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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
六章 錬金術師
60/85

59 下準備2



 ソファーから離れ、自分が用意した手紙を回収する。作業用の机に、未開封(・・・)の状態で置かれていたそれは、探す必要もなく、あっさりとユーリの手に帰ってきた。


 封蝋へと目を向ける。


 ユーリが使った封蝋。一本の枝に絡まる蔓薔薇。


 す、と目が細まった。


 意図してこの家紋を使った。そして、その家紋だけで校長は自分を中に入れた。校長はこの家紋を知っている。この家紋を使う者と繋がっている。それは、想定内。けれども、無性に腹立たしかった。


 くしゃり、とユーリの手の中で手紙が潰れる。そしてそのまま乱暴に圧縮袋へと押し込んだ。


 時折わざと微かな物音を立てながら、作業机の書類を確認する。


 今、校長が研究している内容なのだろう。走り書きのメモを眺め、何を研究しているのか確認していたユーリの額に、青筋が浮かんだ。口元に、いつものにんまりとした笑みが浮かぶ。


 柔らかな美女のその顔に、ユーリの笑みが浮かぶ違和感。けれども、今ここにそれを見る者はいない。そして、誰にも見られることなく笑みは消えた。


 禁呪に手を出したな。音にはならず、唇だけがそう動く。


 ユーリは錬金術師だ。たとえどれほど錬金術に飽きていようとも。それ以外を知らないし、知ろうとも、やろうとも思わない。そんな生粋の錬金術師。だからこそ、錬金術師としての矜持を持っている。同じ錬金術師でありながら、禁忌に手を出す者を許す気は、ない。


 何が生かさず殺さずか、とユーリは微笑む。そして、彼らの末路は、ユーリの中で決定した。


 要らない。


 錬金術学校(コレ)は、要らない。


 ソファーに眠る男に近寄り、そっと服を乱す。己の服も少しばかり崩し、くしゃり、と髪を乱した。


 いかにも事後です、という雰囲気を残して部屋の扉を開ける。乱れた髪を片手で整えながら、部屋の前に立つ兵士と僅かに目を合わせると、さっと視線をそらし、そそくさと立ち去る。微かに聞こえる物音で、おおよそを想像していたのだろう。後方で、またか、と呟きながら溜息零す兵士の声を聴きながら。


 学校を出るまでに姿を整え、顔を僅かに隠すように、用意していたフードを被ると、再び中央広場へと足を運んだ。素早く南と西に目をやり、西のハンター通りへと歩き出す。途中の店で服と、皮鎧を買うと、あまり流行っていない、けれども、さほど客が少ないわけではない飲食店に入り、トイレへ。


 着替えたユーリの出で立ちは、パッと見どこにでもいそうなハンター。ただ、美女なだけ。ミーユに買ってきてもらった服で顔をこすり、化粧を落とせば、凡庸な顔立ちのハンターになった。旅人が好む、フードつきの皮のマントを羽織れば、完全に没個性。誰の目にも止まらない。


 トイレを出て、何の注文もなく店を出て行っても、誰も、何も気づかない。


 人の波に乗りながら、三度中央広場に辿り着いた。ユーリの目が不自然なく辺りを見渡す。そして、目当てを見つけると何食わぬ顔で近寄った。


 噂話に花を咲かせる主婦数名。奥さんご存じ、から始まり、いかに誰も知らない情報を話すかに夢中になっている。


 会話は女の戦場いくさば。話し手という主役の立場から転がり落ち、うっかり聞き役に回れば、相手より優位に立つため、自分は知らずとも誰か一人でもその話知っている、という反応をした場合、お前の話は古いんだ、とよってたかり話した相手を主役から引きずり落とす。


 典型的なマウント争い中の井戸端会議。


 その様を横目で確認しながら、ユーリはすぐ真横を通り過ぎ、その先にある屋台で売っている串肉を数本注文する。串肉は、注文してから再び炙るため、もらうまでに少々時間がかかる。その間、女達の会話に耳を澄ました。


 めまぐるしく変わっていく話題。その中の幾つが本当で、幾つが創作か。そんなこと気にもせず、さも真実のように語る彼女たちに、一切の悪意はない。


 垂れ流される悪意のない悪。


 ユーリの唇が、ほんの僅か弧を描く。


 代金と引き換えに渡された串に、その場でかぶりつく。あまり行儀の良い行いではないが、誰も気にしない。なぜなら平民やハンターでは当たり前の行為だから。


 被りついた肉を味わうふりをしながら、ゆっくりとした足取りで女達に近づく。そして、女達の今話している内容が落ち着くのを待った。やがて全員の口が閉じたその一瞬、そっと一人の女の側を通り過ぎながら声をかける。


