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戦いの始まり


手が震えた。足が重い。顔が冷たく感じる。心臓の鼓動がやたらと大きく鼓膜に響く。高瀬は、武器としては役に立たない小型レーザー工作機を、汗でしめった右手で握りしめて、家具やロッカーを積み重ねて作ったバリケードの陰に隠れていた。

 ただのエンジアの俺が何でこんなところにいるんだ。戦いなんか向いていやしない、喧嘩だってほとんど経験もないというのに、これから起こる戦闘を想像するだけで、恐怖で乾いた口の中で歯がカチカチと踊った。


「緊張するなぁ」高瀬の心を代弁するように、隣で丸くなっていた男が小声で言った。その男からも震えを感じる。


「黙って…彼らの集音装置に引っかかる」後ろで別の震える声が窘めた。やがて、ドスドスと鈍い響きが聞こえた。動くドラム缶とも揶揄される姿がバリケードの向こうに現れた。政府軍が作ったAI兵士は人の殺戮を目的とするように作られているが、それ以前にその無骨で威圧感のある姿を持つことで、やわな構造をしている生身の敵の戦意をくじき、早期に戦闘を終結させることも目的としている。


 そのため、あえて大きな音や光を発しわざとその存在をしらしめるようになっている、当然奇襲攻撃や隠密的な作戦には向かない。


 高瀬は、若いころからロボット設計を生業としていたので、その経験や入ってくる情報からそれを知っていた。AIで人と認識できたものを破壊するプログラムが内蔵されているロボット。かつて、人類同士が宇宙空間で戦っていたころに多く投入され、やがてその非人道性から製造が禁止された筈であるが、宇宙花の発見とともに、予想される異星人との戦いにおいて人類を守る側に改造する事を理由に復活したのだ。


 だが、やがて強権的になった中央政府は、なし崩し的に再び人類を標的とするようそれを大量に製造を始めたのだ。


 それが徐々に接近してきた。機械の上部にある赤いレンズが自分を凝視しているように思えた。


「逃げよう」隣の男がそっと囁いた。


「いや、一発撃ってからだ。」高瀬は、ごくりとねっとりとした唾を飲み込んでから、レーザー工作機をロボットに向け、スイッチ押した。埃が舞っている廊下に青白い光が伸びて羅刹の胴体に当たった。僅かだが、細い煙のようなものがその光が当たった場所からたなびいた。そして機械は速度をあげて彼らの方に向かってきた。


「引くぞ!」高瀬は叫ぶと同時に奥に向かって走りだした。何かが頬を掠めた。背後ではがらがらとバリケードの崩れる音がした。頬から何かが滴ってきたのを感じた。痛みが遅れて伝わってきた。奥へ、奥へ。やつらを誘い込むんだ。そればかりを考えた。


 高瀬達が、羅刹を誘っている頃、熱交換ダクトを伝って、一人の男がハッチの近くの通路に降り立った。既に羅刹達は奥に突撃をしており、その辺りにはもう残っていないはずであったが、一体だけハッチの入り口でじっとしていた。


 男は、通路の角で自在スコープを取り出して曲がり角の向こうをのぞいた。残っている羅刹は、気づいていない様子のまま赤いレンズを点滅させている。そして頭のてっぺんから突き出した小さいアンテナが一つの方向を指したままだ。


 羅刹は基本的に自立して動作する殺人機械であるが、その行動の情報は常に指令に送られている。ただ宇宙空間の様に多くの雑音に満ちた世界では、各羅刹が各々指令に情報を送るのは困難である。それをまとめて送っているのが、ハッチでじっとしている奴だった。いわば、中継局の機能を担っている機械であった。


