記憶を消すという選択
久々によく晴れた日だった。
だから僕は溜まった洗濯物を干したり、部屋の掃除をしたりと、晴れの日を存分に満喫していた。
そして早々にやる事を終わらせた僕は、久々に外に出て読み終えていなかった小説たちを読みながら洗濯物が乾くのを待っていた。
やっぱり、暗い室内にいるよりも外は開放感があっていい。
何にもとらわれずに読書をするこの時間は僕にとって唯一の癒しだった。
最近は雨続きで、家に籠って仕事をする時間が多かった。
湿度が高いと本にも良くないし、室内で読書をするのもどうも気分が乗らない。僕は、それならばとずっと仕事をしていたような気がする。
だから久々の休みに、少なくとも体は喜んでいるようだった。
1冊目を読み終わって、2冊目に入ろうとしていた時の事だった。
洗濯物は、もう乾いていた。
唐突に後ろから声がした。
それは少し高めで、でも大人びた声だった。
「記憶を、消してほしいんです」
僕は思わず息を飲んだ。
読書に集中していたからか、全く足音が聞こえなかったから。
でもあくまで平静を装って、僕は本に目を落としたまま答える。
「消してしまうんですか?記憶を。書き換えることだって出来るし、過去に戻ってやり直すこともできる。あなたはそれを知っていてここに来たんでしょう?それでも記憶を消すという選択をするのですか?」
「はい。消してほしいんです。いや、なかったことにしたいんです。」
過去の出来事をなかったことにするという事は、もちろんできなくはない。
消したい記憶の書かれたページをなくしてしまえばいいだけ、逆に言えばたったそれだけなのだ。
でも、今までにここに来て記憶を消して欲しいという人は1人もいなかった。
記憶を変えられるなら、やり直せるなら、わざわざ消すなんていうリスクを負わなくたって全部都合が良いように変えてしまえばいい。
みんなそう思っていたんだろう。
僕だって、あの人達の立場だったらきっとそうする。
そういう考えを持って生きてきたからこそ、僕はこの声の主の言うことが疑問でしかなかった。
でも、僕は小説家で相手は依頼主。
小説家はあくまで物語を書く人であって、依頼主の物語を崩すようなことをしてはいけない。
「わかりました。その依頼、受けましょう。でもまずは中に入りませんか?」




