番外編〜ドン&イダ…黒き魂の記憶…③
洞窟の内部は意外と広く、奴隷にやらせたのだろうか?
それとも術か何かで作り上げたのかは分からないが、中央の部屋には岩壁の裂け目から綺麗な水が流れ出ており、ちょっとした池が形成され、捕まえて来たたであろう淡水魚が放し飼いにされている。
そこから溢れ出した水は、排水路を伝って洞窟の入り口に流れ出し、滝の水と一緒に川に流れて行く仕組みになっている。
広い部屋から幾つかに分かれた小部屋があり、その内三つは奴隷部屋になっており、室内の環境も陸上で生活する種族が過ごしやすい作りになっていた。
邪鬼によっても奴隷の扱いには差がある。
谷の妖女と呼ばれる有翼の邪鬼は、あくまで見た目が女性なだけで実は雌雄が存在する。
その為、奴隷は主に非常食と警備の役割として使う。
小鬼達の場合、奴隷とするのは女のみで小間使、生殖、非常食等など役割は多岐に渡る。
容姿はさほど問わない、気に入ったメスを立場が高い者の専属とし、それ以外は部族の共用とするくらいであろうか?
青鱗の魔女などは子供を作る為の生殖用と兵士として。
奴隷の美しい容姿を見る限りは、コレクションの意味合いが強いかも知れない。
奴隷の扱いに関しては最も待遇が良いと言える。
美しく無い男や女達は食料でしか無いのだが…
魔女はその男達、或いは女は奴隷にはせずあくまで食料として狩るだけなのだ。
(成る程な、この部屋なら俺達でも過ごしやすそうだな、イダはここに置いとくか…)
魔女の死体を引き摺って、調理場兼食料保管庫とされているであろう場所に向かう。
魔女には火を使って料理する習慣が無いらしい、人間らしき骨や魔獣、或いは水棲生物の骨がいくつか転がっており、調理台の片隅に皮を剥がした食べかけが有る。
恐らくは獣の生の骨付き肉だろう。
これをドンに投げてよこすつもりだったのだろうか?
(うぇ、火は使わねぇのか?使った形跡も…竈門も無い、奴隷共は何を食ってたんだ?)
ふと…近くに有る金属製の棚を見る、何処かの廃墟から拾って来た物だろうか?
棚を見ると天日干しした、大量の干し肉や魚の干物が積まれている。
これが奴隷用の食料と言う事だろう。
コレクションとして随分大切に扱われていたらしい、死体蹴りはされていたが、所詮は精神支配が解ければそれまでの関係でしか無い。
(ホォ…保存食か、こいつぁ良いなぁ!暫く拠点にするか、火は俺が起こせば問題無い、さてコイツを…)
引き摺って来た魔女の死体を、石を加工した調理台の上に投げ出す。
刃物を探したが見つからない。
魔女に刃物は必要無かったのだ、よく切れる爪を出せば事足りる。
先程の男達が剣も持っていたので何処かに有る筈、取り敢えずは後で探すとして、鱗に覆われていない生焼けの太股に齧り付く。
「うぅ〜、何だこりゃ?脂肪の部分と肉が完全に別々で、中はパサパサして油っけもねぇ、蛇の肉でももう少し…あぁ…そうか…」
青鱗の魔女は体表に脂肪分が流れ出て保護膜を作る。
雷撃は魔女の肉体に到達する事無く表面を流れ拡散し…
水を弾き、粘性の有る油分で照り返った鱗は鋭い刃をも受け付けない。
それ故に、一度油に引火すると炎は簡単に消えないのだ。
だから彼女達の生息地は水辺に限られるのだろう。
とは言え、火力が重要で焔の礫程度では全く効果は無い、業火で無ければ引火はしない。
また脂肪を皮膚の内側に薄く巡らせている為に、水中でも体温を下げずに活動が可能であり。
体内に溜め込まずに一定量体表に染み出る構造になっている。
そんなわけで、プロポーションは魅惑的な体型が自動で維持される。
油を除けば、女性に取っては夢の様な構造で有るが、これも黒き魂の願望、欲望により少しづつ世代を経て変化して来たのだろう。
