⑦魔狼の咆哮
【魔狼】或いは、その動きの少なさから【鈍狼】と呼ばれる事もある。
檻から解き放たれた雄牛程の体躯が有る三匹の魔狼、一見…鈍重そうな足取りで歩くが、決して侮って良い魔獣では無い。
魔獣では無い野生の狼とは違い、ハイスピードで獲物を狩る必要が奴等には、そもそも無いのだ。
勿論…狼故に群れで狩りはする。
だが、その狩りの遣り方は狼達とは全く違う。
魔狼の邪眼は見た者の精神をかき乱す、襲いかかるのは邪眼で抵抗する為の牙を奪い、恐怖を植え付ける咆哮で動けなくなった後に…ゆっくり仕留めれば良いからだ。
獲物を嬲って楽しみながら…
正式名称は【邪眼の魔狼】と呼ばれ、アシハラに生息する大型の魔獣の中では、術を阻害する能力故に相当に厄介な存在でもあり、各ギルドの上級冒険者クラスでなければ討伐依頼も受けられない。
「おのれぃ!魔狼かぁっ!なんちゅう…」
弥之助は己の不運に内心で毒づかずにはいられない
(精々が大猪か魔猿くらいかとタカを括っておったが…黄金丸の霊力が尽きた所で此奴らが相手とは…全く運が無いわい!刀一本で分厚い毛皮に…老いた今のワシにとこまでやれるのか……いや!それよりも眼鏡の小僧に対策を取らせねば!)
アシハラの魔獣で最も巨大だとされている大猪も厄介な魔獣では有る。
だがその評価はで上位区域の穀倉地帯に現れ作物を荒らす迷惑さに依る所が大きい。
また体格には相当な個体差も有り、小鬼達が精神支配して飼っている大猪は食料も兼ねている事も有り、常に興奮状態で有る事から邪言に依る精神支配には抗えないのだろう。
上位区画まで暴走する事は有れど、五区から七区の魔界では、危険な魔獣とは呼ばない。
六区の深部や七区に生息する魔狼の危険さは全く違うのだ、エネルギー攻撃に対する耐性も高く、火や雷の術でも生半可な攻撃は耐え抜くであろうし、冷気も分厚い毛皮の前では効果は薄いだろう、その上で術を封じる能力さえ有るのだ。
冒険者に取って危険な存在で有る事から【術師殺し】と呼ぶ者も居る。
魔狼達は邪言を使う邪鬼達に取っても相当に厄介な存在で有る事に間違いは無い、なのに…こんな深度の浅い魔界の小部族が使役しているケースなど一般的には有り得ないのだ。
魔狼の術阻害の邪眼は精神防御系の術が無ければ対処は難しい、高火力のエネルギー攻撃で有れば効果は有るだろうが、使う前に封じられてはそもそも対処など出来ない。
涼夏の術で様子見をした時も獣の檻も確認はしている、そのサイズから中型の大猪を予想していたのだ。
涼夏のドルイドの【樹像】の術はあくまで木々が存在する場所から空間を把握し、おおよその形状等々を術者の知識や記憶を元に脳内で視覚的に捉えた映像に変換する術で有り、木々が検知出来ない室内までは見通せないのだ。
だが、幸いにも精神防護の術を扱える者が今回のパーティーに存在する。
英二の使う術…心に炎を灯す術で有れば抵抗は可能だろう。
討伐難度の高い魔獣の出現に弥之助は足を止め…ほんの少し振り返り、後方の正人達に警告する。
「小僧共!魔狼の目を見るな!咆哮に気を付けろ!眼鏡の小…………」
忠告を言い終える前に敵が動いた。
…檻の前にいた調教師と思われる小鬼から魔狼へと命令が飛ぶ。
「サキニジジイダ!ジジイヲオサエロ!ヤマ二チカヅケサセルナ!!!」
「アウ!」
のっそりとこちらに向かっていた三匹の魔狼の内一匹が弥之助の一瞬の隙を見逃さず、了解の咆哮を小さく上げ、意外なスピートで跳躍し、巨大な体躯で弥之助にのしかかる。
「ぐあっ!……うおぉぉぉぉ!ぬかったわ!くっ…」
魔狼の一匹に押し倒され、喰い付かれまいと瞬時に刀を大きく開いた口に挟み込み防ぐが…
「グルルルル…」
刀ごと喰い付こうと…噛み砕こうと…唸りを上げる魔狼…
押し倒されていなければ、まだやりようはあったかも知れない。
だが…老いた冒険者にどこまで耐える力が残っているのだろうか?
