宗教団体、神ノ国との抗戦。
「おい、生きてるか?」
吹っ飛んだネコスケは動かない。俺は無事を確認するため、駆け寄る。
衝突してきた車から、白い袴風の男たちが、ゾロゾロ出てきた。
「同じ衣装、同士討ちだと?」
俺は混乱を余儀なくする。
そいつらは動きながら、建物から撃って来る者たちに銃弾で応戦する。
戦地と化した。
「しっかりしろ」
ネコスケは心臓が止まっていた。赤の他人ではあるが、俺は怒りが湧いてくる。いきなりの暴挙、許せまじ。
「殲滅させる」
俺は闘気を抑えきれなかったようだ。弱い奴でも、鳥肌が立ったりと、感じることはある。
拳銃を持っていた一人が、俺のほうに振り替えった。怯えた表情でも躊躇なく、撃ってくる。
銃弾を避け、瞬時に間合いを埋め、拳で鳩尾を抉った。
銃器よりも素手のほうが強い時代だ。銃を使っている時点で、強さの程度を測れる。
俺はぐったりとした男を担いで、他の悪漢に投げ飛ばした。
地上に敵が出現したことで、奴らは混乱している。俺は無駄のない動きで、銃弾を掻い潜り、強襲してきた者どもを全て倒した。
「一人死んじまった。ふざけた野郎どもだ」
ビリビリという電気の音が耳に届いた。
「ノブちゃん、動いたわよ」
車から降りたロリカが、ネコスケの心臓に電気ショックを与えていたのだ。
「はっ? 私はいったい」
ネコスケは、ロリカに助けられたことに気づいていない様子で、体を起こした。
「少々、体が痛い」
この男。車に撥ねられた衝撃で、心停止にはなったが、他に怪我はなさそうだ。只者ではない。
「俺たちは巻きこまれたぞ。なんだ、この状況は。説明してくれないか」
ネコスケは倒れた者どもを眺め回した。
「あなたがやったのですね。ありがとうございます。彼らも一応、神ノ国の信者です」
「衣装が同じだからな。見りゃわかる。内部分裂なんだな」
「神ノ国は関東以北から東北地方にかけ、大規模な範囲で布教活動の成果を上げました。ですが、組織が大きくなりすぎた弊害か、まとまりがなくなり、分派が生まれました」
「こいつらが」
ネコスケの顔が珍しく表情を作り、歪ませた。
「正直に言うと、分派は我々のほうです」
「そうか。どんな考え方の違いがあったんだ?」
「神ノ国は乱世に苦しむ者たちを救済するため、立ちあげられたのですが、組織拡大とともに、上に立つ者に富と権力の集中が起こるようになりました」
「信者は鴨か。典型的な成れの果てだな。それに抗うのがあんたらで、そして本家になれたら、あとを継いで慣れ果てるか?」
「厳しい見方ですね」
「なにしろ、これ以上は巻きこまれたくないんでね」
「我々側は支配権など要りません。ただ人心を救いたいだけなのです」
「結構なことだ。そのためには戦闘力がほしいと。ついでに銃火器もってんな。平和な団体だよ」
「ノブ様、ますます厳しいことを。この乱世で影響を与えていくために武力を保有するのは、致し方がない必要悪です。あなたも拳で戦っておられる」
「俺は信仰心ではなく、現実をよくしたいだけだ」
「論争するつもりはありません。今一度、聞きます。我らに協力していただけないでしょうか?」
「悪いが俺は、賊な探偵に会いに行く途中なんだ。そいつをぶっ倒すってわけ」
ネコスケが目を見開いた。
「ならば、目的が一致します。我々もあの碌でもない探偵から、人々を解放したいと思っていたところです」
「そりゃ武力が必要になるわけだ」
ロリカが割って入ってきた。
「ノブちゃん、協力し合いましょうよ」
「何を協力する? シャーラックを倒せばいいだけだぞ」
「あなたはあの探偵の恐ろしさがわかっておられない」
「じゃあ具体的に教えてくれ。その協力だけで十分だ。あんたら、できるだけ手を汚したくないだろ」
ロリカは不満顔だが、俺はこの者たちを信用していないのだ。
支配権は要らないと言ったが、本当か。未だ気を失っている奴らとネコスケたち。どちらが正義で悪かなんて初対面で理解しきれるわけではない。
