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会社をクビになった俺、金を使うほど資産が増える神システムで人生をやり直す  作者: MagnusOps


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第62話 ー『1Kの部屋に戻る』

第62話 ー『1Kの部屋に戻る』


2026年5月27日(水)——午前8時30分。


東京都渋谷区恵比寿——樹のマンション。


樹はクローゼットの前に立ち、今日の服を選んでいた。今日は銀座へ買い物に行く日ではない。今日は、長い間訪れていなかった場所へ行く日だ。中野坂上にある、かつての自分のアパート。


彼はシンプルな白いシャツ、薄いグレーのジャケット、そして履き慣れたジーンズを選んだ。高価な服ではなく、自分らしくいられる普通の服だ。手首にはヴァシュロン·コンスタンタンをつけなかった。代わりに、かつて毎日つけていた安物の時計を選んだ。少し使い込んだ革ベルトの、中古のセイコーだ。樹はその時計を見て小さく微笑んだ。


「……まだ動いてる。」


彼は机へ歩き、Zeekrのキーを手に取り、マンションを出た。


---


午前9時15分——中野へ向かう道。


樹は片手でハンドルを握り、ゆったりと運転しながら、恵比寿の高級街から中野のより庶民的なエリアへと変わりゆく街並みを楽しんだ。Zeekrの車内は、プレミアムスピーカーから流れる静かなジャズだけが聞こえる心地よい静けさだ。ナビはつけなかった。この道はもう覚えている。かつて、毎日この道を通っていた。ワンルームのアパートから新宿のオフィスへ、往復するために。


彼は中野坂上駅を通り過ぎ、周囲の建々を見た。同じコンビニ。同じファストフード店。同じバス停。全てが彼の記憶のままだ。しかし彼は別人のように感じていた。


樹はZeekrを駅近くの駐車場に停めた。かつて週末にレンタカーを借りる時によく使っていた駐車場だ。今は借りる必要がない。周辺のアパート一棟分の価格に匹敵するかもしれない車を持っている。


彼は車を降り、通りの角にある古い建物へ歩いていった。建物は変わっていなかった。剥がれ落ちたコンクリートの壁、狭い入口、そして脇の錆びた非常階段。樹はその建物の前に立ち、説明できない気持ちで見つめた。


「……久しぶりだな。」


---


午前9時30分——建物の中·三階廊下。


樹は階段を上った。エレベーターは相変わらず壊れたままだ。一段一段が、馴染みのある軋み音を立てる。廊下の壁は、色あせた落書きやステッカーで埋まっている。隅には、赤いランプが点滅するウォーターサーバーがまだ立っている。


彼は三〇五号室の前で立ち止まった。ドアには、黒いマジックで「キサラギ」と書かれた小さな名前がまだ残っている。二年前にここに引っ越してきた時、自分で書いたものだ。樹はポケットから鍵を取り出した。もう使っていないが、ずっと持ち続けていた鍵だ。そしてドアを開けた。


ドアは以前と同じ軋み音を立てて開いた。


樹は足を踏み入れた。そして数週間ぶりに、自分のワンルームアパートの中に立っていた。


---


午前9時35分——ワンルームアパートの中。


部屋は記憶よりもはるかに狭く感じられた。薄い壁、所々剥がれた木の床、そして錆びた二口コンロの小さなキッチン。部屋の隅には、きちんと丸められた薄いマットレス。小さなテーブルの上には、埃をかぶった本や書類が積まれている。


樹はゆっくりと歩き、指で冷たい壁を撫でた。ここに住んでいた日々を思い出した。早起きして、急いで朝食をとり、電車を追いかけ、残業し、遅く帰って、寝て、また次の日も同じことを繰り返す。狭いと感じる生活だったが、当時はそれで十分だと思っていた。快適だからではなく、他に選択肢がなかったからだ。


「……ここで二年間暮らしたのか。」


彼は小声で呟いた。声が空っぽの部屋にこだまする。樹は小さなキッチンへ歩き、流しの下の棚を開けた。中には、ダイソーで買った安物の皿や茶碗がまだいくつか残っている。何枚かは割れている。彼はそれらには手を触れず、ただ見つめながら、あの小さなテーブルで一人で食事をした夜々を思い出した。


樹は浴室へ向かった。狭い浴室のシャワーは、十分に待たなければお湯が出なかった。カビの生え始めた鏡に、自分の姿が映る。同じ顔だが、表情は違っていた。かつては、疲れ果てて虚ろな自分を見ていた。今は……静かな者を見ている。