「どうも奥におびきよせられているようだな」スターホークで羅刹全体を指揮している指揮官が呟いた。「敵はちょっと手を出しては逃げているだけだ」


「一度戻しますか?」オペレータがそれに応じた。


「そうだな、相手が何を企んでいるかわからないが、がっかりさせてやるか」指揮官は、オペレーターに対して、羅刹の一時停止のコマンドを実行するように指示した。


 男は、陰から羅刹の視界の中に躍り出た。羅刹の反応は鈍かった。投入された羅刹から送られた情報を全て処理しているために、前線で働く機械達よりはわずかだが触手の動きが遅かった。男は粘着性のある爆薬を投げるとすぐさま脇の通路に向って走った。爆薬は羅刹の胴体に当たると弱い殻が破けてねちゃという音とともに羅刹のボディに張り付いた。脇の通路に飛び込んだ男は勢い余って通路の壁にぶつかり、おもわずうめき声を漏らして痛みに身をくの字に曲げた。しかし直ぐに体勢を整わせると手にしたスイッチを押した。

 すぐさま青白い閃光が男の目の前の通路で輝くのが見えた。


「通信が途切れました」羅刹制御室のオペレータが画面を見ながら、背後の指揮官に伝えた。


「気付くのに遅れたか…」指揮官は、携帯は部屋の壁に向かって艦長の名を呼んだ。すると壁に艦長の画像が映った。「どうした?」ウルフガングは冷徹なまなざしで訊いた。


「羅刹との連絡が途絶えました。」指揮官は情報をありのままに伝えた。


「君はどう思う?」ウルフガング側でも、指揮官の様子が司令室の壁に映っていた。



「通信用の羅刹が破壊されたものと思います。他の羅刹は奥に誘い込まれている様子でしたので、たぶん武器が弱いと見込んでリサイクルゾーンに落とされたのではないかと予想されます。第二陣を発射しますか?」


「いや、再度通信専用の小型ドローンを送り込もう。現状の状況を把握したい。装備は隠密性を重視してくれ」


「了解しました。直ぐに準備します」


「頼む」壁に投射された画像が消えた。


「ラッセル、リタにドローンの準備オーダーしてくれ」


「今、やってます。」半AI端末は音声の情報からすでにオーダー画面と必要と思われる項目を初期値として表示していた。そこに誤った記載がないかのチェックと埋まっていない項目を入力し、最後の承認キーのところでラッセルは後ろを向いた。


「承認願います」彼の指令は、ディスプレイ上の承認キーに人差し指をそっとあてた


「え、なによ今頃…」発射されなかった羅刹の点検を行っているリタの近くの壁、、オーダーの画面が表示された。


「もう通信用の羅刹やられちゃったのかしら」彼女は、部品や羅刹の並ぶ上空に声を張り上げた。「発射画面出して」


壁に映された画面には、オーダーされた機種と必要と思われるオプションがデフォルトで表示されその近くに承認マークが見えた。


「ちっこい奴ね…」彼女は呟くように言うと、指先で壁に映されたボタンを触った。

 どこかで、何かが動き出す音が聞えた。



 侵入した羅刹達は、獲物達を自立システムで追い求めていた。しかし、獲物は照準を合わせたかと思うと素早く逃げてしまう。しかし、センサーは逃げた獲物がどこに行ったかを正確に突き止めていた。そして彼らに与えられたこの構造物のマップと他の仲間達の情報を照らし合わせると。明らかに羅刹達は、獲物を袋小路に追い詰めていることを理解していた。そこは、大きな公園であるとマップには記載されていた。


「来たぞ!」男達はかつて広場であり、今はリサイクル施設になっている工場に駆け込むと床に置いてある一枚のシートを拾いあげてそれを頭から被って地面に伏せた。


 続いて3体の羅刹が入ってきたが、それらは目標を失っていた。人の形をしたもの、温度、心音、呼吸音を発見できない。索敵を強化する。突然他のドアから出てくる人を発見し素早く反応したが、その目標を直ぐに失った。その代わり仲間が数体そのドアから入ってきた。その空間にはそうしてどんどんと羅刹が溜まっていった。男達は息を殺し迷彩シートの中で震えるからだを抑えていた。床には、動作を停止した状態のロボットがあちこちに横たわっている。よく見ればそこいらじゅうスクラップばかりで足の踏み場もないほどだった。そのスクラップのようなロボット達が突然動き出した。そして唐突にこの部屋のドアが全て閉ざされた。


