第37話 ー『五十億円のオフィス』
第37話 ー『五十億円のオフィス』
2026年5月8日(金)——午後1時30分。
丸の内·キサラギ・アセット・マネジメント本社ビル——十階。
昼食後、樹と志織は軽やかな気持ちでオフィスに戻った。今朝の買い物は既に六十億円近くに達している。通りの向かいのビル、四台の業務用車両、そして丸の内周辺のいくつかの小規模物件。
しかし、まだ二百四十八億円を使わなければならない。
樹は社長椅子に座り、システムの残高を表示するスマホの画面を見つめた。
【残り目標額: 二百四十八億円】
【残り時間: 43:00:00】
「……まだまだだな。」
志織が隣に立ち、タブレットを手にしている。「如月さん、残り目標の優先順位リストをまとめました。不動産、施設、そして……オフィスです。」
樹は眉をひそめた。「オフィス?もうこのビルがあるじゃないか?」
「このビルは資産です。しかし、私たちはまだ本当のオフィスを持っていません。」志織は部屋の中を指さした。「どのフロアも空っぽです。机も、椅子も、パソコンも、社員もいません。キサラギ・アセット・マネジメントを本当に動かしたいなら、オフィスインフラを整える必要があります。」
樹は周囲を見渡した。志織の言う通りだ。これまで、彼はただの空っぽのビルしか持っていなかった。ここで働く者はいない。毎朝出社する者もいない。実際の仕事をする者もいない。
「……何が必要なんだ?」
志織はタブレットのリストを開いた。「五十人分のオフィス家具。コンピュータシステムとサーバー。専用インターネット回線。セキュリティシステム。プレゼンテーション機器を備えた会議室。パントリーと休憩室。そして……インテリアデザイン。」
樹は頷いた。「……費用はどのくらいだ?」
志織はタブレットを見た。「プレミアムだが過剰ではない仕様で……約五億円です。」
樹は頷いた。「……買おう。」
志織は小さく微笑んだ。「……既に計画しています。今朝、三社のインテリア業者に連絡を取りました。」
樹は感嘆と信じられなさが入り混じった表情で志織を見つめた。
「……本当にいつも一歩先を行ってるな。」
「それが私の仕事ですから。」
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午後2時0分——丸の内ビル·五階。
樹と志織は五階を歩いていた。ここは業務用オフィスとして使用されるフロアの一つだ。約四百平方メートルの広い空間で、真っ白な壁と濃い色の木の床が広がっている。大きな窓からは丸の内の街並みが見渡せる。
志織はタブレットを開き、業者から取り寄せたインテリアデザインを表示した。
「これが五階の初期デザインです。三十席のオープンワークエリア。隅に小会議室。奥にパントリー。」
樹はそのデザインを見た。シンプルだ。機能的だ。過剰ではない。
「……いいね。」
「良かったです。六階はメイン会議室と役員室になります。七階はITとサーバー。八階は法務と財務。九階は……」志織は言葉を止めた。「……あなたのためです。」
樹は瞬いた。「……俺のため?」
「九階はあなたのプライベートスペースになります。普通の社長室ではありません。仕事もできれば、休憩もでき、雑踏から逃れられる場所です。」
樹は沈黙した。
「……これ全部、君が考えたのか?」
志織は小さく微笑んだ。「……あなたには、家のように感じられる場所が必要だと思いました。」
樹は答えなかった。しかし心の中に、説明できない温かさが広がっていた。
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午後3時0分——丸の内ビル·九階。
樹は九階に立っていた。彼のプライベートスペースとなる部屋だ。約二百平方メートルで、三方に大きなガラス窓があり、壮観な東京の景色が広がっている。一方には皇居が遠くに緑豊かに見え、もう一方には東京駅と丸の内の高層ビル群がそびえている。
志織が隣に立っている。
「この部屋の家具も発注しました。青山と同じB&B Italiaのソファ。無垢材のデスク。Poltrona Frauの本棚。The Rug Companyのカーペット。」
樹は空っぽの部屋を見渡し、ここがどのように変わるかを想像した。
「……贅沢すぎる。」
志織は微笑んだ。「……あなたの基準に合わせました。」
「俺の基準?」
「ええ。あなたは過剰を好みません。しかし快適さを重視します。そのバランスを取ろうとしました。」
樹は優しい眼差しで志織を見た。
「……ありがとう、志織さん。」
「お礼には及びません。ただ仕事をしたまでです。」
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午後3時30分——十階·社長室。
樹が十階に戻った時、ウィンドウが彼の前に現れた。今朝と同じように劇的なエフェクトを伴って。
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【 初回目標達成 】
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樹は瞬いた。
「……初回目標?」
【はい。ホストは最初の五十億円を使い切りました。】
【この達成を記念して、システムが小さな贈り物を用意しました。】
【━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━】
【 サプライズ報酬 】
