真人の庵にて④過去生の記憶
土埃と瓦礫の山…
怨嗟と呪詛を振り撒き、暴れ回る怪物…【青鱗の魔人】
その日…僕の街は半壊した。
邪言は使えないが、その凶暴性と危険度において、十数年前に神格者達が総力を挙げてアシハラから絶滅させた大鬼に匹敵するとされる、【青鱗の魔人】は僕の街を半壊に追い込み、浄化ギルドの冒険者達を殺して回った。
高天宮殿から、慌ててやって来た数名の【真人】に討伐されるまでに街の人口の三分の一を失った。
僕は家と父親を失った。
母は半狂乱だった。
それまでは、僕の人生に口を出す事は多かったが良い母親だったと思う。
「冒険者には近付か無いでね、跡継ぎの貴方が怪我をしても困るし、いえ普通のサイズの人達なら良いけど、大きな獣人も多いでしょ?…ここは冒険者の街だから…」
なんて言う事は有りはしたが、少なくとも良い人間であると思っていた。
僕の街は辺境の近くではあったが、比較的安全な第三居住可能区域にあった。
第一、第二居住可能区域になると、安全な場所では有るが、金や資産はあまり意味を持たなくなる。
僕の両親はそう言った物を手放したく無かったのか、手放してまでそちらに住みたいと思っていなかった。
父が医者を営んでいた事から、街の住人の中でも裕福な家庭でもあり。
両親は第三居住可能区域のこの街での生活に満足していた様に思う。
この街の先に有る森も、街は無かったが第四居住可能区域とされていたし、魔界などは遥かに遠い地域でしか無く…
一番近い場所で街から更に南の第四の先、第五居住区域とされているる湖沼地帯沼の奥には微量の瘴気が発生し、【沼の幼女】と呼ばれる弱い邪鬼の生息地帯がありはしたが…
街の周囲には、危険な魔獣もおらず…
また街には浄化ギルドの大きい支部も有り新人冒険者の教育に引退した二つ名持ちの冒険者が多数詰めている事から、安全な街であるとされていた。
【青鱗の魔人】との戦いで多くの有名冒険者が命を落とした。
【岩体術の戦象】象人の戦士チャンドラー
【風の刃】アシハラ有数の女剣士にして風の言霊使い一番星綺羅羅
【ルーンバレット】魔弾の銃士ルーンの継承者ソール=ヨハンセン
【雷符連撃】南の島から来た符術道士…詠健
【鋼の獣爪】霊能持ちの憑依拳士…獅子人のハコン
そんな二つ名持ちの冒険者達、既に引退しては居たがかつては西大陸で【五闘星】と呼ばれた有名パーティーすらも…
その他当時有数の有名冒険者も在籍している事から、安全な街だと皆が思っていたに違いない。
だが、岩の身体は打ち砕かれ…
風の刃は硬い鱗に阻まれ…
ルーンを刻んだ弾丸による痛みは魔人の怒りを買い更なる破壊を生み…
雷撃は魔人の粘液に阻まれた…
強烈な邪気に善霊は霧散して細かな霊素へと還った…
密かに憧れていた冒険者達は無惨に討死し、母は…善人だと思っていた母の本性も明らかになった。
魔人が討伐されて後、父と全ての財産を失った母は生き残った冒険者を捕まえては呪詛を吐き、彼ら彼女らを責め立て、それは見苦しいもので…
「アンタ達が役立たずだから!あの人が死んだ!どうしてくれるの?!私の人生がメチャクチャよ!好きでも無い男に愛されようと我慢したのに!医者でお金持ちだったからっ!だから彼と結婚したのにっ!ああ!なんて事!家もお金も全部…3区は安全な街だと思ってたから!獣人にも我慢してたのに!もう…終わりよ…うぅっ…」
母は精神性を大きく落とし…
そして僕は…
ひたすらに悲しかった。
父を失い母のこんな姿を目にし…
憧れの英雄達はあっけなく死んだ…
母の様に半狂乱なって冒険者を罵る人々も多くいた。
かつては親切で良い人々だと思っていた。
