そのに 12
彩花はマーカーを気付かれないように取り出し、床に魔法陣を描き始めた。
「…少し時間が掛かる。見つからないように体で隠して」
そう言われて、両脇にいる私とリゼインさんが少し後ろに下がって、彩花の手元を隠す。最初に大き目の円を一つ描き、その周りに小さな魔法陣を配置していく。後ろ手に縛られているのに、よくもまあそんなにスラスラと描けるもんだね。後ろにも目がついてるんじゃないの?私はそれをちらちら見ながら、
「あれ…?その大きい丸の中には何も描かないの…?」
「この中は仕上げ。その前に増幅の術式を刻んでいる」
リゼインさんは感心しながら、
「なるほど…そうすることによって向こうの術式に干渉していることを悟られずに安全に増幅出来ると言うことね?」
「そう。だけどこの方法は他の術式と連携出来ないという弱点もある」
「周りに増幅術式があるからリンクが繋げないのね?」
「でも緊急時には効果絶大。術式がこれだけで済むから」
「普段でも結構使えそうだけど、そうすると手抜きだって言われそうね」
ふむふむ、なるほど。ぜんぜんわからん。だけどここはわかってるフリをしておこう。リゼインさんに私の無知がバレるのが嫌だし。頷いとけば誤魔化せるだろう。
「あら、あなたも術式に詳しいの?だったら是非意見を聞かせてほしいわ」
いえ、勘違いです。とも言えないので、
「私は彩花のことを全面的に信頼してますので、口は挟みません」
などと、もっともらしいことを言ってまたもや誤魔化すと、彩花はそれを真に受けて、
「ナミの信頼にこたえるために頑張る!」
と、やる気を漲らせたので、まあ結果オーライかな?
そんな時『リゼ・那美一号』の方から、ボウン、と音が聞こえた。見ると先程とは違う魔法陣が装置の表面に張り付くように浮かびあがっていた。
「見ろ!元々装置に刻まれていた術式が出てきたぞ!もうすだ!もうすぐ完成する!」
リーダーの少女は興奮気味に叫びこちらに振り向く。
「完全に発動する前に、お前らはここから出してやる。一緒に移動されても面倒なんでな。だからもう少し辛抱していろ」
だったら今すぐ開放してほしいところだけど、それじゃダメだ。今彩花がこの状況を逆転する魔法陣を描いてる。逆にそれまでに開放にされてしまうと全てが無駄になってしまう。ここはなんとか開放してくれない方向でお願いしたい。
なんてことを考えていたんだけど、少女は「ん?」と眉をひそめた。私とリゼインさんの座り方に違和感を覚えたようだ。こちらに近付き、彩花の後ろを覗き込む。
「ふん、なるほど。そういうことか」
気付かれた。魔法陣は増幅術式とやらを描き終え、やっと本体を描き始めたところだった。
少女は彩花の後ろに回り、顎に手を当てて彩花の描いたそれを見て考え込んでいる。そしてその魔法陣を読み解いたのか、私達の前に戻ってきて感心したように、
「なかなかやるなお前ら。もしそれを描かれていたら、あたしらの計画も終わってたね。だがどうやら天はあたしらに味方しているようだ。残念だったな」
彩花からマーカーを取り上げ、勝利を確信したかのような顔をして少女は仲間達に、
「最終段階に入れ!一班はそのまま装置の調整!二班は『マグネット』操作!三班は八階の馬鹿どもの回収だ!それから、八階にいるこいつらの仲間も連れてこい」
私達の仲間?って、友美ちゃん!
