26話ー選択ー
ーアルパース大穢場 古屋近辺ー
【天糸スユニ 粘糸】
細く柔い粘着性のある糸を空間に張り巡らせる。それは広範囲に及び、イゼの腕を振るう間合いにも存在した。
ルゼラカルトの狙いは、イゼが"糸を斬る際に長刀を振るってるのかどうか"を確かめること。
イゼの振るった刀身が斬撃を飛ばしているのか、または穢獣の力か確認する必要がある。
振るう瞬間を目視できないことを、認めたくはないのだ。
「話に聞いた残虐性とは違って、随分と用心深いんだねルゼラカルト」
イゼはその企みに勘付いていた。
真っ向から来られるのを、恐れている。
イゼは粘糸を纏わり付かせながら、ルゼラカルトへ距離を詰めた。鋸状の小剣を格納魔法で即座に抜刀。
そして、"近くで初めて感じる"のだ。
微かな……血の匂い……。
【___血核斬廟】
これ……マズいやつです。
【天糸スユニ 禁糸螺網】
自身の周囲に禁糸を張り巡らせ、イゼの一振りによる乱撃を防ぎつつ、イゼの次の行動を制限した。
後退したイゼだが、既に間合いを詰める為の脚を踏み込んでいる。
超至近距離だからこそ感じたこと。それは、刀身を纏う紅はイゼ自身の血の色であることだった。
禁糸同様に、目を凝らしていなければ見えない程に細い血の糸が、刀身から空間に伸びていた。
イゼが長刀を振るうと同時にその血も動くのを確認する。この先はまだ仮定だが、血に何らかの生命力が作用され、斬撃となっているのか。または、その血を斬撃として飛翔させているのか。
仮定が合っている場合、この空間は既にイゼの手中であり、散りばめられた目視できない血の飛沫から斬撃が飛翔する可能性がある。
ルゼラカルトはそう仮定しなければ、納得できないのだ。
長刀の一振りで、同時に幾本もの糸を斬られた事実は、自慢の糸操術を真っ向から否定されたと感じさせた。
後退しようとして張った糸が、斬られる。
今、長刀は振るっていない。細い血は見えなかった。
糸を張る為に当てていた生命力を、自身の身体へと移し、筋力を底上げする。
それでもイゼの動きに追いつけないと悟ったルゼラカルトは、自身の身体に糸を張り巡らせ、部位を強制的に動かすことによって補う。
八方からの斬撃を、通常ではあり得ない動きで防ぐ。
「まるで操り人形だね」
この激しい攻防の中で、息の乱れない落ち着いたイゼ。対しルゼラカルトは、斬撃を防ぐのに精一杯である。
そう、"防いでいる"のだ。
ジェンドから聞いた話によれば、腹部を大きく負傷していると。イゼは隙を与えず、仕留める斬撃を入れている。
さすがはヌルビアガといったところか。
噂されるだけの組織を語る実力は持っているのだと、イゼは実感した。
【___牙血崩山】
地面から血が刃となり突き出て、ルゼラカルトの踏み込む脚を狙う。それは脚の着く場所を想定し、踏み込んで蹴る暇を与えない。強制的に身体を動かせるルゼラカルトは、その斬撃を躱しながら後退に成功する。
"まだ穢纏は使えないだろ"と、イゼは攻めることを止めない。
"使わせてしまえばいい"。その心意気が、ルゼラカルトを苦しめる。
ただ生命力に惹かれてやってきただけのルゼラカルトにとって、これほど嫌な敵は無い。
戦いの練度は、その心理戦へも深く影響するのだ。
イゼとルゼラカルトは類似した能力。ましてや、イゼの方が大きく上回る実力。
イゼの懸念はただ、2体目以降の把握できていない穢獣の力だけ。強者との対峙でその懸念は、命のやり取りを大きく左右させる。
ロザンの計画と自身の置かれた状況を照らし、思い通りに戦えないことに苛立ち始めるのだ。
"リオルドラン"でない強者など、ロザンの推測には無かっただろと。
今自分は、結構辛い立ち位置なのだぞと。
表情筋は強張り、ルゼラカルトの瞳孔は開き始める。
「そう、そのまま……」
イゼはルゼラカルトに聞こえない小さな声で。
「そのまま苛立て」
イゼは吸い込む空気の量を増やす。
糸で身体を動かす速さの限界に達した。それを上回る斬撃は、ルゼラカルトの鎧の隙間から皮膚を掠め始める。
イゼが砕いて踏み込んだ脚の先を、直線に斬撃で砕く。
