05 梅宮とメガネとスタートライン
「やっぱり、コンタクトにしようかなあ」
「メガネでいいと思うけど?」
やや気弱に鏡を見ると、後ろからしごく冷静な声がかかる。
声の主は梅宮。自分は気楽にソファに座って、こっちが悪戦苦闘しているのを楽しんでいる。悪趣味め。
そうは言われても、衣装とミスマッチな気がしてなあ、と裾をつまむ。
人生このかた、こんなに長いスカートははいたことがない。スカートというより、ドレスを着た覚えがない。せいぜいワンピースどまりだったから。
鏡に映るのは白い、いわゆるウェディングドレスを試着した私だ。
メガネをかけた状態で鏡の向こうから見返してくる。写真に残ることを考えると、メガネよりコンタクトレンズにした方がいいかもしれない。そう思いながら、鏡越しに梅宮と話しをする。
「でも、映像に残るからやっぱり……」
「コンタクトが良かったらそうすればいい。ソフトレンズのやつ、持っているんだろう?」
「あ、うん。使い捨ての持っているから」
モデルが着用しているカタログから選んでみたドレスが似合うかどうか、正面や斜めになりながら鏡で確かめる。悪くはない、と自分では思う。
どうかな、と梅宮にも意見を求めると、これがいいとゴーサインが出された。プランナーさんもあっさり決まったので、ちょっとびっくりしている。
「よくお似合いです。アクセサリーはどうしますか?」
「あ、このセットので」
衣装合わせは人によっては何度も足を運ぶとか、迷って迷いすぎて決まらないという例も聞いていたからどうだろうと思っていたのに、あっさりあっさり決まってしまった。ソファの梅宮のところに、裾を踏まないように注意しながら歩いて行って前に立つ。
「おかしくない?」
「似合ってる」
見上げてくる梅宮の目に嘘や迎合がないのを確かめて、ようやく安心した。ヒールは安定感のあるものにして、花嫁転倒の悲劇を避ける。
衣装が決まって自動的に梅宮のも決まる。本当に新郎は新婦の添え物扱いだなと圧倒的に少ない新郎衣装を見つめながら、考える。
軽くメイクしてもらい、髪の毛もアップにする。
「いかがでしょう」
そう言われてもメガネを外した視界では、ぼんやり、ぼんやり。
メガネをかけて自分と向き合う。
――やっぱり、メガネは外した方が。
部屋を出ると着替えた梅宮がそこにいた。グレーのタキシードが、似合うじゃないか。白手袋をまとめて握っている。
梅宮の正装を目の当たりにして、いきなり動悸がした。本当に梅宮と結婚するんだと、今更ながらに実感した。
軽く腕を広げて、梅宮が小さく笑う。
「どうだ?」
「ああ、うん……いいんじゃない?」
気の抜けた返事になってしまった。でも、反則だ。かっこいい。
タキシードが似合うとか聞いていない。知らなかった。スーツはよく似合う、でもタキシードがこんなにマッチしているなんて。
メガネごしの梅宮の姿は鮮明で、自信に満ち溢れている。
「なんだ? それ」
「似合う、ほんとに」
真剣に頷くと鏡の前に連れて行かれる。ヒールのせいでいつもよりも身長差が少なくなっている。手には模造のブーケ。
ああ、一緒に立っている。――ともに歩いて行く。
スタートラインにいるような、気がした。
「メガネ、当日は外しても前撮りではメガネをかけたのも撮ろうか?」
「え?」
「メガネが縁結びのアイテムだからな」
隣り合う手と手を握り、梅宮と顔を見合わせて笑う。
梅宮のアイディアはとてもいい。コンタクトのすまし顔も、いつものメガネ顔もどちらも私。どちらも梅宮を好きな私。
プランナーさんに促されて、山ほどの決めごとに立ち向かう。
よく披露宴で最初の共同作業なんてフレーズを聞くけれど、実際はもっと前から始まっている。
前を向いて、目を開いて。メガネと梅宮に助けてもらいながら、しっかりと未来を見据えていこう。