第十九章――家を焼く者
白鹿氏族は、家を捨てるときに火をつける。
柱に残る臭いと病を焼き、戻れない場所への未練も煙にする。次の季節地へ持っていかないためだ。
焼け跡に残る灰は、旅立った家と、そこで死んだ者を区別しない。
氏族会合の四日目、その区別のなさが、バルガには使えるものに見えた。
十日間先行措置へ署名した夜、彼はアルヴェルン鉄道局の履行確認列車で王都を発つ。
六つの交換駅を夜通し越え、一つ前の交換駅で降りる。そこから残りの道を走り続けて半日。翌日の夕刻、既設線の鋼条に夕日が細く残る頃、バルガは二百八十一号杭へ戻った。
その夜、最初の氏族の火が上がる。
二百八十一号杭からは、蒸気掘削機の音も、鋼条を積んだ貨車の影も消えていた。アルヴェルンの作業列車は、約束どおり一つ前の交換駅まで下がっている。
その一方で、既設線の向こうからは乾燥穀物と薬を積んだ民需列車が来る。
バルガが諸氏族へ頼むのは、一つだけだった。
既にある線路を開ける。
十日間、新しい線路の工事は止める。
兵士も兵器も通さない。
食べ物、薬、毛布、炉の燃料だけを通す。
円卓では、言葉にすれば短かった。
草原では、その一つを決めるために三十七の火が焚かれた。
灰狼。
赤狐。
岩猪。
草兎。
黒豹。
白鹿。
沼獺。
ほかにも、外の国の書類なら獣人族の一語で足りる者たちが、二百八十一号杭の西へ集まっている。
大きな天幕は張られない。
誰かの屋根の下へ入れば、その氏族が客を支配したことになる。
全員が空の下へ座り、話したい者だけが短刀や牙飾りや角輪を中央へ置いた。
最初の日は、列車を通すかどうか。二日目には、誰が貨物を調べるか。
三日目になっても、どこまでを民需品として通し、どこからを軍需品として止めるかで火が分かれた。
四日目の朝、まだ答えは一つになっていない。
その朝、アルヴェルン鉄道局の書記が、セナに案内されて会合の外へ来た。
書記は民需列車の貨物受領書を開き、空欄を指す。
「受取国の名を」
「獣人諸氏族」
「それは種族名です。国名をお願いします」
「国名はない」
書記は少しも驚かない。
脇へ置かれた先行措置の写しには、六か国の主権印が並んでいる。その下で、セヴァルとバルガの署名だけが国名を持たない。
空欄にも、正しい処理の仕方があった。
受取国の欄へ一本の線が引かれ、宛先には東部線第二測区居住者と書かれた。
「登録上は、無国籍居住者への救援輸送になります。受領確認者として、こちらへ署名を」
「俺たちは施しを受けるのではない。協定で通すと決めた荷だ」
「承知しています。ですが、国家間の輸送とは記録できません。受け取る国がありませんから」
「ここは俺たちの土地だ」
「書類に記せる国名がありません」
バルガが自分の名を書くと、それは受領確認者の欄へ収まった。
筆先を離しても、受取国の欄に引かれた線は残る。
三十七の氏族へ向かう食糧と薬が届いたことを確認する欄には、国ではなく、バルガという一人の男の名しかない。
円卓で椅子を得ても、国名を書く欄は埋まらなかった。
人族の時刻表では、民需列車は正午に二百八十一号杭へ着く。
獣人族の会合では、正午に発言を終える決まりさえない。
「列車を通せば、次は兵士が来る」
白鹿氏族の長、ミサラが言った。
年老いた女で、枝分かれした白い角の片方が折れている。表面に刻まれたのは、何十本もの細い環。
白鹿は冬を越すたび、角飾りへ一本の線を増やす。
ミサラの線を正確に数えられる者はいなかった。
「兵士は通さないと決めた」
バルガは答えた。
「誰が止める」
「俺たちだ」
「俺たちとは誰だ」