母に、彼らに、人の世の無情さと世の縮図………
強い哀れみを感じた。
自分も同じ状況で有るのに…
絶望はしていなかった。
どうにかなると楽観はしては居なかったが、不思議と気力は衰え無かった、自ら進んで瓦礫を片付けていると、それを見た人々が後に続き…
徐々に人々に力が戻ったのが自分の事の様に喜ばしく思えて…
何故か充実感と幸福を感じた。
父が亡くなり家は破壊され、母は気が狂った様になっていると言うのに…
そして、僕に突然の進化と覚醒が始まった。
魂に蓄積された記憶が次々と蘇る…
旅の途中で獣に殺された最後…
戦場で敵将の首を取ったのが切っ掛けで出世はしたが、調子に乗り過ぎて晩年は周りから人が居なくなり淋しい最期を迎えた記憶。
幼馴染の青年に告白され結婚したが戦場に行ってしまい、彼が戻るのを待っている間に髪が白くなってしまった記憶。
ネットゲームで知り合った男性に口説かれて実際に会ったが、予想と違いがっかりし、その後は理想が高く成りすぎて結婚出来ずに人生を終えた女の記憶。
球技の大会で世界大会に出たが一回戦で敗退し、帰国後はコーチとして生涯を送った記憶。
大型獣人に生まれ、現人の生活に憧れて集落を出たが風当たりが強く心が折れ、結局生まれた村に帰ってそのままそこで暮らした記憶。
勿論苦労の多い人生と孫に囲まれた幸せな余生を送った記憶も有りはしたが…
大抵は辛い記憶が多い様に思う。
だが、それはほぼ次の人生で解消されており、それの繰り返しで嫌な気分になったのも一瞬でしか無かったが…………
無視できない記憶が人生が一つだけあった。
…それは…
◆ ◆ ◆
何も出来なかった。
何処とも知れない異界の森…
小さな異形の集団に囲まれた。
仲間の一人が突然叫び出した。
彼女は何か意味不明な事を叫びながら昏倒した。
踊り掛かって来た数多の異形の生物の石斧が顔面に直撃し、目の前が赤く染まった。
もう一人の仲間…眼鏡の青年…
彼も奴らの棍棒で殴られ倒れて動かなくなっていた。
割れてレンズにヒビが入った銀縁の眼鏡が転がっていた。
異形の生物は動けなくなった僕を引き摺り、彼の上に物ででもあるかの様に重ねて置いた。
その扱いにこれからどうなるのか何と無く理解出来た。
多分食べられるんだろうと漠然と思った。
僕達に、後で解体する食料にそれ以上の興味を失った奴らは叫んだ挙句、気絶していた女友達のジャージを引き裂き………
彼女の悲痛な泣き声と悲鳴を聞いたが動け無かった。
僕の下で昏倒している友達の身体が冷たく、固くなった。
死んではいない、微かに見える友達の服が灰色の石に変わった。
何故?と思ったが…
違う、僕の身体の衣服までもが石に変わりそれが彼に移ったのだと理解した。
確認しようと近付いた生物の足が灰色に変わったのを見た。
異形の生物達の慌てる顔…
片方だけ残った目で最後に見たのは、森の奥にジャージや衣服の切れ端がかろうじて引っ付いただけの裸に剥かれた、女友達を担いで逃げて行く異形の生物達の姿。
きっとあの場にいれば、呪いか何かで石に変えられてしまうと慌てたのだろう。
完全に暗闇になった。
目が石化したのかも知れない。
意識はあったが、それも間もなく…途絶えた…
◆ ◆ ◆
気付くと何処かの診療所のベットの上で目が覚めた。
坊主頭の痩せた褐色の男が僕に話し掛けて来た。
褐色の肌にターバン、外国人の様に見えたが、言葉は流暢で【言の葉の護符】のお陰でそう聞こえるだけだとも言っていた。
彼は自らの事を【真人】だと名乗った。
時空間の乱れを検知した現地の【神人】の指示で、彼が探索に出た時に僕らを見つけたらしい。
僕達が助かったのは、僕の霊体が持っている地霊の力によるものだと聞かされた。
