第46話 ー『桜庭澪の質問』
第46話 ー『桜庭澪の質問』
2026年5月15日(金)——午後7時15分。
東京都港区六本木ヒルズ·森タワー五十二階——高層階の日本料理店。
そのレストランは森タワーの五十二階にあった。天井までのガラス張りの壁からは、夕暮れに染まり始めた東京の街並みが一望できる。街の灯りが一つまた一つと点り始め、遠くにきらめく光の海を作り出していた。店内には濃い色の木製のテーブルと真っ白なナプキンが並び、部屋の隅ではヴァイオリニストが優しいクラシックの旋律を奏でている。
樹は澪の向かいに座り、手に緑茶の湯呑みを持っていた。澪は隠しきれない眼差しで彼を見つめている。好奇心と懐疑、そしてまだ彼女自身も理解していないより深い何かが入り混じった目だ。
「如月さん、ここ数週間、あなたを観察してきました。」
樹はお茶を一口すする。「……気づかなかった。」
「あなたはホテルを買い、物件を買い、会社を買った。でも、あなたは決して金持ちになりたいようには見えない。」澪はスプーンを置き、じっくりと樹を見つめた。「……あなたは本当は何を追い求めているのですか?」
樹は窓の外の景色を見つめた。遠くで東京の灯りがきらめき、地平線には夕暮れの雲の向こうに富士山がかすんで見える。
「……静かに暮らしたいんだ。」
澪は眉をひそめた。「……静かに?」
「ああ。俺は元サラリーマンだ。クビになった。全てを失った。そしてその後……全てを取り戻した。」樹は正直な目で澪を見た。「……でも、他人の期待に応えなければならない世界には戻りたくない。自由になりたい。」
澪は注意深く聞いていた。
「……そしてホテルや物件を買うことで自由になれると?」
樹は小さく苦笑した。苦いが、誠実な笑みだ。
「……それも間違いだった。」
澪は眉を上げた。「……どういう意味ですか?」
「たくさんお金を持てば、自由を買えると思った。でも、持てば持つほど、管理しなければならないことが増える。物件、会社、社員、書類、会議……」樹は息を吐いた。「……こんなに複雑になるとは思わなかった。」
澪はしばらく沈黙した。そして微笑んだ。心からの笑顔で、普段は冷たい彼女の顔がふと温かくなる。
「……あなたは本当に変わった人ですね、如月さん。」
樹はかすかに微笑んだ。「……よく言われます。」
澪は小さく笑った。軽やかで温かな、遠くで鈴の鳴るような笑い声だ。
「……あなたのような人に会ったことがありません。」
樹は眉を上げた。「……どんな人だ?」
「全てを持っているのに、何も欲しがらない人。」
樹はしばらく考えた。「……たぶん、自分が何を欲しいのか分かっていないだけだ。」
澪は優しい眼差しで樹を見た。
「……なら、一緒に探してみませんか?」
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午後8時0分——レストランの中。
ウェイターがデザートを運んできた。抹茶アイスクリームとフルーツを添えた餅。樹と澪は心地よい沈黙の中で食事をし、甘くさわやかな味わいを楽しんだ。
「澪さん。」
「はい?」
「一つ聞いてもいいか?」
澪は眉を上げた。「……どうぞ。」
「……なぜ俺に興味を持ったんだ?」
澪はしばらく樹を見つめた。そしてスプーンを丁寧に置いた。
「……あなたが違うからです。」
樹は眉をひそめた。「……違う?」
「ええ。私は人生で多くの富裕層に会ってきました。彼らには皆、共通点があります。もっと欲しがる。もっとお金、もっと権力、もっと認められたいと。でもあなたは……」澪は深い眼差しで樹を見た。「……何も欲しがらない。それが……気になるんです。」
樹は答えなかった。
「……もっと深くあなたのことを知りたい、如月さん。ビジネスの競争相手としてではなく、パートナーとしてでもなく、ただ……一人の人間として。」
樹は胸に温かいものを感じた。
「……俺もだ、澪さん。」
澪は微笑んだ。心からの、温かな笑顔だ。
「……良かった。」
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午後8時30分——レストランの外、六本木ヒルズ展望エリア。
彼らは六本木ヒルズのオープンな展望エリアに立っていた。きらめく街の灯りに囲まれて。夜風が吹き、遠くの山々から新鮮な空気を運んでくる。
「澪さん。」
「はい?」
「……君は何を提案しているんだ?」
澪は真剣な目で樹を見た。
「……テクノロジー協力を提案します。買収ではなく、積極的な投資でもない。ジョイントベンチャーです。」
樹は眉をひそめた。「……ジョイントベンチャー?」
「ええ。桜庭デジタルソリューションズとキサラギ・アセット・マネジメントが、テクノロジープロジェクトで協力する。私が技術と専門知識を提供し、あなたが……」澪は微笑んだ。「……資金と、実験する自由を提供する。」
樹はしばらく考えた。
「……何を作るんだ?」
澪は輝くような目で樹を見た。
「……これまでにないものを作ります。テクノロジーと快適さを融合させたもの。人々が……」澪は微笑んだ。「……自由を感じられるようなものを。」
樹は微笑んだ。心からの、温かな笑顔だ。
「……いいアイデアだ。」
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午後9時0分——ブガッティ・ミストラル・ヴィンチェロの中。
樹はブガッティ・ミストラル・ヴィンチェロに座り、暗い夜空を見上げていた。手には、さっき澪から届いたメッセージが表示されたスマホ。
「今夜はありがとうございました、如月さん。協力提案書をまとめ始めました。来週中にお送りします。」
樹は微笑み、返信した。
「楽しみにしている。」
彼はエンジンを始動した。濃いグリーンのスーパーカーが、W16の轟音と共に滑り出した。
窓の外では、街の灯りが輝き続けている。何百万もの命が、それぞれのリズムで動いている。
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午後10時0分——恵比寿のマンション。
樹はマンションに戻り、シャワーを浴びてソファに座った。テーブルの上にはCENTURIONの黒いカードがスマホの隣に置かれている。
彼はそのカードを手に取り、冷たい金属の表面を指先で確かめた。
「今夜は……ようやく何かが分かりかけた気がする。」
彼はカードを置き、天井を見上げた。
「本当に、俺は何を望んでいるんだ?」
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【次話 第47話——『会社を育てる』】
澪からのジョイントベンチャー提案書が届く。樹は本当のビジネスの世界について学び始める。取締役会、CEO、CTO、CFO、法務、人事。彩芽は彼らに、まるでおもちゃを買うかのように話すなと警告する。樹は、本当に有能な人材が必要だと気づき始める。
【第47話へ続く……】