ミサラは周囲を見回した。
「灰狼か。赤狐か。ここに集まった全氏族か。来なかった者も含むのか」
「土地を使う者すべてだ」
「すべての者が、同じ日に線路へ立てるのか」
「立てないから、見張る者を決める」
「その見張りへ命令する者は」
命令。
バルガの舌は、その一語の先で止まった。
ミサラは中央へ置いた角輪を指で回した。
「一つ決めれば、次が要る。線路を開ける者。閉じる者。荷を調べる者。その者へ食べ物を渡す者。渡さなかった者を罰する者」
「だから国が要る」
黒豹氏族のゼグが言った。
黒い毛皮に、耳の縁だけ銀色が混じっている。
王都へは同行していない。
それでもバルガが戻ってから、最も早く国を作るべきだと主張した男だ。
「旗を一つにし、境を決め、命令を一つにする。人族は国がなければ土地を見ない。なら見える形を作る」
ミサラの鼻から、白い息が出た。
「人族が檻を作るから、こちらも檻を作るのか」
「檻ではない」
「国境は、越える者を止める線だ。税は、出したくない食べ物を取る仕組みだ。軍は、行きたくない若者を戦場へ連れていく名だ」
「俺たちの土地を守るためだ」
バルガが言った。
ミサラは彼を正面から見た。
「誰から」
「アルヴェルンから。セレネアから。俺たちを国でないと言うすべての国からだ」
「そして国に従わない氏族からも、守るのだろう」
火の中で、薪が一本爆ぜた。
誰も先には唸らない。
唸った者から、言葉で返せなかったことになる。
「お前は王都で椅子を求めた」
ミサラは続けた。
「椅子がなければ、話を聞かれないからだ。今度は自分の椅子を作り、そこへ座らない者の話を聞かなくなる」
「俺は王になるとは言っていない」
「なら、決める者は誰だ」
「全氏族で決める」
「今、白鹿は反対している」
バルガの爪が地面へ食い込んだ。
「一氏族が反対すれば、残りすべてが土地を失ってもよいのか」
「残りすべてが賛成すれば、一氏族を縛ってよいのか」
聞き違えたと思った。
ミサラの声の奥から、円卓で聞いた人族の国家統監の声が戻ってくる。
氏族同士で殺し合い、統一できなかった責任まで我々に負わせるのか。
あのときは、侮辱としか聞こえなかった。
また人族の理屈か。
そう切り捨てかけて、バルガはミサラの折れた角を見た。
目の前にいるのは、人族ではない。
「白鹿氏族は、氏族を一つの国に縛ることに反対する」
ミサラは角輪を拾った。
「食べ物を止めるつもりはない。必要な者へは、東の道から運ぶ。だが人族の線を、自分たちの道とは認めない。そのための会合にも加わらない」
「ほかの氏族へも、そう話すのか」
ゼグが尋ねた。
「聞かれれば」
「国を作る者は、人族と同じだと?」
「違うところを見せてもらえれば、言葉を変える」
ミサラは立ち上がった。
白鹿氏族の四十三人が続く。
戦える年齢の者は十一人。
残りは老人と子供、脚を痛めた者、乳児を抱く者。
会合の西端には、彼らの小さな冬営地がある。
「次の満月に東へ移る」
ミサラは言った。
「その前に答えが変わるなら、火を訪ねてこい」
「満月では遅い」
バルガが言った。
民需列車は、明朝来る。
十日間先行措置は四日目に入り、残りは六日。
だが列車は、氏族の合意ができるまで待ってはくれない。
氏族の合意は、月の満ち欠けより早く作れない。
「遅いから、何をする」
ミサラは尋ねた。
バルガは答えず、ミサラの手にある角輪を見た。
白鹿氏族が去っても、会合はさらに二刻続く。
列車を限定して通す案には二十二の氏族が賛成し、九氏族が反対した。
だが、九氏族の理由は同じではなかった。
