Despair 6 リベルの町から
「おう、待たせたな」
武器の鉄槍に荷物を括り付け、それを肩に掛けて現れた門番G。
ミノアの話では、彼はルアリスの工作員だろうとのことだったが、自分からそれを確かめて墓穴を掘るわけにもいかない。こちらの身分を伏せたまま案内してもらえるならそれに越したことはないのだ。拠点で待っていれば接触してくる話だった以上、彼への対応は慎重にならなければならない。
ほんの少し警戒感を高めて見ていると、門番Gは頭をポリポリとかき始めた。
「そういや名乗ってなかったか。ルアリス第二特務兵団所属タックス・ラナートだ。リーフレット・ウェル・ジンズとミノア・メルティアス・プラウダだな」
名前を言い当てられギョッとするリーフレット。その隣で、ミノアは落ち着いた笑みを崩さない。
「宿屋の台帳だね。あの宿も拠点の一つだったの?」
「まあ、そういうこった。感謝してくれ、安かっただろ?」
「いい宿だったよ。この療養所も悪くはないけど」
「ここは間借りしているだけだからな。あまりおおっぴらに活動できねぇんだ。本来はお前さんらがここに来たら知らせが届くようにしていたんだが、まさか直接乗り込んでくると思わなくてな。確認に一日もらった」
想定外の動きをしたのはこちらなので何も言えない。彼が本物の工作員であることも確定した。なぜなら、宿屋の台帳には「リーフレット」「ミノア」とファーストネームしか記入していなかったからだ。
「初めまして、ラナートさん。連絡員として派遣されたリーフレットです。こっちは……案内役? のミノアです」
「タックスでいい。嬢ちゃんのことも聞いている。鞘を預かってきたんだろ? 正直現状は八方塞がりでな。三ヶ月待ってでもお前さんらの協力が必要だった」
「八方塞がりって、神剣を預かって届けるだけのお仕事って聞いてきたんですけど」
「間違っちゃいねぇさ。ただ、まあ、なんだ。お前さんら抜きで失敗すると世界が滅ぶって話だ。悪いが、今回は現場までついてきて貰うぞ」
「……え、本当に?」
想像はしていた。最悪の場合、ハーヴェンロードの再演もあり得るのではないかと。しかし、世界が滅ぶところまでは想像していない。
「直接見た方が早ぇな。出発の準備は整ってるな?」
「それは、もちろん」
「よし、なら出発するか。軽くジョギング程度の速度で走って一日の距離だが……どうする? 一泊覚悟で歩いて行くか?」
「いえ、体力だけなら自信があるので。ミノアは?」
「私? 私はいつも通りズルするから問題ないよ」
コンコンとつま先で地面をつつきつつ、ミノアは言った。
ああ、奥義の一つを使うつもりなのかとリーフレットも軽く頷いた。
踵の摩擦係数だけをゼロにする奥義。リーフレットには何度試しても出来なかった奥義を、ミノアはいともたやすく使いこなすのだ。その技を使えば、体力の消耗を最小限にしつつ馬の駆け足に匹敵する速度を維持できる。
三人とも駆け足が決定した。そして、リーフレットは駆け足を選んだことをすぐに後悔する。
「軽くジョギング程度って、言いましたよね。どこがジョギングなんですか。全力疾走を半日続けるのを人はジョギングとは言わないですよ」
肩で息をしながら非難するリーフレットに、タックスは悪びれる様子もなく「悪い、悪い」と軽く謝る。
「いやな、お前さんが思った以上に走れるって分かってな。思わず張り切っちまった。一日かける行程が半日で済んだんだ。良かったじゃねぇか。まっ、とりあえずちょいと休憩しようぜ。ここから目的の神殿はそう遠くねぇんだわ」
いくつか野営の跡がある空き地には、簡易に作られたまま放置されている丸太の椅子があった。そこに腰掛けて、タックスは水筒の水を飲み始めた。それに倣って、リーフレットとミノアも向かいの丸太に座る。
「おうおう、これ見てくれよ。珍しいだろ、写真ていうんだぜ」
いや、僕たちも撮ってもらったことありますよ。とは言わず、リーフレットはタックスが掲げた写真を見る。
「アンジェリスって名前でな。もうすぐ五歳になるんだが、ほれこれ見ろ、すげーだろっ、字も書けるんだぜっ」
そう言いながら写真の裏側を見せてくる。そこにはまだ拙い子供の字で『はやくかえってきてね。あんじぇりすと、ママより』と書かれていた。『と、ママより』の部分だけ整っているので、写真の女性が継いで書いたのだろう。
幸せ満載で、ごちそうさまです。とりあえず褒めておいた方がいいのだろうか?