「なんで友美ちゃんを?まさか人質に…?」
「待って!人質なら私がなるわ!だから他の人達に手を出さないで!」
リゼインさんが立ち上がろうとするが、少女がその肩を足蹴にする。
「お前を連れて行っても意味がねえんだよ!大人しくしてろ!」
そう言うと少女は私達から離れて行った。
でも何で友美ちゃんなの?私や彩花ではダメなのだろうか?友美ちゃんでなければいけない理由が何かあるのだろうか?疑問を彩花に投げかけてみた。すると、
「…………」珍しく彩花が何か言葉を探しているようだった。「…私は魔法が使えて、ナミは凶暴。その点アイザワトモミは大人しい。そこが選ばれた理由と推測する」
なるほど、一理あるかもしれない。って、誰が凶暴か!頭をグリグリしてやろうと思ったけど、そうだ縛られてた。
「それより彩花!あれ何とかならないの?」
「なんともならない。つくづく悔やまれる。ぺんぺん草が生えなくなる前に採取しておくべきだった。もしかしたらプレミアが付いて…」
「付くか!そこは悔やむところじゃない!って、そんな冗談を言ってる場合じゃないでしょ!」
「冗談ではない。本気でそう思っている」
だったら私が見つけてきてあんたのとんちんかん頭に植え付けてやるわよ!まったく、どうすればいいのよ!彩花はアホなこと言い出すし、隣ではのんきに馬鹿が寝てるし!早く起きろ!私は馬鹿の足を座ったまま蹴ってやった。起こすというよりは、八つ当たりだね。
「ううん…何だよ…痛って…」
私の目覚ましキックで目を覚ました馬鹿。先ほど犯人に殴られた頭を手で押さえながら身を起こし、キョロキョロと辺りを見ている。こいつは気絶していたため手を縛られていない。馬鹿だね、犯人も。これは大逆転のチャンスだ!
「五十路君!私達の縄を…」
解いて、と言おうとした所で、
「ナミ、どいて」
見上げると、彩花が馬鹿の向こうに立っていた。は?いつの間に?驚きながらも急いで体を前方に座りながら移動させる。なぜなら彩花が蹴りの体勢に入っていたからだ。まさかとは思ったけど本当にあの馬鹿は蹴り飛ばされ、描きかけの魔法陣の方へ吹っ飛んだ。
「ぐはっ…なにしやが…ぶっ!」
馬鹿は文句を言う暇も無く、今度は頭を掴まれて魔法陣に顔を押し付けられる。私が言うのもなんだけど、彩花のこの馬鹿に対する仕打ちはあまりにも酷すぎる。私が彩花を止めにいこうとすると、押し付けられてる馬鹿の顔がぼんやりと光りだした。そんな特異体質を持っていたのかと思ったが、よくみて見ると顔に描かれている落書きが光っていた。
そう言えば私が描いたんだっけ。薄暗くてあんまり目立たなかったから忘れてた。
「これは!」
横で彩花の暴挙を唖然とした顔で見ていたリゼインさんだったが、その現象を見て我に返り今度は驚きの表情を浮かべている。
落書きは、光ながら顔を離れ描きかけの魔法陣の方へ吸い込まれるように移動し、全て移動したところで彩花は頭を押さえていた手を開放した。っていうか、彩花いつの間に縄を解いたの?
「おい…これはどういうことだよ!」
落書きも無くなりすっかり元の顔に戻ったこいつは、顔を両手で触りながら、
「なんで俺の顔からあんなもんが…おい…まさか…」
いやいや、良かったですね落書きが消えて。
「お前だな?お前なんだろ!階段で気絶してる時にやりやがったな!」
「あんたがあんなとこで寝てるのが悪いのよ!落書きされたくなかったら、覆面でもして寝なさいよ!この馬鹿!」
「アホか!誰が寝る時に覆面なんか被るか!ってか、あれは寝てたんじゃなくて気絶してたんだよ!」
「どっちでも同じよ!この寝ぼすけ!」
私達が言い合ってると、いきなり私の影がこの馬鹿に写し出された。こいつは眩しいそうに私の後ろを見ている。一体何があるっていうの?振り返って見てみると彩花の魔法陣から煌々と光の柱が立ち上っていた。滅茶苦茶眩しい。
「バカな!なんでその術式が完成してんだ!」
リーダーの少女がこちらに駆け寄り、彩花は私達を守るように少女の前に立ちはだかって、
「彼の顔に描かれていた落書きのお陰。うつ伏せに倒れていたから私も気付くのが遅れた。だけど、うつ伏せに倒れていたからこそそちらにも気付かれずに済んだ」
リーダーの少女は明らかに焦りだし、
「急げ!打ち消される前に装置を作動させろ!おい!三班!そこで何してんだ!お前らは早く八階に行かねえか!」
「そ…それが…シャッターがどうやっても開かないのよ!『マグネット』に接続してもエラーが返ってくる!」