数百年前は元の素体である、トカゲの亜人の容姿に近かったに違いない。
唯一脂肪を溜め込んで居るのが乳房だが、油ばかりで食べれた物では無い。
これは後で石鹸にでもすれば良い、小鬼達は破壊的で暴力的ではあるが、物資に限りの有る魔界ではどんな物も無駄にはしない。
鱗が割れ、剥がれ掛かっている尻尾を少し食べてみる。
(おお…こっちは中々歯ごたえがあって、悪くない…後でアイツが起きたら食わせてやろう…)
そんな事を考えていた時だった。
奴隷部屋の方で大声が聞こえる。
「なんっ!!!じゃっ!こりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!オレの…オレのがねぇっ!うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
奴隷部屋の方で甲高い悲鳴が聞こえる。
声はイダの声で間違いない、だが…以前よりももっと甲高い声に変化している。
(イダ…やっと起きたか、世話掛けさせやがって…しかし本当にメスみたいな声になっちまったな…まさか、そんな事が有るのか?…まぁ良い、ここまで面倒見てやったんだ文句の一つも言ってやらなきゃ気がすまねぇ…)
食糧庫から出てイダを寝かせて来た奴隷部屋に入る。
「おう!イダ!テメェやっと起きやがったか!ここ迄テメェを運んで来るのにどれだけ苦労したか!ここまで世話してやったんだからこれからも俺に…」
だが…イダの方はそれどころでは無い、無意識下では前世の自我と融合しては居るが、それはあくまで無意識下での話。
意識の表層では、刀を持った老人の技を食らった所で記憶は止まっている。
そして気付けばこの身体の急激な変化で有る。
混乱するのは致し方あるまい…
「ド…ドン…ここは一体?オレはあのジジイに…人間から奪った銃の弾丸が出なくて…それに頭から何か…髪か?が生えてて…胸がメスみたいにっ!それに…それに…オレのっ!…おぉぅ…うっ…うっ…無くなっちまった…」
「お、おい…まぁ、落ち着け…説明してやっからよ…先ずは俺らは…奴等に負けた。一緒に故郷から出てきたパグやロー、ジャガン…兵隊も殆ど死ぬか、幾らかは逃げちまってよ、ガキや赤ん坊は殺されちまったろうな、おめえを担いで逃げる前には鈍狼も一匹やられちまった。」
イダは悔しそうな顔を見せる。
「くっ!そんな事が、せっかくオレ達があそこまで大きくしたのに…済まねぇ、オレが人間共の武器に頼ろうとなんてしたから…イカヅチの力が溜まらなくて…」
「あん?チャカの事か?弾丸が出ねぇって、安全装置は外したのか?まぁ…あんまり手に入るモンでもねぇからな、オヤジ達の時代には米兵から買ってたみたいだけどよ、俺等の頃はロシア製の……うっ!またか!俺の記憶じゃねぇってんのによぉ!あぁ!うざってぇ!」
ここで初めてイダの様子が少し変わり始める。
「記憶……サムライ……そうだ…アタイは……いやオレは…変な記憶がドンにもあるのか?」
「ん?おお…まぁな、うざってぇったらねぇぜ、惨めなジジイの記憶だよ…だけどよぉ、ムカつくのが、オマエが前に言ってた殿様だとか侍の意味も分かっちまうって事よ、ある程度はな。」
「だとしたら、アタイ等は元々人間……だった?」
ドンがイダを睨む。
「だとしても!…関係ねぇ!俺は俺!お前はお前だ!…それはもういい!…それよか、アレの事は残念だったな、まぁ子供並みにはなっちまってるが、無くなったわけでもねぇだろ?可哀想だとは思うが…」
イダは微妙な顔をする。
「ん…さっきは驚いて叫んじまったけど…う〜ん…今はあんま悲しくねぇ、つうか、なんかしっくり来てるんだよ、不思議と、それにさぁ、本当に無いんだよ…アレ…てか…アタイ…メスになっちまったみてぇなんだよね…」
