112 『消失』
「どうしたのー、レイ君」
焦燥した様子のレイスの前に、ローティアとルリメスがちょこんと座る。事情を知らぬ二人は、怪訝な表情でレイスを見ていた。
「……ないんだよ」
「ないって……何が?」
重々しく口を開いたレイスの言葉には、具体的な情報が欠けていた。その時点で半ば答えを確信しながらも、ルリメスは訊く。
「俺が作ったゴーレムがない」
その一言に、ルリメスはとても微妙な表情を見せた。レイスも今は似たような表情をしているので、人のことは言えない。
ただ、ゴーレム作製のときにその場にいなかったローティアとミミにはなんのことか分からないのか、変わらず怪訝な表情だ。
「……ゴーレム?」
「ああ。少し前に実験的に作ったんだよ。だけど、気合いを入れすぎて燃費が悪すぎる出来上がりになったから、お蔵入りになってたんだ」
「……じゃあ、どうしてなくなるの?」
ごもっともな質問に、レイスは天を仰いで嘆息する。
「俺が聞きたいくらいだよ……」
とはいえ、嘆いてばかりはいられない。これがただの紛失ならばまだ良かったのだが、本来ありえない出来事なのだ。何せ、あのゴーレムは魔力が足りていないので動けない。保管していた部屋から消えようがないのだ。
しかし、この工房に住む誰もがあのゴーレムに対して一切手を加えていないときている。一体どんなホラーだ。まったくもって笑えない。
「レイ君本当にゴーレム消えてたの? 幻覚見てない? 絶対見てるよね?」
「面倒だからって俺の幻覚で片付けようとするな。まず幻覚見るほど追い詰められてないわ」
「えー、もうそういうことにしとこうよー。世の中知らない方がいいこともあるってー」
たらたら文句を言うルリメスを引き連れてゴーレムがあったはずの部屋へ向かう。ただ、改めて見ても部屋の中は空っぽだ。
「うわ、本当になくなってる……えー、どうなってるのこれ」
「さあな。なんで魔力もないのにここから消えるんだよ……」
そう、ゴーレムには魔力が足りないのだ。
――つまり魔力さえあれば、動くのだ。
何気なくボソリと呟いた自分の言葉に、レイスはピタリと動きを止める。魔力という言葉を、つい先程まで何度も使っていなかったか?
それどころか、ここ最近まで魔力に関する異常が起きていなかったか?
――まさか。
嫌な予感が、否応なしに加速する。
「……なぁ師匠、魔力の流れが普通になったのっていつだった?」
「え、一昨日じゃなかったっけ?」
ルリメスは突然の問いに目を瞬かせながらも、顎に手を当てて記憶を掘り起こす。
そう、いつの間にか日常と化していた魔力の流れの異常が終わったのが、一昨日のこと。始まったときと同じように一切の予兆なく、突然に終わった。
そして、魔法学院で魔力の流れの異常が起きたのが、テストが実施された昨日のこと。
「――じゃあ、ここで魔力の異常が始まったのは、いつだった?」
「確か、レイ君が学院で勤め始めた一日目……って、もしかして」
ルリメスもレイスと同じ考えに至ったのか、目を見開く。
「ああ。俺があのゴーレムを作った直後から、魔力の流れの異常が始まってるんだよ。んで、師匠にはまだ言ってなかったけど、昨日から魔法学院の方で同じことが起こってる」
「……つまり?」
これまでずっと大人しく話を聞いていたローティアの一言で、レイスは一気にげんなりとした表情へ。
「魔力の流れの異常の原因は多分俺のゴーレムってことだ。しかもどうやってかは知らないが、現在進行形で家出中だよ。それも魔法学院にな」
つまり、レイスのゴーレムは学院に魔力の流れの異常が起きていた昨日から学院にいたことになる。
ここで話を戻そう。
本日、魔法学院で起きたゴーレム破壊事件。その犯人は鋭い刃のようなものでゴーレムを破壊し、魔石から魔力を奪ったことから魔力を目的としていた。
それも、その場で魔力を使ったと考えられる。
