第44話 ー 『みなとみらい』
第44話 ー 『みなとみらい』
2026年5月14日(木)——午前8時0分。
丸の内·キサラギ・アセット・マネジメント本社ビル——十階。
樹は今朝、いつもと少し違う気分でオフィスに到着した。昨夜、海の夢を見た。太陽の下で輝く波、遠くを航行する船、そして潮の香りを運ぶ風。なぜそんな夢を見たのかは分からなかったが、その感覚は今朝までずっと残っていた。
志織は既に秘書席に座り、タブレットを手に、温かいプロフェッショナルな微笑みを浮かべている。
「おはようございます、如月さん。本日のスケジュールを組みました。」
樹は頷き、社長椅子に座った。「……今日は何をするんだ?」
「横浜に行きます。みなとみらい21です。システムがそこのホスピタリティ物件を推奨しています。」
樹は瞬いた。「……システム?」
志織は眉を上げた。「……ええ。資産検索に使われているシステムです。私のデータベースと統合済みです。」
樹は内心ほっとしながら息を吐いた。「……ああ、もちろん。」
志織は微笑んだ。「……どうされました?」
「いや、何でもない。ちょっと……ぼんやりしてただけだ。」樹は立ち上がった。「……横浜に行こう。」
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午前9時0分——横浜方面へ向かう高速道路。
樹は今日は自分で運転することにした。ロールス・ロイス・スペクターではなく、新しく手に入れたZeekr 9X Mansoryだ。真珠のような白いボディに金色のアクセントが施された大型SUVは、高速道路を滑らかに走る。広く快適なキャビン。助手席では、志織がタブレットを開き、これから見る物件のデータを表示している。
「みなとみらい21は、横浜のウォーターフロント開発地区です。」志織が説明する。「商業施設、ホテル、エンターテインメント施設が多くあります。システムが現在販売中のホスピタリティ物件を推奨しています。」
樹は頷き、前方の道路に集中した。「……どんな物件だ?」
「小さなブティックホテルです。十五室、一階にレストランとバー。クイーンズスクエアと横浜ランドマークタワーに近い立地です。」
樹は再び頷いた。「……面白そうだ。」
キャビン内で、ダッシュボードの画面が突然ちらついた。ナビゲーション画面にテキストが表示された。樹だけに見えるテキストだ。
【ホスト、システムです。】
樹は危うく息を呑みそうになった。表情を抑え、志織の前で平静を装った。
「……どうされました、如月さん?」志織がわずかに変化した彼の表情を見て尋ねた。
「何でもない。ちょっと……考え事をしてただけだ。」
志織はそれ以上尋ねなかった。樹は再びダッシュボードの画面を一瞥した。
【ホストはパニックになる必要はありません。システムはただお知らせしたかっただけです。この物件はホストのビジネス拡大に戦略的です。そして——】
樹は平静を装いながら、そのテキストを素早く読んだ。
【——システムはホストに注意も促します。志織さんは非常に鋭いです。もしホストがシステムと話しているのを見つかれば、ペナルティが発動します。】
樹はアクセルを少し深く踏み込み、注意をそらそうとした。
「如月さん、速度が少し制限を超えていますよ。」志織がプロフェッショナルな口調で言った。
「……すみません。ちょっと待ちきれなくて。」
志織は小さく微笑んだ。「……私も分かります。確かにこの物件は魅力的です。」
樹は安堵の息を吐いた。システムはまたしてもその痕跡を隠すことに成功した。
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午前10時0分——横浜·みなとみらい21。
樹はZeekr 9X Mansoryをクイーンズスクエア近くの駐車場に停めた。車から降りると、何人かの通行人が振り返った。あの極端なカスタマイズの大型SUVは確かに無視しにくい。樹はその視線を無視し、志織と共にこれから見る物件へと歩いていった。
その建物は海辺に位置し、青いガラスのファサードが日差しを反射している。正面には小さな桟橋があり、数隻のヨットが係留されている。遠くには、横浜ランドマークタワーが地区の上にそびえている。
不動産業者——中村という女性——が既に正面玄関で待っていた。
「おはようございます、如月様。横浜の不動産会社の中村と申します。」
「おはようございます、中村さん。」
「こちらの物件は以前、ブティックホテルとして使用されていました。オーナーが引退され、売却をご希望されています。」中村がドアを開けた。「……どうぞお入りください。」
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午前10時30分——ホテルの中。
樹と志織はホテルの中を歩いた。濃い色の木の床と、隅々に置かれた快適なソファのある小さなロビー。受付の後ろには、上の階へ続く螺旋階段。部屋の奥には、海に面した大きなガラス扉がある。
「二階と三階に十五室ございます。」中村が説明する。「全室オーシャンビューです。一階には、桟橋に面したレストランとバーがございます。」
