13.革命の余韻
ゲームセット
武田軍、13-8で勝利。
だが、その勝者の顔には焦燥が浮かび、敗者の顔には誇りがあった。
徳川軍ベンチで、信長はグラブを外し、家康に微笑む。
「負けたな」
「……うん。でも、何かを掴んだ気がする」
信長は、ゆっくりと空を仰いだ。
「“最強”に食らいつく快感。
これこそが、俺の革命野球だ」
その姿を、信盛はじっと見つめていた。
自分にはない「何か」を持った男。
それは、戦術や才能を超えた、情熱そのものだった。
観客席からは惜しみない拍手。
スコア以上に濃密な試合を見届けた誰もが、
「これから自分たちの野球は、何かが変わる」
そう確信していた。
そして、徳川軍の心にも――
確かな革命の種が、宿り始めていた。
試合終了後――整列
両軍がホームベース前に整列し、帽子を取り礼を交わす。
家康が一歩前に出て、深々と頭を下げた。
「本日は誠にありがとうございました!」
その声には、敗者の悔しさと、最後まで戦い抜いた誇りが込められていた。
武田軍の先頭に立つ信玄が、ゆっくりと頷いた。
「……まだまだ伸びしろがある、良いチームじゃ」
その言葉に、徳川軍ベンチにわずかな安堵と誇りが灯る。
だが、その瞳の奥では、別の熱が揺れていた。
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試合後――信玄の内心
(ふむ……調整で良いとの指示を出していたとはいえ――)
(予想以上に、追いつかれたな)
スコアこそ13-8。
だが、信長がマウンドに上がってからというもの――
わしの初回ホームラン以外、ほぼ無得点。
わが武田軍が後半にここまで得点できないのは、かなり珍しいな…。
(それどころか……あの信長という男、試合を「掌握」し始めておった)
大胆な配球、咆哮、士気を引き上げる存在感。
ピンチになればなるほど研ぎ澄まされる集中力。
そして何より――楽しんでおる。
(まるで、己がすでに“頂”に立っているかのような)
信玄は、帰陣の支度をする軍に背を向け、ふと空を見上げた。
(上杉に対する備えを固めておったが……)
(もしかすれば――織田信長こそ、もっとも警戒すべき相手かもしれぬ)
その思考は、やがて「長篠球場」での再戦という未来へとつながっていく。
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サイド描写:家康と信長
ベンチ裏にて、家康は汗を拭きながら信長に声をかける。
「……信玄公、最後に笑ってたね。多分、うちらが“怖くなった”んだよ」
「ほう……それなら成功だな」
「でも信長くん……君、楽しそうすぎたよ」
信長は肩をすくめ、笑って応える。
「そりゃそうだ。強い相手に食らいついていく、それが革命だろ?」
その言葉に、家康は目を細める。
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信玄は、荷物を担ぎながら最後にグラウンドを振り返る。
赤く染まりはじめた空を背景に、静かに口を開いた。
「次は、こうはゆかぬぞ。織田信長」
その声音に、わずかな苛立ちと、未知なる存在への高揚が混じっていた。
そして、夕日に照らされた背中が、静かに引いていった――。
帰りの電車――黄昏の窓辺
ガタン……ゴトン……と、規則的な車輪の音が揺れる。
窓の外には、沈みゆく夕日と、どこか懐かしい田園風景が流れていた。
織田信長は、その景色をぼんやりと眺めながら、腕を組んで黙っていた。
ピッチャーマウンドから見えた景色。
咆哮し、ピンチを切り抜け、押し返すたびに高まっていった熱。
(……戻ってきた)
(自分の野球が……いや、“革命野球”の原点が)
戦術でも、根性でもない。
自らの衝動を信じて、ぶつけ、ねじ伏せる快感。
その野球の魂が、確かに自分の中で蘇っていた。
――だが。
(この想いを……どう伝える?)
(勝家は……きっと、まだ迷っている。責任に縛られて、真っすぐな想いを見失っている)
彼がキャッチャーとしてどう変わるか、それがチーム全体に与える影響は大きい。
(だからこそ……言葉を選ばねばならん)
そんな時家康の言葉を思い出した。
「楽しめばいいんだよ。」
「そうだったな。考えすぎず、そのままで良いのだ。言葉は飾りにすぎん。」
身体は疲労感に包まれていたが、早く新しい投球戦略を勝家に共有したい。
まるで、小さいころ武田軍の試合を見た帰りのように…。
そして、その隣では――
「くかぁ~~………信長さまぁ~、ピッチャー最高でぇす~★……ふへぇ」
佐久間信盛が、だらしなく口を開けて爆睡していた。
ヨダレが垂れているのを見て、信長はハンカチをそっと投げる。
(ったく……)
思わず口元が緩む。
(……だが、こいつのように、まっすぐ自分を信じて野球している奴もいる)
チームはまだ未完成だ。
未熟な者も、迷う者もいる。
だが、どこかで皆、気づきはじめている。
「革命」は、新しい戦術や思想ではなく、自分自身を解き放つことにあるのだと。
信長は再び、ゆっくりと窓の外に目を向けた。
流れる風景に、遠く長篠球場の影を見た気がした。
(まだ革命は始まったばかりだ)
(勝家、お前にも――届かせてみせる)
静かな車内に、彼の心だけが熱を帯びていた。
夕日が差し込む窓に、彼の瞳が赤く燃えていた。
尾張球場前・夜の帰還
