修行の日々②邪鬼の種類…沼地後編
【青鱗の魔女】【青鱗の魔人】
青鱗の魔女は幼女と同じく瘴気溢れる沼に住む、いや…活動拠点とする邪鬼の一種で有る。
全身の大半を青い鱗に覆われた姿で光彩の無い邪悪な赤い瞳と爬虫類にも似た尾を除けば、それなりに美しい肉感的な美女に見えるかも知れない。
沼地の幼女とは全くの別種では有るのだが、何故か沼地の幼女は青鱗の魔女の指示に従う。
幼女達を焚き付け、オスに対する憎悪を煽り旅人を襲撃させる。
人であった時も、恐らくは他者をけしかけて漁夫の利を得る人生であったのだろうか?
沼地の幼女達をけしかけ支配する青鱗の魔女は別名、陰振怨嗟と呼ばれる事も有る。
何故別種の沼の幼女達が従うのか?
これには魔女の邪言で操作されている説と、自分達の上位種で有ると勘違いしている説と二通り有る。
女性型の邪鬼は上位種が存在しないパターンも多く、青鱗の魔女は進化は起こさないが、成長し加齢と共に大きく能力を増す、沼地の幼女がいくら憧れようと青鱗の魔女にはなれないのだ。
西大陸には【魔王種】に進化した魔女が暴れ回っているらしいが、これは進化と言うより変異に近いもので、諸説あるが、それは【魔王種】に至る経緯も有る為にその項で説明したい。
彼女らの生活水準は高く、実は住処は沼地では無い、邪言で支配した他種族のオスを使役して水場の洞窟に住居を作らせ、財宝を溜め込み割と文化的な生活を送っている。
支配した他種族のオス達は暴威頭と呼ばれ、身体能力に秀で、美しく戦闘力が高い冒険者であった個体が多い、魔女を討伐する際には注意されたい。
また魔女自身も、高い戦闘力と高度な邪言を使う。
斬撃に特化した人を傷付ける長い爪…
精神支配と水流や水毒生成に長ける。
巨大な水流の柱をぶつけられ四肢が千切れ飛び、果てた冒険者は後を絶たない。
彼女達との水場での戦いは死を意味する。
だが炎に弱く、住処を突き止め燻して隠れる場所を無くし、外に出た所を炎上させるのが効果的かも知れない。
陰振怨嗟、青鱗の魔女は炎上に弱い、覚えておくと良いだろう。
それでも危険では有るが、討伐出来れば大量の財宝を得る事が出来るだろう。
小鬼とは逆に、生まれて来る者は殆どメスばかりである。
子作りは精神支配したオスの奴隷と行う…
メスとして産まれた子供は成長すると母親から離れ、沼や水場の近くを根城にして独立する。
稀にオスが生まれると母親は絶対に手放さず、子供は甘やかされ上げ膳据え膳で育てられる。
過剰な執着と歪んた愛情も黒き魂、故で有るのだろう。
オスの子供の方も母親には一切逆らわず、言いなりになって生活し、不思議な事にどの個体も白い髪を同じ形状のマッシュルーム型に切り揃えられるのは、魔女の文化なのだろうか?
成体になってもまだ乳をせがむ事すら有ると言う事例と、その鈍牛の様な大きな身体と生気に欠ける無気力な生活から…
乳依牛などと呼ばれ、冒険者から嘲笑される存在である。
無力な牙を持たぬオスは、愛情深く過度に心配性な子離れ出来ない母親によって作られると言う事実の好例であろう。
悪徳や危険から遠ざけられ、安心安全だけを求めれば生物はやがて気力を失い役立たずと成り果てるのだ。
その為に成長しても能力は低く邪言も使えない、黒き魂も宿さない、元の魔獣に近いのかも知れない、討伐は容易だろう。
そう…普通であれば危険性は全く無いのだが…
だが…幼体の時に母親を討伐し幼いから可哀想だから、と始末せずに生かして置くと大変な事になる。
長じて災害級の邪鬼である大鬼に匹敵するとされる【青鱗の魔人】となる。
彼らはメスの子供の様に魔女となる為の教育をされないが故に、邪言は使えない。
が…母親以上の硬度を持つ青鱗を持ち、身体を覆う粘液は弱い火炎や雷撃を軽減し、或いは散らす、一応火炎が弱点では有るのだが、炎上させるにはそれなりの火力を持つ術で無ければ難しい。
また大鬼に匹敵する腕力と鱗同様の硬さを持つ鋭い爪を振るい、近接戦闘だけに絞れば大鬼以上に厄介かもしれない。
ヨチヨチ歩きの幼体でも注意は必要だと言う事だ、ほおっておけば母親の黒き魂と恨みの邪念を噛み砕き、全て成長の為のエネルギーに変え吸収変異し…
数年で大鬼に匹敵する戦闘力を発揮する様になり、母親を殺した冒険者の波動を追い、探し当て…街を襲う。
分類するので有れば魂を持たない事から魔獣に分類される事も有るが、災害級の脅威で有る事に変わりは無い。
討伐されるまでに街を半壊させた事例も有ると言う、黒き魂を持つ者に温情を掛けてはならないのだ。