森の広場の周囲の木々が全部石化していて驚いたとも聞いた。
「あの状態から元に戻すのは苦労したよ…ん?…勿論!君の友達も無事だ。だけど君の左目の眼球は潰れてしまっていてね、私が見つけた時には数日経過していた。石化を解除してから治療を始めたが、残念だ…傷が付いたくらいで有れば視力を落とすだけで済んだろうが…」
そう言って力不足を詫びて来たが、そんな事はどうでも良い。
僕にはもっと他にやらなければならない事がある。
あの生物に攫われたあの娘、仲間を助けに行かなければ、そして元の世界へ帰還を果たさねばならない。
この診療所がある場所は、妙に清々しい気持ちの良い場所だが、何故か同時に居心地が悪い。
僕達を助けてくれた真人に理由は聞いた。
「あぁ…ここはアシハラの中心で、地上に居る真人や神人、霊性や精神性が極めて高い獣人や現人が暮らす街だ。精神性に応じた地域に住んでいないと居心地が悪くなるんだ。日数が経過すると不快で居られなくなるだろうな、とは言えこの世界で生きるのに最低限の知識と身を守る術くらいは身に付け無いとな、あと数日は我慢してくれ」
だが、友達も僕もこの世界で生きるつもりは無い。
だからこの、インド系だか中東系だか分からないが、この真人を名乗る男に頼み込んだ。
友達を助けてくれ、元の世界へ帰る方法を教えて欲しいと…
「事故で異世界に来てしまったのは哀れではあるが、人手が足りなくてね、西の大陸の神域、須弥山までは解放したが、それを維持する人手も住人も足りない。ふむ……だが求められたら応じるのが神格者だ、友達が現在どう言う状況にあるか分からないが、友達は女の子だったか?奴等の習性なら少なくとも死んでは居ないだろう、千里眼が得意な者に調べさせるとしよう、救出部隊は私と君達二人でやるしか無いが大丈夫か?」
気は急いたが、何の準備も無しではどうしようも無い。
最低限の訓練と適正に合った術を教わり、声法も正しい音程に調整出来ぬままであったが、彼女の救出に向かった。
僕達は身を守るのが精一杯で大した活躍は出来なかった。
だが…少なくとも足手まといにはならなかったと思う…
褐色の真人の術は凄まじいものだった。
元々炎の術が得意だとは聞いていたが…
また僕らが恐れずに戦えたのも彼が精神に作用する術を使っていたかららしい。
「我が古の先達♪炎の神よ♪その白き浄炎で邪鬼達の肉体と霊体♪その黒き魂を燃やし尽くせ♪喰らえ!火神の吐息!」
殆どの小鬼とそれをを率いる上位種らしき青白い小鬼は…
褐色の真人が広範囲の【浄化の焔】で消滅させた、
不思議な事に森に火は燃え移らなかった。
小鬼の集落には多くの多種族の奴隷達が精神を支配され囚われていた。
中には妊娠している者も少なからずいた。
だが精神支配されていた奴隷の中に女友達はおらず…
集落の奥…
岩牢の中に閉じ込められていた。
鎖に繋がれ…
汚い首の部分だけ穴を開けたボロを纏い…
既に気が触れていた。
触れようとすれば泣き叫び手が付けられない。
「君の友達は地系統の生命と接触する能力、つまり植物と意思疎通する能力を持っていたんだろう。ここは森の中、邪鬼達は木々の精霊達に嫌われて居る。だから精神支配の邪言を邪魔したのだろうな、彼女を通じて…彼女に取っては逆に不幸な事だった。鎖に繋がれて、精神支配されずに全てをそのまま体験し気が触れたのだ、心の治療は難しい…」
友達の腹はほんの数日だと言うのに大きく膨れていた。
小鬼の子を身籠っていたのだ。
褐色の真人は友達が泣き叫び、疲れ果て寝たのを確認してから大きくなった腹に手を当て…
浄化の焔の言霊を呟いた…
◆ ◆ ◆