だというのに、一切の痕跡が残っていない。それだけの大量の魔力をどこへやったのか。
――もしかしたら、燃費の悪いゴーレムでもいたら、その魔力をうっかり取り込んでしまうかもしれない。
レイスはとても穏やかな表情で微笑む。
「……なぁ、師匠。これって俺の責任になるのかな?」
「……いや、まあ……うん、どうなんだろうね」
肯定とも否定とも取れない曖昧な返事をするルリメス。さすがに、弟子が不憫に思えて仕方がなかった。
「いや、おかしいだろ。なんで魔力を持たないゴーレムが学院まで移動してんだよ。おまけになんでちゃっかり同じゴーレム壊して魔力奪ってんだよ。共食いしてんじゃねぇよ。平和に生きろよ。ピースフルだよ。ぶっ壊すぞ」
「いや、まずレイ君が平和になろう」
ルリメスは荒み始めた己の弟子を諌める。
もはやレイスの目はここではないどこか遠くを見ていた。小さく「もうダメだぁ」と呟いており、本格的に違う世界へ行ってしまいそうだ。
「戻ってくるんだレイ君ー!」
両肩を掴み、ブンブンと揺さぶる。
現実逃避をするのもいいが、今この時もゴーレムが学院で何を仕出かすか分からない。
起こってしまったことは仕方がないのだ。これ以上何か起きる前に止めなくてはならない。
レイスは大きくため息をつき、友人を頼ることに決めた。
「……申し訳ないけど、ラフィーたちに手伝ってもらおう」
「まあ、それが賢明かもねー……」
***
「話を整理すると、何らかの方法で魔力を得たレイスのゴーレムが学院まで移動して、生徒たちのゴーレムを破壊した。未だに学院にいるから止めるのを手伝って欲しいと、そういうわけか」
「纏めると、そうだな」
よく話を理解していなかったローティアを含め、ラフィーとシルヴィアに事の顛末を語ったレイス。無駄にハイスペックに作ってしまったあのゴーレムを止めるには、二人の力は必須と言えるだろう。
土下座しそうな勢いで頼み込んだレイスに、二人は苦笑しながらも快く協力の意志を示した。
「それにしても、災難ですね……」
「本当に勘弁して欲しい……」
自分が作り出したゴーレムが学院の生徒たちが作ったゴーレムを破壊するなど、頭が痛くなる話だ。お金を稼ぐために学院に行ったのに、逆に問題を起こしていては世話がない。
決して故意ではないのが悲しいところではあるのだが。
これで責任問題にでもなって報酬が消えたらレイスの教師生活の苦労は水の泡だ。
「まあ、今回ばかりはレイスに非があるとは言いきれないからな」
「ゴーレムが勝手に動き出すなんて聞いたことないからねー」
こうしてラフィーたちが慰めてくれてはいるが、レイスの不安は消えるどころか募っていくばかりだ。ゴーレムを止められるかの心配よりも、止めたあとの心配ばかりが頭の中を巡っている。
大丈夫? 生徒たちの親からクレーム入ったりしない……?
というかもしかして弁償とかさせられる?
「……自己申告でもしない限り、誰が作ったゴーレムかなんて分からなくないか?」
天才的な閃きだ、とでも言いたげにハッとした表情をするレイス。
対して、ラフィーたちの表情は渋い。
「いや、性能でバレそうなものだが……」
ミスリルでできた変形するゴーレムなんてもの、そこらの錬金術師が作れるレベルを大きく逸脱している。だからといってレイスと断定はされないだろうが、疑われるのは間違いない。
「なら、誰にもバレずにゴーレムを回収すればいいのでは……?」
「それこそ難しくないですか?」
今のレイスは責任という二文字から逃れようと必死である。せっかくここまで平穏に学院生活を過ごしてきたのだ。すべてを無駄にするのは全力で回避しなければならない。
「……とりあえず、学院へ向かおう。隠密で」
「……寝てていい?」
「面倒そうだし、僕は行かないよ」
ボソリとそう言ったローティアの頭からミミがぴょんと飛び降りる。ローティアが逃げ出す前に手首を掴み、レイス一行はゴーレムを止めるべく学院への道を進み始めた。