「ねぇ、奥さん、こんな話はご存じ? 四年前の戦争、実は錬金術学校の教師達が、アイテムの実験場がほしくて、先王を唆して始めたって」

「まぁ、本当なの?」

「いやだ! 錬金術学校って、私達の生活を良くするためにあるんじゃなかったの?」


 すぐに食いついてくる女達。


 誰が話しているなんて彼女達にはあまり興味がない。自分以外の誰かが、自分の知らない情報を、口にした。それだけの情報があればいい。だから、声が増えたことなど気づきもしない。


「そんなの建前よぉ! そう言っておけば聞こえがいいじゃない?」


 彼女たちの口調をまねて続ける。その言葉に女達が、今まで自分達は騙されていたのか、と気づき、確かに、と頷きさえすればいい。そして思惑通り、女達は確かに、と頷いた。


 ユーリは続ける。何しろ時間がない。彼女達の側に居られるのは僅かな時間。そう、せいぜい買った串肉一本を食べ終わるまで。


「それを魔法使いが終わらせちゃったから、先王を使ってあんなお触れ出したのよ」

「まぁひどい!」

「魔法使いは戦争を終わらせてくれた英雄じゃない!」

「あのお触れ、おかしいと思ったのよね!」

「でも待って、今もまだ争ってるのよね?」


 あら、と首を傾げた女の顔には不信感。まさか、と言わんばかりの表情に、うまく流されていることがわかる。


 想像は力で、妄想は、時に思考を奪う病となる。


 今、女の頭の中に一つの妄想がはびこっていた。そして、病は伝染する。何かを気づいたような女に、他の女達もつられるように妄想する。


 そこでユーリは声を低くし、それがね、と核心に迫るように顰めた声を上げた。


「どうやら、錬金術学校の校長が裏で手を引いたらしいのよ」

「なんてこと!」

「またあの戦争がはじまるというの!?」

「ようやく平和になったのに!?」


 キィキィと喚く女達。自分たちの妄想のとおりであったことへの喜色と、あの苦しい日々、大切な人がいつ失われるかわからない、不安とストレスだらけの日々に戻りかねない、その事実への怒り。


 さぁ、舞台は整った。


 ユーリは笑う。


 一応、クリストファーの評価を下げないよう、クリストファー様は騙されないからって、わざわざ隣国へと手をまわしたそうよ、と口にしておく。そうすれば、民たちを救うために立ち上がったという実績があるクリストファー。女達は口を揃えて、流石は賢王、と褒め称える。


 その合間に、いかに錬金術学校が民のため、と建前を立てながら、実際には自分達が良ければ、という思考をしていたのか、を刷り込んでいく。嘘と真実を織り交ぜながら。


 そして迎えたタイムリミット。


「あらいやだ! もうこんな時間。私、他に用があるの」


 ごめんなさいね、と声をかける。それに熱の入っていた女達はようやく現実へと戻り、今聞いた、誰も知らなさそうな噂話を方々へと持っていくため、私も私も、と次々に声を上げた。あっという間に散開していく。


 女達は、自分達のいったい誰がこの話をしたのか、そんなことは気にしない。誰かが言った。そして自分は、誰も知らなさそうな、けれども誰もが関心のありそうな話を知った。誰も知らないならいち早く誰かに言えば、自分は誰もに耳を傾けてもらえる。その事実さえあればいい。


 ユーリは知っている。


 女達の口の軽さを。噂話の恐ろしさを。広まる速さを。


 夜までにいったいどんな話になっていることやら。そう、笑う。


 串肉を食べ終え、ゴミを手に、ゆらゆらと歩き出す。ハンター通りの宿は空いておらず、南の目抜き通りで適当に宿をとり、時間を潰す。日が暮れ、酒場が開く時間に、ようやく動き出した。


 ハンターに見せかけた服装を改め、シャツとズボンだけになる。いつの間にか男の体に戻っていたユーリ。シャツとズボンだけになれば、その辺を歩く平民と変わらない。


 まるで仕事帰りの平民のような振る舞いをしながら、馴染みのハンスの酒場に顔を出す。


 席を埋め尽くす人々。


 流石は人気の酒場、と頷いた。


 ハンスの酒場は、店主はいかにも酒場の主、というやや粗野な見た目をしているものの、酒は旨く、飯も旨い。ウェイトレスとして働くのは、男のロマンを具現化したかのような女性二名。上手く男をあしらう姿も好まれ、繁盛する理由も頷ける、というもの。もっとも、普段のユーリはそれには興味なく、仕事の斡旋をしてもらうだけ、なのだが。


 入り口に立つこと数分。忙しそうにテーブルと厨房の間を行ったり来たりしていたウェイトレスの一人が、ユーリに気づいた。


「あーっと、お1人サン? ごめんねぇ、今の時間、相席になっちゃうんだけど~」

「ああ、勿論さ。仕事終わりはここで一杯やんなくちゃ気が済まなくってね」

「あら、ありがとう。そっち。あそこの四人掛けの空いてるとこ、座ってね」


 入り口で突っ立っていたユーリに、ウェイトレスの女はウィンク一つ残し立ち去る。普通の男のように、鼻の下を伸ばした笑みを浮かべ、ひらひらと手を振り見送ったユーリは、言われた席に座る。