ドンは驚いていた。
イダはメスみたいな顔だとからかえば、以前は激しく怒った筈で有る。
奴隷と一緒にするな…と
喋り方も何かおかしい、それが自分で言い出すなど…
「おいおい、まさかそんな事が?この前は小さいのが…ちょっと見せてみろ…」
イダの腰巻をめくろうとしたが、何故か慌ててその手から逃れようとする。
「ちょっ…ドン!」
「はぁ〜?なんだ?おかしな態度取りやがって?まぁ良いけどよぉ、見た目も黒い斑点だらけの時よか綺麗にはなったけどよぉ…」
「綺麗……?」
何故かイダの青い肌がドス黒く…紅潮する。
ドンはそのイダの様子を見て、げんなりしながら、部屋を出ようとする。
「………何だかいつものお前と違って調子狂うぜ?黒い魂の記憶とかが原因か?あんな幻影に惑わされるなよ?まぁ取り敢えずは、寝言で腹が減ったなんて言うくらいだ、丁度食いでの有る肉が手に入ったんだ、お前にも食わせてやるから来い…」
「あ…あぁ…悪かったよ…あっ待っておくれよ!アタイも一緒に……」
◆ ◆ ◆
水辺の洞窟に身を寄せてから数日。
イダは洞窟内の水辺に己の姿が写る事を発見し、飽きる事無くその姿を眺める事が増えた。
今や完全に魂の記憶と元の人格が融合し、ドンの右腕イダでも有り、山の御前と呼ばれた女盗賊でもあり、それらが融合して新たな人格になりつつあった。
(これがアタイの姿…なんて凶悪で…美しい…)
濃い青い肌に盛り上がった均整の取れた筋肉、扇情的な肢体、頭には以前より大きな黒光りする角、赤い唇からはチラリと牙が覗く、そして何より…前世で醜女と呼ばれ、親に山に捨てられた頃とではレベルの違う美貌。
盗賊稼業で、綺麗な服でも美味い酒でも男でも望んだ物は何でも手に入った。
だが己の容姿だけは変える事も奪う事も出来ず、別に良いと早い段階で…幼少期には諦めてさえいたのだ。
そこに外から戻ったドンが声を掛ける。
「オメェもよぉ!本当に飽きねぇよなぁ!まぁ好きにすりゃあ良いが、ここは住むには良いが、人里から離れ過ぎている。森に入らなきゃはぐれモンも部族へ誘えねぇし、人間の街が遠すぎりゃメスも手にはいらねぇ仲間を増やせねぇ、そろそろ移動を考えてるんだが…」
だがそんな片腕への相談事を無視し、イダはドンに問う。
「あ♪ドン♪なぁ見てくれよ!この乳宛とかよぉ…腰巻も綺麗だろぉ〜?宝部屋に有ったんだ♪なぁ口広げてないで何か言っておくれよぉ〜アタイは美しいだろ?」
ドンは一瞬、怒ったものかと考えたが、今のイダには通用しないだろう。
ヘソを曲げて部屋に閉じこもられても面倒だ、以前とはかなり性格も変わってしまった。
(本当に…メスみたいになっちまって…)
気に食わない記憶の中にそれに近い記憶があった。
記憶の男が刑務所とやらに行っている間に消えた女の記憶、美しいが細くて壊れそうな、神経質な女。
ドンであれば絶対に奴隷として選ばない脆そうな女…
(あぁ…それでか、それであの奴隷が気に入っていたのか…)
ドンが思い出すのはお気に切りの奴隷、金髪のやや太り気味の女戦士カレン、子供を孕んだが恐らく腹の子は殺されてしまっただろう。
「なぁ!ドン!どうなんだよぉ!」
イダが眉を吊り上げ叫ぶ。
「んぁ?あぁ煩えなぁ、あぁ〜その辺の奴隷よりは美しいかもなぁ〜、まぁ…この前までオスだったけどな…それよりも移動の話だ!ここじゃ部族を大きく出来ねぇ!」
後半の都合の悪い部分は聞かず、美しいの一言で大喜びする。
「本当か!そっかぁアタイはドンから見ても美しいのかぁ〜♪そんなに怒鳴らないでおくれよぉ〜♪それに、ここだって部族は大きくできらぁ♪」
