3.桶狭間の奇跡後
桶狭間球場で、新興球団・尾張デビルズが戦国最強の一角、今川インペリアルズを下した――
その速報は、まるで雷鳴のように、日の本球界の全土を駆け巡った。
■甲斐・富士山の麓「甲府スタジアム」
紅蓮の甲冑を思わせるユニフォームに身を包んだ男が、無言でスマートパッドの画面を見つめていた。
戦国野球の絶対王者、武田信玄。
「……織田信長、か。革命野球? くだらん。」
短く吐き捨てるように言ったその声には、微塵も揺らぎがない。
彼女こそ、戦国最強のキャッチャー。鉄壁の守備、完璧な配球、そして、全体を見渡す“読み”で、幾多の試合を掌握してきた男だ。
信玄の周囲に集うのは、甲斐レッドドラゴンズを支える“武田四天王”。
「信長?聞いたこともないな」
「今川も落ちぶれたか……まあ、少しは楽しませてくれたのだろうよ」
鼻で笑う彼らに対し、信玄は不意に目を細めた。
「……だが、次に当たるのが、楽しみだ。」
まるで獲物を見定める猛禽のような眼光が、遥か尾張を射抜いていた。
その時、マウンドに立つひとりの少女が、風を切るように腕を振り抜いた。
「――ふんっ!」
ボールは不規則な軌道を描き、わずかに外れたコースへと流れていく。
甲斐の若き火の玉エース候補、真田幸村。その代名詞ともいえる“ナックルボール”は、まだ荒削りで、制球も安定していない。
だが、時折、信じられない切れ味を見せる。
紅のツインテールが風に舞い、幸村は唇を噛むように息を整えた。
額の汗が光り、彼女の視線だけは、どこまでもまっすぐだった。
「……信玄様。次の試合、私が――必ず、勝ち星を……!」
ベンチ脇からその様子を見ていた武田信玄が、ゆっくりと立ち上がる。
鋭くも温かいまなざしを向け、彼は静かに口を開いた。
「幸村……お前のナックルは、まさに“紅き風の気まぐれ”よ。未だ獣の牙も持たず、風まかせのまま彷徨っている。上杉の緻密な戦術を相手にすれば、いまはまだ……通じぬ」
幸村の肩がぴくりと震えた。だが、信玄はその言葉に続けて言う。
「――だが、その揺らぎの中に、“獣の胎動”はある。いずれ、お前のその一球が、風を裂く刃となる日が来るだろう。私は、それを信じている」
「……っ、はいっ!! 絶対に……期待に応えてみせます!」
幸村の瞳がわずかに潤みながらも、力強く輝いた。
信玄はその成長の兆しに目を細める。未熟なままにがむしゃらで、だが確かに光を孕んだ少女――それが、真田幸村だった。
甲斐レッドドラゴンズの紅蓮の炎は、いまはまだ小さくゆらめく。
だが、その奥で確かに燃え始めている。
尾張との大一番、その火が猛り、風すら切り裂くときを迎える――その兆しが、いま静かに息をし始めていた。
■雪と氷に包まれた「毘沙門球場」――越後
白銀のグラウンドに、ひと際鮮烈に映える純白と青のユニフォーム。
打撃ケージで静かに素振りを繰り返していた少女が、手元の速報に目を留めた。
越後ブリザードエンジェルズ主将・上杉謙信。
「……織田信長、風が変わったな。」
謙信は氷のリードオフガールにして、球界最高打率を誇る“精密打者”。
そのバットは、どんな投手の心も見抜き、迷いなく芯で撃ち抜く。
横でバットの手入れをしていた直江兼続がつぶやく。
「偶然ではありません。あの一勝には、明確な意志がある。理がある。」
謙信は頷き、北国の空を見上げた。
「雪が解けた頃……必ず来る。風の革命児との戦いが。」
その声音は静かだったが、確かな熱を秘めていた。
戦国屈指の精密打線と堅守を誇る越後ブリザードエンジェルズ。
“打撃と分析”――似て非なるふたつの信条が、交差する日が近づいている。