そこからの記憶は断片的で、冒険者を続ける中、褐色の真人から連絡があり焔の巫女を探せと助言された。
アチコチを巡り探している記憶…
異世界に転移して暦を見れば三ヶ月目だと理解した。
眼鏡の青年、相棒が元の世界に残して来た彼女を想い月を見上げ宿の屋上で涙を流している光景…
僕の胸は激しく痛んだ…
あの日…関係無い、部外者だから帰ってくれと都市の駅前で相棒の恋人を追い返した。
僕はあの不良娘が嫌いだったから相棒がトイレに行って居ない隙に追い返した。
彼女は涙ぐみ、口の中で何かを呟いて肩を震わせ、持っていた弁当を僕に投げ付け帰って行った。
地面に散らばる、彼氏に食べられる事が無かったサンドウィッチの残骸…
胸の痛い、自分を殴りたくなる様な記憶。
焔の巫女と思われる大人しそうな金髪の少女と相棒と一緒に、地下深く繋がる階段を降りる記憶、不味い…彼をアレに会わせてはならないのに…
その光景は階段を降りているだけなのに激しい後悔を感じた。
そして最初の森の中、押し寄せる数多の魔獣と邪鬼達。
僕は大きな長い刀を振り回し、大地の槍を隆起させ敵を振り払う、背には気の触れた女友達を背負い縛り付けて、森の中を走る。
正直バランスが悪い、前衛で守備と攻撃を両方担当する僕と後衛の相棒と同じく後衛の焔の巫女…
相棒への攻撃を防ぎつつ焔の巫女と気の触れた女友達を背中に担ぎ、守りながら森の道を広場に向かって走る。
そう…焔の巫女の一人に協力は取り付けた。
他の巫女には断られた。
後は穴を開けて向こうに帰るだけなのだろう。
だが…焔の巫女、あの心優しい金髪の少女では駄目なのだ。
黒い巨大な影が追いすがる。
僕に守られながら焔の巫女が浄化の焔の言霊を唱えるが…
後ろから黒い影と同じ位の大きさの二つの影が現れる。
一つは角の生えた赤い肌の大男…
もう一つは同じく角の生えた青い肌の巨大な女…
圧倒的な戦力差、大鬼が三体も…
新しい大きな二つの影に気付き、後ろを振り返った時に目にしたのは…
血溜まりと白い骨の破片、ミンチ状の肉塊と長く美しかった金色の髪の束…
好奇心旺盛で心優しい娘だったのに…
他の焔の巫女には断られてしまった…
異世界に行きたがる娘は彼女しか居なかったのだ。
この運命を回避するにはどうすれば良かったのか?
僕の個人的な事情のせいで巻き込んでしまった。
大陸の戦地から戻ったばかりの彼女は、後は冒険者でもやりながらこの地の浄化を続け…
アシハラの色々な所を巡ってみたいと笑顔で語っていた。
異世界の話にも食い付いた。
ここでは無い何処かへ行ってみたいと…
僕が誘わなければ彼女は生きていただろうに…
三体の大鬼に囲まれ…
我を忘れ立ち尽くした時…
炎の縄が身体に巻き付いた…
熱さは無い…
離れた場所に投げ飛ばされた…
それは相棒の術だった。
木の枝の上に落下し怪我は無かった…
相棒の僕らを逃がそうとの判断は、あまり意味は無かった。
何故なら…
僕の代わりに大鬼に囲まれた相棒が何か呟き…こちらを見てフッと笑った。
彼の身体が炎に包まれ…
一瞬だけ炎が小さくなる…
その直後…彼の身体が一瞬で灰になり崩れ落ち…
その中心から巨大な火炎球が瞬時に広がり…
小鬼と魔獣の群れも…
大鬼も…
巫女の肉塊も…
僕等も森も全てを包み込む巨大な灼熱の炎…
あんな加護を貰った為に…
そこで記憶は終わっている…
僕の魂が経験した過去世の記憶の中で最も激しく…濃く…胸が締め付けられる記憶…この記憶の傷はこの世界に転生し、真人に進化した今でも解消出来ていない。
◆ ◆ ◆
街の瓦礫を片付けている体制のままで放心状態になっていたらしい。