「はぁ?!こんな大森林のど真ん中の水源地なんぞ滅多に冒険者共も!…それにメス…」
それをイダが遮る。
「メスなら居るだろ?ドンよぉ?付き合いなげぇよなぁ、ガキの頃からだから十年ってトコか?なぁ…アタイを嫁に貰っておくれよ♡別に何も祝言をあげてくれなんて我儘は言わねぇさ♪」
「はぁ?!テメェ!この前までオスだろ?…孕らめるのか?…それに…それ以前に…」
当然抵抗が有る。
…だが…イダは諦めない。
「良く聞いておくれよ?人間だった頃の記憶が有るんだろ?他所者の子鬼なんて反乱は起こすし裏切るし、アタイが産んで乳をやりぁよぉ、人間のガキはおっかぁを裏切らねぇ、特にオスのガキはさぁ、多分…アタイの兄弟?達もそうだった。おっかぁ!おっかぁ!ってよぉ!支配した奴隷じゃそんな事は無理だ、愛着も感情もねぇんだから、でもアタイが産んで面倒見てやりゃあ…さ」
またあの男の記憶が蘇る、子供を放って遊び歩く母親、激しく殴られた記憶、それでも母を求めた男の幼少期の記憶。
ドンが考え込み、イダは畳み掛ける。
己の欲しい物を手に入れる為に…
「それに、アンタのお気に入りだったあの奴隷に比べても頑丈さなら負けてねぇ!絶対に沢山産める!裏切らないガキを!それにあんなのより倍もアタイの方が美しいじゃ無いさ!そして裏切らない兵隊を連れてさ…いつか現人しか居ないあの場所へ攻め込むんだ!子鬼も魔獣も…うっとおしい上位者も居ないあの世界へ!支配するのは簡単さ!アタイらの力なら!」
とは言え、イダの記憶の時代とドンの前世では時代が違う、簡単に行くとは思えない。
だが途中までは…確かにとも思う…
(確かに、一理有る。でもコイツは元々オスだぞ?!しかもガキの頃から一緒にいるイダ…)
新たな記憶の蓋が開かれる。
「刑務所には女っ気が無くてよぉ〜オマエみたいな綺麗な顔した優男は…」
あの男の記憶、弟分の舎弟の一人、あの綺麗な顔をした優男に確かに欲望を覚えていた。
ドンがニヤリと不敵な表情で嗤う、覚悟が決まり吹っ切れた。
「分かった!良いじゃねぇか!確かに今のオマエはそそるメスだしな!孕むかどうかも試してみなきゃ分からねぇ!…話は変わるがよぉ?お前ここ来てから外に出てねぇよなぁ?…夫婦の契りってんじゃねぇが…レストランもブランドの店もねぇが、デート代わりに散歩でも行くか!メスが好きそうな花も咲いてたしな!沼の近くによぉ♪」
デートやらレストラン、ブランドの店が何かよく分からないが、話の流れ的に逢引の事だと理解した。
「あぁ…ドン♡やっとその気になってくれたんだね♪その沼の花とやらをアタイの綺麗な黒髪に飾っておくれよ…うふふ…♪」
◆ ◆ ◆
沼から声なき怒りと嫉妬の波動が伝わって来る。
奴等は黒き魂の眷属、ドンが近くを通っても無関心で何の反応も示さなかった。
ドンにしてもアレも黒き魂の眷属で有るという知識はあれど、詳しい生態は知らなかった。
攻撃はしてきてはいない、それはイダが黒き魂の眷属だと分かっているから。
だが、イダは彼女達が仕える青鱗の魔女では無く………
幼女達の憎悪の対象になり得る美しい容姿の…メスで有る。
そして、番のカップル、今や夫婦でも有る。
そんな場所で身を寄せ合い肩を抱き寄せ歩けば、例え眷属であろうが【沼の幼女】の本能的な憎悪と嫉妬の対象になってしまう。
それでも最初は陰火の籠もった瞳で声なく詰め寄り、憎しみの波動を飛ばすだけだった。
…だが…憎しみの波動を感じたイダは別であろう。
「なっ!コイツらなんなんだい!めでたい日だってのに!なんだってアタイらにそんな目を向ける!どういうつもり?!やろうってのかい?!」
「こいつらぁ!殺されてぇのか?!下等生物がよぉ!」
二人の怒鳴り声、それが呼び水になったのか?