若い頃の弥之助は当時の日本人としては非常に大柄で身長は160以上…170近くあった。
更には高い身体能力で幼少期は怪童と呼ばれた事も有る。
だが…既に年は七十を超える。
黄金丸は瞬時に弥之助の身体から飛び上がり魔狼の周囲を旋回しアタックを繰り返してはいるが…黄金の外骨格は雷光の輝きを放たず、魔狼は不快そうに身体を震わせただけであった。
冷静に観察出来る者がいたとすれば、今の黄金丸は、…若干透けてさえ見えたろう。
式神故に魔狼の邪眼の影響を受ける事は無いが、他の昆虫に比べればかなり大きいサイズではあるものの、式神のサイズの大きさは貯蔵出来るエネルギーの量と比例する。
例え容量が小さくとも相手が雷術使いで有れば、消費を気にせず戦う事もできるのだが…
つまり、先程までの戦闘で黄金丸のエネルギーは既に尽きかけているのだ。
巨獣に対して術が使えぬ状況で、体制は崩されている。
今の弥之助に魔狼に抵抗する術は…無い。
◆ ◆ ◆
遠くで弥之助がこちらに向かって何かを叫んでいる。
ふと目を向けた瞬間に見えたのは弥之助が狼の体当たりをくらい地面に押し倒される光景だった。
「なんだあれは!!ヤバそうなデカい狼が出てきて…おい!…爺さんが食い付かれそうになってるぞ!」
小鬼の角を掴み地面に叩き付けながら、戦況を観察していた正人が叫ぶ、今の状況で有れば身軽な美咲に弥之助を助けに行って貰うのが良いだろう。
赤い鬼と美咲はお互いに警戒し、攻めあぐねている。
美咲の打撃はあまり効いている様に見えず、赤鬼の攻撃も美咲に当たらない。
弥之助には次の雷撃が来る前に雷術使いに対処して貰わねばならない。
「美咲ちゃん!爺さんが危ない!加勢してやってくれ!でないと次の雷撃に対処出来ない!赤鬼は俺が引き受けるから!」
美咲も責あぐねていた為か、素直に指示に従う。
「OK!分かったわ!ちょっと悔しいけど仕方ない、正人君!気を付けてね!コイツ相当硬いからっ!」
「チィッ!クソメスガァァ!ニゲルノカ!」
ドンが吠え、美咲に追いすがろうとするが、身軽さとスピードが違う。
「戦略的撤退って言ってよ!アンタみたいな硬いヤツとやってらんないわ!」
美咲の攻撃が効果が薄いのには理由が有る。
勿論ドンの異常な耐久力も有りはするが、無意識に使っている自己強化の邪言の効果も有るのだろう。
今の所ドンが使える邪言は溜めが必要な外部に干渉する術では無い。単純な自己強化で有れば周囲の瘴気をエネルギーに変換している為、精神力も消費せず、即効性が有り、しかも永続的に使用可能なのだ。
邪言の源…ネガティブな記憶の残滓たる瘴気を扱えば、欲望、怒り、嫉妬、色欲など低波動の負の思念で満ちた次元の狭間…異次元と繋がり易くなる。
永続的に邪言、或いは【魔法】を永続使用すると言う事は、同時に悪魔と呼ばれる別次元の思念体の異質な想念に魂が侵食され続ける事でもあるのだが…。
それに…他のパーティーメンバーよりも霊力に劣る美咲の肉体強化では、スピード上昇は兎も角として火力面でドンの耐久力を上回る事が出来なかった。
完全進化前なら効き目もあったろう、だが今や完全な【色付き】に進化し、存在自体が小鬼とは別物になりつつ有る。
今の所は自分の強さへの自信から出る無意識の言葉がそのまま強化の邪言となり、常時発動しているフシが有る。
イダの様にちょっとした切っ掛けが有れば…やがては火炎すら操る様になるだろう。
大部族の集落で有れば、歴代の【色付き】達に依って蓄積した邪言への知識も有るのだろうが、そんな知識の蓄積も無い若い個体の集まりの中では自分自身で会得するしか無いのだろう。
ドンの部族は年寄りに命令されるのを嫌って部族を飛び出した若い個体の集まりに、同じ様な【流れ】のはみ出し者を取り込んで大きくなった寄せ集めの部族であった。
◆ ◆ ◆
