見かけた時には、五十匹のゴブリンが潜んでいると思え」というのが常識だ。
しかし、ジャクソン精肉店に潜んでいたゴブリンは、その数一〇〇〇匹にも及んだ。
九時に店を開けようとしたポールは、店内の惨状に唖然とした。
ゴブリンたちの食欲は旺盛だ。ゴブリンたちはポール自慢の燻製肉や腸詰やオイル漬けに、羽をむしる前の熟成中の鴨肉に、さらには早朝に仕入れたばかりの玉子や牛の枝肉にも群がって、今にも全ての売り物を食べ尽くそうとしていた。ゴブリンは太陽の光の下でも行動可能で、パセリやセージやローズマリーやタイムに対する耐性もあるので、追い払うのは難しい。
ポールは雑貨屋に走って行き、いつもよりも早く店を開けてもらって罠や燻蒸剤を買って来たが、さっぱり効果がなかった。ナンシーは近くの教会に助けを求めたが、牧師は取り合ってくれなかった。
困り果てているところに、偶然、祖母に買い物を頼まれたモリーがやって来たのだ。
「私も聖騎士団に入団して十年以上経つが、古城でもないのにそれほどのゴブリンが集まるという話は初めて聞いたな」
ハワード卿の言葉に、ポールが目を丸くした。
「そうなんですかい?」
ハワード卿は頷いた。
「ええ。何故それほど集まったのか、その理由が気になるほどです」
その疑問には、モリーがあっさり答えた。
「ポール小父さんが、結婚十年目の記念日にナンシー小母さんにプレゼントしようと、ネックレスを買って店に隠しておいたそうなの。ところが、そのネックレスについていた『メガラニカ産オパール』という触れ込みの十個の宝石が、実はゴブリンの卵塊だったらしくてね」
店の棚には、宝石が取り外された状態のネックレスが残っていた。
ゴブリンの卵塊はオパールによく似ている。その卵塊から生まれるゴブリンの数は大体百匹前後。その卵塊が十個もネックレスに付けられていたのなら、それだけの数にもなろうというもの。
「本物のオパールの、ましてやそれが十個もついたネックレスなんて、この人のへそくり程度で買える訳がないんですから。変な行商人が売りに来た時に、私が付いていたら良かったんですけれどね」
ナンシーは溜め息混じりにそう言ったが、彼女がポールに向ける目はとても優しかった。
「幸い、ゴブリンは幼体だったし、店にあったお肉で満腹になっていたから、大した悪さは思い付かなかったみたい。だからその頃の私でも、力技で一気に消滅させることが出来たのよね」
モリーが得意になってそう言うと、ハワード卿の表情が強張った。
「ヴィーナス・モリー。それは君が一体何歳の時の話だったのか、非常に気になるのだが?」
モリーは得意だったのが一転、気まずさに思わず目を泳がせた。しかし、正直者のポールが実に悪気なく暴露した。
「まだアーケイディアに行く前だったから、十五歳だったよな。いやいや、旦那さんにも見て頂きたかったなぁ、あれはすごかったんですよ。店の中で、モリーの全身が光ったと思ったら、あれだけいたゴブリンが一気に消えたんですから」
爽やかな笑顔でポールに頷いて見せたハワード卿だったが、モリーにだけ聞こえるように囁いた。後で詳しく聞かせてもらおうか、と。
一方、ちょうど客が途切れたのもあって、ジャクソン夫妻の舌は止まらなかった。
「その時の恩があるからね、マチルダ小母さんには、いつもたっぷりおまけしてたんだよ。何だかいつも困っていなさるようだったし」
ポールがそう言えば、ナンシーは首を傾げた。
「でも、どうしてかね。町の連中は、モリーが無理にアーケイディア単科大学に行ったせいで、その学費が大変なんだって噂してたけれど、そんなはずがないよね。だってモリーから『アーケイディア単科大学に入学したら、聖騎士団員見習いとして給金が出るし、着る物、食べる物と住む所は向こうで支給される』って聞いてたからさ」
「聖騎士団長として請け合いますが、その認識で間違いありません」
ハワード卿がそう口を挟むと、夫妻は慌てた。
「いやぁ、旦那さんがそんなに偉いお方とはつゆ知らず、失礼いたしました」
「聖騎士団長様がそう仰るくらいですし、マチルダさんが困るはずはなかったんですよね。……でも、マチルダさんは実際によく困っていたようだし、薔薇荘に残ってたアウロラとアリスも『お金がなくて音楽学校に行けないから』って、さっさとお嫁に行ってしまうし――」
モリーの脳裏に、浪費家だった叔母のアイリーンと、アイリーンを溺愛していた祖母マチルダの面影が過ぎった。モリーは従妹たちを音楽学校に進ませてやりたいと、せっせと薔薇荘に仕送りをしたというのに。
「……モリー?」
ナンシーに声をかけられてモリーは我に返り、二人の手を取った。
「……ありがとう、小父さん、小母さん。二人が生前の祖母にとても良くしてくれたことが、とても嬉しいの」
「いやいや、お互い様だからね」
「そうだよ、私たちはモリーのことも、マチルダさんのことも好きだからね」
ポールとナンシーが、それぞれ笑顔でそう言った。
やがてホットドッグを求めて新たに客が集まって来たので、モリーとハワード卿はそこから離れた。
「モリー。もしよければ、あのトロッコに乗ってみないか?」
ハワード卿が指さした方向には、回転木馬と、大人が二人乗れるくらいの小さなトロッコ、それから観覧車があった。移動遊園地だ。
そのトロッコには、「四季めぐり」という名が付けられていた。二人は最初に乗り場で春の女神に扮した女性が撒いた紙の花びらのシャワーを浴びた後、一つのトロッコに乗って出発した。二人の乗ったトロッコはゆっくりと進み、まず色とりどりの春の花を模した造花で作られたトンネルを潜った。
次にトロッコは、夏の女神に扮した女性が手動式シャボン玉製造機のハンドルを回して作り出す、たくさんのシャボン玉が飛び交う中を進み、七色の布を張って虹を表現したアーチの下を通り抜けた。
それから、秋の女神に扮した女性が見事なバレエの振り付けで舞う小さな舞台の横を通り過ぎると、真っ赤な実を付けた作り物の林檎の木や、赤い葉で彩られた作り物の楓の木の林を通った。
最後に二人は、冬の女神に扮した女性がストリートオルガンで奏でる冬至祭りの曲を聞きながら、暗いトンネルの中に小さな豆電球を幾つも吊るして作った冬の星座の下を通り抜けた。
元の場所に戻ってトロッコから降りたモリーは、チケットを売る年配の男性に言った。
「とても楽しかったですわ」
男性は自慢げに言った。
「そうでしょうとも。我々の移動遊園地は、『安全で上品で、その上楽しく』がモットーですからな」
ゴブリン罠はゴキ◯リホイホイ、燻蒸剤はアースレッ◯の、クラシカルな欧米風デザインのものをイメージして頂けると助かります。
次回、「刺激的な体験」を売りにした移動遊園地のエピソードを少し。いよいよ、モリーの歌う出番もやって来ます。




