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天下布球 〜美少女戦国ベースボーラーズ〜  作者: InnocentBlue


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2.織田軍の革命野球


 桶狭間球場には、細かな雨が降り続いていた。


 濡れたグラウンドは鈍く光り、土を踏むたびにスパイクが泥を噛む。そこには可憐で凛々しい美少女戦国武将たちの姿だった。雨に濡れたグラウンドを、黒と紅のユニフォームが駆ける。泥にまみれながらも、選手たちの目だけは誰一人として死んでいなかった。


 マウンドに立つのは織田信長。雨に濡れた金色のポニーテールが背中に張りつく中、その大きな瞳だけが打者を真っ直ぐ捉えていた。


 9回裏ツーアウトでカウントは尾張デビルズ4―5今川軍。一打サヨナラのチャンス。

 三塁では藤吉郎が腰を落としてリードを取り、二塁の利家も塁を離れて投球を待っている。一本のヒットで、二人ともホームを狙える位置だ。信長が打てば、試合をひっくり返せる。


 マウンドにいるのは、今川軍のエース・今川義元。圧倒的な投手力で尾張軍の打席をねじ伏せてきた今川義元にもこの雨の中、疲労は隠せないが、東海一の弓取り――そう呼ばれてきた誇りを胸に、義元はマウンドを譲らない。


「余は東海一の弓取り(ピッチャー)であるぞ!」


 その言葉と共に、彼女の放つボールは鋭く飛んだ。豪速球、変化球、多彩な球種が織田軍の打者たちを翻弄する。


 そして、打席に立つ織田信長。金髪のポニーテールを揺らしながら、静かに呟いた。


「我は戦国野球の革命児、信長よ」


 バットの芯が白球を捉える。低く鋭く飛び出した打球は、雨粒を弾きながら右翼へ伸びていった。


「カキーン!」


 ボールは鋭くライトスタンドへ飛び、藤吉郎が三塁を蹴る。右翼からの返球が届くより早くホームへ滑り込み、続いて二塁の利家も三塁を回った。


 そして、ホームに突っ込む。


 観客席からは歓声が沸き上がり、織田軍は劇的なサヨナラ勝ちを収めた。


 尾張デビルズ――万年最下位だったチームが、この日ひとつの勝ち方を手に入れた。


 ◆


 ――時は、数ヶ月前にさかのぼる。


 信長が尾張デビルズの主将に就任した日のことだった。


 尾張デビルズは戦国プロ野球中部リーグ最弱のチーム。試合に負けても、誰も悔しがらない。練習が終われば「今日も疲れた」と帰っていく――そんな空気が、尾張デビルズには染みついていた。