最初の一匹が毒を吐きかける。
「うわっ!なんだってんだい!」
「イダ避けろ!コイツラの毒で簡単に死ぬ事はねぇが、痺れて動けなくなる!それからあのちっこい爪で狩りをするらしいぜ!」
流石に沼から出ては来ないが…
嫌がらせだとしても、うざったい事この上無い。
人間で有れば何処までも追い掛けて来るらしい。
「流石にうぜーな、俺の炎で…いや…駄目だ…厄介な事になる…」
また前世の記憶、知識の蓋が開く。
ドンの超高熱の火炎球を沼にぶち込めば、物理偏重でないこの世界でも水蒸気爆発を起こすのは間違いない。
イダがニヤリと嗤い、自信あり気に申し出る。
「ぇ?何でさ?じゃあアタイがやるよ!この身体て雷の力を試してみたいと思ってたんだ!」
以前の様に空気中、では無く…自らの身体にエネルギーを溜め、肉体から電撃がバチバチと爆ぜる。
「おいおい…大丈夫なのか?」
「キシシ♪全然大丈夫♪あぁ…残念…今ならあの侍のジジイと互角にやりあえそうなのに、あぁでも…刀もあったか…もっと力が有れば…あれだって、フフ♪力が溜まるのも早い♪イカヅチよ!玉になれ!それぇ〜♪」
微妙にゆっくりした速度で、手に溜めた電流が球形に変化し沼に飛んで行く。
雷の槍の様なスピードでは無いが、指向性を持った巨大な電撃球が毒を吐きかける幼女達の集まる…そのド真ん中に着弾する。
強い光とバリバリと感電する音が広がる。
集まった沼の幼女達がプスプスと煙を上げて次々と沼の水の中に倒れて行く…
幼女達の肉体から赤い霊体が離れ…
だが呪力を含んだ電撃の残滓に触れ、その場で赤い瘴気に分解されて行く。
やがて、黒い影が立ち上がり、黒い球体へ…
「あっ!そうだ!こいつらも一応持ってるんだよなぁ!」
「な、なんだい!ドン!この黒いのは!」
ドンは沼の中に入ると、何とか捕まえようとしている。
「おーオマエも見える様になったのか…ちょっと待ってろ今…くそっ!殆どにげられたまった…でも…」
ドンの手には二粒の黒い玉が蠢いて居る。
「うわぁ!何なのさそれ…気味が悪い…」
「ほらお前も持ってみろ、これが黒き魂って奴だ、手に呪力の膜を張る感じでよぉ…」
だが空気の様に何の感触も無く…触る事が出来ない。
イダはドンに比べてそれ程は邪言を使って居ない。
呪力の操作の仕方は大雑把で精密さに欠ける。
「チッ!しゃーねー後で教えてやる…取り敢えず俺が飲ませてやるから口を開けろ…」
「え〜!そんなモン飲めるのかよ、何か嫌な…やっちゃ駄目な気がするよ…」
魂に刻まれた禁忌である。
精神的なロックが掛かっているのだ、魂を欲するのは悪魔の嗜好、想念の影響である。
イダはどうにも消極的で、嫌そうな顔をしながら、それでもドンの指示に従う。
魂の核が割れ、黒いドロリとした液体がイダの口から体内に吸収されて行く。
「うっ!…凄い、力が溢れて来る…これが…黒い魂を食べると言う事……あん…何か筋肉や関節が少し痛いよ……」
「おお!そんなモンか?俺の時は激痛でよぉ、俺達小鬼より格上だと言われている魔女の魂だったからな…それで一気に…このデカさよ♪…よし俺も、おおおぉ!やっぱり効くなぁ!…痛みはそんなにねぇが…また少しパワーが上がったぜ!」
魂が未熟なまま己の世界に閉じこもり穢れてしまった魂で有る。
転生も数回程度だったのだろう、未熟なまま過度の幸福や不幸を経験し腐ってしまった人生だったのかも知れない。
「しかし残念だったね、二個しか捕まえれられなかったんじゃ、アレが有ればもっと強くなれたろうに…」
ドンが沼を見つめながら薄く笑う。
「そうでもねぇみたいだぜ?見ろよ…確かに…ここで力を付けて西から…南を目指すのも良いのかも知れねぇ…」
倒れ飛び散った幼女の死骸から離れた藻の様な物体が周囲の瘴気を吸収し、恐らくは魂が憑依でもしたのだろうか?
