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第25話 マシマシ × 手遅れ

 トリプルVは、以前からヒナとパーティを組みたがっていたと聞く。


 年を取り、体にガタがきて、冒険者人生の最後が近いことを悟った彼は、これまでに得た知識や経験など、そのすべてをヒナに託したいと考えたらしい。


 まだまだ若い亮だが、

(その気持ちはわかる)


(おれだって、もし明日死ぬことになったら誰かに託したいものがある)


(例えば、アニメ「けいおん!!」の最終話で、あずにゃんが額を押さえる意味とか)


(リアルタイムで見ていた視聴者にとって、アニメ「BanG Dream! It's MyGO!!!!!」第十話のポエトリー・リーディングがどれだけ衝撃的だったかとか)


(人間誰しも次世代に託したいものがあるもんさ)

 と亮は思うのだ。


 しかしそんな彼にもわからないことがあった。


 ――なぜヒナなのか?


 なぜトリプルVは、同じパーティに所属した経験があるわけでもなく、共闘の経験すらもないヒナに、すべてを託す気になったのか?


 じつはそれがずっと気になっていた。


 だがトリプルVの戦いっぷりを目の当たりにしたいま、

(あ、そういうことね)


 亮は合点がいった。


(そりゃヒナさんを後継者にしたがるわけだよ……)


「ギエーッ!」

 トリプルVのパンチを腹に受けたゴブリンが絶叫した。


 それは断末魔に違いなかった。


 何しろゴブリンの腹には巨大な穴が開き、そこからドローリ、本来体の外に出てはいけないはずのもろもろが漏れ出ていたのだから。


 さらに、あろうことかトリプルVはその穴越しに、

「アチョー!」

 パンチを放ち、奥にいた別のゴブリンを殴り飛ばした。


(何もそんなところからパンチを打たなくても……)

 亮は呆れる。


 そう、ヒナとトリプルVの戦い方はよく似ていたのだ。


 倫理観少なめの、グロと流血はマシマシ。




◇◆◇◆◇




 ただし、二人の戦い方にも違いはあった。


 ヒナがパンチやキックを多用するのに対して、トリプルVが使うのは主に――頭突き。


 彼は地を蹴り、

「アチョー!」

 奇声を発しながら、ゴブリンのもとに向かった。


 そして腹を突き出して弓なりの体勢になったかと思いきや、すかさず腰を四十五度に折り曲げ、額のやや上の前頭骨と呼ばれる部分をゴブリンの頭頂部にぶち当てた。


 ゴンというものすごい音が響き、ゴブリンはその場に崩れ落ちた。


 見ると、

(うわー……)


 ゴブリンの頭部が胴体にめり込んでいた。


 鼻の辺りまでめり込んでおり、もはや別の生き物のようだった。


 ――亮は、このダンジョンに入る前、トカゲ車の中で交わした会話を思い出していた。


 たしかトリプルVは、「トカゲ・レースの騎手になりたくて、幼い頃から頭突きのトレーニングを欠かさなかった」と言っていたはずだ。


 結局騎手にはなれなかったものの、そのトレーニングがこの強力な頭突きを生み出したのだろう。


(あるよねー、そういうことって。あるある)

 と亮は思う。


(以前やっていたことが予想外の形で現在につながったりするんだよね、人生って)




◇◆◇◆◇




 まずはゴブリンを一掃し、それからオーガを片づける。――これがトリプルVの作戦らしかった。


 彼は次々とゴブリンを仕留めていった。


 一部のゴブリンは怯え、

「ギエーッ!」

 逃げるようなそぶりをみせた。


 対するトリプルVは、

「ホアアアアアア……」

 と気合いを入れつつ腰を曲げ、ひざも曲げ、まるで猫のようにグーッと体を丸めると、次の瞬間――飛んだ。


 「跳んだ」のではない。

 「飛んだ」。


 まるでミサイルだった。

 トリプルVは地面に平行に宙を飛んだ。


 そしてゴブリンの背中に頭突きをかました。


 哀れ、ゴブリンは背骨の複雑骨折で絶命。


 亮は思わず、

「うっそーん……」

 と声が出た。


(あんな頭突きをする人が、「ストリートファイター」シリーズのエドモンド本田と、「酔拳2」のジャッキー・チェン以外にもいたとは!)


