20話 格好のつけ方
明けましておめでとう御座います!。
何末年始のお仕事が落ち着いたので投稿を再開いたします。
乾が勤め先のビルから飛び立つ前日、研究室を思わせる一室にて蠢く悪の影があった。
「遂に準備は整った。時が来たのだ私が...魔王となる時が」
その者の頭部は異常なほど大きく水槽の様に透き通り内部に浮かぶ頭部に比例した巨大な脳ミソが剥き出しになっている。
その不気味な見た目から彼が普通の人間でない事は一目瞭然なのだが浮かべている邪悪な表情や先程の発言から決して町の治安を守るヒーロー側の人物でないことくらいは分かるだろう。
「ヒーロー支部の連中に動きが気取られたようだがもう遅い、明日この東京は終わりを迎えるのだ」
並外れた知能。そして飛び抜けた手先の器用さが武器の彼が用意したのは3つ。
1つはヴィラン達を更に凶暴化させる装置。ヴィランの発生にはいくつかのパターンがある。何も無い虚から唐突に発生するパターン、母体ともいえる個体より産まれ増えるパターン、それまで普通の人間として生活してきた者がヴィランに変質するパターン、ヒーローとしての能力に目覚めた者がその力を悪用しヴィランとして呼ばれるようになったパターン。
違いはあれどヴィランの全てが発生した瞬間暴れるだけの理性の無い生物という訳では無く機会を伺い闇に身を潜めている者達も多い。
彼が作った装置はそんなヴィラン達の理性のタガを外し理性無き獣に戻す物だ。...勿論マオ達旧東京事変残党の様な理性もあり遥か格上の存在には通用しない。
だが彼がこれから起こそうとしている事象にはそれで充分だった。
「ククク...これに鬼灯と薬が揃えば怖いものなど無い。幾千の魔を統べる者、正に魔王という称号は私にこそ相応しい」
巨大な頭を壁や天井にぶつけないよう気を付けながら芝居のかかった仕草で白衣をはためかせながら両手を広げる。自らの子であるヴィランを暴走させる装置、彼が鬼灯と呼んだ何か、そして用途の分からない薬物を見ながら口角を歪め独白を続けた。
「私が!!私こそが!!!10年前あの小娘が成し得なかった偉業を達成するのだ。世界をこの手にし私を学会から追放した豚どもを根絶やしにしてやる!」
彼は40の歳になるまでは普通の人間で、優秀な研究員であったがヒーローの能力を利用した研究の方向性が能力者の身体を解剖し臓器を健常な者に移植するなど異端な物ばかりだった為彼は所属していた研究チームと学会を追われた。
それから彼は自分を認めなかった俗世を恨みながらも独自に研究を続けた。ヒーローと呼ばれるようになった存在の力を解明する事、初めはそれだけだったのだが途中からエスカレートしていき研究成果の薬物を自らに投与し肉体も精神も歪んでいき当初の目的さえも変化していった。
自らを認めなかった学会は壊す。
自らを認めなかった世間も壊す。
自らの研究で気に入らないもの全て壊す。
度重なる投薬や肉体改造の末彼はヴィランと呼んでいい怪物へと変貌を遂げた。
ヴィラン達を煽動し切り札を複数用意しプランも練りに練った物も何通りか。彼に死角は無い。東京事変の続きを実現するのは自分だと信じて疑っていなかった。
「私が真なる魔王としてこの世に君臨するのだ!この私p...」
「貴様では無理だ」
「!?」
その研究室の場所を知る者は居ないはずだった。主人である彼以外は。
だが実際に今まさに名乗りを上げようとした彼の言葉を遮った者がいる。
「...何者だ?」
「月並みな言葉だな...貴様は本当につまらない」
「お前っ...誰に口を聞いて....」
侵入者の不遜な物言いに激昂したように口を開こうとした彼の声を聴く機会はたった今永劫に失われた。一瞬のうちに水槽が叩き割られ中身が部屋の中にブチまけられ、それを成した本人は大した感慨も無く手を拭う。
「全く、主人の命で無ければこんな小物等捨て置くというのに」
物言わぬ抜け殻となった物体を一瞥しつまらなそうに口を開いた。
「貴様は魔王の器では無い」
研究室を見渡しながら無造作に置かれる薬品に手を伸ばす。
「魔王に相応しいのはあのお方だけ...おや、これは」
何処か嗜虐的な笑みを浮かべながら手に持った薬と目の前の物体と装置を見やる。
「主の命はこの男の始末...ならば」
「多少は楽しんでも構わんだろう」
結局、後に「モンスターパレード」と呼ばれるようになるこの事態を引き起こす原因となった男は名前を名乗ることも無くこの世を去ったのだった。
♢
「あ、仕事俺が引き受けるとかカッコつけたのにそのまま出てきちまった」
何とも言えない顔をしながら放った乾の拳はそのまま目に前のヴィランの顔面を貫通した。
ドシャリ、と何処か水気と重量を感じさせる音を響かせ倒れた残骸に一瞥をくれるでも無く緑の体液に塗れた右手を払い次の戦いに身を投じる為歩みを進める。
現在乾はビルを飛び立った後1時間ほどヴィランを倒し続けているのだがたった今先程の自分の発言を思い出し頭を抱えていた。
(偶には先輩らしくしようと思ったんだけどな...)
