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最近の若者は苦労を知らないそうで  作者: 木介


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8/8

善子

まだスパイという職業が表だって公表されていなかった時代に武装した宗教団体が大勢の人々を拉致する事件が起きた。


その拉致された人々を取り戻す為、潜入していたのがぜんである。

当時、彼の情報を頼りに部隊が突入し、犠牲はあったものの事件は無事解決した。


だがこの事件にはある真相が隠されている。

それは追い詰められた犯人の一人が起こした虐殺が始まりだった。

男は突然、銃による乱射を始め、これにより多くの人々が負傷し死に至る。

その中にいた当時6歳の小さな女の子、彼女は目の前で大勢の人々が殺され誰もが怯えているなか、一人犯人へ近付いて男を殺害したのだ。


彼女のこの行動で助かった命もあるだが、それ以上に彼女の危険性が見られた瞬間であった。


平気で人を殺める彼女についてぜんは調べていた。

野口京子のぐちきょうこ】彼女のご両親は医者であり、あの虐殺により目の前で殺されていた。

彼女が人を殺める事が出来たのも医者による両親の影響であると考えられる。

だがあの躊躇なく行動できる性格は天性のものであり狂喜をじみていた。

彼女は両親の死を目の当たりにして悪い才能が目覚めてしまったのかも知れない。


そんな彼女を救助された人達は気味悪がり近付こうとしなかった。

両親を殺害された被害者でもあり、大勢の命を救った英雄でもある彼女。何とでも言い様があったが人々は口を揃えてこう言った【人殺し】と。


この事実が彼女の周囲に纏わりつき孤立させる。

そして彼女は周りに気を使い自ら孤立を加速させていった。

そんな様子を見ていたぜんは近付きこう声をかけた。


「大変だったな」


「…」


彼女はチラッと彼の方を見ただけで返事はしない。

そしてその目は全てを諦めたかのような、それこそ未来を見ていない死人のようであった。


「あの時、何であんな行動をしたんだ?」


「…かったから」


「えっ?」


「誰かがやらないといけないと思ったから」


「…そうか」


ぜんは黙って彼女の傍にいた。


当然、彼女の行動は正しい行いではない、命を粗末にした行いは大人として注意するべき事である。

だがあの場で彼女より勇気を持っていた人物はおらず、彼女の行動を間違いだと叱れる者はいない。

ましてやそれほどの愛情を持って接してくれる大人などぜんを含めて誰もいなかった。


ーーー

数日後、彼女の両親の葬式をぜんは遠くから見守っていた。

調査によれば両親を失った彼女を親戚は誰も引き取らず、未だ養護施設にいるらしい。


ここでも彼女は一人であった。


「よぉ、調子どうだ?」


相変わらず目だけ動かし、返事になっていない挨拶を返す。

この時全ぜんはある決断をし、それを彼女に伝える為、話しかけていた。


「君の事は俺が育てる事にしたから」


「おじさんは警察の人で関係ないんじゃないの?」


まだ三十代でおじさんと呼ばれたショックを隠しつつ、反応を示してくれた事に多少の喜びを感じる。


「関係ないと言われればそうだね、君の親戚でもなければ、ご両親の知人でもない」

「でも俺は君のしたことを受け入れる事が出来る」


自分を受け入れてくれる。

その言葉が彼女の心を溶かしていき、彼女は口を真一文字に結んで涙を堪える。

その様子を見てぜんが頭を撫でた途端、彼女は大声で泣き出す、ぜんの子育てが始まった瞬間であった。


ぜん! お前が独立するとか言うから俺はついてきたんだぞ! 何だよそのガキは!」


「あぁ、この子は京子だ、京子、コイツはしき挨拶しなさい」


「…しきさん? 初めまして京子です」


丁寧にお辞儀をしていると二人の会話が聞こえる。


「そうじゃないだろ! ぜんお前独立して仕事するんじゃなかったのか?」

「ん? 仕事はするぞ、あとこの子の面倒も見る」

「いやいや、面倒見るって子供だぞ、それとも何か、なんかとんでもない才能を秘めてるのか?」

「いや、普通の立派な大人に育てるぞ!」

「何言って…、俺はお前を信じてついてきたんだ、お守りはまっぴらごめんだからな」

しき仕事では迷惑をかけない、この子の面倒も俺が見るから」

「そうは言ってもお前…」


一通り話を終えた所で京子が手を挙げる。


「どうした?」


ぜんは突然の彼女の行動に疑問を抱いて聞いた。


「質問があるんだけど、ぜんとかしきとか本名じゃないですよね?」


今時の6歳はこんなにも勘が鋭いのかとぜんは感心していた。

するとしきが彼女の質問に応える。


「何言ってるんだ、これはコードネームで…」


言い始めた瞬間何かを察してハッとした。

横を見ればぜんは頭を抱えており、京子は興味を示している。


「コードネーム?」

「ねぇ、コードネームってなに?」


ぜんしきは京子に背中を向け、その背中越しに聞こえる声を無視してひそひそ声で話を始める。


しき、お前余計な事を言うなよ」

「だって知らないなんて思わないだろ」

「普通の子に育てるって言っただろ」

「そんな事言われても、それで全てを察するのは不可能だろ」


そして二人の間に割って入る声。

「教えてくれなきゃ、近所の人に言いふらしちゃうから!!」


困った二人は正体を明かし、この時彼女の人生はスパイとしての道を歩み始めたのだ。


ーーー

ぜんの修行は古くさいやり方である。

体を鍛える為のウサギ跳びや外国語を全て丸暗記するなど効率など考えていない脳筋のやり方であった。


気合いと根性、そんな古くさいやり方を京子は教えこまれた。


そんな修行が十年続いた頃、ぜんの訃報が告げられる。

伝説にまでなったスパイ、彼を殺したのは病気、癌である。

そもそも彼は十年前にそれを知っていたのだ、知っていて選んだのが誰かを育てるという事。

京子がぜんに引き取られたのは偶然に過ぎなかった。

ただその偶然も彼女にとっては大きな出来事である。


しきあんたは知ってたの?」


「…」


「そう、分かったわ」


彼の沈黙は答えであった。

そして彼の全てを諦めたかのような表情にかつての自分を重ねる。


「ねぇ、あんた仕事はどうするの?」


「仕事? 仕事ねぇ…」


何を言っても無反応なしきに京子は告げる。


「私がやるわ」


「は? やるって何をだよ」


「私がぜんになる」


「何言ってるんだ、あいつの代わりになんてなれる訳がない」


「あんたの意見なんて聞いてないわよ、私はぜん唯一の弟子、私が継ぐのが筋でしょ」


「お前はぜんの凄さを分かってないんだよ、名前を継ぐなんて俺が認めない!」

「お前なんて所詮はぜんの子供、いうなら【ぜんこ】だな」


「ぜんこ、じゃあそれで良いわ、じゃあ私はそのコードネームで活動する」


こうなった彼女が言っても聞かないのは昔からである。

しきは諦めて彼女に条件を出した。

それは生前のぜんが言っていた事。

【普通の立派な大人に育てる】

既に普通とは程遠い存在になっている気がするが、二十歳までは活動しないという条件だ。


そして彼女が二十歳を迎えた頃、名前を【ぜんこ】から当て字で【善子よしこ】と変更し活動を始めたのであった。

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