八氏族が拒んだのは、見張りの人数や貨物を調べる手順だった。条件が変われば加わる余地を残している。
国を作ることそのものに反対を明言したのは、白鹿氏族だけだった。
保留は六。
二十二という数を、人族の議会なら決定と呼んだだろう。
ここでは終わらなかった。
獣人族の会合には、多数の火で少数の火を消す決まりがない。
役目ごとに、加わる者だけで動く。
狩りへ参加しない氏族へ獲物の分け前はないが、参加するよう命じる者もいない。
国を作れば、いつか誰かが、反対する者の前で「決まった」と言う。
その最初の一言を、誰が口にするのか。
火が小さくなった頃、ゼグがバルガの隣へ座った。
「白鹿が動けば、草兎と沼獺も離れる」
「分かっている」
「あの婆は、国を作れば若者を取られると話している」
「嘘ではない」
「認めるのか」
「国を守る者は必要だ」
「なら、先に牙を見せろ」
バルガはゼグを見た。
黒豹氏族は群れで狩らない。
一人で獲物を追い、相手が気づく前に喉へ届く。
だがゼグは、国を作るための戦士をすでに火の外へ集めている。
灰狼八人。
黒豹三人。
岩猪四人。
氏族より先に、一つの命令へ従う者たちだった。
「ミサラを殺せば、白鹿は別の長を選ぶ」
バルガが言った。
「長だけならな」
「四十三人いる」
「数えたのか」
「会合へ来た者は見た」
ゼグは火へ枯れ枝を投げた。
「人族は俺たちを数えない。だから土地がない。俺たちが国になるなら、最初に自分たちを数える必要がある」
「殺すために数えるのか」
「残せば、誰がいなくなったか分かる」
火が枝の表皮を這った。
バルガは子供の頃、群れの狩りで最初の輪を教わった。
獲物へ飛びかかるのは最後でよい。
先に逃げ道を数える。
風下。
水場。
藪の切れ目。
足を痛めた個体が選ぶ緩い斜面。
すべてを塞いでから追えば、速く走る必要はない。
白鹿は獲物ではない。
そう思ったときには、もう四十三人のうち十一人が戦えることまで覚えていた。
戦場で喉を噛んだ相手は、武器を持ってこちらへ向かってきた。
眠っている子供は、こちらへ向かってこない。
「白鹿は東へ移る」
バルガは言った。
ゼグの耳が動いた。
「自分で?」
「外へは、そう伝える」
殺せという言葉は使わなかった。
使わなかったことを、命じなかったことにできる気がした。
それだけで、命令には足りる。
ゼグが立ち上がり、火の向こうに待つ者たちへ顎を引く。
誰も声を上げなかった。
秘密の命令に、返事は要らない。
夜半、十六人が白鹿の冬営地へ向かった。
月は細く、風は西から吹いている。
灰狼たちは川泥を身体へ塗り、灰を毛皮へ擦り込んだ。
濡れた泥は皮膚の熱を奪い、乾き始めると毛皮を引いた。その下で、自分たちの臭いだけが薄れていく。
黒豹は先に草の中へ消えた。
岩猪は退路になる浅瀬へ回った。
狩りなら、白鹿氏族の耳と鼻は灰狼より早く危険へ気づく。
外縁で、草が一度だけ鳴った。
最初に倒れたのは見張りの一人。
黒豹が片手で口を塞ぎ、もう片方の手で刃を喉へ入れる。
声は出ない。
代わりに、崩れた身体がもう一度草を鳴らす。
焚き火のそばにいた別の見張りが、草音を拾って立ち上がる。
角を振るより先に、灰狼が後ろから膝を噛んだ。
骨の折れる音がした。
その音で、冬営地が目を覚ました。
白鹿の警告声が、夜気を裂いた。
高く、遠くまで届く。
一度。
二度目は、途中で止まった。
灰狼たちが輪を狭める。
天幕から出た者を追わない。
出口で待ち、足を狙う。
倒れた者の喉を切る。
武器を持つ者からではない。
速く走れる者から殺す。
逃げて知らせる者は残さない。
