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IZUNA あの恋のつづきの話  作者: 稀葉
第一部 手放したはずの恋

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第一話

全9話。最終話まで予約投稿済みです。

 結婚するなら、やっぱり家庭的な子がいいんだよね、だって。

 

──心変わりしたくせに、もっともらしい言い方するのがなおさら腹立つよね

 

 

あんなに勉強したのに。

 

──わかるよ。寝る時間も惜しんで努力していたのを知っているよ

 

 

君に任せるのはまだ早い? 俺よりあとから入ったやつに任せるのに?

 

──お前の方が優れているのに、見る目ないな

 

 

なにが『今後のご活躍をお祈り申し上げます』だ。ならオレをそこで活躍させろよ。

 

──だったら採用して活躍させろって話だよね。

 

 

 

お前はひとつも悪くないよ。

間違っているのは──この世界のほうだ。

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 人混みを歩くたび、胸の奥でイヅナたちがわずかに身じろぎする。

 妖の匂いを探しているのだ。餌を求める獣のように。


 まだ、オアズケだよ。


 抑えつけるように息を吐き、大希(ひろき)はスマホに視線を落とした。

 待ち合わせのカフェまではあと数分。ぎりぎり間に合う。

 

 

 怪異清掃請負。

 それが今の大希の肩書きだ。

 

 今日の依頼人は、「呪詛」を依頼して以降、怪異に悩まされているという。

 失敗したのか、それとも自身が堕ちたのか。

 (わざわい)が自身の身に降りかかり、日常生活にも支障が出始めているから、祓ってほしいという依頼だ。


 呪う、ということは、自身も堕ちるということだ。

 人を呪わば穴二つ。

 ろくでもないが、珍しくもない話だった。


 重たい息を飲み込んでカフェの扉を押す。

 暑い外気が遮断され、涼やかな空気が満ちたそこに軽やかなベルの音が響いた。

 やって来た店員に待ち合わせであることを告げた大希は、ざっと店内を見渡す。

 二十席ほどの店内。八割方埋まった席の奥──淡い水色のカーディガン。後ろでひとつに束ねた長い髪。聞いていた通りの姿はひとりしかいない。

 その特徴がなくともすぐわかるほどに、女の周囲には小物の妖が多く漂っていた。


 ──多すぎる


「すみません、お待たせしま……」


 向かいの席に滑り込み軽やかに声をかけた瞬間、言葉が喉に張り付いた。

 

 彼女だった。

 

「えっ……九重(ここのえ)先輩!?」


 小さな丸テーブル越し。メニューを開いたまま、彼女が目を見張る。

 数年の間に少し大人びたけれど、柔らかな雰囲気は相変わらずだ。


「お久しぶりです」

 

「う、ん……久しぶり、だね」


 大希の感情に反応したのか、それとも、『彼女に憑くものたち』に反応したのか胸の奥でざらりと蠢き、イヅナたちが具現化する。

 空中からふいにフェレットのようなものが現れても、誰も反応することもない。誰の目に、ふれることもない。

 目の前の彼女もまた、同様だった。


「……君だったんだ」

 

 小さな呟きは店内のざわめきにまぎれ、彼女──陽向(ひなた)には届かなかったようだ。

 小首を傾げる様は、あの頃とさして変わっていない。

 

 でも──あの頃の彼女ではない。

 

 今の彼女は、誰かを恨み、呪詛をかけるような人間になった。

 それは大希にとって、いっそ都合がいいように思えた。

 

 自分を誤魔化すように笑みを貼り付けると、少し困ったような笑みが返る。

 

「あ、の……私、今日は待ち合わせで来て……あ、相手は……」

 

「うん、それ……」


 僕がその相手だよ、と返す前に、「ご注文はお決まりですか?」と店員の声が割って入った。

 ふと陽向の前を見ると、グラスの飲み物は残っておらず、氷も溶けかけている。随分前から来ていたらしい。

 一分でも早くどうにかしてほしい。そんな思いから、待ち合わせに早く来る依頼人は多い。それにしても、かなり長く待っていたようだ。


 陽向は、大学の二年下の後輩だ。

 元々妖を寄せやすい体質なのに、まったく見えない性質(タチ)で、小物の妖によく転ばされていた。

 