 四人掛け中、三つが既に埋まった席。そこに座るは、それなりにがっしりとした体つきの、何やら力仕事をしてそうな男達。どーも、と愛想笑い浮かべて腰かけたユーリは、けして貧相な体格ではない。実に平均的なはず。にも関わらず、彼らの側に居るだけで、途端にもやしのように細く見える。


 男達は物怖じしない性格なのか、相席になったユーリににかっと笑いかけ、おう、と一つ返事した。


 やってきたウェイトレスに、鼻の下を伸ばしながら酒と安い飯を注文すると、耳を澄ませる。あちらこちらの席から聞こえてくる噂話。その殆どが錬金術学校に関するもの。そして、ユーリの吹き込んだ内容よりも、酷いもの。


 いやぁ、怖い怖い、と内心ぼやく。わかっていて使ったとは言え、噂話の回る速さ、変わる速さ、増える量には呆れを覚えざるをえない。


「よう、兄ちゃんも知ってるか?」


 酒を運んできたウェイトレスにデレデレして、どこにでもいる、仕事帰りで独り身の寂しい男を演出していたユーリに、相席になった男たちが声をかけてくる。突然ふられた話題に、何を、と首を傾げるユーリ。男達はウェイトレスへとちらりと視線を向け、気持ちはわかるけどな、と苦笑しながら噂話を口にする。


「錬金術学校の奴ら、戦争を影で操ってただけじゃなく、俺達平民を家畜か何かだって思ってやがったんだぜ」

「俺達の生き死になんかどうでもよくて、自分達が神の領域に立てればそれでよかったんだと」

「あの重税だって戦争のため、とか言いながら、錬金術学校に入ってたそうだ」


 最初の『影で操っていた』という話は、確かにユーリが流した噂。けれどもそれ以外は知らない。だから大仰に、なんだって、と驚いて見せる。


「そんなこと、許されていいのか!? 僕の両親はあの戦争のせいで死んだんだぞ!」

「ああ、気持ちはわかるぜ。俺だってそうだ。二歳の娘は重税のせいでまともな食事がとれず、栄養失調で死んじまった」


 許せるものか、と男が拳を握る。他の男達も同様に、あの戦争のせいで起きた不幸に憤りを見せた。


 戦争の爪痕は、たかだか四年では消えない。


 噂は、あたかも真実のように人々の間を駆け巡り、怒りを誘発していく。


 ユーリは囁く。


 許せるか、と。


 許せない、とどこからか答えが返った。それは、隣の男だったのかもしれない。正面の男かもしれない。もしかしたら、声を聞いた別な誰かだったのかもしれない。とにかく、誰かが答えた。


 許せない、と。


 それはじわりじわりと広がっていく。


 怒りは伝染し、自分達の話が聞こえていた隣の席へ。隣の席からまた隣の席へ。やがて、店中に。そして店の中から外へ。


 人々の間を異様な熱気が包んでいた。


 誰もがあの戦争に苦しんだ。誰もがあの戦争が終わったことを喜んだ。誰もが、再び始まった小競り合いを嘆いていた。


 ただ、それだけ。


 けれどもそれは、それだけ、と見るにはあまりにも大きな意思。


 立ち上がった人達の、夜だというのに次第に膨れ上がる波を縫い、するりと路地裏へと消えるユーリ。


 血走った目で、ただ一か所を見据え、歩いていく集団を眺める。その目に感情はない。いつもはにんまりと浮かぶ笑みも、今はない。まるで興味なさげに視線はそらされる。ポケットに隠し持っていた圧縮袋からいつものローブを取出し羽織ると、フードをしっかりと被る。両手で頬を揉み、口角を上げ、いつもの笑みを作った。


 すい、と錬金術学校のある方を眺め、ゆっくりと口を開く。


 ご愁傷様、と唇が象るも、音にはならない。残ったのはにんまりとした笑みだけ。後は興味の欠片もないと言わんばかりに、ユーリはゆっくりと路地裏の闇へ向かって歩き出した。


乙女ゲー(BL含)は初手でいきなりミスり、バッドエンド一直線の空気が読めないトドです。

皆様おはようございます。


怖いですねー。

怖いですよー。

噂って馬鹿にできないっす。

伝言ゲームは悪意が加わるとあっという間に化け物になりますよね。

人づきあいが苦手なトドは空気読めませんよ。

なので全力でおうちの中で引きこもってみてます(`・ω・)

ここならお外の声は聞こえてきませんからね!(The ダメな子)

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