「……もうここには住んでいない。」


彼は浴室を出て、部屋の隅にある段ボール箱に目を留めた。引っ越す時に置き去りにした箱だ。樹はそれを開け、中に古いものたちを見つけた。東都リンクスの社内書類、使い古した名刺、そして色あせた写真。


樹はその写真を手に取った。写真には、社内イベントで同僚たちと並ぶ自分が写っている。口元は笑っているが、目が……虚ろだ。樹はしばらくその写真を見つめ、そして戻した。


「……こんなもの、覚えていなくていい。」


彼はいくつかの私物を取った。何冊かの本、古い目覚まし時計、そして引き出しにしまってあった家族写真。残りはそこに置いた。


---


午前11時0分——アパートの外。


樹は古い建物の前に立ち、手に取ったものを入れた小さなバッグを手にしていた。彼はもう一度その建物を見つめ、胸に奇妙な感覚を覚えた。悲しみではなく、郷愁でもなく、むしろ安堵のようなものだ。


「昔はここで十分だと思っていた。今は……戻るなんて考えられない。」


彼は駐車場へ歩き、小さなバッグをZeekrの助手席に置き、運転席に座った。すぐにはエンジンをかけなかった。ただ座り、目の前の建物を見つめ、思考を巡らせた。


---


午前11時30分——中野坂上の小さなレストラン。


樹は駅近くの小さなレストランへ歩いていった。木製のテーブルと使い古されたプラスチックの椅子がある簡素な店だ。かつて、料理をするのが面倒な時によく来ていた。店主——おばさんと呼ばれる老婦人——は、彼の記憶のままだった。白い髪、汚れたエプロン、そしていつも彼を少しだけ元気にしてくれた温かい笑顔。


「……あら、如月くん! 久しぶりだね!」おばさんが明るい声で呼びかけた。「生きてたんだね!」


樹は小さく微笑んだ。「……生きてますよ、おばさん。」


「座って、座って! いつものカレーライスでいい?」


「……はい。一つお願いします。」


おばさんは頷き、奥の小さな厨房へ向かった。樹は窓際の席に座り、外の賑やかな通りを見つめた。数分後、シンプルなカレーライスに目玉焼きが乗った皿が目の前に置かれた。


「……はい、どうぞ。今日はサービスだよ!」


樹は瞬いた。「……どうして?」


おばさんは微笑んだ。深い皺のある、しかし温かい笑顔だ。「……だって、前回来た時よりずっと元気そうだからね。目が……生き生きしてるよ。」


樹は答えなかった。ただおばさんを見つめ、胸に温かいものを感じた。「……ありがとう、おばさん。」


彼はゆっくりとカレーライスを食べ、一口一口を味わった。味は彼の記憶と同じだった。素朴で、温かく、そして心を落ち着かせる。窓の外では、電車が線路を走り、かつての自分と同じような乗客を運んでいた。


---


午後0時30分——レストランの外。


樹はレストランの外に立ち、おばさんに別れを告げた。彼は駐車場へ戻り、Zeekrに座り、晴れた空を見上げた。


今日、彼は過去に戻った。かつてのアパートを見て、かつてのレストランで食べ、かつて生きた人生を思い出した。悲しくはなかった。後悔もなかった。ただ……感謝していた。


「……随分と遠くまで来たものだ。」


彼はエンジンを始動し、大型SUVは心地よい静けさと共に滑り出した。恵比寿へ戻る道中、スマホが震えた。樹は画面を見た。父からの着信だ。


彼は電話に出た。


「もしもし、父さん。」


「……樹。週末、気をつけて帰ってこい。」


電話の向こうの正則の声は、落ち着いていて、簡潔で、そして温かかった。樹は微笑んだ。


「……うん。わかった。」


電話が切れた。樹はしばらくスマホを見つめ、そして助手席の横に置いた。


「……帰るよ、父さん。」


---


午後2時0分——恵比寿のマンションへ戻る。


樹はマンションに戻り、古い品々の入った小さなバッグを部屋の隅に置いた。彼は机へ歩き、家族への五つの贈り物がまだきれいに並んでいるのを確認した。


彼は一つ一つ手に取り、包装を確認し、全てがまだ良い状態であることを確かめた。父へのグランドセイコー。母へのSK-II。美咲へのコーチ。留奈へのソニー。小春への本。


「……明日、帰る。」


---


【次話 第63話——『父への贈り物』】


樹は父への贈り物について考える。正則は高級品を好むタイプではない。むしろ質と機能を重視する。樹はシンプルだが高い精度を持つグランドセイコーを選ぶ。オフィスで、志織が樹の父について尋ねると、樹は自分が家族についてほとんど話したことがないことに気づく。


【第63話へ続く……】

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