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第26話 厄災 × 宝探し

 鑑定眼から本日二度目の指示がきた。


 曰く、

【推奨:ゴブリンを全滅させないでください。最低一匹はこの場から生還させてください。最適解収束率0.811】


 しかし広場を見ると、あっちにゴブリンの死骸。こっちにもゴブリンの死骸。


 もはや生きているゴブリンは見当たらなかった。


「なあ、もしも――」

 とヒナが言った。


「もしも鑑定眼に従わなかったらどうなるんだろう?」


「それは……」

 それは亮にもわからない。


「鑑定眼は何か言っていなかったかい? つまり全滅させたら何が起こるのか、とか」


「いえ、『全滅させるな』としか……」


「そっか……」


「で、でも!」

 亮は思わず早口になる。


「ここはダンジョンです。ダンジョンで起こることといえば、それはもうチョメチョメしないと出られない部屋に閉じ込められるとか、感覚遮断落とし穴に落ちるとか、脳クチュとか苗床とか――」


 突然ペラペラとしゃべり出した亮に対して、

「おい」


 ヒナは困惑顔だ。


「トールンバ、お前は何を言っているんだ?」


「……おれは何を言っているんでしょう?」


「まあよくわからんが」

 トリプルVは肩をすくめた。


「ろくなことにはならんだろうなあ」


 そうなのだ。


 鑑定眼の指示に従った結果として、隠し通路を発見するという僥倖に恵まれたのだ。


 では、鑑定眼の指示に従わなかったら?


 そりゃまあそれなりの目に遭うと考えるべきだろう。


 ちなみに「僥倖」の対義語は「厄災」である。


(えらいこっちゃ!)


 亮は改めて身震い。


 ゴクリと生唾を飲み込むと、

「ま、まあ、みなさん落ち着いて!」

 と言った。


「こういう時は落ち着くことが大切ですよ!」


「安心してくれ。お前さん以外はみんな落ち着いている」


「えーとですね、えーと」


 亮はしどろもどろになりながらも、

「そうそう!」

 ふいに閃いた。


「先日ツイッターで見かけたんですが」


 ヒナが首をひねった。

「何だって?」


(……あ、そうか。いまはXか!)

(いけないいけない。どうもおれはツイッターと言ってしまうんだよなあ)

 と反省する亮


 だがすぐに、

(違う違う! んなことを言っている場合じゃない!)

(おれ、異世界に転生したんだった!)


「なあ」

 とヒナが訊いた。


「ツミッターって何のことだい?」


「え? ああ、いえ、そんな人生に詰んでいる人専用SNSみたいなものではなくてですね――って、いやいや、いまはそんなことはどうでもよくて、とにかく、とにかくですね!」


(――とにかくどうすりゃいいんだろう?)




◇◆◇◆◇




「とにかく」

 とトリプルVが言った。


「いまできることをやるしかあるまい」


 彼は、

「よし」

 とうなずくと、

「若いの、お前さんは床に転がっているゴブリンを調べてくれ。片っ端からな」


「え?」


「ほれ、生と死のはざまでウロウロしているやつがいるかもしれないだろ? なーに、鑑定眼は『生還』と言ったんだ。死にかけでも何でも生きてりゃいいんだ。しかも一匹だけでいいんだぞ。見つかる可能性は十分あるさ」


 言われてみれば、たしかにそんな気がしてきた。


「わかりました!」


 次いでトリプルVは、

「ヒナくん」

 と言った。


「おれたちはオーガの相手をしてやらにゃならん。といっても、ここからはただ殺せばいいってわけじゃないぞ」


「ああ、わかっているよ。トールンバを守りつつ、だろ?」


「そうだ。それにもう一つ。モンスターってのはどうも粗野でいかんなあ。やつら、仲間の死骸を平気で踏み潰す。――床に転がっているゴブリンを踏ませるな。その中にまだ生きているやつがいるかもしれんからな」


「やれやれ。こりゃとんでもない戦いになってきたね」


 ヒナは

「となると」

 と続けた。


「下手にオーガを攻撃しない方がいいかもね。やつらがひっくり返った時に、ゴブリンが下敷きになるおそれがある。そうだろ?」


「うむ、その懸念はあるな」


 ヒナは

「ハハッ」

 と破顔した。


「もはやこれ、戦いっていうかアレだね。まるで――」


 彼女は視線をさまよわせた。


 どうやらいい喩えが見つからないらしい。


 結局、

「――まるでゲームだね」


 ざっくりとした比喩を口にした。




◇◆◇◆◇




 石を投げたり、

「おい、このデカブツが!」

 と叫んだりして、必死にオーガの気を引くヒナとトリプルV。


 一方、亮はあちこちに転がっているゴブリンの死骸を見て回った。


 といっても、単に眺めるばかりではない。


 死骸が折り重なっていれば、上のやつをどけてやらなければならないし、うつ伏せに倒れているやつがいれば、一応はひっくり返して確認しなければならない。


 しかしそれにしても、

(オエッ!)