シャッターの前で立ち往生しているメンバーの女の子が、泣きそうになりながら手元の端末を操作している。見てると何だかかわいそうだ。
「どうなってんだ!おい二班!」
「こちらは『マグネット』に異常はない!シャッターが開かない原因は不明!」
と、端末のモニターを見ているメガネ男子。
「くそっ!くそくそっ!ここまで来てこれか!おい!一班!術式を増やせ!こいつらの術式を相殺するんだ!」
「無駄」
彩花は一歩前に出て、静かに言う。自信満々オーラを出しながら。
「相殺は不可能。そちらがいくら術式を増やそうとも、こちらの優位は変わらない。これは絶対。そちらの負けは確定している」
「そんなことわかるものか!」
「わかる」
そう言うと、装置を指差した。先ほど浮かんでいた装置の周りの魔法陣が次々と消えていき、そして装置は悲しい音を立てて停止した。『きゅううん』って。
「そんな!」
「魔法の素人でありながらここまで出来たのは賞賛に値する。だけど、相手にする人物を間違えた。それがそちらの唯一の誤算。大人しく投降した方が懸命」
「よくもまあ自分をそこまで持ち上げられるもんだな。…確かに、装置は止まっちまったかもしれねえが、こっちにはまだ『マグネット』って言う切り札が残ってんだ!これを使えば、世の中を混乱させることだって出来る!わかるか?そんなことをされたくなきゃ、あたしらの言う通りにしなきゃいけねえんだよ」
「それは、そちらが『マグネット』を支配していたらの話」
「は?はは!お前!人の話聞いてなかったのか?あたしらは『マグネット』を操作して、あの装置を制御していたんだぞ?今『マグネット』はあたしらの手の中にあるんだ!」
「それは、十数分前までのこと。今『マグネット』は私の制御下にある。そちらが支配しているように見えるのは、私がそう見せかけていただけ」
そう言うと彩花は服をめくり上げ、ごそごそしている。まさかここで下着の交換?…と思ったけどそんなわけはなく、服の中から出てきたのはマンガ本くらいの大きさの、タブレット型の端末みたいだった。 その端末を見てリゼインさんが驚いている。
「あ…あれは、『マグネット』のマスター端末!そんな…どうやって!」
「その辺りに放置されてたのを拾った。犯人達はこれが重要なものだとは気付いていなかったみたい」
権威を示す印籠のように彩花は得意げにその端末を見せびらかす。なるほど、その端末でシャッターを制御して開けられなくしているわけか。よく見てみると端末の上に『マスター』と書かれたラベルが貼ってある。どこまで間抜けな犯人達だ。
「なんてことだ!じゃああたしらは途中からあんたに踊らされてたってことか!だが腹に入れてどうやって操作してたって言うんだ」
「私の特技。詳細は秘密」彩花はマスター端末をリゼインさんに手渡し、「『マグネット』を制御下においても、一番の問題はあの術式だった。空間移動は出来ないよう『マグネット』で設定したが、魔力の浪費は術式を消さない限り止められなかったから。もしナミの落書きが無ければ本当に、ぺんぺん草にプレミアが付くような事態になっていた」
私のお手柄ってこと?どうよ!私もやる時はやるでしょ?得意満面の笑みを浮かべて馬鹿の方を振り向くと、ギロリと睨んできやがった。あんたも喜びなさいよ!犯人達を止めるのに一役買ったんだから。
「ちっ…切り札まで封じられちゃどうしようもねえな…」
リーダーの少女は観念したかのように肩をガックリさせて項垂れた。諦めて投降する気になったのかな?…と思った次の瞬間。
「全員撤退!」
少女が大声で叫んだ。すると今まで止まった装置をなんとか再稼動させようとしていた一班や『マグネット』を弄っていた二班が作業を放り出し、シャッターの前で泣きそうになっていた三班もその場を離れ、全員がフロアの奥へ向かって走り出した。
「あたしらは諦めたわけじゃない!いつかまたここの装置を使わせてもらう!」
こちらに向かって叫んだ後、犯人達全員で魔法を放ってきた。火に氷に雷。様々な魔法が入り乱れ、見る見るうちに回りは煙で一杯になってしまった。
「けほっけほっ…なに…?煙幕代わり?」
煙にむせながら、彩花の方へ近寄る。
「統率が取れてなかなか見事!」感心したように言う彩花。
「感心してる場合?追いかけなくちゃ!」
「無駄。追いかけられないよう侵入口でもある逃走路を塞いでいった」