ルゼラカルトの足元にも及び、重心を探る手間を取らせる。
その額には、血管が浮き出る。
無呼吸による力みでそれを回避したが、また脚を着こうとした場所の地面は砕かれる。
イゼの"間合いを詰める動作の真似"を見て、切羽詰まったルゼラカルトは"キレた"。
「もう、いいですよね」
【逆廊 ベラケリぺ】
天糸スユニを討つ為に鍛錬した、使い慣れた穢獣。
ルゼラカルトは"糸も出さず"に、"空へ落ちていく"。
「酔うんですよねえ、これ」
ルゼラカルトの想定した、イゼの斬撃到達範囲の外に糸を張り、その上に乗る。
「やはり、戦場を制すのは空中ってことかい」
イゼは空中の奴を見据え、溜息をつく。
「空に落ちたね」
かつて、敵対状態になったベラケリぺが穢場を出て、"村が空に落ちた"と騒ぎになった事件がある。
詳しい能力をイゼは把握していないが、今ので大凡の予測はできた。
「厄介な力だね。直接的な殺傷力は無いにしても、面倒なものだ」
その高度のまま、"落ちる向き"を変えてしまえば、この場から去ることができたのだが。
それを許さないのがイゼ。
ルゼラカルトはまた、イゼの脅威に驚く。
イゼの抑制していた生命力の解放。
動きを探知されまいと抑えていた力を、解いたのだ。
ルゼラカルトは先程まで予測していた斬撃到達範囲が意味をなさないことを悟る。
今自身が居るその場所すらも、"イゼの間合い"なのだと。
「空中戦はあまり、得意ではないのだがね」
自身から伸びる血を引き寄せ、イゼはルゼラカルトへ飛翔する。
「もう少し、レイゼル達を見ていたいからね。邪魔させてもらうよ」
かなり小声で言ったイゼのその言葉が、都合の良い言葉だけが耳に入る感覚で聞き取った。
「あー、邪魔!その手がありましたね」
自身は緊迫していたのだと恥ずかしささえ覚える。
冷静になれば、普段もやっていることだろうと気付けたのにと。
ルゼラカルトの背後に黒の"半太陽"の魔法陣が展開。
【逆廊ベラケリぺ 逆落駆天】
古屋を囲む魔法陣。
イゼはそれを気配で察知した。
途端、イゼは空中へ落ちる感覚。
血にしがみつき大した距離は落ちなかったが、三半規管が狂ったことにより若干の吐き気を催す。
その隙に、古屋は瓦解し"落下"した。
空へ。
崩れた瓦礫の中に、カリンとモレオとその他兵士2名が確認できる。
「子供……ですか?」
イゼ程の強者が辺鄙な古屋に居たことから、何かを護っていると予測してはいたが。
「……子供」
引っかかるのだ。
メリトーに対して"妻と子"を人質にした時、あっさりと捨てる覚悟をしていたことに。
そして気付く。
浮くカリンの生命力は探知できるものの、モレオの生命力が微塵も感じられないと。
異端の思考は、直ぐに辿り着く。
「"禁忌"……ですかね?」
高度な透過魔法で隠されていた……それに気付けなかったことに納得がいく。
加え、あの地下全体を崩すことはしていない。
あの場所に居たのかと。
メリトー。罪な男め。
ルゼラカルトは、満面の笑みを見せた。
その狂気に、イゼは身震いする。
嫌な予感という言葉を、これほどまでに実感するものかと。
「さあ、イゼさん。どちらを護りますか?」
イゼは瞬時に糸の生命力を探した。
「しまっ……」
カリンとモレオの落下速度が上昇し、空高くへ落ちていく。
"同じ落ちていく感覚の中"で、イゼは2人までの行き方を模索。
「注意が散漫してますよ」
イゼへ向け飛翔される禁糸を斬る。
「やはり、人質は現地調達に限りますねえ〜」
モレオに糸が結び付き、ルゼラカルトへ引き寄せられる。
同時。
カリンは地上へ向けて落下を始めた。
"どちらを護りますか"。
イゼに叩きつけられた、選択。
"宝剣であるモレオ"か。
"カリン"か。
モレオに結ばれた糸は、今のイゼの位置からでは斬撃到達範囲外。
ルゼラカルトへ距離を詰めれば、カリンは間に合わなくなってしまう。
そんなルゼラカルトは、糸を蹴って後退し始める。
「これはまた、非道だねえ」
しかしイゼは、迷わなかった。
"そんな私を、イゼは殺す?"