羅刹達は、それらのロボットに対して武器を向けた。しかし、その武器は直ぐに下ろされてしまった。


 高瀬は、迷彩シートの中でタブレットを叩きながら、ロボットに対する命令を送っていた。どうやら最初の、コンタクトには成功した。後は、新たな指令をオーバーライドし敵味方識別IDを書き換える事になる。

 ただ、その後どう鹵獲した羅刹を有効的に使うことができるのか、それはまだ決められてはいない、ただノード103としては、まずは守り切ったことに、高瀬は高揚感を覚えた。勝てるかも知れない。



「やられたな」シュナイダーは、ふんと鼻をならした。新たに送り込んだ、通信用の羅刹が他の羅刹との交信が出来ない状態から、すでに1時間以上経っているという報告を受けても、動じる様子は見せなかった。「誘導されたのが、解体処理施設だとすると、そこで粉砕されてしまったか、鹵獲されたか…」


「どうします?」羅刹戦術官が尋ねた。「通信インタフェースが破られることはないでしょうから、相当の確立で解体装置でやられたのだと考えられますが」


「そうだな、重装備で投入…いや、もともと今回は様子見だけだ。角谷艦長を待とう、ただし、通信用の羅刹はそのまま現状位置で待機させ監視は続ける」


「分かりました。」羅刹戦術官は静かに下がった。


「これより角谷艦長が来るまで、全員休憩していろ」ブリッジにいる全員に彼は声をかけた。


□戦いの始まり2


「やっぱり軽火器装備の羅刹ばかりだ」鹵獲され、リサイクル処理場内で転がっている羅刹を見て、クーパーは悔しそう一体の羅刹を蹴った。「こいつを乗っ取って前線に送り出しても、重装備の羅刹が来たらら相手にならない」


「次のも乗っ取れば良いじゃねぇか」カルベが、彼の横でしゃがみながら、羅刹をぽんぽんと叩いていた。


「乗っ取りが、ばれていなければな。」クーパーは、どうしたものか迷った。「まずは、バリケードを修理する。それで重火器の羅刹の進行を少しでも遅らせる事ができるといいな、そこでインタフェースの乗っ取りがまだ出来るか試行してみるしかないな。」


「乗っ取れなければ?」カルベは、意地悪そうににやりと笑って訊いた。


「あるものでなんとかするまでさ」クーパーは、苦々しく羅刹をにらみつけた。


「あるものってもねぇ」カルベは、辺りを見回した。処理場にあるものと言えば、ゴミしかない。「バールで殴りつけてみるか?」


「やってみろよ、ボディが凹むかもしれない」クーパーは、笑いも浮かべずに言った。「ここになにかないか、ビル爺さんに訊いてみるか」そう言って、彼はカルベに背を向けた。


「俺たちはどうしましょうか」


「バールをかき集めるか、酒でも飲んで休んでろ」


 ビル・ジム管制官長は、管制室で動きのないディスプレイを見つめていた、ここからノード103を使用するスペースシップが全くないのだ、まもなく飛龍が到着することだけがその画面に映ったままだ。


 ギャラクティカ トランスファー社との規約により、全てのノードは、ノードに利益、不利益に関係なく通過する船を全て通さなくてはならない、ただし、そのギャラクティカトランスファー社の株のほとんどを中央政府が取得している以上、事実上政府の傀儡である。そして、閉じた空間を航行する上で欠かせないのが、ナビゲータ組合の存在だ。ナビゲーターは、金属製のチェンバーに閉じ込められその姿を見ることはできない不気味な存在だ。スペースフラワーを使用した移動で時折発生する集団精神障害には影響を受けないため、噂では、乗り組み員がナビゲーターの機嫌を損ね、精神攻撃をナビゲータから受けたせいだとも言われている。しかも、組合は政府から独立した存在だ。政府軍も反乱軍もお構いなしだろう。


 ナビゲーター組合が、こっちについてくれれば、戦いも回避できるだろうにな。ビルは、はぁとため息を付いた、老体にはあまりにも辛い状況だ。


「だいぶ参っているようだな」ドアを勝手に開けて、クーパーが入ってきた。


「なにか用か、戦いの話なら、私ではなくアルドリーノとしてくれ。」ビルは、声色で誰だか判っていたので、振り向きもせずに言った。「私はあくまでもここの責任者として、政府との話し合いに応じる程度だよ」


