きらいじゃない
放課後――
最後のチャンスだ。
今日は先生に呼び止められることもなく、SHRも時間通りに終わった。
足早に3年の教室に向かう。
たどり着いた教室の中を覗いたけど、遊さんも天翔も見当たらない。
どうしようか思案する。
他に見知った先輩もいないから、話し掛けることもできない。
生徒会室にでも行ってみようかと、踵を返す。
「ねぇ、久住さん」
教室に背を向けた私に、中から声がかかって振り向く。
三年の女子の先輩が五人。
固まって私を見ていた。
「なんですか?」
にっこりと笑みを浮かべる先輩方は、あまり穏やかな気配を感じない。
嫌な空気に負けないように平然とした声を心掛けた。
「ちょっといいかしら?」
私と三年の先輩たち。
人気のない校舎裏で向かい合う。
相変わらず先輩たちは笑みを浮かべているけど、あまりいい気分じゃない。
「単刀直入に言うわ。真田くんに付き纏うのやめたら?久住くんの妹だからって、ちょっとでしゃばり過ぎよ」
中心に立つキレイにメイクした先輩が、キツイ口調で言ってきた。
「そうそう。相手にされないんだから、諦めたら」
同調するように横にいた先輩がニヤニヤと笑う。
私は先輩たちの言葉の意味がわからず、首を傾げる。
「諦める?」
私の疑問に先輩たちは一瞬キョトンとした後、声を上げて笑い出した。
甲高い笑い声は少し耳障りだ。「だってあなた真田くんのこと好きなんでしょ?無駄だからやめときなさい」
はっ?
「真田くんは誰にでも優しいから勘違いしちゃったのよね」
マヌケな問いは声にはでてなかったらしい。
先輩たちが私を気にせず続ける言葉に、私は頭が混乱する。
私が遊さんを好き?
優しいから勘違い?
何を言って……
「でも彼、副会長の日向さんと付き合ってるのよ」
真ん中の先輩の言葉に、思考が停止する。
副会長の日向センパイ。
美人で優秀だと有名なヒト。
遊さんと付き合ってる……?
胸が切り裂かれたように痛みだす。
なんで?
「知らなかったのね。かわいそう」
クスクスと笑い合う声にかっと頬に朱が上る。
恥ずかしい!……?
「もう付き纏わない方が懸命よ。じゃあね」
言いたいことは言ったとばかりに先輩たちが去っていく。
遊さんが日向センパイと付き合ってる。
私が遊さんを……好き?
遊さんを……
「す、き」
かぁっと体に熱が点る。
顔が熱い。
きっと真っ赤だ。
こんなことで自覚するなんて。
私は遊さんを好きなんだ。
「でも……」
ヘナヘナとその場に座り込む。
目に潤みを感じて、必死に押し止める。
失恋することで自覚するなんて。
自嘲の笑みが漏れる。
なんて滑稽なんだろう。
かなり長い時間が経っていた。
私はふらつく足を叱咤して帰り道を辿る。
自分のことが馬鹿みたいだ。
あんなに麗の言葉を否定して、それで遊さんとギクシャクまでしたのに、今更気持ちを自覚するなんて。
しかも既に向こうは彼女持ち。
なんて馬鹿なんだろう。
泣けてくる。
家に帰ってすぐに自分の部屋のベッドに倒れ込む。
ホントに馬鹿だ。
下が騒がしくなって目が覚める。
いつの間にか寝ていたらしい。
重い体を起こすと、制服はしわくちゃだ。
すぐに脱いで、私服に着替えると部屋を出る。
「タカ兄ナイスッ!」
「そっかぁ?」
海音と天翔のアホっぽい声が部屋に響く。
もう天翔が帰ってくる時間か、と思ってはたと気付く。
そうだ。今日はつち兄の誕生日じゃないか。
「遊さん……」
誘うの忘れた。
「お邪魔して悪いね、海音くん」
「え」
階下から聞こえた声に思わず声が漏れる。
今まさに思い出した人物の声。
会いたくて、会いたくないヒト。
幻聴?
私は何と無く音を立てないように、階段を下りる。
階段を下りればすぐに玄関だ。
「さぁ上がって上がって!」
海音との嬉しそうな声が響く。
私の視界に入ったのは、満面の笑みの海音と、風呂行ってくるーと呑気な声の天翔と、穏やかに苦笑する……遊さん。
「あ、カナ姉!ちゃあんと誘ってくれたんだな!!」
海音が私を見つけて話し掛けてきた。
その言葉に後ろで天翔と遊さんが首を傾げる。
「かなが誘った?誰を?」
天翔の声が幾分低くなったのは気のせいだろうか。
「もちろん遊サンだよ!オレがカナ姉に誘うよう言っといたんだっ!」
やたらと上機嫌な海音の言葉に二人はさらに首を傾げる。
「遊を誘ったのはオレだぞ」
「奏には誘われてないよ」
二人の声が重なり、今度は海音が首を傾げ、三人が私を見る。
「う……あ、の、その」
いろいろと決まりが悪くて言葉が出てこない。
本当は誘うつもりだったとか、謝ることだってまだしてないしとか……す、好きだって気付いて、失恋して、頭が混乱してたとか。頭の中には言葉が溢れてるのに、声にならない。
「えぇ!?カナ姉誘ってないのー?じゃあやっぱオレの頼み聞いてくれなかったんだ」
海音が口を尖らす。
いいじゃん!結局遊さん来たんだから!