 で、その時だった。


 亮の頭の中に声が響いた。


 曰く、

【推奨】


(――きたな!)

 亮は身構える。


 じつはそろそろくる頃だと思っていたのだ。

 というか、早くこいと思っていたのだ。


(おれは、あの二人におんぶに抱っこってわけじゃないんだぞ!)


(おれだってやってやるぜ)


(さあ、鑑定眼。何かアドバイスを頼む!)


 声は言った。

【推奨:ゴブリンを全滅させないでください。最適解収束率0.811】


(――は?)

(ゴ、ゴブリンを全滅させてはいけない!?)


 亮は慌てて視線を走らせた。


 広場の床には、ゴブリンの死骸が無数に転がっている。


 一方、いまだ五体満足でピンピンしているやつとなると――、

(いねー!)

(もういねー!)


 見当たらなかった。


 ヒナとトリプルVは十体ほどのオーガと向き合い、戦いに決着をつけようとしていた。


 亮は、

(どうすんのこれ……)

 途方に暮れる。


 そんな亮の尻を叩くかのように、再び声が響いた。


【推奨:ゴブリンを全滅させないでください。最低一匹はこの場から生還させてください】


(あのぉ、もう手遅れみたいなんですけれど……)

 と語りかけるが、鑑定眼から返事はなかった。


(あー、クソ!)

 悩んでいる暇はない。


 とにかく一刻も早くヒナとトリプルVに状況を共有し、これからどうするか考えよう。


 亮は背負っていたリュックをその場に置くと、広場に向かって駆け出した。




◇◆◇◆◇




 亮は目を伏せながら、広場の壁際を小走りに走り、トリプルVに近づいていった。


 なぜ目を伏せたかって?


 そりゃオーガが恐ろしかったからである。

 なるべく視界に入れたくなかったからである。


 だって五メートルもある筋肉ダルマが十匹も並んでいるのだ!


 ほぼ巨神兵だ。

 ほぼ火の七日間だ。


 恐ろしいに決まっている。


 幸いなことに、トリプルVはすぐに亮に気づいてくれた。

 そして彼の方から亮に駆け寄ってきてくれた。


「おい、若いの。どうしたんだ。危ないじゃないか」


「すみません! 緊急事態なんです!」


 亮の言葉に、

「ああ、なるほど」


 トリプルVの口元がゆるんだ。


「ま、気にするな。よくあることさ」


 彼は亮の肩を叩くと、

「おれのリュックに消臭スプレーが入っている。遠慮なく使ってくれていいぞ」


「えーとですね……」

 と亮は言った。


「トリプルVさんが何を言おうとしているのかだいたい理解できているつもりですが、一応訊きますね。――何を言っているんです?」


「恐怖のあまり小便をちびってしまったんだろ?」


「だと思いましたよ! どうせその手の誤解をしているんだと思いましたよ!」


「じゃあ嘔吐か?」


「わかりました。とりあえずおれが何かを放出したってところから離れましょう」


「――吸収したのかい?」


「鑑定眼の声が聞こえたんですよ!」


「ほぉ! 何と言っていた?」


「それがですね、ゴブリンを全滅させてはいけないって……」


「何!?」


「最低一匹はこの場から生還させろって……」


 これにはさすがのトリプルVも取り乱し、

「ファッキン・ゴッド!」

 と叫んだ。


「遅いわ! 遅すぎるわ! ドワーフの鈍足並みの遅さだ!」


「ですよね……」


「いやはや、まいったな」


 トリプルVはあたりを見回して、

「もう全部やっちまったよ……」


 そこに、

「どうしたんだい」

 ヒナがやってきた。


「まさかお前、恐怖のあまり漏らしたのかい? もしそうなら」


「ヒナくん、そのセリフはもうおれが言った」


「じゃあ」


「嘔吐でもないそうだ」


 亮が事情を説明した。


 するとヒナは、

「遅いよ! 遅すぎるよ!」

 と叫んだ。


「ドワーフの鈍足並みだ!」


「ヒナくん、すまんがそれも言った」


 一体どうしよう……。

 三人は無言で視線を交差させた。


 向こうの方で、

「ウギャーッ!」

 とオーガが吠えた。


「ちょっと黙ってろ!」

 とヒナが吠え返した。


「いま取り込み中だ!」

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