バックステップで残像を残しつつ、素早く距離を取り、そのまま弥之助の方に駆けて行く。
美咲が赤鬼の前から撤退すると、正人は近くで暴れているジョーイに目を向けた。
ジョーイは美咲の様な近接戦闘への卓越したセンスも、正人の様な超人的な膂力も無い、それでも英二や涼夏に比べれば身体も大きく…ルーンの学校で近接戦闘の訓練も受けてはいたのだろう。
ルーンの術で精神強化している為に中々の狂戦士ぶりを見せていた。
だが、手に持つショートソードは刃毀れし、小鬼の血糊で切れ味も悪くなり、既に壊れかけている。
(あれじゃあ…鈍器と同じじゃないか…そうだ何か金属製の武器は落ちて無いかな…短時間なら雷撃も大丈夫だろう)
余程…黄金丸を触った時のショックが大きかったのかも知れない…
正人は足元に転がる先程まで小鬼が得物にしていた錆びた鉄パイプを手に取り…言霊を呟く。
「地霊よ♪この錆びた鉄塊を鋭き槍に変えておくれ♪」
瞬時に錆が剥がれ落ち、飾り気は無いが銀色に鈍く光る短槍に変化する。
細長い鉄パイプだけに槍状の物はイメージしやすい、少々短い気もするがジャベリンの様な短い投げ槍もあった筈だ。
ジョーイが片手で振るうには良いかも知れない。
瞬間的な創造では無く、形質変化で有るので術が解ける心配も無い、但し物質の質量自体は変えられないので槍が短いのは仕方が無いのだ。
このスピードで行えるのは【地霊の加護】があってこそで、通常の建築術師などは石材や金属の加工なを数十分かけて行う、加護は属性に寄ってその在り方は違うが、これが物質を変化させる事が出来る地属性の地霊の加護がチートと呼ばれる所以の一つでもある。
◆ ◆ ◆
「あぁ!クソっ!血で滑る!」
丁度ジョーイが斬れぬ刃に業を煮やし小鬼を蹴り飛ばした時、正人から声が掛かる。
「ジョーイ!これを使ってくれ!それで英二と鈴本さんの所に行って小鬼や狼が柵を越えない様に守ってやってくれ!」
ジョーイも少し冷静になり、遠くを見れば美咲が大きな狼に飛び蹴りを叩き込んでいるのが見えた。
その後…弥之助が起き上がり美咲に声を掛け、岩山を登って行くのが見えた。
正人から短槍を受け取りながら、使えないショートソードを向かってくる小鬼に投げつけ、軽く返礼し、美咲が戦っている狼の正体に気付いた。
「ああ!ありがと……うっ!…あれは…魔狼じゃないか?!確かに…【術師殺しの魔狼】か…分かった!後衛の守りは任せてくれ!」
広範囲に精神耐性を付与出来る術者に被害が出るのはマズイ…二度も…パーティーが崩壊するのを見たくは無い、ジョーイは英二達の方に掛けて行った。
「地霊の槍!」
ジョーイを追い掛けようとしていた数匹の子鬼の目の前に鋭い岩塊が突き出て、子鬼達を吹き飛ばす。
「ギャイッ!」
咄嗟の事で声法の音域を使う暇も無かった。
少し立ち眩みはしたが、これくらいなら問題無い。
「残りは…魔狼と親玉、雷術使いを入れて十五、六匹…くらいか?赤い奴は……」
大振りな棍棒を振り上げ、美咲を追いかけようとする赤鬼を確認する。
「クソッ…そっちか!地霊よ♪赤き小鬼を岩の槍で足止めしておくれ♪」
美咲に向かって走るドンの前に岩塊の槍が突き出し足止めする。
小鬼のボスは岩塊に派手にぶつかり転がった。
距離が有る為、岩の槍は瞬時に消えてしまった。
だがそれで充分だった。
頭を振りながら起き上がり、ドンが正人を火の付いた様な視線で睨みつける。
「グゥゥ……イマノハ…テメェカァ!デカイノ!」
◆ ◆ ◆
……少し前…
弥之助は魔狼に食い付かれそうになりつつ…この作戦に参加した事を後悔し始めていた。
(ぐぅ…最早これまでか…小僧の挑発に乗って己の歳も考えず…ノコノコとこんな辺鄙な場所に来たのが運の尽き…か、いや!戦場で死ぬるなら本望よ、半農半士の郎党とは言え、高木の家は武家に連なる家系よ!最後に武士の本分に返るのも悪く…………いや……まだ…死にとうない!)
