覚悟の夜
トルマリン王国の国境を越えると、空は青く澄み渡り、風が柔らかく頬を撫でた。オブリビオンが消えた世界は、どこか軽やかで、旅路を歩く足取りも自然と軽くなる。
数日歩き続け、ようやく南の地平線にターフェアイト王国が見えた。民たちの笑い声が響く。暗い影に怯えていた彼らの目が、今は明るく、穏やかに輝いている。昔のように。
「この街は明るいな。」
そう一言呟いた。
「…フレディ?フレディだよね……フレディ!」
「ミナミ!」
ミナミが駆け寄ってきて、フレディの手を握った。
「心配してたんだよ、無事でよかった!」
「ありがとう。そっちこそ無事でよかったよ。」
「オブリビオン出て大変だったんだよ!街のそこら中に溢れかえってさぁ、逃げ場もない状態で。でも急に消えたの!もしかしてフレディたちが何とかしてくれたの?」
「そんな大したことはしてないよ。オブリビオンを作った人を倒しただけだから。」
ミナミはその言葉を聞き、目をぱっと開いた。
「めっちゃ凄いことしてるじゃん!!」
「そんなことないよ。」
「謙遜しなくてもいいって!うーんあれ?」
ミナミはふと、彼の髪を見て顔をしかめた。
「髪の毛結んでないんだ。いつも結んでたでしょ?」
「あぁ、戦ってる時に解けちゃって。」
「髪の毛結んでるのと結んでないのとじゃイメージ。全然違うね。私が結ってあげようか〜」
ミナミがニコニコしながら手を伸ばそうとした瞬間、グレースがさっと間に入った。
「フレディ!私、ちょうど今リボン持ってるから結んであげる!」
ミナミはちょっと驚きつつ手を引っ込める。
「え、あ、うん…でも…」
「私、妹いたから、髪の毛結ぶの得意なのよ!」
「そうなんだ!私髪短いし、あんまり結ばないからな…グレースさんやってあげて。」
グレースは彼の髪を結んだ。けれど、いつもより位置が高い。
「ありがとう。グレース。けど、いつもより高くない?似合ってる?」
「すごく似合ってるから大丈夫。」
「かっこいいフレディ!グレースさん、私にも髪の結び方教えてよ〜」
「また今度ね。」
「その時にいろいろ話とか聞くよ。例えば…」
ミナミはグレースの耳元に近づいた。
「好きな人の話とか。」
「へっ…!う、うるさい……!」
「好きな人?グレース好きな人いるの!?だれだれ!」
「言わないわよ!!バカ!」
「あーあ。まじかこいつ。」
「これでダメなんだ…」
「もっと頑張らないとね。グレース。」
揃いも揃ってフレディの方を見る。
「……それにしても前来た時よりずいぶん賑やかになったわね!」
咄嗟に話題を切り替えた。
「うん。わたしも思った。前来た時は、どことなく暗い雰囲気だったし。」
「あの時はみんな記憶奪われちゃって、もうどうしようもないみたいになってた時だったから。本当のターフェイト王国は明るくてすごい国なんだから!」
全員が幸せそうに笑ってる。
「おーい!ミナミ!こっちの復旧手伝ってくれ〜」
「あ、はーい!今、そこらじゅうで復旧作業してるんだ。オブリビオンに壊されちゃったからね。フレディたちともう少し話したかったけど…」
「俺たちは大丈夫だから行ってきて。」
「うん。ありがとう。また話そうね!フレディたち忙しいと思うから、次はいつ会えるかなー?」
「きっとすぐ会えるよ。」
「…うん!そうだね!それじゃあ!ばいばい〜!」
ミナミは大きく手を振り去っていった。
その後も街を歩いた。店先からは楽しげな声が聞こえ、子どもたちが駆け回る。そんな景色を眺めながら歩くうちに、少しずつ足取りが重くなっていった。戦いの後、まともに休めていなかった体が、今になって疲れを訴えている。
「ちょっと疲れたね。」
「だな〜なんだかんだあれからずっと歩いてきてたからな。」
「どっかで休憩する?」
「うん。そうしよう。僕もう足が棒だよ…」
「あっ!お前!あの時の!」
声がするほうを振り返ってみるとそこにたっていたのは、前にお世話になったパン屋の店主だった。
「お久しぶりです!」
「久しぶりだなー元気にしてたか?」
「はい。なんとか。」
「そうかーオブリビオンの襲撃もあったし、心配してたよーお前さんが帰ってきてくれたらなーって何回も思ったよ。でもまぁ!こうして無事だったんだ!終わりよければすべてよし!」
変わってない。初めて出会った時と。
「お父さん!」
「おーロバート!どうした?」
「お母さんがご飯できたって!」
「そうか。ならご飯にしよう。」
「うん!」
「それじゃあな。またうちのパン食べに来てくれよな!」
「はい。また行きます。」
そう言い、店主は家の中へと入っていった。
「あの人と知り合いなの?」
「うん。ちょっとね。それより、休める場所…そうだ!この辺りに宿屋があったんだ。こんな状況でやってるかは分からないけど…」
「一度行ってみましょう。もし空いてなかったら、その時はまた考えましょう。」