直江は、バットにオイルを馴染ませながら、ふと目線を上げた。
「……本来なら、我らが意識すべきは常に武田。しかし――」
言葉を切り、手元のデータに視線を戻す。
「“革命野球”というには、まだ粗削り……だが、あの織田信長の采配、常識を壊す手つきが妙に引っかかる。理屈では説明できない、何かが……」
その目は冷静ながら、わずかに揺れていた。
■美濃の闇「ナイトスタジアム」――次なる敵
その頃、静寂の夜に包まれた美濃のドーム型ナイトスタジアム。
明かりを落とした作戦室で、ひとりの男が無数のデータシートを手に呟いていた。
美濃ナイトスパイダーズ監督兼センター・斎藤道三。
「……なるほど、織田信長。合理主義に分析、そして采配。まるで我が球団の戦術そのものだ。」
彼が率いるのは、投手力と守備力を極限まで磨き上げた、マニュアル厳守の球団。
例外を許さず、スモールベースボールの結晶――。
スコアラーが冷静に報告する。
「今川インペリアルズに勝った要因は、信長の読みと藤吉郎の走塁、勝家や利家の強打。だがどれも紙一重……。」
道三は静かに笑う。
「ならば、紙を裂けばよい。偶然など、闇の網で絡め取ってくれるわ。」
すでに、エース・斎藤義龍が密かに練習を始めていた。
彼の放つ投球は、闇に沈む蛇の如く曲がり、低く、速く、鋭い。
そして道三は低く呟いた。
「我らの守備と投手力――打撃偏重の今の球界に、真の恐怖を思い出させてやろう。
織田信長、次はお前が“詰まる”番だ。」
美濃ナイトスパイダーズ 主要キャラ
斎藤道三(監督兼センター)
漆黒のロングポニーテールを高く結い上げ、鋭い切れ長の瞳はまるで夜空の闇を切り裂く刃のよう。整った顔立ちでクールな美貌を持ち、普段は黒を基調としたシャープなユニフォームを着こなす。スタイリッシュな革製グローブが彼女の冷静さを象徴している。冷静沈着で老獪な指揮官としての凛とした佇まい。時折見せる柔らかな微笑みや、チームを想う時の熱い視線のギャップに胸キュン。無駄のない動きでボールを追う姿はまさに“闇に潜む蛇”のようで、その鋭さに惚れ惚れする。
斎藤義龍
銀色に近いプラチナブロンドの長髪をふわりと肩に垂らし、冷たい蒼い瞳が印象的。細身だが鍛え上げられた体つきをしており、ユニフォームは白を基調に青いアクセントが映える。投球フォームは流麗で、静かなオーラを放つ。クールビューティな見た目に反して、エースとしての責任感や、道三に対する複雑な感情を内に秘めているギャップ。投球時の集中した表情や、ふとした時の少女らしい無防備な笑顔もする。
竹中半兵衛
黒髪のショートボブに小さなヘアピンをつけており、整った和風美人の顔立ち。柔らかくミステリアスな微笑みを絶やさず、目は大きくて瞳が深い紫色。細身でしなやかな体型。動きはしなやかで優雅。
その謎めいた笑顔の裏に計り知れない知略と深い思慮が隠れている。守備での華麗なグラブさばきや、静かながら的確なアドバイスをする頭脳派キャラとしての魅力。普段の優しい声と戦場でのキリッとした眼差しのギャップも◎。
稲葉一鉄
鮮やかな赤毛のロングヘアをポニーテールにまとめ、動きやすさ重視のキャッチャー装備に身を包む。たくましい体つきでありながら女性らしい柔らかさも感じさせる。表情豊かで、明るい笑顔がチームのムードメーカー。豪快な守備と鋭い配球でチームを支える頼もしさと、普段の明るく元気な性格のギャップ。大きな声で指示を飛ばす時の声の迫力と、ふと見せる優しい眼差しで守りたくなる感がたまらない。チームの太陽的存在。
氏家卜全