高木弥之助、永禄元年の山間東部、山川家の郎党で有る武士の家に生まれ、幼少期はその高い身体能力で怪童などと呼ばれる事もあった。
織田の侵攻…と言うよりかは織田の旗下の将が、北上に際して尾形の所領をついでに踏み潰して奪ってやろうと画策したのが切っ掛けで……何やかんや有り…事故で異世界に転移した。
異世界で生き残る為に必死で、故郷に帰る事も叶わず…
冒険者仲間と腐れ縁で夫婦となり、二人の息子と何人かの孫に恵まれ、それなりに名を上げ蓄財も叶い…
近年は長きに渡って…冒険者として築いて来た権威をフル活用し、楽隠居しつつ…北星町の名士に取り入り、孫娘を嫁がせ、高木家の影響力をこの世界に拡大させてもいた。
また…数年前に妻が鬼籍に入ったのを良い事に欲望に塗れた生活を送っていたのだが…
それも最早……抵抗する力は尽きかけ、魔狼の臭い息が顔に掛かる。
走馬灯が巡り、己の人生を振り返っていた。
その時だった。
「ギャウンッ!!!」
と…突然若干の衝撃と共に獣の匂いと重圧が消えた。
「おじいちゃん大丈夫?!…こっちは攻撃が通じる…さっきの赤鬼はやっぱり…でもこの狼…何なの?…不気味…」
美咲が魔狼を蹴り飛ばし、弥之助を後ろに庇いながら、周囲を警戒する。
他の二匹は仲間がやられても動じる事も無く、静かにこちらの様子を観察している様にも見える。
その姿は妙に冷静で、唸りもせず、普通の獣と全く違う反応が何とも気持ち悪い。
「おお!足癖の悪い娘!助かった!ふぅ…慰霊の森に向かった筈の女房が手を振っている光景が見えたぞ…」
美咲は弥之助の方を見ずに文句を言う。
「何よ!足癖悪いって!助けてあげたのに!…それよりも雷術使いを何とかして!…あんな電撃あたし達じゃ防御の仕様も無いからっ!早く行って!」
弥之助は美咲に忠告をしながら岩山に向かう。
「応!勿論じゃ!娘よ!魔狼の目と咆哮に気を付けよ!特に目は見るな!!!ワシの様に押し倒されたら終わりぞ!」
「分かった!目と咆哮ね!」
が…忠告と同時に美咲に蹴りを入れられた魔狼が頭を振りながら立ち上がり…美咲に向かって咆哮する。
「アオーーーーーーン!!!」
そう…その恐怖を植え付ける咆哮は人や邪鬼で有れば術に相当する特殊能力であり、つまり効果の出る対象を限定し、絞る事でより強める事も可能なのだ。
「何…?!……足が……」
急に…美咲の心に恐怖心が湧き上がり、膝が震え出した。
◆ ◆ ◆
空中に電気がバチバチと爆ぜ始め、それが次第に大きくなる。
「アト…モウスコシ…アノデカイヤツ二…トクダイノイカヅチヲクラワセテヤル!」
正人は落雷対策で全ての金属器を外していたのだが、どうやらあまり意味は無かった様である。
…だが…
突然飛来した金色の甲虫が電気が爆ぜる空中に滞空し、全ての力を吸い取り…食らって行く。
「ムシ!?ア!?サッキノキンイロノヒカリ!アアッ!クソッ!セッカクタメタチカラヲ!コイツナンナンダヨ!!!」
背後から老人の声が聞こえた。
