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『本当に、取り替えてくれるの?』
『ええ、いいですよ』
『でも、これどうするの? 君はこれが欲しいの?』
『ネットオークションに出せば、それなりのお金になるんですよ。
先輩もやってみますか?』
『いや、いいよ。僕は。
君がそれで儲けを出しても、文句を言ったりはしないから。
じゃあ、取り替えてくれる?』
『はい、取り替えましょう!』
―――かえましょう、かえましょう
***
「駄目ぇえええええええ!!!」
自分の絶叫で目が覚めました。
『なんですの!?』
頭上の鳥籠からモモカさまが驚きの声をあげました。
今日も私はモモカさまの身体で、『春告』の世界にいるようです。
一瞬だけ、元の世界に戻った気がしましたが、それは夢でした。それも、嫌な夢。
内容はもう、ほとんど思い出せませんが、気分は最悪です。
『さっさとシャワーでも浴びて、目を冷ましなさいな。
今日は、ついに春告娘のリリースイベントの日なんですからね』
『わ、分かりましたわ!』
ちらりとマントルピースの上を見ました。
そこはこの世界に来た時と変わらず、輝かしいモモカさまと、そのご家族の写真が飾られていました。
私の部屋とは違う―――。
『どうしましたの?』
『ちょっと……緊張してきてしまって』
『はぁ?』
『だ、大丈夫ですわ! 私、頑張りますから!』
もう一度、マントルピースを見ましたが、そこには、そうだわ……いつも私を励まして下さるおばあ様の写真も、頂いた人形も置いてありませんでした。
一気に不安が襲ってきました。
『どうしたの?』
『私の部屋ではここに人形を飾っていたんです。
桃の節句に飾る人形で、元々は曾祖母の持ち物でしたが、私があんまり気に入るものだから、譲って下さったのです。
その時、教えて頂いたのです。この人形は昔、曾祖母の一大事を助けてくれたのだ、と。
……だから、私のことも見守って下さるような気がして』
『桃の節句に飾る? 雛人形?』
モモカさまの問いかけに私は首を振りました。
『雛人形も飾りますけど、それもまた飾るんです。
とても美しい顔立ちの人形で……』
まるで……まるで……うん? 誰かに似ているような気がするのですが、どなたでしたかしら?
最近、会った気がしないでもないのですが、思い出せません。
『代わりに私が見守ってあげますわ!
ですから、私の代わりに、モモカとして、リリースイベントを成功させなさい!』
私が考え込んでいるのを、緊張と勘違いしてか、モモカさまが叱咤激励をして下さいました。
モモカさまに見守ってもらえるなんて、光栄なことです。
『はい! きっとモモカさまの期待に応えてみせます。ご安心を!』
***
力強く請け負ったわりに、私は今、大変なピンチに陥っていました。
イベント会場に来て、衣装に着替え、靴を履いた瞬間。
ぬちゃり。
気色の悪い感触が足の下から全身に走りました。
なんですの!? このナメクジの這った後を百匹分集めたような粘着力のあるものは!
私の靴にナメクジが大量繁殖したとでも言いますの?
いーやー! 気持ち悪いー!
『どうしたのよ!?』
『うう……モモカさま。
靴の中に、何か……何か……まるでナメク……』
落ち着くのよ、百花!
仮にこれが嫌がらせだとして、その為に、ナメクジを百匹も捕まえたり、繁殖させたりする方がよっぽど嫌がらせ。セルフ嫌がらせじゃないの。
それなら、もっと、こうナメクジに近い何かを利用するに決まっています。
ええ、そうよ、そうだわ! 私ったら、なんて頭がいいのでしょう。
もっとも、私なら、自分ではなく、誰か人を使ってナメクジを集めさせますけどね!
だって、そっちの方がよっぽど精神的ダメージが……ががが。
『なんてこと! 一体、誰が、この私にそんな真似を!!!』
『これまでにも、こんなことがありまして?』
『まさか! 失礼ね! この私を誰だと思っていますの?
姿は私でも、中身があなただから、こんな目に合うのですわ!!!』
『モモカさま……ひどいですわ』
動くたびに靴の中からぬちゃぬちゃ音が聞こえて、気が遠くなりそうです。
この私の繊細な神経には耐えられませんわ!
『替えの靴ってありませんの?』
『……ないわ。
うちの事務所は予算が少ないの。
予備の衣装を用意する余裕はないことよ』
そうでしたわね。
『春告娘』は弱小事務所という設定なのです。
そんな事務所から梅花谷家のご令嬢であるモモカさまがデビューするのは不思議でなりませんが、それもゲームの設定だからでしょうか?
『違うわよ!
私の実力を持ってすれば、家の力など必要ありません。
それを世界に知らしめるためにも、この事務所を選んだのです』
その考え方、ご立派ですわ、モモカさま。
とは言え、白加賀久延に似ているところが、恋する乙女の悲しい所ですわね。
『お黙り!
ナメクジがなんですって?
衣装が切り刻まれた訳でもありませんし、見た目は何も変わらないのですから、ファンは気づいたりはしませんわ!』
『そうですけどぉ』
モモカさまったら、自分の足でこの感触を味わっていないから、そんな強気なことを言えるのですわ。
この粘々でファンの前に笑顔で立つなんて、かなりの精神力が必要だと思いますの。
そこまで言って、思い出しました。
『春告娘』のリリースイベントにファンは二人しか集まらないことを。
『モモカさま!』
『知ってますわよ! ループに気づいてから三回経験済ですわ!』
『そんなぁ……!!!』
靴の中は気色悪い上に、観客よりも出演者の方が多い舞台だなんて。
どなたか代わって下さいませ!