カリンを、抱えていた。
イゼは空に重心があり、カリンは地上に重心がある。狂う感覚の中で、大事に抱えるのだ。
「……ごめんイゼ……ありがとう」
血で落下速度を抑えつつ、カリンを地上へ届けた。
イゼは遠のくルゼラカルトへ視線を戻し、空へ落ち始めた時。
「イゼ……!モレオを……!」
カリンは自分を責めているのだろう。
"感情の伝わらない、たかが宝剣"と、イゼは思っていた。
そんな輝くカリンの眼に、動かされてしまう。
「任せてくれ、カリリン」
空へと、落ちる。
ルゼラカルトは糸を蹴って疾走していた。モレオは糸に縛られ、空気抵抗を受けて皮膚が振動する。寒さにより唇は紫色へ変色し、乾く。
イゼから離れた機を逃さまいと、必死なのだ。
イゼが後を追ってくることは想定な……。
【___血疾斬山】
長い刀身を瞬時に納刀して、鞘から生命力を纏った血が溢れる。また瞬時に抜刀。
可視できる血の斬撃が、空を斬りながらルゼラカルトへ飛翔した。
例え避けたとしても、モレオを結ぶ糸を斬る位置に斬撃は来る。
「無駄な力を使わせてくれますね」
【逆廊ベラケリぺ】
ルゼラカルトとモレオの落下速度は急激に上昇し、漂う雲を突き抜けて落ちていく。
"モレオのみ"が落下を続け、ルゼラカルトは張る糸に背中を預け、イゼを見据える。
ベラケリぺを解除すると同時に、張った糸の戻る反発を利用して急降下した。
今更真正面から来るのか、何か策が……と思考を巡らすイゼ。
ルゼラカルトはまだ、イゼの斬撃到達範囲外。
右手からピンと張る糸は遥か上空に伸びていた。
右手を突き出しながら糸を勢いよく引き寄せる。
【天糸スユニ 禁糸烈豪】
乱れて飛翔する禁糸が、イゼの注意を逸らす。その対処に追われ、"その接近"の対応が遅れる。
上空から急降下するのは、禁糸を固めた球体。
斬ろうとしたが、ふと気付くのだ。
"モレオは何処だ"と。
その球体は、モレオを禁糸で包んで固めたもの……。
「非道め」
鎧を纏った左腕で球体を防ぐが、その勢いに乗せられ、"天井である地上"へ叩きつけられる。
その球体は地面へ衝突直後、飛散した。
地上を何遍も斬り刻む。
防ぎきれなかった糸が、イゼの表皮を斬る。
【天糸スユニ 糸槍沌】
既にモレオは引き上げられ、入れ替わるようにして糸で生成された槍がイゼへ落ちる。
その糸の槍を斬る直前に槍は飛散し、粘着性を持ったそれでイゼを押さえ付けた。レイゼルにも使った同じ技を、躱せなかった自分を恥じる。
身体から滲み出た血で糸を斬った頃には、イゼの重心は"地上"にあった。
「逃げ足の速い……」
ルゼラカルトの姿は、既に見えない。
身体の底から悔しさが込み上げる。
向かう場所は大体の予測はついているんだと、言い聞かせるように。
加え、糸を解いている間に護衛の2人の兵士が地面に叩きつけられていた。その命を守れなかったことも……。
カリンはイゼへ走り寄っていた。
「イゼ……!」
息を切らし、鼻息荒く。
「すまないね、カリリン」
格納魔法で長刀と鎧をしまう。
「アタシの力不足だ。行こう、レイゼルのところへ」
「待って!その前に」
カリンはイゼを抱きしめる。
「ありがとう。イゼ」
【養与回流】
イゼの身体を、芯から温める。
切れた皮膚が、塞がっていく。
「可愛いワンピース、血取れないや」
「……ありがとう。カリリン」
「ちょっと、手伝って!」
カリンは2人の兵士の遺体へ走り、埋葬してあげたい!とイゼの目を見る。
掘った穴に兵士を埋め、手を合わせた。
「行こう」
何も出来なかった自分を押さえ込むように、声に深みを出す。
歩き出したカリンの背中を、イゼは追うのだ。
ぐぅ〜。
イゼの治癒力を高めたカリンの魔法は、酷く空腹感をもたらす。
聞こえてないと願うカリンの後ろで、イゼはまた、覚悟を決める。
イゼの心境もまた、歩き始めるのだ。