バルガは中央の火床へ向かった。
ミサラは、そこで待っている。
片手に短い槍を持ち、背後の天幕を庇っている。
「答えを変えに来たか」
声は震えない。
「変えに来た」
バルガは短刀を抜いた。
「誰の答えを」
ミサラの背後の天幕から、子供の嗚咽が漏れた。
喉の奥へ押し殺した小さな声。それでも、バルガには聞こえた。
「お前は、国を作るのではない」
ミサラが言った。
「国に邪魔な者を、先に作った」
槍が動く。
年老いていても、白鹿の踏み込みは速い。
穂先がバルガの肩を掠める。
槍柄を掴み、引く。
ミサラは手を放さず、身体ごと近づく。
折れた角を、バルガの目へ突き込もうとする。
バルガは頭を逸らし、喉元へ腕を回す。
二人の身体が火のそばへ倒れた。
ミサラの蹄が土を蹴る。
短刀は使わなかった。
首へ牙を立てた。
血の味が口へ広がる。
ミサラの身体が二度、強く跳ねる。
やがて動かなくなった。
戦場では、相手が動かなくなれば口を離す。
その夜、バルガは長く噛んだ。
怒りだ、と自分に言った。
顎は緩まない。
牙を離せば、ミサラがもう一度問いかける気がした。
誰の答えを変えたのか。
天幕の内側で、子供の泣き声が止まっていた。
バルガが布を開ける。
白鹿の老人が、二人の子供を抱いていた。
手に武器はない。
最も小さい子は、まだ角が生えていなかった。
「東へ行く」
老人が言った。
「誰にも言わない。白鹿の名も捨てる」
外で、ゼグが一人を倒した。
短い悲鳴。
すぐに喉を断つ音。
「生かせば、白鹿が残る」
ゼグが天幕の外から言った。
「国に加わらないだけだ」
老人は答えた。
「敵ではない」
「国ができれば、従わない者は敵になる」
「まだ国ではない」
「だから今夜できる」
子供の一人が、バルガを見た。
涙と煙で、目の周りの白い毛が濡れている。
「王都へ行った狼だ」
会合で見たのだろう。
「王になったの」
以前、王都から歩いて戻った日にも、灰狼氏族の子供から同じことを聞かれた。
なっていたら、歩いて帰ってこない。
あのときは、迷わずそう答えた。
同じ言葉が喉まで上がり、舌に残る血の味で止まった。
「目を閉じろ」
バルガは言った。
老人が子供たちの顔を胸へ押しつけた。
「見るな」
その言葉が、バルガへ向けられたものか分からなかった。
彼は短刀を使った。
一度で終わらせようとした。
一度では終わらなかった。
外へ出ると、冬営地は静かになっていた。
戦った者。
逃げた者。
隠れた者。
全員が数えられた。
四十三。
生きている者は、バルガたち以外にいなかった。
「こちらは」
「二人負傷。一人、角で腹を裂かれた」
「歩けるか」
「歩かせる」
四十三より先に、「こちら」の数を聞いた。
群れを守る者なら、この順番でいい。
口の中でそう言い直しても、四十三は減らなかった。
ゼグが火種を天幕へ投げた。
白鹿の家は乾いた草と皮でできている。
火はすぐに屋根へ回った。
別の者が、荷車を壊す。
季節地を示す木札。
先祖の角輪。
共同の水場を記した革図。
白鹿が白鹿だったと証明するものを、火へ入れた。
遺体も運び込んだ。
死者を土へ埋める氏族も、鳥へ返す氏族も、火で送る氏族もいる。
白鹿が死者を送るときは、旅立つ方向へ煙を流す。
その夜の風は東へ吹いていた。
「これで、東へ行ったように見える」
ゼグが言った。
「臭いは残る」
若い灰狼のロウが答えた。
口元は何度も洗ったらしく濡れていた。息を吐くたび、鼻先に皺が寄る。
「雨が消す」
「俺たちには分かる」
「分かる者は、ここへ来ない」
ゼグは白鹿の角輪を踏み砕いた。
