瀬戸際
織田家も四分五裂して、戦国は統一期を離れるであろう――関ヶ原の戦いをおもいおこしてしまう……東軍と西軍の激突は、まさか一日で済むとはかんがえられず、天下は大いに乱れるだろうとおもわれていた。事実、その予測をもとに、九州で黒田官兵衛が覇望に身を投じた――この男も、生涯に一度だけ、おのれのために謀略をふるった。
だが、アッサリと済んだ――
ここでも、毛利は動かず、光秀の天下は、天王山でついえた。まるで、割拠期から統一期へ、すでに軌がうつっている、とでもいうかのように……
八幡が、異端の時代の終焉をみちびいていたかのように……
新しい時代の異彩を、すでに肯っていたかのように――
ひょうすべを、えらんだ。
天王山は、山城国乙訓郡……元長岡京の、目と鼻の先である。中腹に山崎天王社があり、これが山名の由来となった。山崎天王社――祭神は、牛頭天王。
京都祇園祭の縁起であり、疫病封じの神で、スサノヲ命の化身……
そして、兵主蚩尤と習合した神だという。
見守られていたのだ。
天下分け目の――まさしく、ここが、天王山、と……
兵主部が勝利するのを――[蚩尤、兵主神は秦氏の神]
輝元だけが、この輝かしい勝利を、覆せる立場にあった。
輝元もまた、秦氏だった。
この連中は、なんと、いつもいつも、シチュエーションをすっぽりと掌握していることであろう!
進むか――退くか。
毛利家の当主というのは、どうも、こういう時代の転換点へいあわせる……幕末、長州藩主毛利敬親も、自分の意見を持たず、回天の機軸となった家臣団の意見に「そうせい」とばかり答えて「そうせい公」などとあだ名されていた。……しかし、写真を見る限り、えらく豪毅な顔つきをしている。輝元も、肖像画を見ると、覇気にあふれた人物のようだ。実際、彼の鋭気をものがたるエピソードは多い。
本当に、彼らは、凡庸だったのだろうか……なにか、風姿を見る限り、生まれながら、中国十カ国や実質石高で百万石という長州藩を背負いつつ、轟然とした時局にもまれながら、覇望というよりは、なにかの「節」をとおすために、大国を宰領しつづけた……そういう風韻をかんじてしまう。
「私」などというものはありえないのだ、と……
英雄は、結局は、私人であろう――彼らは、生来の豪気をたたえたまま、生涯公人でありつづけたのではないか。
輝元は、秀吉を追わなかった。




