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IZUNA あの恋のつづきの話  作者: 稀葉
第一部 手放したはずの恋

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9/12

第九話

 周囲が明るくなり、耳に駅の雑踏が戻ってくる。

 

「先輩っ!」

 

 駆け寄ってきた陽向が、大希のケガにおろおろとして声をあげる。

 ケンカか、などと周囲の視線が集まり、大希は口の前で人差し指をたてて、陽向に静かにするように示した。

 

 伊藤は座り込んだままだ。

 自身の身の上に何が起きたのか、今だ理解が追いついていないのだろう。

 呆然とした男の周囲に、イヅナたちが鼻を寄せ、妖の気配が完全にないかを念入りに確認している。

 

 チチッ

 

 大丈夫だと声をあげ、三匹は伸びをしたりあくびをしたりと思い思いに寛ぎ始めた。

 体は分かれていても胃袋はひとつ。腹が満ちて、満足したらしい。

 

 大希が伊藤に無言で手を差し出す。

 その手を気味悪そうに見た伊藤は、手に掴まることなくのろのろと立ち上がった。

 

「伊藤先輩は、ケガ、ないですか?」

 

 陽向が声を掛けると、ばつが悪そうに視線を逸らした男は、ああ、と小さく頷いた。

 

「お前なんなんだよ。あの化け物で俺を襲わせたのか?」

 

 大希を詰る伊藤の声に、答えたのは陽向だった。

 

「先輩、馬鹿なんです?」

 

 辛辣な物言いに、思わず大希が視線をむける。

 小首を傾げた可愛い顔で、「先輩の中にいた化け物が、私と九重先輩を襲ったんですよ。見ましたよね?」と尋ねた。

 

「それと」

 

 陽向はちらと大希を見た後に、きゅっと掌を握りしめて伊藤を見上げた。

 

「私は、自分が選ばれないなんて最初から知ってたんです。あの夜は……どうしてそうなったかよく覚えてないですけど、私はきっと何かを変えたかったんです。……たぶん」

 

 だから、私が一番馬鹿でした、と眉を寄せて小さく笑った。

 

「陽向、それは……」


「下の名前で呼ばないでください。伊藤先輩には、そう呼ばれたくないです。もう、呼ばれても会いません」

 

 握った拳が小さく震えている。

 こうしてきっぱりと言葉にすることは、きっと陽向にとってひどく勇気のいることだ。 

 

「……わかった」

 

 項垂れた男は、陽向と目も合わせずに改札へと向かう。

 それを見送った陽向は、ゆるゆると息を吐くと、「……傷つけちゃった」と独りごちた。

 

 きっと伊藤は幾度もあったチャンスを棒に振ったのだ。

 誠実に向き合わず、手っ取り早く手にしようとして、得られたはずの信頼も好意も手にし損ねた。間違えた。

 ほんの欠片ほどわいた同情を、自業自得と切り捨てて、大希は陽向に向き直った。

 

「渋沢さんも、手、それ消毒しよう」

 

 声を掛けると、陽向は初めて気づいたとでも言うように掌を開いて見つめた後、「私より先輩の方が重傷じゃないですか」と眉を寄せた。

 

 

 ドラッグストアで買ったもので簡単に手当を済ませ、ふたりでファーストフード店へと足を向けた。

 満腹になったのはイヅナだけで、大希は昼も食べていない。

 バーガーを三つにポテトとナゲットを付けると、陽向が目を丸くした。


「先輩、本当にすぐ病院行かなくて大丈夫ですか?」

 

 大希にすれば慣れたケガでも、陽向にすればそうではない。

 見た目ほどひどくないから、と笑ってみせると、納得がいかない顔をしながらも、陽向はエビバーガーにかぶりついた。

 

「……先輩。私、大学の時から先輩と会った後、なぜか体が軽くなって。もしかしてなにかお祓いとかしてもらってるんでしょうか」

 

「まあ、……そういう作用もあるかもね」

 

「だったら、ちゃんとお金を払わないと」

 

 金額を提示したら言い値で払いそうなほど、陽向の目は真剣だ。

 

「いいんだ。こっちも助かってたから」

 

 困った時の陽向頼み。

 試験前、充分狩りに時間を割けない時には、とりあえず陽向の周りの小物を喰わせて凌いだ。大希とイヅナだけが知っていることだ。


「お金、払ってないのに?」

 

「うん。気にしないで大丈夫だから。……あ、それと、これ。渡しとく」

 

 大希はデイバックを漁ると、今日壊れてしまったのと同じ塩の入った小瓶をテーブルに置いた。


「黒ずんだら連絡して。新しいの渡すから」

 

 三個目の照り焼きバーガーを手にした大希は、そう言ってからかぶりつく。

 

「……サブスクです?」

 

「……お金はいらないよ」


「先輩、ボランティアがすぎます。……徳を積む的な?」

 

「いや、……うん」

 

 陽向の中では、どうしても宗教の方に思考が寄っていってしまうらしい。

 けれど、陽向はそれでいい、と思う。

 そのくらいの警戒心があったほうが安心だし、大希の生業など理解しなくていいのだ。 

 

「正規の料金は、おいくらなんですか?」

 

「売ってないから」

 

「非売品……」

 

 真剣な顔で考え込むのがおかしくて、大希は「アヤシイ宗教じゃないから安心してよ。渋沢さんからお金をもらおうとか思ってないし」と笑った。

 

「……はい。アヤシイ宗教じゃないってことはよくわかりました。怪しくない宗教的な感じですよね」

 

「まあ……いや」

 

「なら、お布施? お礼? ……は考えておきますね」

 

 納得したように頷く陽向は、最後のポテトを口にして、ご馳走様でした、と手を合わせた。

 

「それが黒ずまなくても、なにかあったら連絡して?」

 

「なにか……でも、私、それが怪異かどうかなんてわからなそうです」

 

「それを判断するのは僕の仕事だよ」

 

「……何もなくても、連絡していいですか?」

 

「何かあったら、だよ」

 

 少し残念そうな陽向に気づかないふりで、大希もナゲットの最後のひとつを口に運んだ。

 


第一部はここまでとなります。

読んでくださってありがとうございました!

第二部は現在準備中です。

書き上がりましたら、また掲載していきますので、その時は読んでいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします!

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