彩花が指差す方を見ると、床にマンホールのようなものがあり、そのポッカリ空いた穴の中から煙がモクモクと上っていた。失敗に終わった時の事もちゃんと計画していたとはあの少女、確かに策士としてもかなり優秀なようだ。
ともかく、どうやら危機は去ったらしい。あれほど騒がしかった元食料品売り場も今は静寂を取り戻している。
「それにしてもあなた、凄いわね!術式もそうだし、『マグネット』の操作も!ねえ、ここで働かない?給料は弾むわよ!」
リゼインさんは私の手の縄を解きながら、彩花をスカウトし始めた。
「平日は学校で昼寝。休日は終日寝るので忙しい。働いている暇なんて無い」
彩花、それは怠け者の理論だよ。
「やれやれ…今日は散々な日だ…顔に落書きされるわ、二回も気絶させられるわ…いてて…」
馬鹿が私の横へ頭を抑えフラフラしながらやってきた。
「なにあんた…まだ殴られたとこ痛むの?」そう言ってこいつの後頭部を覗き込み、「うわ…凄い腫れてる!病院に行った方がいいんじゃない?」
「いやでも…これからバイトだし…」
彩花とは違い、勤労意欲満点だね。でも、
「そんなになってもバイトが大事か?いや!金が大事なのか!この守銭奴!」
「言うに事欠いて守銭奴は無いだろ!」
「とりあえず、落ち着いて」
本格的なケンカになりそうなところで、まあまあと彩花が私達の間に割り込み引き離す。
「その程度の怪我なら私が治療できる」
そう言うと彩花はこいつの後頭部に手を伸ばした。ぼんやりと手が光だし、そして見る間に腫れがひいていった。
「おお!痛みが取れた!サンキュー!」
「気絶させたお詫び。それとナミの盾になったお礼」
彩花は傷の治療まで出来るのか。将来医者になれば大活躍しそうだ。
「でもそんなの使えるんだったらこの前烏賊に襲われた時私にも使ってくれたらよかったのに!」
彩花は『あ…』という顔をして、
「コノマホウワ、キノウオボエタ」
「嘘つけ!」
またもバレバレの嘘をつき、本日三度目のグリグリをお見舞いしてやった。
この後、捕まった時に落とした靴を回収し、八階に居る友美ちゃんと合流して、通報でやってきた警察に事情を説明し、下っ端五人衆が連行されていくのを見て、リゼイン社を後にすることになった。
「さて、そんじゃ俺はバイトに行くとするか」
「あ…ちょっと…」
私は馬鹿を呼び止め、どうしようかちょっと悩んだけど、やっぱり言わずにはいられなかったので、
「一応お礼言っとくわ…あんたが居なかったら多分、地下まで行けなかったと思うから…その…ありがとう」
「いいって別に。て言うかお前に礼を言われるなんて、思っても見なかった」
何満更でもない顔をしてるのよ!何か恥ずかしいじゃない!って、お礼を言うのってこんなに恥ずかしかったっけ?私の顔はきっと唐辛子のように真っ赤になってるに違いない。メチャクチャ熱い!汗出てきた。そんな私を見て、
「きゃー!もしかして恋の始まり?」
と、友美ちゃんは両手を頬に当て楽しそうに叫び、
「ナミに虫がついた…」
と、彩花は不満そうな顔でこの馬鹿を睨みつけ、
「「そんなんじゃないから!」」
と、私とこいつはぴったりのタイミングでツッコんだ。
リゼイン社を出た私達は当初の予定通り、近くのショッピングモールへ行き、一階のフードコートで腹ごしらえをした後、買い物を楽しんだ。
途中で友美ちゃんが彩花の靴下の長さが左右で違うことに気付き、理由を聞こうとしたが、どうせまたわけのわからないことを言い出すので、無理やり話題を変えてやった。
そして帰路。彩花の家はこの近所だということで、入口で別れることにした。その去り際に一言。
「アイザワトモミ。あなたはこのまま魔法を使わない方がいい」
そう言い残して彩花は去って行った。どういうことかはわからない。でも彩花の忠告は何となく聞いておいた方がいいような気がした。
今日は色々な事があった。駅のホームで列車が来るまでの時間考える。
犯人達はあの装置を使って結局どこへ行きたかったのだろう?どうして学校の一クラス全員が同じ目的で動いていたのか。考えれば考えるほど、疑問が浮かんでくる。リーダーはきっと諦めていない。捕まったあの五人を取り戻しに行くかもしれない。そうなったらまた私はあいつらと合間見えることになるのだろうか…
「…ま…いいか」
考えても疑問は解決しないので、無駄なことをするのはやめた。逃げた犯人達はいつかまた行動を起こす。ならば、次こそ捕まえてその時に聞き出せばいい。
そんなことを思いながら、ちょうど到着した列車に乗り込んだ。
ショッピングモールで買った服と、一冊の本を持って。