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樹は疑わしげにそのウィンドウを見つめた。
「……贈り物?何だ?」
【ホストは後で知ることになります。】
【ただし、ヒントをあげることはできます。この贈り物は車両に関するものです。】
【そしてこの贈り物は非常に……目立ちます。】
【非常に……目立ちます。】
【非常に……目立ちます。】
【ホストは気に入るでしょう。】
【あるいは気に入らないかもしれません。】
【ホストのセンス次第です。】
【でも返品はできません。】
【なぜなら贈り物だからです。】
樹は無表情でそのウィンドウを見つめた。
「……本当に教えてくれないのか?」
【いいえ。それは秘密です。】
【ただし、この贈り物が三~五営業日で届くことはお伝えできます。】
【そしてこの贈り物には……千三百八十一馬力があります。】
【そして……非常に興味深い方法で開くドアがあります。】
【そして……たくさんのカーボンファイバー。】
【そして……ホストが『これ、本当に贈り物なのか?』と言うような価格。】
樹は長い息を吐いた。
「……もっと明確なヒントは出せないのか?」
【いいえ。でもホストはSNSやブラウザで『ZEEKR 9X MANSORY』と検索してみることはできます。】
【でもそれはサプライズを台無しにします。】
【だからやめておいてください。】
【ホストは辛抱強く待つべきです。】
【大人のように。】
【ホストにはそれができますよね?】
樹は無表情でそのウィンドウを見つめた。
「……お前が俺を疑うのは気に入らない。」
【システムはホストを疑っていません。システムはホストがせっかちな人間だと知っているだけです。】
【でもホストは学べます。】
【ホストは変わることができます。】
【ホストはより良い人間になれます。】
【あるいはホストは今すぐ検索することもできます。】
【でもシステムはおすすめしません。】
樹は沈黙した。
そして彼は笑った。心からの、小さな笑い声だった。
「……本当に変わったやつだな。」
【ホストも変です。さあ、仕事に戻ってください。ホストはまだ二百四十八億円残っています。】
ウィンドウが消えた。
会話の一部を聞いていた志織が、眉を上げて樹を見つめた。
「……どうされましたか、如月さん?」
樹は息を吐いた。「……システムがサプライズの贈り物をくれるらしい。でも何かは教えてくれない。」
志織は微笑んだ。「……面白そうですね。」
「……怖いかもしれない。見方によるけど。」
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午後4時0分——丸の内ビル·五階·ワークエリア。
樹と志織は五階に戻り、デザインの進捗を確認した。インテリア業者が既に部屋の計測を始めており、数人の作業員がインターネット回線用のケーブルを敷設している。
「如月さん、サーバーとネットワークのITベンダーに連絡を取りました。明日、設置に来る予定です。」
「いいだろう。」
「それから五十人分のコンピュータも発注しました。AppleとDellの最新モデルです。」
樹は頷いた。「……費用は?」
「ITとハードウェアの合計で約一億二千万円です。」
「……買おう。」
志織はタブレットに記録した。「……既に手配しました。」
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午後5時0分——九階·樹のプライベートスペース。
樹は九階に戻り、最終的な進捗を確認した。数人の作業員が新しい木の床を設置している。濃い茶色の無垢材で、温かみとエレガントさを兼ね備えている。
「北海道産のオーク材を選びました。」志織が言った。「耐久性があり、美しい木目が特徴です。」
樹はその床の上を歩き、足裏に伝わる木の質感を確かめた。
「……いい感じだ。」
「気に入っていただけて嬉しいです。」
樹は窓際で立ち止まり、夕日で色が変わり始めた東京の街並みを見つめた。
「……志織さん。」
「はい?」
「俺は……本当に意味のあるものを築けると思うか?」
志織は近づき、樹の隣に立った。
「……もう始めていると思います。」
樹は志織の方を向いた。
「……どういう意味だ?」
「デジタルブリッジです。あの社員たちは、あなたのおかげで未来を持っています。」志織は小さく微笑んだ。「……それは意味のあることです。」
樹は答えなかった。しかし心の中に、説明できない温かさが広がっていた。
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午後6時0分——十階へ戻る。
樹と志織は十階に戻った。社長室の机の上で、樹のスマホがシステムからの通知を表示している。
【本日の支出: 六十二億円】
【残り目標額: 二百三十八億円】
【残り時間: 39:00:00】
樹はその数字を見た。
「……まだまだ長いな。」
志織は微笑んだ。「……でも、もう始まっています。」
樹は頷いた。「……ああ。もう始まっている。」
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【次話 第38話——『三十億円の車』】
翌日、樹は会社の業務用により多くの車両を必要とする。志織はラグジュアリーフリートのリストをまとめる。ロールス・ロイス、ベントレー、メルセデス・マイバッハ、レクサスLM、トヨタ・センチュリー。樹は様々な用途に合わせて最適な組み合わせを選択する。そしてその合間に、彼はシステムからのサプライズ報酬について思いを巡らせ始める。
【第38話へ続く……】