「良かったのぉ!黄金丸!たんと食ったか?」
イダは声のする方向を振り返る。
「サッ…サッキノジジイ………サム…ライ?」
何故か…アシハラの古代の衛士風の甲冑を身に着け抜き身の刀を構えた老人の佇まいを見ると……覚えて居ない筈の記憶が刺激され、その言葉が飛び出した。
弥之助は目を見開き、驚いた顔で小鬼に語り掛ける。
「おヌシ…その言葉は、小鬼の声は聞き取り辛いが…確かに言ったな…【侍】と…」
そう…
特にアシハラは下の世界…日本とリンクしており、似たような物や名称は多く存在する。
だが、侍の名称に関しては存在しないのだ。
正確には弥之助は武士ではあるが郎党、侍と呼ばれても良いのは主家の山川家のみ。
その辺の細かな位階は子鬼も知らないのであろう。
それに…見知らぬ小鬼に侍と呼ばれ、弥之助の気分が少し良くなる。
アシハラ…かつての大八島国は八つの島に別れ、それぞれ別の歴史を歩んで来た時間も相当に長い。
それぞれの島で刀士、衛士、守護士、武士とも呼ばれる名称は有るが【侍】と言う呼び方は存在しないのだ。
「ハッハッハッ♪ワシが侍か♪面白い…小鬼共が元々人であった、との話は学者共のタワ言と信じておらんかったが、まさかのぉ…こんなところでその事実を目撃するとは、いやはや長生きはするモンよのぉ!おい!小鬼よ!何をやって地獄に落ちた!聞いてやるから言ってみい♪首を跳ねるのはそれからでええわい♪」
絶対絶命の状況の中で目の前の冒険者のタワ言を脳裏で反芻する。
(オレが人間?現人?何を言っている?このジジイ…オレのナイフ…は下…そうだ!この前食った奴から奪った【コレ】が有る。…弾丸は二発……)
老人に向かってリボルバー式の銃を構える。
「ほう…冒険者から奪った鉄砲か、おぬしらにその精巧な弾丸など作れまいに、弾丸に刻んで有るルーンの使い方も知らぬだろう?意味を理解しておらず霊力の注ぎ方も知らんのではな、この距離なら刀は届かぬと?浅はかな、弾丸を躱すのを見せてやっても良いが…足場も悪い…なら自ら雷撃を食らってみるのも良かろう…黄金丸!刀じゃ!」
光る昆虫が電気の塊に変わり、バチバチと雷光の輝きを放ち老人の刀に吸い込まれて行った。
老人は刀を鞘に収め…静かに居合の形に構える。
「さて早撃ち対決と行こうか…ん?撃たんのか?なら…」
「ア?…ナンダ…コワレ…」
実は…先程から引き金は引いている、小鬼で有るイダには人を殺すのに躊躇は無いし躊躇う必要も無いのだ。
バカなジジイが長話をしている間に…
なのに…引き金は動かず、弾丸も出ない、銃の威力が大きいのは知っている。
だが弾丸など作れないし滅多に手に入らない。
貴重品故に試し撃ちすらした事が無いのだ。
安全装置を外さねば撃てない事すら知らない…
「行くぞ!これがワシの遠距離技【飛雷閃】じゃ!」
老人が刀を抜き放つと同時に、弧状の雷撃が凄まじい速さでイダの肉体を貫く!
腹から胸に掛けて、皮膚がパックリと切り裂かれ、同時に電撃が身体を駆け巡る!