短めの銀髪に青みがかったハイライトが入ったボブカット。クールで落ち着いた雰囲気を漂わせる。身長はやや低めで小柄だが、動きは機敏でどんなポジションでも器用にこなす。冷静沈着なユーティリティプレイヤーで、どこにでも馴染む順応性が魅力。控えめな性格ながら、時折見せる鋭い眼光と確かな技術が輝く。たまに見せる天然な仕草や照れ顔にギャップ萌え。
桶狭間から程近い、夜空に映える美濃ナイトスパイダーズの本拠地「ナイトスパイダー・ドーム」。
黒と紫を基調にしたユニフォームが、照明の下で妖しく輝き、静謐ながらも張り詰めた緊張感を帯びてグラウンドに集まっていた。
「みんな、今日はいつも以上に気を引き締めるぞ。
我らの強みは“闇の戦術”と“緻密な連携”。無駄な動きは許されぬ。
情報戦で相手の隙を確実に捉え、確実に得点へつなげるのだ」
監督兼センターの斎藤道三は冷静な声でチームを鼓舞した。
鋭く光る瞳でピッチャーマウンドを見つめ、ゆったりとした足取りでグラウンドを歩む姿には、全員の背筋が伸びる。
ピッチャーの斎藤義龍は、静かにキャッチボールを繰り返す。
蒼く澄んだ瞳はボールに一点集中し、彼女の投げる球はまるで氷の刃のように冷たく鋭い。
無駄を排したフォームからは静かな強さが滲み出ていた。
キャッチャーの稲葉一鉄はマスクをつけながらも明るく声を張り、チームを盛り上げる。
「義龍ちゃん、次はこっちのコースで行くぜ!」
その声は闇夜の中、チームの灯台のように輝いていた。
サードの竹中半兵衛は、しなやかにグラブを伸ばし素早い守備を披露。
汗で乱れた黒髪のショートボブが、彼女のミステリアスな瞳を一層際立たせる。
時折つぶやく独り言が、冷静に情報を整理する彼女の知性を垣間見せた。
「半兵衛、その守備、完璧だったぞ」
道三が近づき、微かに笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、監督」
半兵衛も微笑み返すが、その奥には何か決意めいた影が潜んでいた。
氏家卜全は静かに動き、どのポジションでも柔軟に対応しチームに安定感をもたらしている。
練習後、彼女は冷静な眼差しで道三に声をかけた。
「監督、今日の練習は順調でしたか?」
道三は細かく練習の反省点を述べながら応える。
「うむ。しかし隙はまだある。尾張デビルズの信長のように、相手も進化している。
われらもさらなる高みを目指さねばならぬ。」
その言葉を聞いた竹中半兵衛はそっとつぶやく。
「信長か……やはり侮れない。」
彼女の瞳には、遠く輝く何かへの期待と決意が宿っていた。
夜風が練習場を吹き抜け、闇の中で美濃ナイトスパイダーズの結束と未来への静かな熱が確かに燃え上がっていた。
練習が一区切りついた頃、竹中半兵衛が道三にそっと声をかけた。
「監督……ひとつ、提案があるのですが」
「言ってみよ」
「次の尾張戦、信長の機動力を封じるには、セオリー通りではなく、一部布陣をアジャストすべきかと。特に外野の守備位置、少し前目に……」
半兵衛の瞳は静かに輝いていた。だが、その声が言い終わる前に、道三は穏やかながら断定的に言った。
「理屈は分かる。しかし、我らは“計算された手順”で勝ちを得るチームだ。イレギュラーは、崩れを呼ぶ。マニュアルこそが、我らの型だ」
「……承知しました」
静かに一礼した半兵衛だったが、その目にはわずかな陰りが差していた。
「……でも、信長は“型”を破ることで勝ち続けている。私たちは、守るだけで勝てるのか――」
誰にも聞こえないほどの声で、彼女は自分に問いかけた。
道三は背を向けたまま、ただひとつ、冷たい声で告げた。
「勝利が証明してきた。迷うな。従え。それが“夜の軍略”だ」
ナイトスパイダーズの中に、ほんのわずかに揺らぎが生まれた瞬間だった。