「かわいい子ですね」
「やらんぞ」
「欲しいの?」
ミノア、そのアルカイックスマイルは怖いからやめて。
「奥さんと娘さんですか?」
尋ねるリーフレットの隣で、写真を覗き込んでいたミノアが和やかな笑顔のまま少しだけ首をかしげる。
「おう、美人だろ? もう一年近く会えてねぇ。とっととこの件仕上げて帰らねぇと愛想尽かされちまう」
「一年……おっちゃん、もしかして巷で千倒千起とか呼ばれてた?」
ミノアの問いにタックスは顔を歪めた。
「嬢ちゃん、どうしてそんな昔のことを……」
「前にね、奥さんに教えてもらったんだよ。まさか、こんなところで知り合いの旦那さんに会えるとは思わなかったけど」
「せんとうせんき……?」
「千倒しても千起き上がるって意味ね。凄まじくしぶといって工作員業界じゃ有名だったらしいよ。って、千倒されてる時点でダメじゃんって話なんだけど」
言って、あははははっ、と明るく笑うミノア。その笑い声に、タックスは渋面を作る。
「元は千闘戦鬼って、千の闘いを続ける戦の鬼って意味だったんだっ。どこでどう話がひん曲がったんだか、あんな不名誉なあだ名に」
「這い寄る門番よりマシなんじゃない? 両方とも地に伏してる感じだけど」
容赦なく追い打ちをかけるミノアに、タックスは「ちっ」と舌打ちするとリーフレットの方を向いて低い声で言い放った。
「悪いことは言わねぇ、やめとけ」
何をっ? 察したが、否定するのも肯定するのもろくな結果にならない。それも察する。
「何をやめるつもりなのかな? ん?」
何故かタックスではなく、リーフレットの方にずいっと顔を寄せるミノア。
「僕は何も言ってない。黙秘権を行使する」
「知ってた? 黙秘権って純粋な暴力の前には無力なんだよ?」
ミノア、もう一度言う。その彫像的笑みは怖いからやめて。
「嬢ちゃん、その辺で勘弁してやってくれ。俺が悪かった。からかいが過ぎたな。いま怪我されても困る」
「やだなぁ、私がリフに何かするわけないでしょ? 答えなら知ってるし」
そう言って自信満々に胸を張るミノア。自分がミノアに対してどういう感情を抱いているのか、面と向かって知っていると断言され、リーレットの顔が赤くなる。
「そうかい、ならいいんだが。ここから慎重に進まなきゃならねぇ。惹かれたら終わりだからな」
少し真剣な表情になってタックスは言った。
「惹かれたら終わり?」
繰り返すようにリーフレットが尋ねると、タックスはボリボリと頭をかく。
「あー、人の出自を暴くつもりはねぇんだが、お前さん、連絡員ってことはルアリスの育成機関出身だろ? でもって、この任務に呼ばれたってことは……耐性があるんだろ? 光に」
言い当てられて、リーフレットは素直に頷いた。
かつて〈愛される呪い〉によって神剣創造が成されたとき、その場には術者の他にもう一人いた。被術者であり「神に愛された者」である女性。神に愛される前、彼女の中には新たな生命が宿っていた。その胎児にも恩恵があったのだ。
その恩恵が、数百年経った今でも子孫に脈々と「光耐性」として受け継がれていた。
「耐性は確かにありますけど、せいぜい白陽の大地に人より長く居られるってぐらいの価値しかありませんよ」
その価値を高く見積もって、調子に乗り、白陽の大地では死にかけたのだ。もう二度と同じ失敗はしたくない。
それほど大したものではないと結論づけているリーフレットに、タックスは頭を横に振って答える。
「うんや、お前さんの真価はそれだけじゃねぇさ。神剣に対しても高い耐性がある。いいか、よく覚えておけ。ハーヴェルの神剣は、闇を呼ぶ」
「光の神様が持つ剣なのに?」
純粋なミノアの疑問に、タックスはハッと吐き捨てる。
「だからだろうよ。元々、陽光の主神であるハーヴェルに武器なんて必要ねぇんだろ。近づくだけであらゆるモノが消滅する存在なんだぜ。だったら主神が持つ武器には何が求められるのかって話さ」
「それが、闇を呼ぶ権能?」
「そーとーズボラな神様なんだろうな。自分から向かわなくても敵が自動的に近づいてくるようにってわけだ。でだ、それは人の心にある闇も例外じゃねぇんだわ。不用意に近づいた奴は例外なく正気を失う」
「だから耐性を持つリーフレットが必要なんだねっ」
正解でしょ? と、ミノアは誇らしげな笑顔で言った。
「まっ、そういうこった。本当は封呪能力者様に直接ご来臨してもらうのが手っ取り早いんだがな。国の情勢がそれを許さねぇ」
ミノアが前に言っていた「お国同士のすったもんだ」が関係しているらしい。
「もしファリシアちゃんがこの国に捕らえられたら戦争一直線だもんね」
「えっ? 何それ、聞いてないんだけど?」
リーフレットが驚いていると、タックスが話を継いだ。
「でなきゃ相手国の国宝を盗み出そうなんて話にならねぇさ。ハーヴェン教の原理主義者が教祖をしてる今は状況が悪い。捕まったら死刑まっしぐらだろうな」
「それって、神剣を盗み出しても戦争一直線なんじゃ?」
「安心しな。ハーヴェン教も一枚岩じゃねぇ。手は回している」
そう言って、タックスは立ち上がった。
「さて、そろそろ休憩は終わりだ。行くぞ、本物を見せてやる」