この街に滞在しながら復興を手伝っていた三人の真人が僕の周りに集まり、柏手を打ち祝福してくれた、
「おめでとう!新たな同胞よ!覚醒者の世界へようこそ!」
「これから君は高天宮殿でこの地にいる全ての真人!そして神人からの祝福を受ける事になる!」
「左様…十年程の教育を受け、人類の生息領域を広げる任務に着く事になるだろう。準備は、聞く必要も無いか、既に君は人を超えた視点を獲得している筈なのだから…」
騒ぎを聞きつけてやって来たのは、かつての…数刻前までの…
人であった時の母親が周囲を睨みつけ哄笑する。
「アハハハ♪どう?皆さん!羨ましい?神様はやっぱり私を見捨て無かった!私の…私の愛する息子が真人に進化したよ!あぁ!金を持ってるだけが取り柄の退屈な男と結婚しなければならなかった、不幸な私にも運が巡って来たよ♪神々の城…高天宮殿で暮らせる日が来るなんて!これからは神の城で清らかな安寧に包まれて生活出来るのね!」
その言葉を聞いた真人の一人、控えめな飾り気の無い格好の女性が笑顔を崩さず母親に告げる。
「彼のお母様ですか?…貴女は勘違いしておられる。もう彼は人では無いし、貴女の息子では有りませんよ?」
「あ、あの…真人様方ぁ、あの子は私の息子で間違い有りません…それに…んっ…私もまだ三十半ば…それなりに、美しさでは若い娘にも負けておりません、高天宮殿で…神々に仕えながら次の夫になる方を探し…」
「哀れな…精神性に見合わぬ場所で無理をして生きて来たのか?可哀想に…同胞よ君の生みのお母様の生まれは?」
「はい…父が五区へ医療支援に行った時に一目ぼれしてそのまま…一緒になったと…」
「矢張りね……」
リーダーと思われる真人に目配せする。
「承知した…御婦人…少し貴女に祝福を施しても良いかな?」
老齢の迫力ある真人に問われ…恐らくは認められたとでも勘違いしたのだろう。
「ああ!ありがとうございます!これからは心を入れ替えて神々のお世話を致しますわ♪」
老人が母の額に指を当て…言霊を呟く…
「我が心に宿る神霊よ♪どうかこの女の苦悩と煩悩を取り除き♪白く漂白し輝きを取り戻しておくれ♪」
真人の世界が母であった女性の世界に重なり認知を書き換える。
次の瞬間、母は少女の様にあどけない笑顔で微笑み…
「あら?私どうしたのかしら?えっと……そうだわ!街が大変な事に……」
近くでその様子をポカンとした顔で見ている、足を怪我した老婆に気付き声を掛ける。
「あら!嫌だ!七星さんのお婆ちゃま!どうなさったの?足の怪我大丈夫?駄目よ!そんな怪我で動いては!これでも少し前迄は医者の妻だったんですからね!肩を貸しますから避難所へ行きましょう!」
「ほっ?えぇ?!アンタの息子は良いのかい?!」
「息子?誰の事かしら?私達夫婦には子供が出来なかったのよ…意地悪言わないで!…それじゃあ真人様方…失礼致します……私なんでこんな所に来たのかしら?」
「左様…貴女は新しく我々の同胞になった若者に祝福を告げに来たのでは無かったかな?」
「まぁ!なんておめでたい!物忘れする様な年では無いのだけれど……あら♪若くて綺麗な方…貴方様のお母様は幸せ者ですわね…お子様のこんな立派な姿を見られるのですから…さぞ喜んでおられるのでしょうね…」
「ええ僕もそう思いますよ…母は既に亡くしておりますが…」
「私ったら…おめでたい日になんて事を…お許し下さい真人様……それでは失礼しますね…
さぁお婆ちゃまも…避難所で包帯変えなくちゃ…こんなに汚しちゃって…」
母は瓦礫の向こうに去って行った…
「彼女もあれくらいで有れば第三区域での生活も苦しくならないでしょう、本来で有れば第四…第五区域辺りで暮らした方が暮らし易いくらいの精神性に堕ちてましたから…」
