115. 冬の終わり
それから何日かがたった朝、ニィカはなかばうとうとしながらヘレーに服を着せてもらっていた。
下着。ブラウス。ドレス。ショール。おもたい宝石のブローチがついたところで、ニィカはようやく首をかしげた。
「なに、これ?」
「ニィカ=アロアーラ様にはこの国のことを知っていただかなければなりません。……ニェヴニクだけでなく」
ニィカはぽかんとしたあとで、思いだした。そういえばケイヴィス以外のひとは、あのことばをプロニエではなくニェヴニクと呼ぶのだと。
「……うん」
「国王陛下は、ニィカ=アロアーラ様がこのドルジャッドを理解し、愛してくださることを心より望んでいらっしゃいます。国一番の学者、ケイヴィス様を教育係としてお付けになったのも、そうした慮りによる計らいでございました」
ドルジャッド、と聞いたとたん、ニィカは急にのどがつまったような気がした。
どうして慣れてしまっていたんだろう。ここはリヒティアじゃない。じぶんの家じゃない。
ヘレーはそんなニィカのさみしさにも気づかずに続ける。
「寒さも和らいでございますから、今後はこの国の姿をご覧になる日を設けてまいります」
肩に毛皮の外套がかぶせられる。織った羊毛とはちがう肌ざわり。すきまなく体を包みこまれる。ニィカはその長い毛足を指先でつまんだ。
「……ニィカ=アロアーラ様。お加減でも?」
「ん……、ううん」
「それではどうぞ、下へおいでくださいませ。馬車の支度が整っております」
とびらが開く。
ニィカは重い衣服を引きずるようにして部屋を出た。
毎日の習慣で、足が食堂へとむかう。
「こちらでございます」
背後からのさりげないヘレーの声。ニィカは外套のすそをはねあげてパタパタと踵をかえした。
えんえんと階段を下る。
ニィカが足を踏みだすたびに、重いすそがパタリパタリと段をすべる。
ヘレーはニィカのすこし先を歩いてはふり返り、立ちどまってニィカが追いつくのを待ってからまた歩きだす。
足もとも壁もつめたい石づくりのはずなのに、服の内側にじんわりと汗がにじむ。ニィカは口をあけて息をした。
つぎにヘレーがこちらを見上げたとき、ニィカは呼びかけた。
「ねえ、ヘレー。脱いじゃだめ? これ、暑いの」
「そうでしたか。失礼いたしました」
ヘレーはのぼってきてニィカの外套を脱がせた。汗がひやっと引いていく。
かるくなった体で、ニィカはドレスのすそを持ちあげる。外套を腕にかけて足をすすめようとしていたヘレーは、視界のはしで目ざとくそれを察した。
「走ってはなりませんよ、ニィカ=アロアーラ様」
「……はあい」
ヘレーの視線をひしひしと感じながら、ニィカはすぐ下の段につま先をちょんとつけた。