「このままではいけない」


 織田信長は冷静にチームを見つめ、静かに決意した。


「私が変える。根性だけに頼る野球から、頭を使って勝つ野球へ変える」


 初のミーティングルームで、信長は熱く語った。


「感覚だけに頼るな。相手の癖も、球種も、打球傾向も全部拾う。数字を見れば、勝つための手がかりは必ず見つかる」


 前田利家は腕を組みながら呟いた。


「豪快なスイングだけじゃ勝てない。タイミングも科学的に追求する価値はあるな」


 木下藤吉郎は笑顔で応えた。


「俊足を活かすためにも、動きの癖を直そう。繰り返して体に覚えさせるんだ」


 ◇


 翌朝。


 グラウンドに集められた選手たちを待っていたのは、これまでとはまるで違う練習だった。


 信長は投球解析器の画面を選手たちに見せた。そこには球速、回転数、変化量が数字とグラフで表示されている。


「これで球速、回転数、変化量を測定する。投手の弱点もわかるはずだ」


 投手の明智光秀はスマートフォンのような端末で投球を解析しながらつぶやいた。


「腕の振りが少し横に流れている。ここを修正すれば、変化球の切れはもっと出せそうだ」


 信長は一球投げるたびに解析画面を確認し、握りを変えて、また投げる。球速、回転数、変化量――数字を一つずつ確かめながら、理想の一球へ近づいていった。


「もっと正確に、もっと鋭く」


 その言葉を背に、柴田勝家が声を張る。


「気合だ、気合!やる気がなければ何も変わらないぞ!」


 成政は腕を組んだまま勝家を見た。口では何も言わなかったが、その日の練習では誰よりも長くグラウンドに残った。


 ◇



 森蘭丸はデータタブレットを駆使し、相手打者のフォームを映像解析。


「この打者は外角球を引っ張る傾向があります。右方向への打球は全体の一割以下。守備位置を少し左に寄せれば、長打を防げます」


 藤吉郎は内野を駆け回り、送球練習を繰り返す。


「打球が飛んでから考えてたら遅いよ。どこに飛ぶか予測して、先に動くんだ」


 信長は瞑想も取り入れ、集中力を高める訓練も始めた。


「体が動いても、迷いがあれば遅れる。勝負の瞬間に迷わないための準備も、練習のうちである」


 ◇


 柴田勝家は激しく練習に打ち込み、佐々成政と火花を散らす。


「捕手としては、まだまだだな。勝家」

「口だけじゃなく、結果で示せ、成政!」


 互いのライバル心がチームの結束を強めていく。


 蜂須賀小六は関西弁で軽妙に場を和ませる。


「藤吉郎、盗塁するんやったら、もっとスタート速せなあかんで!」


 ベンチでは、お市がチア衣装のまま選手たちに声援を送っていた。誰よりも明るいその声だけは、負け続きのチームにもよく通った。


 ◇


 迫る今川軍の脅威


 ある日の練習後、蘭丸がタブレットを閉じた。


「信長お姉さま。今川義元軍が、次の公式戦の相手です」


 信長はグラウンド中央に立ち、深呼吸をした。彼女の眼差しは遠く東海の空を見据えていた。


「ただ闇雲に強くなるだけじゃない。戦いは頭脳戦だ。データを活かし、相手の心理も読み解く」


 その言葉に、前田利家が声を潜める。


「信長様の戦術は我らの誇り。だが、実践でこそ真価が問われる」


 柴田勝家は険しい顔つきで頷いた。


「守備においても、無駄のない動きが求められる。疲弊しては勝てん。」


 一方で、佐々成政は疑念を抱いていた。


「データだ分析だと言うが、そんなものが実際の勝負で役立つのですか?」


 信長は佐々を真っ直ぐ見つめた。


「勝つために必要なことだけを積み上げる。それが私の野球だ」


 ところが、その矢先だった。

 明智光秀が右肩を痛め、投球練習を休むことになった。


「光秀がいなければ、我らの投手陣は厳しいな...」


 しかし、蜂須賀小六が笑顔で言った。


「大丈夫や。みんなでカバーしたらええねん」


 光秀が抜けた分、誰かが穴を埋めなければならない。投手経験のある選手が練習量を増やし、野手たちも投手陣の調整を手伝った。


 そして信長は全体練習でこう宣言した。


「今日からは実戦形式の練習を増やす。情報戦に勝つためには実際に勝負を経験し、対応力を高めなければならない」


 ◆


 練習試合の日、尾張デビルズは同じ中部リーグの強豪、織田義父軍と対戦した。


 信長が集めたデータをもとに守備位置を変えると、相手の打球が面白いようにその正面へ飛び込んできた。打席では狙い球を絞り、藤吉郎が出塁すれば盗塁で二塁を奪う――これまでなら偶然に任せていた一つ一つのプレーが、少しずつ繋がり始めていた。


 柴田勝家の渾身のスライディング、前田利家の豪快なバット、藤吉郎の華麗な守備で観客を沸かせた。


 試合後、佐々成政が信長に歩み寄り、静かに言った。


「……認める」


 成政は悔しそうに顔をしかめた。


「信長様のやり方、ちゃんと勝てるんだな」


 やがて、尾張デビルズは練習で得た力を携え、今川軍との本戦に挑む。


「今川義元を倒す。次は、それを証明する番だ」


 ◇


 ――そして現在。


 雨で湿ったグラウンドは重く、選手たちの足取りを鈍らせていた。


 マウンドには今川義元。彼女の投じた白球が、低い軌道を描いてキャッチャーミットへ突き刺さる。

 尾張デビルズの打者たちはその球威と巧みな変化球に翻弄され、初回から連続三振を喫する。


「なんやあの曲がり方……!」


 小六が思わず身を乗り出した。


「こりゃ、まともに待っとったら打てへんで」


「尾張デビルズ、甘くはないぞ!」


 守備でも今川軍の外野手たちが俊敏に動き、打球は確実に処理されていく。三塁手も守備が堅い。三遊間へ飛んだ打球を素早く処理し、尾張の攻撃を何度も潰していく。


 信長はマウンドからの今川の投球を目で追いながら、額に汗を滲ませた。


「このままでは勝てぬ……」


 ベンチでは勝家がグラブを握り直し、利家もバットを握ったまま戦況を見つめていた。


「まだ、諦めるな!」信長は声を張り上げた。


 しかし、今川の冷静な投球術は続き、尾張の打線は完全に封じられていた。


「試合はまだ序盤。だが、これほどの相手にどう立ち向かうべきか……」信長は己の戦略を必死に練り直す。


 ベンチに戻ると、森蘭丸が迅速にデータを示した。


「信長様、右打者にスライダーが有効のようです。特に前田利家選手の過去の対戦データによると、スライダーに弱点があります」


 信長はその数字を一瞬で把握し、戦術を修正する決意を固めた。


「よし、次の攻撃で狙うのはそこだ!」


 その指示を受け、尾張デビルズは次第に今川の投球パターンを読み始めた。だが、攻撃の手を緩めることは許されない。内野を守る木下藤吉郎が全力で打球を追い、相手の反撃を食い止める。