樹はレストランルームの大きなガラス窓へ歩いていった。外では、晴れた空の下で海が青く広がっている。小さな船がゆっくりと航行し、遠くには美しい横浜の地平線が見える。
「……素晴らしい。」
志織が彼の隣に立った。「……立地は非常に戦略的です。観光スポットに近いですが、親密な体験には十分静かです。」
樹は頷いた。「……気に入った。」
中村は微笑んだ。「……こちらの物件の価格は六十八億円でございます。」
樹は志織を見た。志織が頷く。
「……買います。」
中村が瞬いた。「……お客様、客室をご覧にならなくてよろしいのですか?」
「必要ありません。」
中村は驚いた様子だったが、すぐに微笑んだ。「……かしこまりました。書類の手続きをいたします。」
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午前11時30分——桟橋のほとり。
全ての書類が完了した後、樹と志織はホテルの裏手にある桟橋のほとりを歩いていた。潮風が吹き、塩と水の香りを運んでくる。遠くでは、カモメが波の上を飛んでいる。
「志織さん。」
「はい?」
「……アイデアが浮かんだ。」
志織は好奇心を込めて樹の方を向いた。「……アイデア?」
「自分のホテルがあれば、予約のことを考えずにいつでも来られる。」樹は小さく微笑んだ。「……ここに来て、レストランに座り、海の景色を楽しみ、誰にも邪魔されない。」
志織は微笑んだ。心からの、温かな笑顔だ。
「……それはいいアイデアですね、如月さん。」
樹は目の前の海を見つめた。
「……君がそう言ってくれて嬉しい。」
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午後0時0分——ホテルのレストラン内。
樹と志織は、買ったばかりのホテルのレストランで昼食をとることにした。キッチンはまだ機能している。前のオーナーが、忠実なスタッフを残していったのだ。彼らは窓際の席に座り、海に向かって。
「本日のメニューはシーフードパスタとサラダでございます。」ウェイターが親しみやすい笑顔で言った。
樹はパスタを、志織はサラダを注文した。彼らは心地よい沈黙の中で食事をし、青い海の景色を楽しんだ。
「如月さん。」
「はい?」
「あなたは本当にいつも私を驚かせます。」
樹は眉を上げた。「……どういう意味だ?」
「くつろぐ場所が欲しいという理由だけでホテルを買うなんて。」志織は微笑んだ。「……それは本当に、あなたらしい決断です。」
樹は答えなかった。しかし心の中で、自分が認められていると感じた。
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午後1時30分——ホテルの屋上。
昼食後、樹と志織はホテルの屋上に上がった。ここからは、みなとみらいが広く見渡せる。クイーンズスクエア、横浜ランドマークタワー、そして果てしない青い海。
「……くつろぐのに完璧な場所だ。」樹が言った。
志織が彼の隣に立った。「……ええ。そして今やあなたのものです。」
樹は微笑んだ。「……ホテルを持つなんて、想像もしていなかった。」
「でも、今は持っている。」
樹は目の前の海を見つめた。
「……嬉しいよ。」
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午後3時0分——丸の内ビルへ戻る。
樹と志織は満足した気持ちでオフィスに戻った。十階で、樹は社長椅子に座り、システムの残高を表示するスマホの画面を見つめた。
【本日の支出: 六十八億円】
【残り目標額: 四十七億円】
【残り時間: 2:00:00】
「……もうすぐ終わる。」
志織が隣に立っている。「……まだ四十七億円残っています。本日の最終購入リストをまとめました。」
樹はそのリストを見た。ホテル用の高級厨房機器、追加のセキュリティシステム、そして物流企業への小口投資。
「……全部買おう。」
志織は微笑んだ。「……既に手配しています。」
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午後6時0分——Zeekr 9X Mansoryの中。
樹はZeekr 9X Mansoryに座り、色が変わり始めた夕方の空を見つめていた。手には、システムからの通知が表示されたスマホ。
【QUEST 09 —— 目標達成】
樹は微笑んだ。
「……ようやくだ。」
彼はエンジンを始動し、大型SUVは心地よい静けさと共に滑り出した。
窓の外では、街の灯りが一つまた一つと点り始めていた。
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【次話 第45話——『ホテルを買う』】
ホテルの買収が完了した。志織はホテルの管理体制を整え始める。管理会社、ホテルオペレーター、スタッフ、予約システムとの連携を進める。樹はただ言う。「この場所が快適であってほしい」と。一方、澪が樹にプライベートな面会を求めてくる。
【第45話へ続く……】