その全てを失い、自分の命すら投げ捨てる暴れぶりから、無敵の人と呼ばれ恐れられている。
母親に大切に甘やかされ育てられると役立たずに成長し、親を早くに亡くすと凶悪に、有る意味強靭に育つとは何とも皮肉な話で有る。
◆ ◆ ◆
「へぇ~沼の幼女かぁ…邪鬼になる前はどんな人間だったんですかね…」
話を聞いた英二がマドカに問う。
「そうだなぁ、君等の時代ではまだアレになる黒き魂は生まれないだろうね、もっと先の時代にそうなってしまう要因が有るんだ。だがそれはもっと以前に種が蒔かれた結果でも有る。こちらの世界だといくつかに別れた悪神の残滓…西の大陸の北西の地に降臨した大悪の一つ…【平等】に起因すると思う」
「おいおい!待ってくれ平等なのは良い事だろう?何で大悪になってしまうんだ?!」
「うん…普通に考えれば、固執し過ぎず程度をわきまえれば良い事だと思うよ?だが悪神を形作っていた概念は分裂し、その【平等】が宿った対象は全てを等しくしようとした。能力が高い者も低い者も、持てる者から奪い、持たざる者に分け与える。その概念は宿った対象の死と共に薄まり、拡散し宿主を変えた。そう、弱体化して対象を完全には支配出来なくなった。つまり…」
「何となく理解出来ました、残された新たな宿主達はそれぞれの主観でそれを捉え、徐々に歪んで、世界に広がって行った…と言う所では?」
「その通り、最終的には西の大陸の極東地域を覆い、アシハラ…かつての大八島国にまで侵食し暴れ回った。歪んだ平等の結果、危険な世界でもあったしね、人々は出産を嫌がり、或いは躊躇い、人口は減少の一途を辿った。アシハラの神人達は侵食を止める為に大地を動かし岩山を周囲に作り出し、一時期は島の周囲を全て閉じたくらいなんだ。それを行ったのが…君等の…西暦?だと…1999年だね、地震で多くの人々が亡くなってしまったけど、黒き魂の増加を止める為にはその当時の現人達の国を滅ぼすしか無かったのさ、上層部も侵食されて魔人と化していたからね、だから今、この世界に国は存在しない、勿論侵食してきたのは歪んだ【平等】だけでは無いけどね、悪神の残滓は他の概念を宿す者と戦争し始めた。それが世界が壊れた原因でも有る」
「難しい話ですぅ、マドカ様ぁ、他の悪神の概念ってどういった存在だったのですか?」
今度は涼夏が質問する。
「大きいものから小さいものまで色々とあったけど、大きなものは、【自由】【平等】【博愛】そして一番危険な【正義】これらは四大悪と呼ばれている」
「………俺も流石に分かって来たぜ、分量を間違えれば確かに危険だよな、しかも元々は一緒だった物がバラバラになって、宿主達はそれに固執した存在、他のモンなんか一切認めない、と来れば戦争にもなるのか、うぅっ…確かに怖い、思想ってのはある意味疫病だよな…人の心に巣食う…」
「西大陸の北に落ちた【平等】そこから少し南西に落ちた【正義】そして、東大陸に落ちたのは…【自由】と【博愛】…それに大戦初期に神人達が破壊し悪神を分裂させてしまった。悪神の核になっていた【選民】と【支配】の残滓も薄まってはいたが、分裂して世界中あちこちに宿主を求めて飛び散って行ったからね、大戦終了後はかなり浄化はしたんだけど、未だに世界の八割が魔界と化している状態さ…」
「じゃあここが、アシハラが本当に最後の聖域なの?」
「現在人類が一番多い地域ではあるね、西大陸南方の島々には数万人規模では有るけど人類が集結して抵抗している。後は西大陸の西の果て氷の島に数十万のコミュニティがある。神格者は少ないけど、精霊から進化した霊性の高い存在エルフへの信仰が厚い土地でね。彼らが守っていたお陰で世界宗教の影響が他の西方諸国より軽微だった。それでも人類の生息域は狭い、残りは西大陸の須弥山周辺とここアシハラに殆どだね…」
「東大陸には人類の生息圏は無いんですか?」
「東大陸は少し複雑でね、別の日に纏めて教えてあげるよ、今は巨大な結界を張って閉じ込めてるからあまり関係無いしね、じゃあ話を戻そう、大勢の神格者が大戦前に避難してきたんだ、大戦後は現人や獣人もね、神格者は兎も角、仕方無い事だけど大戦後は文化の衝突で精神性を落として辺境に流れて行く者が多くてね…」
「確かに知らない土地で自分達の我儘で習慣を押し通せば。精神性を落としてしまうだろうなぁ…ってのは分かるけど、何で辺境に行ったんだ?」
「新生歴ゼロ年に大地を動かしたって言ったろう?その時も多くの人死にが出た。それでもやらなければならなかった。大八島の地形は複雑に入り組んでいてね、人の生息領域は飛び地になりその上魔界の侵食、悪神の残滓を滅ぼしても人類は追い詰められたままだった。辺境に行ったのは【有徳律】の影響でね、この辺はまた別の機会に詳しく教えるけど、龍脈と新たな世界の法則とだけ言っておくよ」
