111 『破壊』
「ど、どういうことじゃこれは!?」
騒がしいヘルガーの声を聞きながら、レイスは自身の嫌な予感が見事的中したことを悟っていた。
目の前に広がるのは、大量のゴーレムが見るも無残に崩れている光景。それらすべてテストで生徒たちが作製したゴーレムであり、テストが実施された前日までは無事に保管されていたものだ。
ただ、今は一つ残らず破壊されている。
こうもすべてのゴーレムが勝手に壊れることなんてありえないので、間違いなく人為的に壊されたのだ。
すべて壊したと簡単には言うが、その労力は中々のものだろう。何せ、鉄の塊が数十個だ。おまけに錬金術によって耐久性が上がっている。
これだけの数のゴーレムを破壊するのはどうしても時間がかかるし、誰にも見つからずにというのは難しいはずだ。
「ヘルガーさん、とりあえず報告しましょう」
「あ、ああ、そうじゃな」
これはレイスたちだけの問題に留まらない。ひとまず、ウィルスに報告を入れた上でそれから調べていくべきだろう。
朝から一気に憂鬱な気分になったレイスは、どこかにいるであろう犯人を心底憎んだ。
許すまじ、犯人。
とはいえ、これだけ派手なことをやらかしたのだ。捕まるのも時間の問題だろう。
――と、思っていたのだが。
「え、本当なんですか……?」
「ああ。目撃者はいないらしい」
ウィルスから告げられた言葉に、レイスは呆然とする。
学院にいる人の数は生徒、教員合わせると馬鹿にできない。たとえ犯行が深夜であろうと、警備の人間もいるのだ。誰の目にもつかないなんてことが本当にあるのか。
ましてや、すべてのゴーレムが破壊されていたのだ。所要する時間は相当なものであるはずだし、それだけの間破壊音が鳴っていれば駆けつける人間の一人や二人いてもおかしくはない。
だというのに、目撃者はいないという事実。
「とにかく、先に破壊されたゴーレムを調べてみよう」
ウィルスに言われ、ヘルガーとレイスは再び破壊されたゴーレムのところへ。夢でもなんでもなく、変わらずバラバラになったゴーレムが大量に散らばっている。
その一つ一つが生徒たちの努力の結晶だと思うと、この事態は悔やまれた。
レイスたちは、破壊されたゴーレムの側へ。散らばった破片などを眺めて、状況の把握に努める。
「これは……魔法で破壊されたのか?」
「そうなんですか?」
「絶対とは言えないけど、この傷は人の手でつけるには難しいだろうね」
ウィルスの指が、まるで鋭い刃で裂かれたようなゴーレムの傷をなぞる。とてもじゃないが、人間の腕力ではここまでの傷はつけられない。まあ、ラフィーレベルの人間ならば可能なのかもしれないが。
そんな実力者がゴーレムを破壊する理由なんてまったく分からないが。
「動機も不明、と……」
犯人が誰であれ、なぜテストで作られただけのゴーレムを破壊するのか。そこにどんな意味があるというのか。何も分からない。
他に何か手掛かりはないか、ゴーレムの残骸を見て回る。どのゴーレムも、一様に刃で裂かれたような傷跡が残っていた。
「ん……?」
腰を落とし、じっくりとゴーレムを調べていたウィルスが眉をひそめる。彼の視線はゴーレムの胸部に埋め込まれている魔石に向いていた。色褪せたその魔石はひび割れ、修復は不可能であることを告げている。
「魔力が消えている……?」
一目で魔石の状態を理解したウィルス。
魔石に宿る魔力がまったくと言っていいほどないため、おそらく自壊したのだろう。
しかし、魔石は自然とこんな状態にはならない。たとえ魔力切れを起こしたとしても、形を維持するだけの魔力は残るのだ。
魔石にとっての魔力とは、人間にとっての血液と等しい。失いすぎれば致命的なことになってしまう。
つまるところ、ゴーレムを破壊した何者かによって魔石の魔力が限界まで使われたということだ。一体何に使ったのか、というのは疑問が残るところだが。