 ヒナとトリプルVが容赦なく攻撃を加えたものだから、多くの死骸が激しく損傷しており、

(気持ち悪い……)


 亮は心が死にそうだった。


 どうにか元気を出そうとして、

(これは宝探しだ……そう、宝探しなんだ……)

 と自分に言い聞かせる。


 だがすぐに、

(どうせ探すなら、おれはひとつなぎの大秘宝を探したかったよ。いいよね、あっちはワンピース探し。楽しそうだ。ひるがえって、こっちはゴブリン探し。この差は何なんだ!?)




◇◆◇◆◇




 死骸をかき分けること数分――。


 亮は奇妙な声を聞いた。


 いや、「声」というか「音」か。


「ぐっ……」

「がっ……」

 という喉に引っかかるような音が、ゴブリンの死骸の山から漏れていた。


 亮はその世界一汚い山に駆け寄ると、まずは一番上に乗っかっていたどてっぱらにデカい穴が開いたゴブリンをのけ、次に首なしのゴブリンをのけ、さらに誰の血かわからないが全身まっ赤っか、さながら前衛芸術のようなゴブリンをのけ――そしてその下にいたゴブリンを探し当てた。


 そいつは、一見すると眠っているようだった。

 腹に穴は開いていないし、首もある。


(も、もしかしてこいつ――気絶しているだけでは!?)

(まだ生きているのでは!?)


 急いで脈拍を確認しようとした亮だったが、

(――ん!? どうやって調べればいいんだ?)


(人間と同じ方法でいいのか?)


 よくわからないが、ゴブリンの首筋に手を当ててみた。


 指先にザラッとした感触があった。

(うおー! 気持ち悪いー!)


 亮は

(これは海苔! 緑色の海苔だ!)

 と自分を騙しつつ、指先に神経を集中させる。


 ――脈拍は確認できなかった。


 次いで呼吸だ。


 亮はおそるおそる、ゴブリンの口元に手を伸ばした。


(いきなり噛みつかれたらどうしよう……)

(って、犬じゃないんだから大丈夫か)


(……いや、本当に大丈夫なのか!?)


 ビクビクしながらも手のひらに意識を傾ける。


 ――息が出たり入ったりしている気配は、感じられなかった。


(くっ、ダメか)

 亮は唇を噛んだ。


(やはり死んでいるか!)


 と思ったのだが、その時、

「がっ……」


 また音がした。


 間違いない。

 音は、このゴブリンの喉から漏れている!


 亮は医療関係者ではない。

 医学の知識なんて、高校の保健体育でとまっている。


 だから詳しいことはわからない。


 とはいえ、

(これって、もしかして)

(心肺停止状態ってやつなのでは!?)


 亮の脳裏に、保健体育の授業で使った人型模型の姿が浮かんできた。


(懐かしいなあ)

(あの模型、ちょっと怖いんだよね。顔とか妙にリアルでさ。そういえばクラスメイトの伊藤くんが)


 と、一瞬現実逃避しかけた亮だが、

「トールンバ!」


 ヒナの声でわれに返った。


「おい、トールンバ!」


「は、はい!」


 反射的に振り返ると、ヒナはオーガ五匹を挑発し、自らに引きつけつつ、彼らの攻撃をかわし、時間稼ぎを続けていた。


「生きているやつを見つけたのか!?」

 とヒナが叫んだ。


 亮も

「はい!」

 と大声で応じる。


「見つけました!」


「よし、でかした!」


「ただちょっと――ちょっとばかり問題がありまして!」


「何だ!? 面倒な話は聞きたくないぞ!」


「……」


「よし、面倒な話でも聞く!」


「こいつ、脈がないっぽいんです!」


「何!?」


「たぶん息もしていません!」


 自分の言葉に、

(おいおい。脈もなければ息もしていないって、それ本当に生きているのかよ!?)

 という気がしてきたが、

(いや! おれはたしかに、喉から漏れる音を聞いたぞ!)


 かくして亮は、

「生と死のはざまをさまよっているみたいなんです!」

 と言った。


 ヒナは、

「よし、わかった!」

 大きくうなずいた。


 そして、

「心肺停止状態ってことだな? だったらトールンバ、頼むぞ!」


(……頼む?)

(頼むって何を?)


「そいつを逝かせるな! 必ず蘇らせるんだ! お前の人工呼吸と心臓マッサージで、な!」


(――えっ!?)

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