Despair 23 エピローグの前から
ベルフライン神公国、リベルの町にある療養所。
少し前には大量の骨折者が担ぎ込まれた療養所に、リーフレットとミノアは再び訪れた。
すでに患者たちは転院したらしく、療養所は診療時間外の静けさを取り戻している。
レアンの村でファリシアとは別行動となった。
神剣を持ち出す手続きに時間が掛かるため、リーフレットとミノアは二人で先行する形となったのだ。
神剣の完全封印はベルフライン神公国の特定の場所で行わないといけない。
その話を聞いた時、リーフレットはあまりの仕打ちにめまいを起こしかけた。
わざわざ盗み出した神剣を元の国に持ち込むって、じゃあ最初からその場所に運べば良かっただろっと。
実際に問い詰めた。
ファリシアの答えは「完全封印には時間が掛かります。鞘に入れて布を巻けば終わりとはいきません」だった。
一度国外に持ち出されたと思わせておいて、こっそり持ち込むことで追っ手を振り切らなければならなかったらしい。
確かに、無事盗み出せたと思った直後、マルベリック卿に襲われた身としては頷くしかなかった。
「もう少しゆっくりしてから行ってもいいんじゃない?」
すでに診療所で二泊した後だ。これ以上長居するわけにはいかない。
診療所を出たところでミノアが引き留めようと、ミノアがリーフレットの袖をきゅっと掴む。
「どのくらい掛かるか、知ってるんだよね?」
「数ヶ月から半年って聞いてる」
まさかそれほどの期間が必要だとは思っていなかった。
内容を聞かずに安請け合いするものではない。
反省しようとして、未だに詳細が分からないことに気づいた。詳しくは現地で説明しますと言われているが、脇が甘いと詰め寄られても反論できない。
「僕が協力しないと世界が滅ぶって言われても、漠然としすぎていて何が何だかって感じだけど」
「んー、滅ぶっていうか、消滅だね。だから私も、嫌だけど、追いかけたいけど、ここで待つことにしたんだよ?」
ミノアが「嫌だ」と「追いかけたい」に力を込めて言う。
「ミノアは知ってるの? 具体的な内容」
「大体は聞いてる。けど、私には手が出せないの。完全に蚊帳の外なんだよ。何がマイナスに働くか分からないから、ここ以降リフの傍にいることすら許されない」
頬を膨らませるミノア。
「でも、ミノアも必要だと思うから、ファリシアの言うことを聞いてるんだよね?」
「それはそうだけどぉ。頭では分かっていても、感情がね。こう、蓋の壊れた圧力鍋みたいに、いつ破裂するか分からない」
「それは抑えろって言いたいけど、この場合抑えていいのか、迷うな」
「でしょぉ? 私ってばリフへの愛で生かされているわけだしぃ。それを抑えろって、ひどい話だと思わない?」
「男冥利に尽きるねって、言っとく」
リーフレットの言葉に満足したのか、ミノアは大きく頷いた。
そろそろ出発の時間だ。ここからは一人になる。
最後の言葉を掛けようと口を開くと、それよりも早くミノアが問いかけてきた。
「ねえ、リフ。〈愛される呪い〉って、憶えてる?」
「ああ、もちろん」
人に愛された者には幸せが訪れる。神に愛された者には奇跡が訪れる。絶望に愛された者には真実が訪れる。
神約を司るクライシアの娘、ディリシア・エリクシュエルが仕掛けた仮初めの神約。この世界の秘された理だ。
「さて、ここで質問です。リフには幸せが訪れましたか?」
どう答えて欲しいのか、予想できる質問。
期待満々の問いに、リーフレットは顔をしかめる。
「……いや、全然。気配すら感じないんだけど?」
予想外の答えだったのか、ミノアは「そこは訪れたよって言う場面なんじゃないかなっ?」と声を荒立てる。
「え、だって、これから離れ離れになるのに幸せだって言っても怒るでしょ?」
リーフレットの指摘を受け、ミノアはハッとなって「確かに」と呟く。
「むー、そうだけど。じゃあ今後に期待してて、必ず訪れるはずだから。だって、私が愛しているんだから、リフには絶対幸せが訪れますっ」
胸を張って顔を寄せてくるミノア。それを正面から見つめ返し、リーフレットは目を細めた。
「じゃあ、ミノアにも幸せが訪れるね。だって、僕も君のことを……」
最後までは言わせてもらえなかった。
焼け落ちたハーヴェルの神殿からさらに西へと向かい、北の景色がアグレス山脈へと変わる手前の林道。
馬車の轍はあるが、すれ違えるほどは広くない道。