 ただ、光秀を欠いた尾張の投手陣には、まだ九回を任せられるだけの厚みがなかった。控えの明智光秀はまだ復帰できず、信長が初回からマウンドに立って投げざるを得なかった。


 その投球は必死の思いが滲み出ていたが、制球に乱れも見え始めている。


「まだ投げられる……ここは私が抑える!」


 信長は己のすべてを込めてボールを放つ。


 ◇


 しとしとと降り続く雨は、まるでこの戦いの厳しさを象徴するかのようだった。


 桶狭間球場の濡れたグラウンドに、細かな水滴が音もなく落ちていく。


 三塁では藤吉郎が低く構え、投手の動きをじっと窺っていた。普段なら笑顔を絶やさない彼女も、今はホームだけを見ている。


 泥で少し汚れたユニフォームも、彼女の純粋で繊細な雰囲気を際立たせている。

 普段は無邪気で明るい彼女だが、今この瞬間だけは違った。

 その大きな瞳には、闘志と決意がぎゅっと詰まっている。


「ここまで来たからには、絶対にホームを踏みたい…信長様のために、みんなのために!」


 小さな胸の内で何度も繰り返す言葉。

 たった一歩でも、前に踏み出すことが、チームの勝利へと繋がる。じっと次の投球を見つめながら、身体を少しだけ前に傾け、いつでも走り出せるように準備を整えた。


 二塁の前田利家は、藤吉郎とは対照的に豪快な笑顔を見せている。長身の利家は、雨に濡れたユニフォーム姿でも妙に頼もしい。二塁上で拳を握り信長に向かって笑った。金色の髪は汗と雨に濡れて重そうに顔の周りに張り付いているが、表情は明るく、周囲のチームメイトに安心感を与えていた。


「よし、ここからリズムを作ってやるぜ……信長様が打ったら、アタシも一気にホームまで走る!」


 強い決意を秘めながらも、笑顔を絶やさず、ベンチや仲間に声をかけてチームの士気を高める。前田の豪快な性格は、疲労困憊の選手たちにも希望の光を灯していた。その彼女の背中には、チームの期待がずっしりと重くのしかかっている。


 そして、二人の目線の先にあるのは、バッターボックスに静かに佇む織田信長。

 彼女の金色のポニーテールは雨に濡れて重たくなりながらも、風に揺られてひらりと舞った。

 雨音の向こうから、スタンドの歓声が少しずつ大きくなっていった。冷静に、しかし揺るぎない意志を宿し、ボールの行方を見つめていた。信長の顔には緊張の色はない。


 むしろ、どこか清々しいまでの凛々しさがあり、彼女の背中からは「革命児」の風格が漂っていた。


 ◇


「この一打で、私たちの未来を切り拓く」


 心の中でそう呟き、静かにバットを握りしめた。

 その瞬間、三塁の藤吉郎が小さな声で励ましの言葉をかける。


「信長様、あなたならできる…みんなが信じてるよ」


 二塁の前田も軽く拳を握り、笑顔で応えた。


「絶対に打ってやろうぜ、信長様!」


 二人の想いが一つになり、チーム全員の気持ちが信長の背中を押す。観客の声が遠のき、信長の耳には義元の投球フォームだけがはっきりと見えていた。


 一球、一球に全てを賭ける決意が込められていた。その時、観客席のざわめきも、一瞬の間を置いて大きな歓声に変わった。


 今まさに、戦国野球に新たな伝説が刻まれようとしている。


 あの一打で勝利をもぎ取った尾張デビルズだが、これは始まりにすぎなかった。


 ◇



 試合後、信長はバットを立てかけたまま、マウンドを振り返り静かに呟いた。


「……勝った」


 信長はマウンドを振り返った。


「なら、次はもっと強い相手と戦える」


 ◇


 歓声の残響が消え始めた桶狭間球場で、観客席の一角に立つ二人の姿があった。


 一人は甲斐レッドドラゴンズのスカウト。もう一人は、上杉謙信率いるブリザードエンジェルズの副将・直江兼続だった。


 二人とも、勝利に沸く尾張デビルズではなく、マウンドに立つ織田信長だけを見ている。


 直江は腕を組み、先ほどまでの投球と打席で見せた信長の姿を頭の中で繰り返した。


「……あの投手」


 やがて、直江の口元にわずかな笑みが浮かぶ。


「あの投手……次に当たるときは、今日と同じようにはいかぬな」


 その視線の先で、信長は仲間たちに囲まれていた。まだ誰も知らない。

 この日、桶狭間球場で生まれた一つの勝利が、戦国野球の勢力図を大きく塗り替えていくことを。


 尾張デビルズの革命は、まだ一歩を踏み出したばかりだった。

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