「アギィィィィィィィィ!!」
初めて自らの身体で電撃を受けた。
ショックを受けて意識が薄れる。
イダはフラフラと足がもつれ、岩山から下に落下していった。
薄れゆく意識の中でイダの脳裏には取り留めの無い混濁した思考が駆け巡る。
以前は人間の街を奪ってドンを大名にして自らは侍になる。
そう言った。
…侍の様に…偉い戦士になりたい…と
だが、黒き魂の記憶は…それは違うと告げる。
(あ、あ、あ…俺は侍…になりたかったんじゃ無い……オレ……アタイは………盗賊として…侍に……殺され…)
それは彼、彼女がこの世界の魔界…地獄に転生する前の記憶…【峠の御前】と呼ばれていた、ある女盗賊の…魂の…前世の記憶。
運の良い事に落下した先は奴隷小屋の藁葺きの屋根、身体を打ち付け、クッションを挟んで地面に落下したのだ。
地面に頭を打ち付け…イダの意識は途絶えた。
◆ ◆ ◆
「しまった!格好を付けて早撃ち勝負など!…首を取れんかったわい……しかし…何故鉄砲を撃たんかった?早撃ち勝負に乗ったのか?怯えとったのか?……どれ…」
弥之助は小鬼が落とした拳銃を拾う。
「………ぷっ…ワハハハ♪なんじゃ!安全装置が外れとらんじゃ無いか!なるほどのう矢張り小鬼は小鬼よ!どれ…弾丸のルーンは何が…?…破壊か力か…ん?【動き】だと?珍しい…」
己の妻がルーンを使っていたのだ、ルーンの簡単な知識は弥之助も持っている。
銃士が使う弾丸にはルーンの刻印が有る物が多い、有れば元々の持ち主はルーン使い、或いは魔法使い、無ければ属性付与術を使う術師が元の持ち主で有る可能性も有る。
弾丸には…【エワズ】…動き、を意味するルーンが刻まれていた。
珍しいが…持ち主は射撃の腕には自信が無かった物と見受けられる。
近接戦を得意とする戦士が補助的に使っていたのかも知れない。
「なるほどのぅ~、確か…女房は使って無かったが、ふむ…これならワシの腕でも当たるかも知れん。おお!そうじゃ!黄金丸!この弾丸じゃ!」
有る意味、この突発的な発想が弥之助を二つ名持ちの冒険者に押し上げたのかも知れない。
黄金丸が今度は弾丸に憑依する。
下を見れば、いつの間にかジョーイと英二、涼夏が魔狼の近くに走って行く所であった。
そして正人は赤鬼と、何故か素手で殴り合っている。
「うん?…何で小僧が鎧を解除しとるんじゃ?まぁ…あっちはほっといても良いか、しかし美咲とか言ったか?あ奴の動きに精彩が無い。さては魔狼の咆哮を浴びたな…待っとれよ、今一匹減らしてやる、ワシの霊力も残り少ない…全てルーンに…力を込めて…」
美咲は三匹の魔狼に囲まれ防戦一方、咆哮の効果は魔狼が意識を集中した対象者に限られる。
三匹の魔狼に咆哮を浴びせられ、そのうち一匹が美咲の後ろから飛びかかろうとしている。
弥之助は霊力を注ぎ拳銃の引き金を引いた。
狙いは…
今まさに美咲に背後から踊りかからんと飛び上がる魔狼の眉間に…
発射した銃弾は不思議な軌道で魔獣の眉間に向かう。
その弾丸は…黄金丸が憑依した事で音速を超え…光の速さで魔獣を貫くのだ。
まさにその威力は…この世界には存在すらしていない…必中のレールガンに等しかったかも知れない。
突然…美咲の後ろで魔獣が血肉を飛び散らせ爆散した。
下の広場では…辺りに血肉が派手に…広範囲に飛び散り…それは凄惨な光景が広がっている。
血肉をモロに浴びた美咲と…そこに走り寄っていた涼夏のけたたましい悲鳴が聞こえた。
だが、弥之助は岩山の下の大混乱を見て薄く笑いその場にへたり込む。
「……流石に消耗が激しいわい…気力が尽きたわ…後はそっちで何とかしろ…小僧共め…」
意識は失っていない、だが回復には暫くかかるだろう。
現在…混乱のさなかに有る岩山の下での戦闘に終わりは見えず、戦場の流れは目まぐるしく変わり続けていた。
地獄に堕ちる者は地獄が極楽になるのざぞ?
某神示より…
あんま覚えて無いけど、仏教や某世界宗教各派閥で語られる様な地獄は無い…みたいな語句も有りました。
魂のレベルに合わせた棲み分けと言う事でしょうか?
但し、完全に堕ちてしまえばずっと地獄のみで転生を繰り返す…みたいな話も有りました。
果たしてこれは…、人の心のあり様を語る神示なのか?
それとも………信じるか信じないかは( ̄ー ̄)ニヤリ……