「だが…因果を解消出来て居ない魂の記憶を半分消してしまった。残念な事だ…穢を知り、そこから改心出来ればより強い魂が育ったものを…」
「彼女の魂は弱い、それは無理でしょうね。それに完全に黒くなってしまってはどちらにせよ因果の解消も認知の書き換えも出来ませんでしたから、逆に良かったのかもしれませんよ?…それに新たな同胞が邪魔される事無く、修行に専念出来る事の方が重要ですもの、今の世界の状況ではそちらを優先すべきですわ。それでは行きましょうか…同胞…マドカノミコトよ…」
◆ ◆ ◆
その後…修行を終えて一人前の真人として前線へも何度か赴いた。
アシハラに居る間は魔界の監視に志願してここで目を光らせていた。
未だ心に残り続ける後悔を、自身の因果の傷跡を、この世界で解消する為に…
僕が円谷正人であった時に行ったのはこの世界では無い、少し低い位置に存在する並行世界だろう。
年代は同じだが、状況は若干違う。
西大陸の浄化と生存領域の拡張は数十年も前に須弥山を拠点として大陸中央にまで差し掛かりその進行ルートは人材もそれなりに潤沢で安定し、他にいくつもの小聖域を浄化している。
今の円谷正人は僕では無い、存在としては同じだが、魂は全くの別物、彼のいた元の世界も別の世界で有る事は間違いない。
一つの世界で時間は一方通行である。
例え時間を飛んだとしても行けるのは良く似た並行世界でしか無い。
帰れても、例え草花一本の違いでも、それはもう別の世界なのだ。
だがそれでも彼らの結末を変えねば僕の心の傷は癒され無い。
状況はかなり違う、彼らは全員五体満足で怪我も直りつつある。
鈴本さんは邪鬼に攫われていないし、妊娠もしていない、兄弟も左目は無事だ。
英二も注意深く修練すればあんな結果にはならないだろう。
あの階段は、少し調べてみないと分からない、恐らくは神霊が集う冥界だろうが…そんな場所で出くわすアレとは?神霊が集う場所の筈だ。
だが他の者は兎も角、英二はあそこへ行かせてはならない様に思う、それも兄弟にそれとなく告げて置くのが良いだろう。
今回はみっちり三ヶ月有る、あの時とは違う、そして伊藤美咲がいる。
少々精神的に脆い部分は有るが、正直驚いた、あの戦闘センスと無意識で自分自身の最も優れている部分に言霊を使うとは…
何故にあんなに嫌って居たのか?ボンヤリとした記憶でしか無く、詳細は分からない。、
何故あんな意地悪な事を言って追い返したのか?
僕も当時はその程度の精神性だったのだろう。
彼女の涙を思い出すと今でも心がズキズキと痛む、可哀想な事をした。
(兄弟の事を悪くは言えないな…)
「……カさん!マドカさんってば!どうしちゃったのさ…ぼーっとしちゃって…」
「あ…僕とした事が申し訳ない…で…どうする?」
(ああ…いかんいかん…少しづつ状況が変わってると思うと…流石の僕も興奮するなぁ…慎重に言葉を選んで…)
◆ ◆ ◆
浮遊島を見て驚き喜ぶ四人の顔が眩しい、久しぶりに大笑いさせて貰った。
(あぁ…彼らの笑顔が…魂の傷が癒えて行くのを感じる、でも…まだだ…当面の訓練は…)
「あ!そうそう!訓練の内容何だけどさぁ…みんな一応近接戦闘の訓練はするけど…」
「え?!楽しみ!アタシ接近戦大好き!ってか得意!」
「お!元気があって宜しい!んで〜鈴本さんと英二、君は座学と声法をみっちりね…特に英二君は火の力が強いから安全な力の使い方をしっかり学ぶ事…本当に危ないからね…」
「あ、ハイ…この前も似たような事言われましたが、大丈夫!三ヶ月みっちり勉強しますから!」
「あーん♡マドカ様ぁ〜私には何か無いんですかぁ?」