ロウがバルガを見た。
「人族と、何が違う」
誰も彼を黙らせなかった。
返事が出るまでに、火の中で角輪が一本割れた。
「人族は、俺たちの土地を奪う」
バルガは言った。
「俺たちは、土地を守った」
ロウは燃える天幕を見た。
「誰から」
白鹿の血が、バルガの舌にまだ残っている。
ロウの口が動いたのに、聞こえたのはミサラの声だった。
バルガは火へ唾を吐き、その外へ転がったミサラの角輪を拾った。
折れた白い角に、冬の数が刻まれている。
燃やせば証拠は消える。
残せば、いつか誰かが白鹿の名を思い出す。
彼は輪を二つに折ろうとした。
乾いた音はしたが、折れなかった。
「貸せ」
ゼグが手を出した。
バルガは渡さず、自分の旅袋の底へ入れた。
「なぜ残す」
「忘れないためだ」
「誰を」
バルガは答えなかった。
折れた白い角の向こうに、まだ角のなかった子供の額が浮かんだ。
それでも捨てれば、白鹿を消した仕事が完成するように思えた。
「戻るぞ」
命令へ答えたのは、ゼグが集めた者たちだけだった。
氏族の長ではない。
会合で選ばれた役でもない。
それでも十六人は、バルガの一言で同じ方向へ動いた。
国はまだなかった。
軍だけが、先に生まれていた。
朝、二百八十一号杭の手前で、民需列車の汽笛が鳴る。
セナが貨車の封印を確かめる。
乾燥穀物。
解熱薬。
包帯。
毛布。
石炭。
兵士を乗せた車両はない。
鋼条も、砲身もない。
「白鹿は」
セナが尋ねた。
会合の火に、ミサラの姿がないことに気づいていた。
「夜のうちに東へ発った」
バルガは答えた。
「満月までいると言っていた」
「考えを変えた」
セナの鼻が動いた。
煙だけか。血まで届いたか。
バルガは川で身体を洗い、礼装も替えた。
それでも煙の臭いは、灰狼の嗅覚でなくても分かるほど残っている。
「何を燃やした」
「家だ」
嘘ではなかった。
「なぜ」
「戻らないからだ」
これも、嘘ではない。
セナは長く彼を見た。
バルガは、次の問いを待つ。
それ以上、セナは何も聞かなかった。知らない者のように、貨車へ向き直る。
白鹿が殺されたと示す記録はない。
白鹿には戸籍がない。
全員の名を載せた台帳もない。
季節地を離れたことを届ける役所もない。
国を持たない者が消えたとき、外の国の書類には空欄さえ生まれなかった。
民需列車は、諸氏族の見張りを受けながら既設線へ入る。
食べ物を待っていた子供たちが、貨車の横を走る。
人族の機関士は速度を落とし、手を振る。
誰も撃たなかった。
誰も線路へ杭を打たなかった。
十日間先行措置の五日目は、違反なしと記録された。
その夜、会合では国を作るための話が再開された。
見張りを誰が命じるか。
食料をどう集めるか。
外国へ誰の印を示すか。
ミサラが問い続けた、誰が命じ、従わない者を誰が罰するのかという話は、彼女がいなくなったことで早く進んだ。
列車の通行へ反対した八氏族は残っている。
それでも、国そのものを作るなと言う者は、もう会合にいない。
ゼグが、八本の牙を輪へ束ねた印を地面へ描く。
「氏族は違っても、外へ向く牙は一つだ」
何人かが頷いた。
ロウは頷かなかった。
バルガは止めなかった。
白鹿氏族は東へ移住した。
それが、会合の最初の共同記録になった。
書いたのはセナだった。
証言したのはバルガだった。
火をつけた者の名は、どこにも記されなかった。
停戦の残りは、十一日。
十日間先行措置の残りは、五日。
獣人族は、自分たちを地図へ載せる国を作ろうとしていた。
その国が生まれる前に、国に反対した四十三人が、地図から消された。




