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最近の若者は苦労を知らないそうで  作者: 木介


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2/2

新入社員

「皆さん。入社おめでとうございます。今日から皆さんは…」


あの依頼から数ヵ月後、善子は【田中光たなかひかり】という名前でナオルンデス株式会社の入社式に参加していた。


「依頼を受けるだって!?」


しきは驚き反対する。

情報が既に流通しているいじょうリスクが高く、数兆円の規模になり得るビジネスの機密事項を盗むのに対して報酬は一億と雀の涙に等しいからだ。


「もう決めた事よ」


彼女は仏壇の写真を見ながら応える。


「待っていても他に仕事なんて来ないし、それに師匠…から受け継いだ技術は無駄にはならない事を証明してみせるチャンスだわ」


善子の意思は固く、そこにしきが口を出すこと等到底出来なかった。


百人強はいる新入社員、少なくとも善子以外にスパイは二人いる。

直喜からもらった情報によれば断られた二件はこの界隈では有名な所であった。


一つはスパイ養成所なるものを設けている大手の【スパイシークレットサービス】通称【スリーエス】

もう一つはかつてぜんしきも所属していた組織【グローバルスパイ】通称【GS】


この大手二つを出し抜いて情報を盗む。

それに素人の直喜が辿り着いた情報、その他の組織も多数介入している事だろう。

まだ姿の見えない同業者と既に戦いは始まっているのだった。


        ーー総務部ーー

「えーっと今日から新人の方が10名入りました、それではそれぞれ自己紹介お願いします」


上司にあたる【白石部長しらいしぶちょう】から挨拶を促される。


「新人の田中光と申します、ご迷惑をお掛けする事もあるかと思いますがご指導の程よろしくお願い致します」


善子が配属されたのは総務部、会社の活動を円滑にするため他部署が担当しない全ての業務を担当する。いわば会社のなんでも屋さんである。


「田中さんこっち来て」


そう声をかけてきたのは善子の教育係になった【清水律子しみずりつこ】さんだ。

フレームの無いメガネをして肩ほどある黒髪を一つに束ねている。


今年で三十歳になる独身の女性、社交的な性格ではなく、特別仲の良い同僚もいない。

かつては営業部でトップの成績を収めていたが、今は見る影もない。

家に帰れば真っ先に趣味のお酒を嗜む、見た目に反してかなりの酒豪である。


善子はこの会社の社員、全員分の情報を頭に入れていた。

スパイ業界では必要な情報以外は排除するのが鉄則である。

何故なら仕事を終えればその場から存在ごと消えるのがスパイであり、いちいち膨大な情報を集めて頭に入れていたら時間も体力も消耗するだけで殆どが無駄になるからだ。

これは師であるぜんから教わった古臭いやり方の一つである。


善子にとって律子は重要な人物ではない。

仕事を教えてくれている律子には適当に相槌を打ち、全く別の事に思考を巡らす。


この仕事で重要なのは部長以上の重役達だ。新しいビジネスを始めるにあたって、各部署の連携が取れていないと上手く事が回らない。だが今回に限り重要になるのは特効薬の存在を知っている人物の特定である。

なるべく社長に近い存在の側にいき情報収集に努めたい。

そうゆう観点で見れば総務部という各部署と繋がれるポジションに就けた事はラッキーである。


       ーー1ヶ月後ーー

「部長、また一人退職しました」


「…最近の若い子は何を考えているのか分からん」


部下からの報告を受け、部長は毎日この言葉を口にする。


一ヶ月が経ち既に入社した半数が退職した。

部長は頭を抱えているが善子は当然の出来事だと思っていた。

何故ならこの時、既に入社した殆どがスパイであると確信していたからである。

しきによってここ一ヶ月は新入社員の身辺調査をしており、どれも適当に見栄えの良い経歴で今年卒業した医大生が全員この会社を受けているようなひどい状態であった。


訓練され対策をしている彼らが実際の就活生より劣るわけもなく、雇われるのはほとんどがスパイであるという事は必然であり、そして他より早く成果を上げようと我慢できずに行動を移すのは当然のことである。


退職したのは殆どが失敗したスパイ、その経緯に善子も一役買っていた。


『お前の正体を知っている、死にたくなければ会社を去れ』


この手紙を相手のスパイが住んでいる家の中に置いて恐怖を煽った。怯えた彼らは敗北を悟り退職。

そして善子はこの状況を残念に思ったのだ。

スパイといえばかつては一握りしかなれない特殊な職業であったが、日本国内でお互いの足を引っ張り合うスパイ産業は盛んになり、年々そのレベルは下がっている。


少しの脅しで身を引き、身バレもいとわない杜撰ずさんな管理体制、そんなレベルの低い人達が参入しているのを実際に現場で感じた善子は内心腹が立っていた。


そして総務部には善子を含めて新人は二人しか残っていない。


朝日乃亜あさひのあ】、彼女はまるで日本人形のように白く長い黒髪が特徴的な人物で彼女もまた医学部出身の経歴であった。


しきの調査で彼女もスパイである事は分かっている。

それもかなり特殊なスパイ、いわゆる超能力を駆使して問題を解決する組織の人間らしい。


「実力ではお前の方が勝っているんだ、放っておいても問題ないだろ…、だが念の為コイツには関わるな」


このしきの警告が善子の闘争心に火を付けた。

彼女は警告を無視して今までどおり家へ侵入し手紙を置いた。

これで他の連中と同じように退職するだろうと過去の成功体験が善子を軽率な行動へと誘ったのだ。


次の日、乃亜が善子の机へやってくる。


「これ、昨日家に忘れていったわよ」


そう言って手紙を返しにきたのだ、当然指紋などなく、誰かに見られていた形跡もないのに手紙を置いたのは善子だと確信をもっているようだった。


少し動揺した善子に「田中さん?」と乃亜は顔を覗き込んでくる。


善子は透かさず乃亜に対して「あなたの家になんて行った事ないわ、何か勘違いしてるんじゃない?」と応える。


「うーーん? そんなこと無いと思うんだけどなぁ?」


善子はふるえていた、これは正体がバレた恐怖ではない、超能力でも何でも良い、やっと自分と対等に渡り合える人物に出会えたという奮えであった。


だから善子は満面の笑みを作り乃亜に伝えたのだ。


「朝日さん、同期も少なくなってしまった事だし、これからは仲良くしましょうね」


乃亜はその言葉を笑顔で受け入れるのだった。

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