「そうだねぇ〜鈴本さんは、空いてる時間にこの辺の木々と話してみて?空いてる時間で良いからさ、三ヶ月間掛けて関係性を築いてよ♪で…訓練終了するまでに一番相性の良い木を教えて♪」
「へ?…ん…まぁ良いですけど…慣れる為には良いのかも…前は一気に話し掛けられて気絶しちゃったし…」
「おい!マドカさん俺は座学は良いのかよ声法も!」
「慌てんなって兄弟!それも午後から夜に掛けて皆にみっちりやって貰うけど…」
「お、おう!…午前中は?」
「ん?決まってんじゃん!ヘタレを直すんだよぉ〜!組手!戦闘訓練!」
「わ、分かった…お手柔らかに…」
「はぁ?相手は僕じゃ無いぜ?…てわけで…美咲ちゃん兄弟の事はサンドバックにして良いからね!思いっきりやっちゃって!あ!言霊は封じてね♪」
「お、おい!そりゃ…ちょっ
…アレをあの蹴りはちょっと…首とか折れちゃう…」
「大丈夫だって!言霊は封じてやるんだし、地霊の加護なんてチート持ってんだからさぁ!地面の上に素足で立ってご覧?体力は無限に湧くし回復力も相当のモン何だから!……まぁ…痛みはどうにもならないけどね、慣れだよ慣れ、ビビリをどうにかしないと始まん無いからさぁ…」
「うっ!それを言われると…何も言えない…美咲ちゃん…お手柔らかに…ね…」
「正人君宜しくね♪遠慮しなくて良いなら…あの技とか…この技も…空中で……あ…でもたまにはマドカさんも相手してくれるんでしょ?真人と喧嘩してみたいし…」
「勿論!僕が過去生で覚えた技術も教えてあげるよ、取りあえずは一ヶ月後でどうかな?それまでに色々と訓練して腕を磨いておいて♪」
若者達は期待に胸を弾ませ、緊張して、身を震わせたり、青くなったり…
そして三ヶ月後には、大陸に…戦場に旅立つ前に焔の巫女を探すように指示しないとならないだろう。
真人が世界に時空の裂け目を作るのを手伝う訳には行かない、焔の巫女の巨大な霊力は絶対に必要だ。
霊力の一点だけ見れば焔の巫女達は真人と同じか神人に匹敵する霊力の量を保持している。
特に女性はその傾向が顕著なのだ。
男性の場合は…
ヤマトタケル…ヘラクレス…武吉…そう…神格者に匹敵する身体能力を誇る…英雄と成り得る。
つまり…焔の巫女とは極めて霊性と霊力の高い現人や獣人と神人や真人の子供達…
例えば神人と真人の子供でも現人や獣人として生まれてくる。
だが成長の途中で、上位覚醒する確率が極めて高いとされている。
中でも焔の巫女は文字通り炎に対して強い適性を持つ。
特に元々西方人にその傾向が強い為か、焔の巫女の六割が西方由来の神人、真人の子供達である。
(だが…あの金髪の娘は…可哀想な事をしてしまった。力はあったのだろうが、彼女は脆すぎた。同じ娘はこちらにもいたが、前線へ送る期間を調整して三ヶ月後に僕と前線へ旅立つ事になっているから問題無い…)
過去生の記憶を探る。
(だが…あの時は他の巫女には断れれてしまった。こちらで活動してる巫女達には、確か護衛がいて焔の従士だったか?…辺境…そう…確か…巫女を攫われたと言ってヤケになり、第六居住地域の酒場で飲んだくれていた奴が居たな、その巫女は分からない、まだ行方不明も出ていない、全員を把握しているわけじゃ無いからな…だが…従士は確か…ジョーだがシャックだか、西方人の男だ…黒み掛かった金髪に茶色の瞳…伸び放題の無精髭…安酒の匂い…)
それに賭ける価値は有る。
正人達にはこう言えば良い三ヶ月後に…
『邪鬼に攫われた焔の巫女を探せ』
と…
ペコリm(_ _)m
地獄に住むモンが天国に来たら苦しくて苦しくて仕方が無いのよ
byアレあの…誰だっけ?忘れたどうでも良いか…