後輩へ仕事は引き受けるから定時に帰れとキメ顔で言ったのにも関わらず自分はすっぽかして帰る。
・・・・・。
「ダサ過ぎるっっっ!!!!」
ほぼ八つ当たりのように拳を振るわれた当たり前のようにヴィランの頭を吹き飛ばす。
ヴィランの体液に塗れた手をハンカチで拭いながら乾はプリプリ怒る小動物のような後輩の姿を思い浮かべる。
「うん...まあ、今度旨いおでん屋でも紹介すれば許してくれるだろ」
乾の想像の中の後藤小麦後輩は赤点自慢のおでんに舌鼓をうち満足げであった。...店主の厳つさに怯える姿もセットなのはご愛嬌だ。
「なんか考えてたら赤点さん心配になって来たな...様子見に行くか」
何匹目になるか分からない悪の尖兵を片付け最早馴染みとなったおでんの屋台がいるはずの場所に足を向ける。
こんな日なら休業か、営業していても赤点さんなら心配ないと思うけど。あの人元魔王の部下だし...まあ一応、な。
眼前に広がるのは血の塗れた人形達の山。
血と汗と何だか分からない液体の臭気が辺りを満たす。
屍累々。そんな地獄絵図の中只1人己の足で立つ大柄な人物がいた。
「儂はね...ただお客さん旨い酒や飯食って笑顔になるのが好きなんです。それで彼らの愚痴を儂が聞いてやって明日、また頑張るための活力を蓄えて帰って欲しいんです」
大柄な男の服には周囲の凄惨な光景とは違いシミひとつない綺麗な物だった。
衛生管理こそ食に携わる者にとって最も重要な事だと言わんばかりに。この惨状を拳一つで作り上げた男の服に返り血1つは無い事が当然だと言わんばかりに。男は動かなくなった残骸の山を見渡しながら己の城へ歩き始める。
「儂の店はお客の為にあるんだよ...もしこの中に生きてる奴がいてまたここへお客の時間の邪魔をしに来るようだったら」
暖簾を上げながら顔をだけを屍の方へ向ける。
「もう一度地獄見せてやるから覚悟しておけ」
そう言った大柄な男性、赤点の目は紅く爛々と輝きその額には歪な角が二本生えていた。
悪鬼羅刹。
正に鬼。そい断言していい怪物がそこにいる。
再び己の店に消えていった男の言葉を聞いているもは屍の中にはいない。そう屍の中にはいない。
木陰に隠れその光景、鬼の言葉を聞いている者を除いて。
こ、こえええええええええ。朱点の旦那マジ怖ええ。
何だあれゴッド◯ァーザー!?あの迫力、あの量のヴィランを返り血一つ浴びず叩き潰すその力。今の俺じゃあ勝てないんじゃ無いか?。
青くした顔もそのままにその場を後にする。
兎に角、朱点さんは問題無い事は分かった。俺は俺のやるべき事をやろう。
逃げ出すように夕闇が支配し始めた世界を駆けるこの男こそ世界を救った経験もある誰よりもヒーロー歴の長い人物....なのだが。後輩にカッコつけた挙句逃げ出し、居酒屋の店主からも逃げ出す姿からは頼り甲斐など微塵も感じられなかった。