「わかりました。シャーラックは謎を解くことで多くの住民を支配していきました。謎解きの答えにみな従い、逆らうことができなくなったのです」
俺は額に掌を当てた。一生懸命にこする。
「待ってくれ。何を言っているのか、理解に苦しむ。ただの探偵じゃないか。なぜ民を支配できるのか」
「それはですね」
俺は摩擦で熱くなった掌を突きだし、再び止めさせた。
「いいよ。自分で確認する。世話になった。ロリカ、行くぞ」
「はい、あなた」
「なんだその言い方は」
ネコスケは慌てる。
「女性は危ないですよ」
「あら、あなたは体験したでしょ。わたし、相手を痺れさせるのよ」
「はあ、確かに魅力的なかたです」
やっぱり助けられたことを覚えていない。
「ところで、ネコスケさんよう、襲ってきた奴らどうすんだ?」
「無闇に命を奪う気はありません。縛りつけて、送り返します」
「それがいい。ほんじゃ」
俺たちは自動車に乗り直し、出発した。
「ネコスケさん、いい人だったわね」
「そうか? 広坂連合にスパイを送っていたのはネコスケ側だった。監視網も見事だ。裏がある男だよ。用心したほうがいい」
俺たちは空気感の変わった街で、自動車を降りた。
「肌がピリピリするわ。嫌な感じ」
特異体質のロリカは特に敏感なのだろう。
まだ、街の外れだが、それほど寂れていない。人々は上手くまとまっているのかもしれない。だがそれは圧政による場合がある。
「ロリカ、歩いて街探索だ」
「はい、あなた」
「それやめろ」
ロリカは護身のため、ベルトに見えるよう、鞭を腰に巻いてある。
風荒ぶ街を歩いていると、飛来する音が聞こえてきた。
大きな昆虫が飛んでいる? いやドローンだった。
「偵察か。ここも管理体制が行き届いているんだな」
ドローンが鬱陶しく、頭上を飛び回る。
「むふふん、おいしそう」
「はっ? 美味し?」
ロリカの両目が、狂気を孕ませた。
腰の鞭を外し、頭上に雷撃を走らせる。
ドローンが火花を散らし、地上に落下した。
「無茶するなよ」
ロリカは意に返さずしゃがみこみ、プロペラが破損して飛べない鳥となったドローンを弄る。
「探偵からの贈り物かなあ」
「もしかして、電気を使って向こう側の情報を抜き取れるとか」
「うう、そんなこと試したためしがないわ。やってみよ」
飛べない鳥がビリビリし、細かく振動する。
「これは」
「なんだ?」
「無理ね。鍛えたら、そのうちできるようになるかもしれないけど」
俺は思わずニヤけた。電気って便利だなと。ミツがいないあいだは、最高の相棒かもしれない。
唐突にロリカは立ち上がり、俺に顔を近づけた。目の前に丸っこい顔がある。
「責任とって」
「へっ?」
「今、私のこと、便利な女だと思ったでしょ」
図星だけど。
「確かにこの荒廃した世界では、電気が通っていない場所もある。だから、わたしってとっても使い勝手がよくなるわ。でもわたしはあなたの道具じゃないわよ」
「別に道具だなんて」
「わたしを利用するなら責任をとって。っていうか、もう運命で決まっていたの。わたしは全身が痺れちゃうわ」
「ビリビリさすな」
俺は抱きつかれ、筋肉の自由を奪われた。抵抗できない。嵌まれば最強の能力じゃないか。
「わたし、柔らかいでしょ」
「俺は硬い」
だが無責任なことは言えない。俺には忘れられない女性がいるのだ。
乱世では孤児が増える。物心ついたころ、俺は一人路上を歩いていた。
憶えているのは、少し年上の少女が手を握ってくれたことだ。
泣きじゃくる俺は彼女に手を引かれ、食料配給所に連れていかれた。少女の姿は見えなくなったが、おかげで飢え死にせずに済んだ。
命の恩人であり、初恋の人だ。
涙に濡れていた俺は、顔をよく見ていなかったが、握り続けた手の感触は今でも覚えている。
手がかりはその感触しかないが、できれば捜し当てたい。