 それにしても、当時と比較して、今、陽向の周りに漂う小物は数が多い。

 それも、人を呪った代償ということであれば、納得もいった。


「渋沢さんは、なんにする?」

 

「あ……じゃあ、ホットティーで」

 

 彼女の周囲に漂う小物たちは、イヅナたちからしてみればちょっとしたビュッフェ会場だろう。

 待ちきれないとでも言うように、白い尾をぴたぴたとテーブルに叩きつけて催促する彼らに、大希はそっと『片付けていい』と合図を送る。

 途端に嬉々として小物を食べ始める様に目線がいかないように気をつけながら、大希はアイスティーを注文した。


 会いたかった、と認めそうになる自分が鬱陶しい。

 それでも今日の彼女は『依頼者』だ。

 大希は自身を宥めるように髪をかき上げながら、「そういえば」と口を開いた。

 

「そろそろ内定式とかの時期だっけ?」

 

 大学四年生の九月。それもそろそろ下旬にさしかかる。

 就活から解放された同級生たちが、卒論を気にしながらも羽を伸ばしていた時期だった覚えがある。

 そう思って、なにげなく口にした言葉だったが、陽向は気まずそうに目を伏せた。

 

「それが……まだ内定とれてなくて」

 

「え……」

 

 この時期に内定が取れていないのは、かなりまずい。就職活動をしなかった大希でも、それはわかる。

 陽向は要領がいいほうではない。けれど、成績は悪くなかったし、人当たりもいい。

 そんな彼女が、今だ内定ひとつ取れていないことが意外だった。

 同時に、軽い雑談のつもりで口にした言葉が、今の彼女にとってひどくデリケートな話題であったことにも思い至り、気まずさに次の言葉が出てこない。

 

「そ、うなんだ……」

 

 これだけ小物を寄せていれば、転ぶ以外にも日常的な(さわ)りはでているかもしれない。

 そう考えながら言葉を探していると、「そうなんです。頑張らないと」と返った。

 

「お待たせいたしました」

 

 大希の前にアイスティーが置かれる。

 冷たいそれを喉に流し込む。

 自覚していた以上に喉が渇いていたらしい。ストローから口を離すと、グラスの中身は半分以下になっていた。

 陽向は、丁寧な所作で砂糖とミルクを入れ、ティースプーンでかき混ぜる。

 見るともなしに見ていると、熱さを警戒しながらカップを口元に運んだ彼女が、ホッと肩の力を抜いたのがわかった。

 小物たちも、あらかた片付いている。

 体感的に、これだけでもだいぶ軽くなったはずだ。

 もっとも、陽向の体質ならばすぐにまた新しいものが寄ってくるのは間違いない。なにより、呪詛を元とする話ならば、丁寧にヒアリングして根幹となる問題をほぐす必要がある。


 どこから訊くべきか。

 迷う大希の耳に、「久しぶりじゃん、陽向(ひなた)」と軽い声が届いた。

 顔を上げると、見覚えのない男がテーブルの横に立ち、陽向を見下ろしている。

 スーツを纏う男はサラリーマンといった態だが、年齢は大希とそう変わらないように見えた。

 男は一瞬大希に視線をむけると、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「こいつが例の奴だろ? 相手して貰えるようになったんだ?」

  

 陽向は真っ赤になって俯き、肩を震わせている。

 唇が「やめて」と小さく動いたが、声にはならなかった。

 

「処女、捨てた甲斐あったな」


 潜めた声で告げられた言葉に、息を呑んだのは陽向だけではなかった。

 大希に対して勝ち誇るような目を残した男は、小馬鹿にした声で「ごゆっくり~」と手を振って去っていった。


 男の一言一句が、大希の呼吸を奪った。

 

『相手して貰えるようになったんだ?』


『処女、捨てた甲斐あったな』

 

 大希には、身に覚えがありすぎる言葉だった。

 

 陽向は顔を伏せたままだ。


 泣いている。そう思った。

 

 乱れた感情はイヅナに直結する。

 抑え込むように拳を握ったそのとき、スマホが震えた。


《すみません! 電車が止まってしまって。日付を変更させていただけますか?》


 依頼人からのメッセージだった。

 その瞬間、ようやく理解する。


 ――彼女は、依頼人じゃない。


 目を伏せる彼女へ、かける言葉を探す。

 