「そうだね。」
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宿屋に着いた。宿屋もところどころ壊れている。
「あの、すいません。今日空いてますか?」
「はい。空いてますよ。ただいま使える部屋が3部屋なのですが、それでもよろしければ…」
「なら、私とソフィアが同じ部屋。野郎共は勝手に決めてちょうだい。それでいい?ソフィア。」
「うん。大丈夫だよ。」
というわけで、部屋割り決定戦がはじまった。誰かが1人、残りは2人となるわけだ。部屋にベッドは2つしかないらしい。決め方は至ってシンプル。グーとパーで同じ手を出したら2人部屋だ。
「いくよ…」
「パー」
「パー」
「グー」
一斉に出す。ヒュラドはパー。ノアもパー。そしてフレディは、
「じゃあ、フレディがひとりだな!」
グーを出して一人部屋となった。
「1人寂しいよー」
「恨みっこなしだからなぁ〜」
「寝る前までは、僕らの部屋が来たらいいよ。」
「ノアは優しいな。ヒュラドと違って。」
「俺が悪いみたいな言い方するなよ!」
「3人とも。くだらないこと言ってないで。」
「それではお部屋にご案内します。」
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無事部屋に着いた。窓の外は街を復旧しようとする人たちで賑わっていた。
オブリビオンが消えた世界は、もう前に進み始めている。フレディはしばらくその光景を見ていた。
「少し休もうかな。」
ベッドに腰を下ろす。体が思ったより重い。横になった瞬間、意識がゆっくり沈んでいった。
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「フレディ…!待ってよ!走ったら危ないよ!」
「大丈夫!リアムも早く来てよ!」
「そんなに急がなくてもいいじゃん…!」
「だめだよ!リアムはすぐ連れていかれちゃうんだから!今日だって抜け出してきたんでしょ!」
「見せたいものって何…!それを聞かせてくれないとわかんないでしょ!」
「ついてからのお楽しみ!」
これは幼い頃のフレディとリアムだ。まだ何も知らない無垢で純粋な頃の。
「ほら!着いた!」
目の前には、一面に広がる花畑。風が吹くたびに、花が波みたいに揺れていた。
「……すごい。」
リアムは少し息を切らしながら周りを見渡した。
「でしょ!ここね、俺が見つけたんだ!」
誇らしそうに笑う。
「リアムと一緒に来たかったんだ。」
リアムは少し驚いた顔をしたあと、柔らかく笑った。
「そっか。ありがとう。」
風が吹く。花びらがふわっと舞った。
「ねぇリアム。」
「ん?」
「俺さ、リアムとずっと一緒にいたい。」
リアムは黙って俺を見る。
「一緒に強くなってさ、一緒に騎士になろうね!」
「うん。」
「だからこれからもずっと一緒にいてよ。約束。」
少しの沈黙。それからリアムは笑った。
「うん。約束。」
その瞬間強い風が吹き、花が空いっぱいに舞い上がる。思わず目を細める。そして、もう一度前を見ると、そこには誰もいなかった。
「フレディー!」
「どこ行ったのよ。」
「迷子か?」
声が聞こえた。誰かが彼のことを呼んでいる。
「あ、いた。みんな、フレディこんなところにいたよ。」
振り向いた先に、4人がいた。
「もう。勝手にどっか行かないでよね。探すの大変だったんだから。」
「ご、ごめん…どっか行ったつもりはなかったんだけど…」
「フレディ、方向音痴だから。」
「それは否定できないな。」
ヒュラドが肩をすくめる。
「ひどい!別に方向音痴なのは認めるけどさ!」
思わず言い返すと、みんなが笑った。風が吹く。花畑が揺れる。懐かしいような、でも今の時間のような、不思議な空気だった。
「ほら、じゃあ行くわよ。」
「え?どこに行くの?」
「どこって…フレディが決めたんでしょ?」
「俺が?」
「また記憶喪失にでもなったの?これから私たちは……」
そこで記憶は途切れた。
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ゆっくり目を開けると、宿の天井だった。胸の奥が、少しだけ温かかった。
まだ夜中。随分と寝ていたようだ。
窓の外を見る。
オブリビオンのいない世界の夜は、驚くほど静かだった。
「……」
夢の中の言葉が、ふとよみがえる。
「ずっと一緒にいよう。約束。」
フレディはベッドから立ち上がり、窓を開ける。夜の風が部屋に流れ込んできた。冷たい。けど暖かい。
(次行く場所か……行く場所は、もう決まっている。)
あそこには、まだ向き合わなきゃいけないものがある。逃げずに進むために。
彼が目指すのは、あの場所。タイガーアイ王国だ。




