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「逃げ回りゃ…逃げられるのか?」

 カサブランカは突然の狙撃と待ち伏せを前に緊急上昇を始めた。だが、その上昇はぎこちなくふらつき、速度は速くても頼りないものだった。


「ミア!機体が変に揺れるぞ!」


「気流に対して空中姿勢制御プログラムが追い付いていません」


「それって、このままじゃどうなるの?」


「最悪の場合は墜落します」


「これって相当ピンチだろ!」


 視界の端にうつる高度計が900mを示す中、ターキッシュはミアに不自然に揺れる機体の状態を尋ねた。その返答は感情の薄い冷静なものであったが、内容を理解したターキッシュは思わず頭を抱える身振りをした。


 そのターキッシュの動きと連動して動くカサブランカはバランスを崩しかけ、1度大きくふらつくと高度を100m程急激に下降した。


「隊長!あの機体、まだ上手く動けない様ですよ!」


「第3小隊はあんな奴を逃したのか?隊長、やはり連中は議長のお気に入りというだけで成り上がった連中ですよ」


「これなら、例え悪魔でも、ゲシュペンストで勝てますよ!」


 下降を何とか食い止めたターキッシュ達をその上空から眺める4機の機体は、カサブランカより1m程大きく通常の人型機体であった。ブロック上のパーツ構成であり見た目から量産機と判断出来るその機体は、右膝に右足首から胴体右側を隠すほど大きな菱形の装甲を装備していた。左腕に巨大なローターブレードを持ち飛行するゲシュペンストと呼ばれる機体4機は、右手に持つライフルを構え警戒しながらカサブランカへ接近していた。


 ヴァイスヴォルフ第2小隊長であるであるⅣ-Ag154426は、血気盛んな部下の言葉を受けると、コックピットの中で妖艶な笑みを浮かべた。


「当たり前だ!第3小隊のボンクラ達と違って、私達は叩き上げの精鋭だぞ?量産機だからといって遅れは取らん。攻撃開始だ、続け!」


 左腕のコネクターを外し垂れるウェーブの強い金髪の前髪をヘッドセットの隙間に押し込んだⅣ-Ag154426は、再び左腕をコックピットに接続すると、機体の背面推進器に猛烈な火を吹かせた。


 その隊長機に続くように、第2小隊のゲシュペンスト4機はカサブランカの上下左右に分かれた。


「ミア、左腕のビームシールド展開!ライフルを連射出来るようにしてくれ!」


「了解しました。左腕ビームシールド展開。ライフルソード、出力15%フルオートに設定。レンジ・オン(照準展開)


 四方に分かれるゲシュペンストを目で追いながら、ターキッシュは若干震える声でミアに指示を出した。その言葉にミアが答えると、左前腕からビームシールドの黄色い光が起こりターキッシュの視界にはライフルソードの照準が映った。


「こっちだって死にたくない!手加減も何も出来ないからな!」


 顔面中央にある目の様なパーツを覆うスリットカバー開き、キツネの瞳の様なカメラを赤く不気味に光らせるゲシュペンストに、ターキッシュは焦った。


 その4機の手慣れた動きは焦るターキッシュを更に恐怖させ、彼はシールドで胴体を庇いながらライフルで1番手近な右側に回りこもうとする機体にライフルの銃口を向けた。


「喰ら…うぇあ!」


 ライフルの引き金を引こうとしたターキッシュだったが、気流に腕を押され姿勢を崩した。そのままライフルから連射された黄色い光弾は肩に03と書かれたゲシュペンストの遥か横を突き抜けていった。


「ふぅ…はっ!間抜けな…パイロットは…射撃もまともに出来ないのか?くたばれ!」


 カサブランカの射撃に対して回避運動を取ろうとした3番機は、一発の大きさは小さいが高出力のビームに驚きと死の恐怖に一瞬で深い息をついた。右足の装甲で機体を守る防御姿勢を取っていた。3番機のパイロットは、一瞬で吹き出した冷や汗を拭いながら防御姿勢を止めると右手のライフルを構えた。