ほかのゴーレムを確認しても、同じように魔石が自壊した状態で残っていた。少なくとも、犯人の目的の一つに魔力があったことは確かだろう。
とはいえ、人間には多かれ少なかれ生まれつき魔力が備わっている。こんなリスクを背負ってまで魔力を欲しがる人物は中々いない。
「……とりあえず、警備の数を増やすとしよう。授業も始まるし、調査はまたあとだ」
ウィルスのその一言によって、一度調査は打ち切り。ゴーレムが保管されていた倉庫は立ち入りが禁止になった。現場を保存するためにも必要なことである。
疑問が残ったまま追い出され、いつも通り授業の準備に入る。しかし、頭の中は先程の光景でいっぱいであり、授業に身が入ることはなかった。
***
「はえー、何それ物騒だねー」
帰宅するなり、ルリメスにゴーレムの件を話したレイス。どうにも嫌な予感がまだ消えないのだ。今でも十分過ぎるほどに事件は起きているのだが。
「俺は魔法にあんまり詳しくないから分かんないけどさ、実際のところそこまで魔力を必要とすることってあるのか?」
「……うーん、魔石に込められてた魔力が根こそぎ奪われるなんてこと、滅多にないと思うけどなぁ。結局のところ、奪った魔力も保管するところがなければ、その場で使うしかないわけだしねー」
魔石から奪った魔力の行き先がどこなのかという話だ。その場で魔法か何かのために魔力を使ったのか、それとも魔力を保管して持ち去ったのか。
「でも、魔力を保管する場合はどちらにせよ魔石は必要になるんだよー。だったらわざわざ魔石から魔力を奪わずに、直接魔石を抜き取った方が早い。それをしていないってことは、既に魔力を使った可能性が高いわけなんだけど……それらしき痕跡とかあったー?」
魔導師ではないレイスには魔力の感知なんてことはできないが、あの場にいたウィルスやヘルガーは違うだろう。しかし、彼らがそんなことを口にしていた覚えはない。
あれだけの数の魔石から魔力を奪い、それを使ったのだ。何かしらの痕跡が残っているはずだというのに。
「何もなかったと思う」
「んー……なら、ちょっとボクにも分かんないかなぁ」
「そうか……」
魔法に精通しているルリメスでもお手上げということは、現段階ではレイスでは絶対に分からないということだ。調査が進み、何か他に有用な情報が出てくるのを待つしかないだろう。
「厄介だな」
レイスはため息をつき、以前作製したゴーレムを保管している部屋へ足を運ぶ。ゴーレムを見たところで意味は無いと分かってはいるが、胸の中の不安を紛らわせるにはちょうどいい。
扉を開け、力作と久しぶりの対面を――
「――……え?」
扉を開けた先には、何もなかった。
そこにあるはずのゴーレムの姿はなく、整理整頓された素材だけが並んでいる。
レイスは慌てて部屋から出て、ルリメスがいるところまで戻る。
「師匠! 俺が前作ったゴーレムは!?」
バタンと音が鳴るほどの勢いで扉を開ける。
つい先程部屋を出ていった弟子がとんでもない勢いで戻ってくるものだから、のんびりしていたルリメスはビクリと肩を震わせた。
「へ? 何? 知らないよー、あれから一度も見に行ってないし。何かあったの……って、レイ君ー!」
ルリメスの言葉を最後まで聞かず、レイスは二階にあるローティアの部屋の前へ。扉を乱暴にノックすると、中から眠たげな声が返ってくる。レイスは申し訳なく思いながらも、急いで扉を開けた。
「ローティア、工房でゴーレムを見かけなかったか!?」
「……ゴーレム? ……知らない」
「ふぁぁ、そんなに慌ててどうしたのさ」
ローティアとミミは揃って眠たそうに目を擦っている。呑気にしているところ悪いが、レイスは最悪の気分なのだ。
「ああ、くそっ……とりあえず来てくれ」
不思議そうに顔を見合わせるローティアとミミは、揃って小首を傾げた。




