第六章「天狗工房」
洛中高校での天狗党の定期訓練が終わった後、備前竜子は風間ナナを連れて「天狗工房」を訪問した。
京都市内からは電車を乗り継いで、そこそこの距離だ。出町柳から叡山電車で、京都の北の鞍馬へ。鞍馬はかつて修験道の霊場だった。鬱蒼とした森に覆われた山で、盆地の市内より気温がぐっと下がる。駅から徒歩一〇分で鞍馬高等専門学校、略称・鞍馬高専へ着く。
高等専門学校=高専は現在日本の注目の教育機関だ。中高五年の一貫教育により、科学技術立国を伝統とする日本の中堅技術者を養成する。さらに工業系大学、大学院に進学し、テクノエリートへの道もひらかれている。
令和の現在は、時代のトレンドでハイテクてんこ盛り。ぴかぴかの新校舎を誇る。近年はAIも取り入れ、情報科学の最先端をも視野に入れている。
その、ぴかぴか新建築のエリアを通って、竜子とナナは、キャンパスの裏手へ行く。現在は使われていない、旧校舎が立ち並んでいるエリアだ。そのさらに奥に行く。山に近い、大きな建物の扉の向こうから聞こえてくるのは、金属を叩く乾いた音と、男たちの声。
「工房長! 温度、もう二百度上げます!」
「アホ! 一気に上げたらアカン言うてるやろ!」
「お、やっとるやっとる」と竜子
「ここが鞍馬天狗党の中枢なんよ」
「ここが……?」
ナナが覗き込む。
鉄扉の向こうは、古い木造の体育館を改造した工房だった。床板を剥がしてコンクリートを直打ちした床に、さまざまな工作機械類が据え付けられている。溶接機、各種旋盤、工具棚、そして中央には、簡易の鍛造炉。油と金属の匂いが混じった、むっとする空気が立ち込めている。
男子生徒が五、六人、作業服姿で忙しく動き回っている。
その中心で、赤い髪の小柄な少女が腕を組んでいた。
「素体から歪んどるやんけ。三回言うたよな。段階上げや、段階上げ」
「は、はい」
少女はため息をつく。
「バーナー貸し」
差し出されたバーナーを、彼女は片手で受け取った。
ぱち、と火がつく。炎が一瞬だけ強く揺れた。
ナナは思わず息を呑んだ。
ただの火じゃない。ウェンタが風を操るのと同じように、火がその少女の手の中で静かに形を変えている。
数秒。
「……ほら、直った。後はできるやろ?」
少女は工具を机に放り投げた。
そのときようやく、こちらに気づいた様子だった。
「なんや竜子坊。今日は新人連れてきたんか」
竜子が親指でナナを指した。
「せや。紹介するわ、かがり坊。カラス天狗の新入り。ナナカラスこと風間ナナちん。チャキチャキの東京モンや」
「ふーん」
少女はナナの前まで歩いてくる。
小柄で身長は中二のナナとほとんど変わらない。だが、周りの空気が違う。
「うちは火守かがり。鞍馬高専五年四組。図書委員や。言うても図書館の仕事は各クラスの担当者にお任せして、裏稼業は天狗工房の管理人。見ての通りのイグナ。鍛冶屋さんやな」
「続きは任せたで。温度だけ、十分に注意してな」
さっきとは打って変わって、優しい口調で男子生徒たちに命令して、かがりは、竜子とナナを別室に招く。
「ブツはできとるで。後は実地テストのみ」
「さすがは、かがり坊や」
「おだてんなや。そのテスト要員がナナちんちうわけやね」
「わたしですか?」
いきなりの指名で、ナナはびっくりする。
「大丈夫や、危ないことはなーんもあらへん」
思いっきり危なそうである。
「だ、大丈夫って、何ですか? そもそもブツとかテストとか」
「ああ、言い忘れとった。ごめんな。天狗党制式採用予定の新型扇子や」
竜子がフォローする。
その扇子をナナは手に取ってみる。
「強化アルミ製の、フツーのウェンタ用装備だと思いますけど、変に重いのは何ですか?」
「まあまあ。説明するより、テストすれば分かるよって」
工房の外の、瓦屋根の木造の建物に案内される。弓道場だ。
「高専弓道部が新校舎の弓道場に移った後を、工房が試射場として借り受けとるんや」
ナナは射場に立つ。中学校の夏服制服で、靴下は脱いで裸足。扇子を右手に持つ。