拳大に大きくなった藻の塊に切れ目が付き、小さな眼球らしき物が出来て目をパチクリと瞬かせる。
そのまま沼の奥地の方に泳いで行った。
それが何個も…沼の幼女の幼体であろう。
地獄の様な沼で死に、また生まれ続ける。
何者にもなれずに何処にも行けず…
穢れた沼に囚われ続け、永遠に転生を繰り返す、そんな地獄。
愚かなまま…嫉妬に駆られ怒りのままに誰かに毒を吐き続けるのだ。
永遠に幼く…それが孤独汚婆と呼ばれる邪鬼、【沼の幼女】へと堕ちた者の運命で有る。
邪悪な黒き魂、イダにしろ幼女達にしろそれは同じだが性質は全く違う。
人に操られて居るとも知らずに、不幸に落ち他責思考の末に地獄に落ちた者。
女として生まれながらも女の特権を活かす事無く、男も女も関係なく、女と言う属性に拘る事無く、あくまで自らの力、暴力を使って欲望を満たして来た女。
嫉妬と強欲…
一方は地獄で同じ境遇の仲間で寄り集まり安全な沼に引き篭もり、大嫌いな男を排除し、子を産む事も無く、人であった時と同じ様に他者に毒を吐きかけ…
もう一方は地獄に落ちてさえ欲望のままに、己の欲する物を手に入れようと奔走する。
例え他者から奪い…他者を殺めても…
地獄とは罪を犯した者が責め苦を味わう場所では無い。
改心や償いは人で有るから出来る事なのだ、地獄に堕ちればそこから抜け出す術は無い。
彼女達は魂を黒く染め上げた結果、二度と人として生まれ精神性を高め光の世界、高次元を目指す事は出来ない。
…が…
それは不幸では無く幸せな事で有るのだ。
最後に人で有った頃望んだ物が確かに手に入ったのだから…
◆ ◆ ◆
薄暗い沼の畔に咲く棘の有る薔薇の花、美しいが瘴気で変質した結果、妙に毒々しく、血の様に紅い。
(昔は女へのプレゼントと言えば、俺の鉄板はブラント物のネックレスだったんだけどなぁ…プラチナ製のよぉ…あぁ…また奴の記憶か、もう良い分かったぜ、俺はお前でお前は俺だよ…そこんとこは認めてやる。だからコイツとガキをいっぱい作ってよぉ…裏切らない子分を引き連れて、お前の願った通りにトップに立ってやるぜ、こんな岩に囲まれた島から離れて…南にあるとか言う港から海へ…世界へ…或いは……)
「ちょっと棘はあるけどよぉ、中々似合ってるじゃねぇか…イダ…綺麗だぜ…♪」
「アンタがそんな事を言ってくれる様になるなんて、嬉しいじゃないか♡イバラの花、棘の有る美しい花…良いじゃない♪…決めたよ!アタイは名前を変える!アタシの名前は今日からイバラ!アンタの嫁になった記念にね♪」
「おお!メスらしくて良い名前じゃねぇか!めでてえなぁ…♪この新しい門出に酒がねぇのは残念だが…酒樽でも落ちてねぇかなぁ…廃墟でも探してみるか…ビンに入った古いのとかよぉ」
イダは少々呆れながら笑う。
「アンタは本当に酒が好きだよねぇ、アタイも嫌いじゃ無いけど…そう言えば前世の昔話でそんな酒飲みの鬼の話があったっけ…?」
ドンの顔がキョトンとして、何かを思い付いた様に目を見開く。
「おお!俺の記憶でもそんな伝説があったなぁ…何だったか…酒呑童子…だったか?おお!そんじゃ俺も名前を変えるぜ!今日から俺は…シュテン!これに決めた!…あれは結局どんな話だったか…まぁ良いか、考えても思い出せん、今日から俺はシュテンだ!良いな!イバラ!」
「良いじゃ無いさ♪シュテンとイバラ!ここで力を付けてアンタの言う通りに海?に出ても良いし…いつかは…あの場所…あの世界へ……」
北の大森林の片隅、魂の禁忌を犯し、大鬼への道を歩み始めた小鬼の番が一組…
それはやがて…南の赤い瘴気に満ちた森に至り…
高評価ブクマ宜しくお願い致しますm(_ _)m
手直し完了。ドン→シュテンの過去生はこちら↓
2話目に出て来る男です…
https://novel18.syosetu.com/n8994lj/
岩戸を開いて、来るべき神の世へ移る準備を始めたぞ。
弥勒の世が来たら、本性に従って来世は人に転生する者と獣に転生する者に分かれるぞ。
獣にされる臣民は気の毒なことになるから、洗濯大切にと言ってるのだぞ。神示を良く読んで、身魂を洗濯して下されよ……出来てる?俺は…できてにゃい(ΦωΦ)




