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最近の若者は苦労を知らないそうで  作者: 木介


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1/3

依頼

裏道にある薄暗いビル。

日が射さない階段は他人の侵入を拒み、切れかかった蛍光灯がチカチカと光っている。

足元に注意しながら階段を進んだ先にあるのは更に暗い世界、その一番奥に目的地の事務所はある。

チャイムが無いその部屋には人が住んでいる様子は微塵も感じられないが、情報を頼りにノックを一回、次に五回とした後。


「すいません、パンは、苺ジャムでお願いします」


と声をかける。


暫くすると扉がゆっくりと開き、その奥は内扉に遮られたオレンジ色の光が漏れている。


緊張しながら進み扉を開けるとそこは一面黒の世界、そして中心には椅子が二つテーブルを挟んで置いてある。

テーブルの上にある一つの蝋燭が部屋を照らしており、内扉から離れた位置にある椅子には黒のハットを深く被った紳士が座っていた。


「依頼人かな? どうぞお掛け下さい」


その紳士の指示に従いもう一方の椅子に座る。

正面からでも彼の表情は見えない。


「緊張されているのかな? 震えてらっしゃる」


紳士の指摘に自らの震えを実感した。


「では少し落ち着こうか」


この言葉は紳士から「今ならまだ引き返せる」と言われているようである。


「ふむ、顔色も悪いみたいだがどうかしたのか?」


紳士は私の心を見透かしたかのように話す。


「息も荒くなってきた、貴方は…」


そう言いかけた時、黒い壁だと思っていた場所がピシャンと開き、まるで御光を身に纏っているかのような女性が声を荒げる。


「くどい!!」


「うわぁ、眩しい」


紳士は先程と違い情けない声で騒いだ。

その様子を気にする事なく女性は捲し立てる。


「さっきから聞いてたら内容の無い事をだらだらと、何よ最初の「依頼人かな?」ってやつ! 知ってて入れてるんだから、そりゃそうでしょ!」

「あと相手の体調を伝えるくだり何?!」

「震え? 顔色が悪い? 息が荒い? そんなかっこつけて深く帽子を被ってるからこの人が見えないわけ?!」

「どう見ても六十過ぎのおじいちゃんでしょうが! そんな人が階段を上ってきて蝋燭一本しかない暗くて空気の悪い部屋に入ったんだからそりゃそうなるでしょ!」


女性の気迫に圧倒された紳士はいつの間にか帽子を取り丸くなっている。

その見た目は依頼人より少し年下、五十代くらいのおじさんであった。


「あとお客さん、うちは土足禁止です」


「はいっ! すいません、すぐに脱いできます」


「脱いだら終わりじゃないですからね! あなたが汚した所はどうするんですか?」


「はいっ! 綺麗に掃除します」


「【善子よしこ】お客さんにそんな口調で…」


その言葉を遮るように「【しき】さんあなたが演出の為に散らかしたあれ早く片して下さい」と紳士にも指示を出す。


「…はい、すぐに片します」


しきと言われていた紳士も急いで片付けを始めた。

彼女が言うあれとは扉が独りでに開くように使った細い糸、天蚕糸テグスの事である。


二人は善子が冷ややかな視線で見ている中、テキパキと作業を始め、思わず敬語を使ってしまった自分を情けなく感じるのだった。


ーーー


閉めきったカーテンを開き、窓も開けて部屋を換気する。

壁一面の黒い紙を剥がせばそこは何処にでもあるような2DKの部屋だった。

善子が入れてくれた紅茶を啜りながらしきと呼ばれていた紳士と共に先程とは打って変わった空気の中、話を始める。


「改めてまして、本題に入りましょう。依頼内容は?」


軽く咳払いをしながらしきは質問をしてきた。


「ええっと…」と依頼人は窓を気にしながら話すのを躊躇う。

「あぁ」としきが女性に指示を出す前に窓がピシャリと閉まる音が聞こえた。

それを確認した依頼人は姿勢を正して話を始める。


「私は株式会社薬かぶしきがいしゃくすりの【薬直喜くすりなおき】と申します。お二人はナオルンデス株式会社というのはご存知ですか?」


「確か製薬会社だったと記憶してます」


「えぇ、有名なのはニキビ消えるんデスという塗るだけで次の日にはニキビが無くなってるという画期的な商品を開発した会社です」


「その会社がどうかしたんですか?」


「噂によれば癌を完全に消す特効薬を開発したとか」


「それは凄い薬ですね」


「その開発方法を盗んで頂きたいのです」


「どこから掴んだ情報かはわかりませんが信用出来るんですか? それに何故うちに依頼するんです? 他にも優秀な所はあったでしょうに」


「情報源は話せません」

「あと何故あなた達の所を選んだかですか?

それは…かつて伝説とされたスパイ【ぜん】がいた所だからです」


「…なるほど」


「いや、なるほど、じゃないでしょ」


また善子が会話に入ってきて二人の顔が強張り緊張が走る。


「自分で言っていておかしいと思いませんか? 確かにかつて伝説とされたぜんはいましたが、事実亡くなってしまい現在はいないんですよ? 本当の理由はなんですか?」


「いやいや、嘘偽りなくそれが本当の理由です!」


声をあげて強く否定した。


「ふーん…」

「で、何件目ですか?」


この言葉に直喜はビクッと体が反応してしまう。


「何がです…言ってる意味が」


善子は言葉を遮り、今度はゆっくりはっきりと伝わるように話す。


「私達で! 何件目! ですか!!」


「…三件目です」


直喜は小さく丸まり言葉を漏らした。


「三件目!? つまり他に断られたから、うちへ来たと!?」


しきは驚いた様子で言った。


「はい」


この状況に彼女が続ける。


「どうせ、報酬が少ないからとかいう理由で断られたんでしょ」


「はい」


このやり取りに善子からの言葉に続いて、しきが質問をぶつける。


「報酬が少ないからって…因みにいくらですか?」


「一億です」


「…一億って」


手に入れば何兆と動く情報の対価としてはあまりにも少ない報酬にしきは愕然とした。


「でその二社にはどの程度の情報を話したんですか?」


「私が持っている情報は全て話しました」


この言葉に二人は顔を合わせて呆れた様子だ。

情報だけ抜かれて断られる、一度ならず二度までも。依頼人はとんでもなく交渉が下手であり、他社より出遅れている状況で受ける理由もない。

もう話す事などなくこの場では断る空気が漂っていた。


「すいません、最後に良いですか?」


その空気を察してか諦めた様子の直喜が聞いてくる。


「何でしょう?」


「先程チラッと見えてしまったのですが、彼に手を合わせていっても」


「えぇ、それは構いませんよ」


直喜は善子が開けた部屋の奥にある、四十代ぐらいの男がいる仏壇に手を合わせる。


「何でこの人に手を合わせるんですか?」


そんな彼を見て善子は純粋な疑問をぶつけた。


「なんとなくですよ、この人が伝説の彼である可能性が高い、彼が配属していた場所ですから」


「…」


手を合わせる依頼人の小さな背中越しに見える一枚の写真は笑っていた。

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