人気のない理由はこの先には村が一つしかなく、その先はアグレス山へと続く道しかないためだ。
何の変哲もない林道。ファリシアはそこを待ち合わせの場所に指定した。
今にも降り出しそうな雨雲の広がる中、リーフレットは一人ファリシアのもとに向かう。
預言書に描かれていたリーフレットが登場する最後のページ。
誰も通らない寂れた林道を進むと、道の中央に目的の人がいた。
両手で神剣の鞘を握り、抱きしめるように神剣を持つファリシア。
「えっと、本当にここであってるの? ただの林道にしか見えないんだけど」
周囲を見回しながら尋ねると、ファリシアは小さく頷いた。
「私にとっては特別な場所なので」
能力者ではないリーフレットには分からなかった。ただ、案内に従って所定の位置に立つ。
「これを持っていただけますか? 出来れば柄をこちらに向けて水平にして下さい」
神剣を手渡され、言われるがまま水平に構える。
「こんな感じ?」
「ありがとうございます」
いつも以上にファリシアから感情の起伏が見られない。ブレスレットは返っているはずなので、もう制限なく笑えるはずだが、愛想笑いの一つもなかった。
まあ、いきなり大笑いされても困るけど。
ファリシアが大笑いしている姿……。ダメだ、頭が想像することを拒否してる。
くだらないことを考えると、ファリシアは数個の置物をリーフレットの周囲に並べ始めた
「翡翠?」
「はい。範囲を絞るために。その方が負担は少ないので。まずは道を繋ぎます」
説明し終えると、ファリシアは手を組んで目を瞑った。
ファリシアの左腕にはミノアが返したブレスレット。
その翡翠が光り始めると、リーフレット周囲に置かれた翡翠も光り始める。全ての翡翠が光ったところで、神剣もまた光り始めた。
光は徐々に上へと向かい、一条の白光となって雲を貫く。
以前ミノアが放ったハーヴェンロードのような閃光ではなく、柔らかい導くような光。
やがて、その光がフッと消える。それを感じ取ってかファリシアが目を開く。
組んでいた手を離し、小さく息をつく。
「え? これで終わり?」
あまりにもあっけない終わり。これを毎日続けるとか? 思わず尋ねると、ファリシアは気怠そうにリーフレットを見た。
「……ああ、そうですね。あと一つだけ、やり残していたことがありました」
ふと思い出したようにファリシアは呟くと、リーフレットの前に立った。そして、
「大丈夫、痛くはないはずです」
殺気もなく、一度鞘から引き抜いた剣を再び戻すかのような動作で、ファリシアはリーフレットの胸に神剣を突き刺した。
「……え?」
足から力が抜け倒れそうになるのを、ファシリアが身を寄せて支える。
振り払うことすらできず、リーフレットはファリシアにしがみついた。
「そういえば、神剣の力を完全に封じる方法をあなたには教えていませんでしたね」
耳元で平然と語るファリシア。リーフレットは口を開く余裕すらなく、ただファリシアの声に耳を傾けるしかなかった。
「簡単ですよ。道を繋いだあなたの魂と神剣の神核を同化させ、滅びが確定した『望み』の世界に送るのです。そうすればこの『願い』の世界は救われる」
意識が遠のく中、ファリシアの声は凶行に及んだ者とは思えないほど柔らかい。
そうか、バルドゥ将軍はこの計画を知って、娘の手が血で染まらないように肩代わりしようとしていたのか。本当に親馬鹿だった。
最後の力を振り絞り、ファリシアから身を離す。見つめ合う形となったリーフレットに、ファリシアは温かな瞳を湛えたまま告げた。
「私は今、望んでここに立っています。それは、あなたが教えてくれたから。願いは一人では叶えられないのだと、そう答えをくれたからです。だから、後ほんの少しだけ、私の我が儘に付き合ってくださいね」
口元に浮かべる小さな笑み。そのファリシアの表情を見つめ、リーフレットは「ああ、ミノアが返したかったのはこの微笑みか」と、瞼を閉じながら妙に納得してしまった。
闇に包まれるはずの視界。しかし、その色はどこまでも白く、溢れる光が全てを包み込む。
白い陽光に満たされた中、リーフレットは静かに意識を手放した。
ここから先はカクヨム様で先行投稿している『Crisia-クライシア- ~無表情令嬢に拾われてイチャイチャしていたら世界が終わりかけていたほうのお話~』の内容となります。
改稿したものをこちらにはアップしていくので、もうしばらくお待ち下さい。