英二は顎に手を当て考え込む。
「補給や人々の行き来が断絶されてしまっては、いつ奴らに滅ぼされても…大地を動かすか…スケールが違う…」
「…だから…今はほぼ円形の小大陸と言って良い、そして円の中心から結界を多重に張っているのさ、龍脈を利用してね。つまり人々は精神性に応じた地域で無ければ生活が出来ない様になった。文化的多様性を維持するには棲み分けると言う選択肢が最もベストなのさ、精神性の高い者は思想が違ってもそれは人それぞれと互いに干渉せずに一応の共生は出来るが、精神性低い者は己の正しさを疑わず相手を罵り押し付け合い、ゴリ押しして更なる軋轢を生む者が多いからね、どうしても棲み分けは必要なんだ」
「うぅっ!…俺もちょっとそう言う所有るかも…」
「あ…わ…私はいつも正人君の事を認めてますから、大丈夫、罵ったりしません……よ?」
マドカは苦笑しながら二人に告げる。
「あ〜別に無理なんかしなくて良いんだ、そんなの一度の転生では中々至れない領域なんだからさ、無理して綺麗事を述べれば本性が逆に透けて見える、正直で構わないんだ、嘘を語って善人を装えば、それはそれで魂の汚れに繋がる。段階に応じた生き方が有るんだよ」
「青鱗の魔女と青鱗の魔人ね、あの女…アイツは絶対に青鱗の魔女になるわね。手下を使ってアタシにあんなに酷い事するんだもん、そうに決まってる、何か男にチヤホヤされてたし…」
美咲は誰かを魔女に当て嵌めたいのだろうが…
「どうだろうね?少し君の記憶を見てみようか?」
「うっ…それはちょっと…その恥ずかしいってゆーか…」
美咲は何故か顔を赤らめる。
「ああ、その彼女の事を思い浮かべるだけで良い、君の私生活は見ないから大丈夫」
「そうなの?それなら…ちょっとだけ、どうすれば良い?」
マドカは指先を美咲の額に当て目を瞑る。
「幼い魂、成長出来ない環境、恐怖と衝撃、祖先から受け継いた力、成る程…何も知らず純粋で有るが故に歪んでしまったのだね、恐らくは一つの人生でより多くの経験を得る為に宿ったのだろうが、過酷だな…なんて無茶な魂なんだ…ギャンブラーだよ…」
「え〜〜?何よそれ?!それじゃ、あの娘は元々悪く無いみたいじゃ無い!絶対真っ黒だと思ったのに…」
「そりゃあ君の主観で見たらそうかも知れないが、人生はね…ゴールと経験すべき課題は有れど、基本的には何も決まっていない白いキャンパスみたいなものでさ…」
「むう…納得行かない…」
「何かを経験しなければならないが為に、そうなって行くってパターンも有る。そう云ったものを歪めて現世での利益を独占しようとしたが為に、輪廻のシステムに手を加え魂を腐らせるパターンと、他人に影響され自分で考える事を放棄して、そんな人生が続いたが為に魂を黒く染めていく、魂の嗅覚が鈍ったが故にそうなるパターン、こちらの世界で言えば過去の世界宗教の信徒達とかね、後者は【沼の幼女】【青鱗の魔女】は少し違うかも知れないけど、前者に近いかもね、君が嫌いな彼女は単に未熟なだけさ…それより…」
マドカは息を吸い込み思考に沈む。
(もう一人見えた美咲が恐怖を抱く者、だが…彼女も別に黒い魂では無い、経験を積んだ古い魂ではあるが、それよりも肉体に違和感が有る、祖先の性質と嗜好、僕が円谷正人であった時の向こうの記憶は薄く、何故時空の穴に落ちたのかは定かでは無かった。この若者達が語る古い時代の文献と小鬼の描写、少しだけ見えたかも知れない、だが…僕は円谷正人が自力で帰還出来る様に手助けするのみだ)
「なぁ…マドカさん、美咲ちゃんの占いはその辺にして【青鱗の魔人】の出現で街が半壊したって有るけど…何?この大量破壊兵器が暴走したみたいな描写は、盛ってるだけでしょ?この本…」
「ん?…おお!それは嘘じゃ無いよ?歴史上出現して甚大な被害をもたらした事は何度かあったけど、その描写はね…僕が人であった頃の故郷の描写なんだぜ?実際にこの目で見てるから間違い無いよ」
「そ、そうなのか?マジか…後学の為に詳しく聞かせてくれよ、こっちの街も人がどんな生活してるのか興味有るし…」
「そっか、じゃ僕の若い頃の話をしようか、街での生活の事もね…あれは…今から六十五年前………………………」
修練初日の午後…
四人の若者達の学びはまだ始まったばかりであった。
m(_ _)m高評価ブクマ宜しくお願いします
長いので2つに分けました