「頭の方はまだ、やれるくせに。」クーパーは、勝手に戸棚をあけて、中からウィスキーのボトルとグラスを取り出した。そして、グラスに半分ほど注ぐとそれを飲みながら、ソファーに座った。


「一緒にやらないか?」クーパーは、未だ背中を見せている老人に誘いをかけた。


「職務中は飲まない」ビルは答えた。


「行き来する船がないのは判っているくせに、たいそう真面目なことだ」


「用はなんだ?」ビルは椅子を回して、クーパーを見ると、杖を突きながら移動して、クーパーの前に座った。


「羅刹を鹵獲した」クーパーは、ビルの前に空のグラスを置いて、ウィスキーを注ごうとしたが、ビルは手のひらでグラスの上を覆った。「必要ない」


「そうか、成功したか、よかったな」ビルはまるで口先だけで、褒めているようだった。クーパーの顔をみれば、悪い知らせを持ってきたとしか思えなかったからだ。


「対暴徒用の装備をした羅刹じゃ、役に立たない」クーパーは、苦虫を潰したような顔をして、ウィスキーをあおった。「何か隠している武器はないのか?フロンティア7から撤退してきた政府軍やら反乱軍のものとか・・・」


「あの星で戦争をしていたやつらは、どいつもこいつも着の身着のままで逃げてきたんだ。しかも精神障害を受けていた。銃を持っていれば良い方だ」


「ダメか・・・」


「バールならあるぞ、近接戦向きだ」ビルは、真顔で言った。その回答に、クーパーは大きく息を吐くしか無かった。


「少しは凹むか」


「原始人かお前は。」ビルは、笑い飛ばした。「羅刹とはいえ、そもそもAIマシンだ。外部の状況の判断はセンサーにたよるしかない、ただその一つ一つが、小さいし、カモフラージュもされている、それをぶっ壊せばかなり羅刹の動きが制限されるかもしれない、もっとも下手をすると自爆するかもしれないがね」


「そうだな、鹵獲したものをまずは、調べてみないとな」クーパーはなるほどと頷いた。

「くれぐれも、爆発させるなよ、あれは軍の機密情報が満載だからな」そのときビルのホットラインが、点滅を繰り返した。


「ジム・ビルだ」彼は古くさい受話器を取った。クーパーは、部屋をでるべきかどうか迷っていた。ホットラインとなれば、ともすれば差し障りのある内容になっている可能性がある。しかし、ビルは受話器にたいして、ふむふむと頷くばかりで、話の内容が分るような状況ではなく、ビルもクーパーに出てゆくように促さなかったので、ソファに座ったまま、空になったグラスを見つめていた。


やがて、通話が終わり、ビルがクーパーの方を向いた。

「ボウイからだった」


「援軍が来るのか?」クーパーが思わず大きい声を出した。


「いや、まだ充分な人数も装備も集まらないそうだ」ビルは再び座った。


「しかし、羅刹に対する情報が手に入った。」


「壊せるのか?」


「いや、分解すると自爆するするそうだ。しかし、ボウイ達は、羅刹のメンテナンス用インタフェースを手に入れたそうだよ。それを使えば、内部を調査できるかもしれない」


「全くボウイって何者なんだ?」クーパーは呆れた。「軍部内部にツテでも持っているのか?で、当然そのインタフェースはこっちに送ってくれるのだろうな?」


「既に、先ほどの会話のやりとりの信号にコマンドの名称やパラメタは紛れ込ませてあるそうだ。デジタル録音したものを渡すから、あとはそっちでなんとかしろ」と、ビルは、古くさい形をしたホットラインの本体から、メモリカードを抜いて、それをクーパーに差し出した。「コピーしたら返せよ。古いタイプだから、メモリカードはこれしか無いんだ」


「ありがとう」クーパーはそれを受け取った。「直ぐに返そう」


「ヘッダー部から1024バイトにデータを抜き出すパラメタが仕込んである。VC48K方式と言えば、お前の所のエンジニアなら解析できるだろう

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