夜風に吹かれながら、信長と信盛が静かに尾張の練習場へと戻ってくる。
遠くからでも灯りがついているのが見えた。
この時間に誰か残っているとは思っていなかった――が、
「信長さまぁ~~~~っ!!」
突如、グラウンドの照明が点き、闇から飛び出してきた数人の影。
「な、なにごとだっ!?」
信長が思わず身構えると、次の瞬間――
「なんでひとこと言ってくれなかったんですかああああああ!!!」
前田利家が目を潤ませて駆け寄ってくる。
「武田との試合に出てたって、本当ですか!?なんで黙って……!僕たち、置いてけぼりですかっ!」
「き、聞きましたよ!」
「SNSでもうバレてますよ信長さま!」
「キャッチャー家康!?しかも武田相手に好投!?はああ!?」
口々に詰め寄る尾張デビルズの選手たち。
「う、うるさい!なんだお前たち、私の何を知っておるというのだ!?」
信長、思わず逆ギレ。両手を広げて声を張り上げる。
「私はな、野球を……いや、“革命”を……っ、してきたんじゃっ!!」
「それならそれで!なぜ声をかけてくれなかったんですかーっ!」
メンバーの怒りは止まらない。
と、視線は一斉に――
「……僕は、誘われたわけじゃなくてですね?ふわっと行っただけで、その、誘われたとかじゃ……」
しれっと横に立っていた佐久間信盛に集中する。
「抜け駆けしてんじゃねえか!!!」
「出場したんだよな、佐久間ーっ!!」
「裏切り者ォォォォ!!」
「家康軍の打席に、ちゃっかりと出てんじゃねーか!!」
「しっかり打ってるのも腹立つんだけど!!」
わーっと集まり、信盛を一斉に揉みくちゃにする尾張メンバーたち。
「や、やめて~っ!!信長さまぁ~っ、助け……て……っ」
「ふん、貴様が勝手についてきたせいじゃろうがッ!!私も巻き込まれて恥ずかしかったわッ!!」
信長も巻き添えをくらった鬱憤を晴らすように、遠慮なしで信盛の頭をこづく。
そのとき。
「……では、罰として」
静かに前へ歩み出る者がいた。
「ポール間走……1000本ですね」
竹中半兵衛。普段は穏やかで、柔らかな笑みをたたえている彼の瞳に、明らかな怒気が宿っていた。
「えっ……は、半兵衛ちゃん……冗談、だよね……?」
「冗談に聞こえますか?」
「えっ、えっ……えっ!?人間の出来る量じゃなくない?」
続いて、森蘭丸。
「妥当ですね。きちんと終えるまで……この蘭丸が監視いたします」
スッと帳面に“1000”と書き記す。
背後にいつの間にか用意されていたライトが点灯し、走路が照らされる。
「ふ、不当でーすっ!過剰でーすっ!尾張軍の未来の四番に対する処遇としてどうなんでしょーかっ!!??」
必死に抗議する信盛を誰も見ていない。
信長はその光景を見て、ふっと笑みを浮かべた。
「……悪くない。今日のうちからやっておいた方が良いぞ」
と信長。
「まぁ俺も付き合うからさ。」
と利家。
苦楽を共にする仲間たち。
背中を預け合える者たちがいる。
(きっと、このチームでも“革命”は起こせる)
尾張の夜に、信盛の悲鳴と、仲間たちの笑い声が響いていた。
その輪の中に、勝家の姿だけがなかったのが――
信長は、ふとそのことに気づいた。
(……あいつなら、真っ先に信盛を引きずってグラウンドの端まで放り投げているはずだがな)
だが、いない。どこにも。
尾張ロッカールーム・用具室
「……ねぇ、でびにゅん。わたしってどうすれば良いのかな…?」
屋内練習場の裏手、小さな物置の中で。
柴田勝家は一人、チームマスコット「でびにゅん」の人形を両手で大切そうに抱きしめながら、そっと問いかけていた。
外の喧騒など耳に入らない。
信長の声も、信盛の「水くださ~~い!」という悲鳴も、届いていない。
ただ、彼女の世界には今、でびにゅんしか存在しなかった。
しかし――
バンッ!
突然、物置の扉が勢いよく開かれる。
勝家は飛び上がるようにして振り返った。
「そこにおったか、勝家っ!」
信長だった。
鋭い視線が、勝家とその手に抱かれたでびにゅんを一瞥する。
「ひゃああ~っ、信長さまっ! これはその……ち、違うんです!でびにゅんの在庫管理をしていまして!」
焦って説明する勝家に、信長はまったく頓着せず、声を張り上げた。
「そんなことはどうでもいいっ!ミーティングルームで投球戦術の確認だ。
明日からは猛練習、覚悟しておけっ!」
それだけ言い残すと、信長はバタンと扉を閉めて去っていった。
「……」
しばらくぽかんとしていた勝家は、ふっと力を抜き、でびにゅんを見下ろす。
「……そうだね。このままの僕じゃ、ダメだもんね。ありがとう、でびにゅん」
彼は人形の頭を優しく撫で、棚の中央にそっと置いた。
まるで、心の中に仕舞い込むように。
物置を出ると、夜風が肌を撫でた。
遠く、ナイターの灯に照らされたグラウンドでは、まだ信盛が走っていた。
「ひぃっ……! 水ぅぅ~~~~~!!」
「まだ20本ですよ、信盛さん」
「足が止まりました。罰として追加10本ですね」
竹中半兵衛と森蘭丸が、表情一つ変えずに追い込んでいる。
蜂須賀小六はゲラゲラ笑いながら、声援ともいじりともつかぬ声を飛ばしていた。
その光景を横目に、勝家はほんの少しだけ微笑んで見やった。勝家は足早にミーティングルームへと向かっていった。
彼の背中には、迷いも影もなかった。
ただ、信長のもとで“革命”の歯車となる覚悟だけが、静かに灯っていた。