「3番機、任務は捕獲だ。全機、2、3発撃って地面に落とせ」


「「「了解!」」」


 不気味に輝くゲシュペンストのセンサーがライフルソードの出力を警戒するようにアラートを鳴らすと、Ⅳ-Ag154426は部下達に指示を出しライフルを構えると、カサブランカに向けて引き金を引いた。


 Ⅳ-Ag154426に続き残りの3機が容赦なくライフルを撃ち始めると、カサブランカへ向けて4方向から砲弾が迫った。


「まずっ!」


「回避運動、間に合いません、ビームシールド…」


 迫る砲弾を前に急制動で後ろに下がろうしたカサブランカは、機体を大きく揺らすと突然上方に浮き上がり、沈み込む様に元の高度に戻った。背中の推進器と人型の動きがチグハグであり、その動きはまるで空中で尻餅をつく様であった。


 ターキッシュは思わず悲鳴じみた声を出しミアが報告をしている間にも連射された砲弾がカサブランカへ迫り、彼女の報告は着弾の爆風に掻き消された。


「ぐっ!ぐはぁ!いった!うげぇ!」


「直撃多数。損害はありませんが、姿勢制御に問題あり」


「なんで!俺が…こんなに痛がってるんだ!喰らってるのは機体だけだろ!」


「それは…着弾の衝撃がコックピットにまで届いているからです」


「糞が!」


 無数の直撃弾を受け、カサブランカとターキッシュは黒煙の中で爆発の衝撃に揉みくちゃにされていた。機体は空中で回避運動を取ろうとしているが、カサブランカが見せる動きはまるで溺れている様であった。


 かろうじて展開していたビームシールドはボクシングのブロッキングの様に構えていた事で前面は防御出来ていた。


 だが、左下方や背後に回りこもうとするゲシュペンストの射撃を防ぐ事は出来ず、カサブランカは乱射される徹甲弾を一方的に受けるしか出来なかった。


「たっ、弾切れ?」


「嘘だろ、90mm4門だぞ?弾だってHVAPなのに!」


「頑丈なんてレベルじゃ無いよ!」


 撃たれ続けるターキッシュとミアは不味い状態であった。だが、一方的にカサブランカを撃ち続ける第2小隊も困惑が広がっていた。


 飛行可能なバトルドレスの装甲は否が応にも陸上用の機体と比べ薄くなる。左腕のローターブレードで浮力を得ているゲシュペンストの様な機体でなければ、彼等の持つライフルは被弾すれば致命打となりうる。


 数発受ければ墜落すると考えていた彼女達は、その致命打を何発受けても一応墜落せずに滞空し1マガジンを空にさせたカサブランカへ衝撃を受けた。


「成る程な、第3小隊じゃ歯が立たない訳だ。全機、トマホーク装備!近接戦で方を付けるぞ!」


「しかし、隊長!私達の任務はあの機体の捕獲です!」


「2番機、上からは"なるべく無傷"との命令だ。最悪"コックピットだけでも回収しろ"だ。ならば、手足をたたっ斬って纏めて捕獲すれば変わりあるまい!」


 部下達の驚きと戸惑いの言葉に、Ⅳ-Ag154426は納得し満足した様な表情を浮かべると無線で部隊に指示を出した。


 その指示を前に2番機から驚きによって高くなった声が響くと、Ⅳ-Ag154426は諭しながら喝を入れるように声を張った。


「「「了解」」」


 Ⅳ-Ag154426の喝を前に、隊員達は返答するとライフルを腰の右側のサイドスカートにマウントした。そして、右膝を曲げ大きなシールド代わりの装甲を近づけると、その裏側からマウントされていたトマホークを取り出し構えた。


「ターキッシュ様、彼等は射撃戦を止め格闘戦を行うつもりです」


「格闘戦って…こんなフラフラしてる機体で、そんなの出来るのか?」


「無理です。それにゲシュペンスト4機のヒートトマホークによる斬撃では、相転移装甲が大量の電力消費しプラズマ推進器の推力低下します。それにより墜落する可能性があります」