というのは心の中だけにする。
「へぇ」
微かに聞こえた声にばっと顔を上げる。
遊さんが冷めたような視線をこっちに向けていた。
胸が痛い。
いくら失恋決定だからって、まだ自覚したばかりのコイゴコロ。
好きな人に冷たい目で見られるのがこんなに苦しいなんて。
何だか泣きそうだ。
「何してるんだ?」
4人でぎこちない空気になっていた場に、玄関の扉が開く音と共に、不思議そうな声がかかって、はっとなる。「ツチ兄!」
「おかえり〜」
「お邪魔してます」
海音、天翔、遊さんの順で帰ってきたばかりのつち兄に声をかける。
「ただいま、奏」
「おかえり、つち兄」
「えっ、オレら無視!?」
「あぁ、ただいま。いらっしゃい、遊」
いつものことだ。
つち兄は穏やかな笑みをいつも浮かべているヒトで、満面の笑みで私を見た後、素っ気なく3人にも挨拶を返す。
相変わらずだが、客がいるのにそれというのもどうだろうか。
それぞれが準備を終え、リビングに集まったら、つち兄の誕生日祝いが始まった。
ガヤガヤと騒いで、母特製のご馳走を食べ、私たちからはプレゼント。
遊さんも天翔に急に誘われたらしいが、帰りがけに買ってきたらしいプレゼントを用意していた。
ケーキも食べ、満足したところでお開き。
母と海音が皿洗いをして、天翔と私でテーブルの上の片付けだ。
父は出張中で一週間前からいない。
主賓のつち兄とお客さんの遊さんにはリビングで寛いでもらっている。
「もうこんな時間なのねぇ。遊くんお家の方は大丈夫かしら」
皿洗いを終えた母が遊さんに話し掛ける。
確かに高校生が歩くには十分遅い時間になっていた。
「家の方には連絡してありますが、そうですね。そろそろお暇させて頂きます」
遊さんがにこりと笑いかけながら立ち上がる。
「ごめんね、送っていけなくて」
母もつち兄もさっきの席で酒を飲んでしまっていたのだ。
だから車で送ることができない。
「大丈夫です。まだ電車もありますし。こちらこそお邪魔してしまって」
遊さんはすごくしっかりと母と会話する。
かっこいいな、なんて胸が高鳴る自分にツッコミをいれたくなる。
どんなオトメだ!
「今日はありがとうございました。改めて地人さんはおめでとうございます」
「あぁ、ありがとう」
「じゃあ気をつけてね」
「はい、お邪魔しました」
玄関で一家総出で見送り、遊さんは帰っていった。
みんなが部屋に戻ろうとする中で、天翔が私の肩を掴んで呼び止める。
「奏」
「な、に?」
「お前結局遊に謝ってないだろ」
「……」
「今謝ってこい!」
天翔に声の勢いそのまま背を押され、ちょっとよろめく。
確かにチャンスかもしれない。
この一週間ホントに運がなかった。
これは巡ってきたチャンスだ。
ちゃんと謝って、ギクシャクした関係を戻そう。
好きだと伝えることは出来ないけど、気持ちの整理がつくまでは側にいられるように、少しだけ仲のいい先輩後輩になれるように。
「行ってくる!」
私はサンダルを足に引っ掛けて家を飛び出した。
左右の道をキョロキョロと見回して、まだ歩き始めたばかりの遊さんの背中を見つける。
「……遊さん!」夜なのであまり大きくならないよう、でも相手に届くように名前を呼ぶ。
すぐに遊さんは足を止めて振り返る。
駆ける。
そんな距離もないけど、なんだか走りたい気分だった。
短い距離はすぐに追いついて、でも急な全力疾走に上がった息を整える。
「奏、俺何か忘れた?」
名前を呼ばれると鼓動が大きくなる。
目が合うと顔が熱くなる。
あぁ、こんなにも好きなんだ。
どうしてこの気持ちに今まで気付かなかったのかが不思議なくらい私は全身で遊さんを好きだ。
「あの、ごめんなさい!」
整った息をそのまま頭を思いっ切り下げて謝る。
「は?」
私のあまりの勢いに遊さんは呆気にとられた声を出す。
「あの、先週、遊さんのこと、その傷付けましたよね、私。ずっと謝りたくて」
「傷付け……」
「一週間ずっと謝ろうとしてたんだけど、なんかタイミングが合わなくて。昼休みとか放課後に会いに行ったら、遊さんがいなかったり、先生にモノ頼まれたりして……一回も会えなかったんです」
「だ、だから、海音に言われて、今日のことも誘おうとしたんだけど、ダメで、って何か言い訳ばっかですね。ホントにごめんなさい!あの、あれは売り言葉に買い言葉というか、つい口に出ただけで、ホントに思ってる訳じゃないというか……」
あぁ、もう自分で何を言ってるかわからない。
クスと笑い声が聞こえて、俯いていた視線を上げると、遊さんが前みたいに穏やかな顔をして笑っていたものだから、また胸が高鳴る。
ホントに、どうした自分!
「わざわざありがとう。そんなに気にしててくれたんだ」
なぜにお礼を言われてるんでしょう?
「俺は奏のこと嫌いじゃないよ」
そう言って、微笑みながら私の髪を軽く梳く遊さん。
「今日はありがとう。ご家族にも伝えてくれるかな」
私はぎこちない動きで頷く。
身じろぎする度に遊さんの指が、手が、顔に当たる。
「それじゃあまた、学校でね」
ぽんと最後に頭を撫でて、遊さんは踵を返して歩き出した。
私は急な事態に固まって、言葉を発することもできずに遊さんの背中を見送った。
顔が熱い。
きっと真っ赤だ。
“嫌いじゃないよ”
きっとそれに他意はない。
それなのに錯覚してしまいそうな自分に歯止めをかけるのは、難しかった。
自覚と同時に失恋って哀しいですよね。
女の先輩達は、奏が男子生徒を病院送りにしたことは知ってますが、女子には手を出さない主義なことも噂で聞いてます。
しかももし手を出されても正当防衛を主張しようと画策していたり……。