 迷う大希の前で、陽向はゆっくり顔を上げた。

 泣いていると思っていた陽向は、笑みを浮かべていた。

 いっそ泣いていてくれたなら、まだ何か言葉が掛けられたかもしれない。

 けれど、痛みを堪えるように笑って見せる彼女を前に、大希は何を言えばいいのかすらわからなかった。

 

「え、と……。今のは……その……そういうんじゃないです」

 

 口元が小さく震えている。なにかを飲み込むような唇から、「本当に、そういうんじゃなくて」と零れる。


「久しぶりにお会いできて、嬉しかったです。……じゃ、そろそろ失礼しますね」


 陽向が席を立った。


「あ、お金……」

 

 財布を取り出そうと、トートバッグに手をかける様に、行かせるべきだ、と思う。

 頭では、そう理解している。それなのに、思わず口を開いた。


「……待って。少し、いいかな?」

 

 これは、後輩を放っておけないだけだ。自身の言葉が招いた結果の後始末。それだけだと、言い聞かせる。

 

 大希は陽向が再び席に腰を下ろすのを見計らって、傍らのデイバッグから取り出した名刺を手渡した。


「かい、い……怪異清掃請負……?」

 

 不思議そうな声で呟いた陽向は、眉間に皺を寄せると、「先輩、なにか悩んでいるんですか?」と気遣わしげな視線を向けてきた。

 

「それは、どういう……?」

 

「あ、いえ、なにか辛いことがあって、宗教の(こういう)ほうにいっちゃったのかなって。私じゃ頼りないかもしれないですけど、話を聞くくらいはできるので……」

 

「いや、そういうんじゃないから」

 

 思わず苦笑してしまう。

 近頃、依頼人ばかりを相手にしていたから忘れそうになっていたけれど、一般人の反応として彼女は至極真っ当だった。

 

「そうなんですね」

 

 名刺をまじまじと見つめる陽向に、「何かおかしなことがあったら、連絡して」と告げた大希は、残りのアイスティーを飲み干した。

 

「おかしなこと、ですか?」

 

「そう。常識じゃ説明が難しそうな、おかしなこと」

 

 よくわからないような顔をしつつも、陽向は「はい」と頷いた。

 

 沈黙が落ちる。

 先ほどの男の発言について、大希から蒸し返せるはずもない。

 

 罪滅ぼしでもないけれど、分家の人間に声をかければ、就職先をいくつか見繕うことはそう難しいことではない。

 けれど、それではせっかく遠ざけた彼女を、再び引き寄せることになりかねない。


 沈黙に耐えかねたように、「私、そろそろ行かないと」と陽向が再び席を立った。

 

「僕も帰るから、一緒に出るよ」

 

 大希が伝票を手にすると、陽向が財布を取り出した。

 レジに向かいながらなにげなく伝票に目をやると、ドリンクの記載が全部で4つ。

 大希の視線に気づいたのか、陽向が「友達のもあるので、私が出します」と声をあげた。


「友達と来てたの?」

 

「はい」

 

 思い返せば、


『私、今日は待ち合わせで来て……あ、相手は……』

 

 言いかけた陽向の言葉を早合点して受け取ったのは、大希のほうだった。

 

「社会人が学生に払わせるわけないでしょ。大丈夫だよ」

 

 会計を済ませて外に出ると、むわりとした外気がまとわりつく。

 相変わらず、残暑を通り越した暑さだ。

 

「友達は先に帰ったの?」

 

「はい。高校の時の友達が東京(こっち)に来てるって言うから会ったんですけど、就活のこと話したら、いいお守りがあるって……」

 

 断ったら帰っちゃいました、と苦笑を浮かべた。

 

「それで、ドリンク代、渋沢さんが払うつもりだったの?」

 

「それは、まぁ……せっかく来てくれたし、断っちゃったし……」


 相変わらずだ、と思う。

 だから、帰るという陽向を送っていくと言いかけて、やめた。

 近づくべきではない。

 

 駅へ向かう陽向とは反対方向へと歩き出した大希は、彼女の連絡先を聞いていない、と思い至り足を止めた。

 妖の寄せやすさを増している陽向を、放っておくわけにはいかない。

 でも──。

 

 いざとなれば、彼女の連絡先を調べる方法などいくらでもある。

 聞かなくてよかったのだと言い聞かせながら、再び歩き出した。



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