「何で墜落の危機に怯えなきゃならないんだよ…アニメとかなら人型が飛びまくってるだろ!」


 ミキサーの中身の様に振り回されたターキッシュは、最早ミアの戦況分析に大声を張って疑問を投げ掛ける事が出来なかった。だが、彼女から伝えられる冷静な墜落の可能性には彼も現実の無情さに呟き、そして叫んだ。


「全機、突撃!」


 慌てるような身振りでライフルソードをソードモードに変更するカサブランカの姿を見たⅣ-Ag154426は、好機と判断すると雄叫びを上げてターキッシュ達の元へと突撃を始めた。


 カサブランカの元へと刃の部分を真っ赤に染めたトマホークを持つゲシュペンスト4機が迫り、ターキッシュは理解できない成り行きへの怒りと目の前に迫る死の恐怖に言葉が出なかった。ただ真っ青な顔でブロッキングするのが、彼にとって精一杯の抵抗だった。


「しっ…死にたくない!死にたくねぇよ!」


「貴方は絶対死なせません」


 ターキッシュが恐怖に限界を感じ叫んだ瞬間、ミアの一言と共にカサブランカのエンジンが止まった。機体は重力に従い落下を開始すると、機体の元いた高度にゲシュペンストが殺到しトマホークを振り下ろした。


「何だと!」


「今更、落ちるのか!」


 空を切るトマホークに、Ⅳ-Ag154426や第2小隊隊員達が叫ぶ中、落下を始めていたカサブランカは急激に上昇を開始した。


「ミア!いきなりどうした?がっ!」


「ターキッシュ様、カサブランカの飛行を貴方の視線の先を進行方向とするようにマニュアル設定します」


「何だよそれって?つまり、俺の向く方へ直進し続けるって事か?」


「戦闘機の様な予測しやすい直線飛行になります。ですが、空中姿勢制御プログラムの不調で機体の操作性は劣悪です」


 ミアに突然の落下の理由を尋ねたターキッシュは、突然視線の先へ向けて飛行を始めたカサブランカに驚き息を漏らした。


 思わずターキッシュは上を向くとカサブランカが遅れて上昇を始め、それに続くミアの冷静な説明は彼を更に驚かせた。

 

「何でいきなりそんな事を?」


「このままでは、あの4機のに機体を撃墜されます。ですので、空中姿勢制御プログラムの修整をここで行います。その間、私は機体制御を行えません。ですのでターキッシュ様、マニュアル設定の飛行で時間を稼いで頂けませんか?」


 ミアの説明で混乱したターキッシュが視線を右に向けると、カサブランカは急激に右方向へ旋回を始めた。その旋回は高度を上下に振らつかせており、飛んでいるのが奇跡のように不自然に振動していた。


「訓練も無しに人型が飛べるか!俺はアイアンマンじゃないんだぞ!」


「貴方なら出来ます」


「煽てられて出来れば苦労しない!」


 悲鳴の様な声を上げるターキッシュだったが、弱気な発言の割に機体は墜落もしなければゆっくりとではあるが着実に上昇を続けていた。


「無茶苦茶だ!一旦地上に降りて…」


「空中姿勢制御プログラム修整」


「おい、ミア!おい!」


 再び弱気な発言をしようとしたターキッシュだったが、ミアのシステム音声の様な一言に焦ると彼女へ呼び掛けた。だが、聞こえるのはミアのブツブツとした呟きであり、プログラム修整によって彼の言葉は彼女に届いていなかった。


「"時間を稼ぐ"って…一体どれくらいだよ、何分か何十分か?しまった!」


 焦りと混乱に呟いたターキッシュだったが、彼は機体が旋回したままだった事を忘れていた。落下から上昇し距離を取っていた筈のゲシュペンスト達が何時の間にか視界の端に見えると、ターキッシュは無理矢理視線を左に向けた。


「逃げ回りゃ…逃げられるのか?」


 後ろから前方へ飛んでゆく無数の砲弾を前に、ターキッシュは歯を食いしばるしかなかった。

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