二〇メートルほど先が的場だ。的は通常は木枠に紙を貼ったものだが、鉄板に同心円が印刷されてあり、土台は道路標識のような頑丈な作りで的場に固定されてある。
「まずは、いつものようにフレチャを撃ってみて」と、かがり。
「はい」
ナナは的に向かって体勢を整える。右手の扇子を上段から振り下げる。
「ふれちゃ!」
高圧の風の矢が扇子から打ち出されて、ぱあんと的に命中する。
「ビンゴ!」
かがりが叫ぶ。
「さすがナナカラ。初弾から的中や」と竜子。
「次はな、撃ち出す時に、扇子のここについてるポッチを押すんや。軽く、一回だけやで」
かがりが指導する。
ナナは再度的に向かう。前と同じように、上段から扇子を振り下げて、
「ふれちゃ!」
パパパンと爆竹が弾けるような音がして、扇子から何かが発射された。それも数発。的に命中して、真っ赤な火花が散る。
「こ、これって…」
呆然とするナナ。
「的中! 効果確認!」
三人で的を確認する。鉄板に三か所、直径五ミリほどの穴が貫通している。
「まあ、こんなもんかなあ。一発のつもりが三発だったんは予想外やった。トリガーが軽すぎるんやろうかなあ?」とかがり。
「自動小銃の三点バーストと考えりゃええやろ? 打撃力は十分」と竜子。
「銃…って?」とナナ。
「扇子に直径三ミリの鋼球を仕込んだんよ。それをフレチャに合わせて発射する。単なるフレチャじゃ、エアガン程度の威力やけど、小口径ライフル程度に増強できる。射程距離も飛躍的に伸びる。画期的やろ?」
「それって、危ないですよね。もしも人に当たったら…」
「人に向けちゃあかんで。ダメ絶対。影だけ。ああ、東京じゃDQ獣言うんよね。ともあれ人に当てな無問題や」
ナナはもう二の句を告げない。
そんなナナを放っておいて、かがりと竜子のやり取りが続く。
「鋼球じゃ貫通力に不足がある。工房担当のわたしとしては、タングステンの採用を提案する」
「タングステンはメチャ高いんやで。予算が十倍必要や」
「天狗党は貧乏やさかいなあ…」
かがりはため息をつく。
「そのため息が貧乏くさいんや!」
竜子が突っ込む。
かがりがナナに話しかける。
「ナナちんはウェンタやけど、ナナちんを指導した姉弟子はウェンタやない。わたしと同じ、火属性のイグナや。図星やろ?」
「そ、そうですけど。京都と違って東京にはウェンタは少なくて、あたしの所属の板橋区じゃ一人もいなかったから」
「まあ、田舎じゃありがち。しゃーないねえ」
サラッと東京を「田舎」認定するところが、京都人の本音ダダ漏れである。
「でも、イグナっぽさがナナちんに『強さ』をプラスしている。積極性、果敢さ、良い意味での攻撃性。そやろ、竜子坊?」
「それがナナカラの最大ポイントや。入党テストの時に分かってた。京都のウェンタには無い資質なんよ。京都のんは、はんなり、ふわふわ、お上品と、そんなんばっか」
「だから武道で補填する。そやろ? 竜子坊は槍。紫蓮院の金髪お嬢は薙刀や。明里坊は弓道やったっけ?」
「その明里坊から厳命や。今日のテストの流れで、かがり坊がタングステンの代案で、とある金属を提案してくる、それはダメ絶対、とな」
「と、とある金属って、それって…」
かがりが言葉を濁らす、視線が宙に浮く。
「…劣化ウラン」
竜子がぼそっとつぶやく。
「あ、あのなー。確かに代案は劣化ウランなんやけど。なんやけどなー。ウランちうて誤解せんといて。劣化ウランは原爆とも原発とも無縁。放射能は無問題。めちゃ重くて固くてなー」
「それで?」
竜子の口調は零下三〇度だ。
「命中した後に高温燃焼して打撃力マックス。装甲車両かて撃破可能。これが最適解!」
かがりは両手拳を握りしめて熱弁する。
「実はな。入手も闇ルートですでに確保済み…」
「やーめーとーきー!」
竜子が冷たく断言する。
(これって…何? 天狗党って、図書委員じゃなくて、軍隊? じゃなかったら、テロ組織だったの?)
ナナは激しく混乱する。




